(58) 570 名無し募集中(闇を往く里沙)


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読み切りが少ないという話題を見て書いてみたけど思うようにいかなかった
でもせっかくだから上げる


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しばしば「不夜城」と比喩されるこの街だが、無論のこと、街の全てが眠らないわけではない。
昼かと見紛うばかりに眩くライトが灯り、絶え間ない喧騒に包まれているのは、ほんの一角にすぎない。
街の大半は夜の到来と共に闇の中に沈み、朝が来るのを静かに待っている。

薄暗い街灯では照らしきれない深い闇に纏わりつかれながら、新垣里沙はひと気のない道を独り歩いていた。
その裏路地もまた、それら「不夜城」たる一角からは大きく離れており、自然の赴くまま夜の帳に覆われている。

闇は、不安と孤独を喚起する。
だから人は、闇を避けるために光を作り出し、孤独を恐れてその下に集う。

だが、里沙にとって闇は恐怖の対象一方というわけではなかった。
もちろん、人並みに畏怖や嫌悪の気持ちも持っている。
しかし、同時に安心や落ち着きを覚えるのも確かだった。

闇は自分のことを覆い隠してくれる。
常にかぶり続けている仮面を、唯一外せる気がするのは闇の中だけだった。

同じような考えの者は、少なからずいるのだろう。
これまでの経験が、それを明確に表している。

(闇を恐れる者ばかりなら、私は本当の意味で心休まるのに。)

不意に立ち止まり、緩慢な動作で振り返りながら、里沙は小さく溜め息を洩らした。
振り返った先には同じく歩を止めたシルエットが浮かび上がっている。
これまでの経験が、その意味を明確に里沙へと伝えていた。

「理解に苦しむわ」

言いながら、ゆっくり歩を進めてくるシルエットが、街灯によって照らし出される。
薄暗い光が、冷酷な表情を湛えた女の顔に不気味な陰影を作っていた。

「この業界全部を敵に回すつもり?とてもプロとは思えないわね」

街灯の下で再び立ち止まり、均整のとれた長身を誇示するようにしながら、女は蔑みを込めた笑みを口元に浮かべた。
長く、形のいい脚の先で、ハイヒールがコツリと音を立てる。

「人殺しに業界やらプロやらがあることの方がお笑い草だと思いますけど?」

そう皮肉を返しながら、里沙は自嘲とも取れる笑いを微かに漂わせた。

「需要があれば供給する者が必要になる。それが分からないあなたはやっぱり所詮三流ね」
「否定はしません。特に一流になりたいと思ったこともないですし」
「呆れたものね。一体どんな手強い相手かと楽しみにしてたのに、ただの勘違いしたガキじゃない」

ショートカットの髪を微かに揺らし、女はやや不愉快そうに眉根を寄せる。

「ま、それも今日限りか。少しくらい腕が立つからっていい気になりすぎたわね」

しかしそれも一瞬のことで、女はすぐに元の表情に戻った。

「たっぷり後悔しながら苦しんで死になさい」

その言葉と同時に、里沙の背後でゴォと炎が燃え上がった。
赤々と燃える篝火は、狭い路地を埋め尽くし、その退路を完全に塞ぐ。
そこから発される揺らめく赤い光は、里沙に向かい合う女の顔を禍々しく彩った。

「びっくりした?『火遊び(ファイア・プレイング)』って私は呼んでるの。世の中には、こういうことができる人間もいるのよ」

自分の背後で何が起こったかを確認し、視線を戻した里沙に、女は上方へ向けた両手の人差し指から火を噴き出してみせる。
そしてその指先を真っ直ぐに里沙へと向けた。

ボゥという音と共に、再び女の指先から赤い炎が噴き出した。

「ぐ・・・」

指先から飛び出た楕円形の火の玉は、咄嗟に体を捻って避けようとした里沙の肩先を捉え、その衣服と肉を焼く。

鼻を突く焼け焦げた臭いの中、里沙は腰を落とすと、脚に仕込んであったナイフを抜き、同時に女の方へと駆け出した。
だが、その行く手はいくつもの火柱によって遮られ、阻まれる。

「どうしたの?もう少し近づかないと、そのナイフ、届かないんじゃない?」

炎を前に足を止めた里沙に、女は嘲笑めいた言葉を投げかける。

「ほら、その火の中を通ってくればいいじゃない。もしかしたら焼け死ぬ前に私のところまで来れるかも」

炎の隙間から見える里沙に向かってそう笑うと、女は再び指を向けた。
囲んだ炎で獲物の逃げ場を無くしてから、少しずつ体を燃やし嬲り殺しにする。
女のいつものやり方だった。
一人の人間が命乞いをしながら段々と燃え尽きていく様には、何度見ても昂ぶりを覚える。

退路を断つ強力な炎に飛び込んだ方が、結果的に楽に死ねるのかもしれないが、これまでそうした者はいない。
誰もが最後の最後まで醜く足掻きながら、悶えて死んでいった。

「え?」

しかし、今夜は女がこれまでに経験したことのない事態が起きた。

行く手を遮る炎の中を、里沙がゆっくりと歩いてくる。
決死の覚悟で飛び込んだという風でもなく、ごく普通の表情と歩き方で。

「何を驚いてるんですか?私は言われた通りにしただけですけど」

炎の出口付近で足を止め、里沙は小さく首を傾げた。
まだ全身を炎の中に浸しながらも、それを意に介する様子もない。

「どうして・・・?」
「どうして?おかしなことを訊くんですね。一番分かってるのはあなたのはずなのに」

怯んだ表情を見せた女へと足を踏み出した里沙の姿が、完全に炎の外に出る。

「『精神干渉(マインド・コントロール)』」

そして突きつけられた言葉に、女の表情は凍りついた。

「それがあなたの本当の能力ですよね?つまりこれは本当の火じゃない。だったら大丈夫に決まってるじゃないですか」
「何で知って・・・それに・・・」

当然のように自分の本当の能力を看破し、平然としている里沙に、女は恐怖に近い驚愕を覚えていた。

そういった能力の存在を知っていたというだけならまだ分かる。
だけど、だからといって、炎の中に身を晒して平気なはずはない。

確かに物理的には本当の火ではないが、精神的には紛れもなく本当の火だ。
『精神干渉』によって生み出された炎が実際に肉体を焼くことはない。
しかし、精神にとっては肉体を焼かれるのと同義、すなわち死を意味している。
過去に女が「焼き殺した」幾人もの標的が、何よりもそれを雄弁に物語っている。

それに、先ほど確かに自分の炎は里沙の体を焼いたはず。
里沙の左肩に視線をやった女はしかし、愕然とした。

「私もなんですよ」
「え?」

服にさえ焦げ跡一つない里沙の左肩を呆然と見ていた女は、その言葉で我に返った。

「私も、精神干渉能力者(マインド・コントローラー)なんです。あなたは、私との精神の戦いに負けた。それだけです」
「負けた?ふざけないで!」

里沙の言葉に衝撃と狼狽を覚えながらも、プライドがそれを上回る。
これくらいでもう勝った気になっている素人の浅はかさが、我慢ならなかった。

至近距離から今度こそ「焼殺」するべく、女は里沙に向かって指を向けた。
向けようとした。

「?」

上げようとした手が、何かに掴まれたように動かないことに気付き、女は首をめぐらせた。
その表情が青ざめる。

手首に分厚い金属の枷が嵌められ、そこから伸びた太い鎖が、動きを制している。
反射的に伸ばそうとした反対の手にも、いつの間にか同じように枷が食い込んでいた。
慌てて見回した全身にも、幾重にも鎖が絡みつきその自由を奪っている。
気がつけば、身動きもできないほどの拘束が、女の体を絡め取っていた。

「ギリシアの神話において、人間に火を与えたプロメテウスという神のことを、あなたは知っていますか?」

恐怖と苦痛に顔を歪ませた女に、里沙は静かに問いを向けた。

「ゼウスの意思に背いてそれを為したプロメテウスは、その怒りに触れ、コーカサスの山に鎖で繋がれました。そして・・・」

その言葉と同時に、里沙の手の中のナイフが突然、生き物のように女へと飛び掛った。

「アアァッッーーー!!!」

女の絶叫が響き、ナイフによって削ぎ落とされた脇腹の肉片が、抉り出された内臓が、粘ついた血液がベチャリと落ちる。
薄暗い街灯の光に照らし出されたそれらは、生々しく女の五感を貫いた。

「やめ・・・もう・・・やめて・・・お願い・・・」

びっしょりとかいた汗に濡れた髪の毛を張り付かせながら、女は掠れる声で必死の懇願を里沙に向ける。
だが、里沙は淡々と話を続けた。

「ハゲタカに啄ばまれ、抉り出されたプロメテウスの肝臓は、不死の肉体ゆえに一夜で再生します」

ふと気付くと、削ぎ落とされたはずの女の脇腹には傷一つなく、一滴の血も流れていない。

「そのため、プロメテウスは永久的に終わらない苦しみを、味わうことになりました」

いつの間にか里沙の手の中に戻っていたナイフが、再び女へと向かう。

「ア・・・ヒィアアアァァッッーーー!!!」

里沙の言葉に込められた絶望に、気が遠くなりかけた女の意識を、焼け付くような痛みが覚醒させる。
「火遊び」の報いに与えられた、終わりのない悪夢の始まりは、女の終わりを告げていた。


  **

整った顔を台無しにさせる表情を形作ったまま崩れ落ちている女の胸に、里沙はゆっくりとナイフを突き刺した。
一瞬の痙攣の後、女の喉から搾り出すような息が漏れ、静かになる。

「一流なら、あのまま堂々と放っておくんだろうけどね。楽しみを見い出せないのにこんなことしてる私は、確かに三流だよ」

呟くように言いながら、醜く歪んだ女の顔を可能な限り穏やかにさせる。
唯一の居場所を闇に求めながら、結局闇に馴染みきれない自分の中途半端さは、里沙自身が一番よく分かっていた。


(さすがにそろそろ感付かれるかもしれないな。)

抜き取ったナイフについた血と脂を拭き取りながら、里沙は溜め息を洩らした。
できることなら、ただの「ナイフ使い」でいたかったが、この先はそうもいかないかもしれない。


立ち上がり、里沙は歩き出す。


やがて、その姿は溶けるように飲み込まれていった。

行く先に広がる、どこまでも続く深い夜の闇の中に。




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リゾナンターに出会わなかったガキさんイメージ・・・かな
不愉快に感じた方には申し訳ない
貧劇をぶった切ったのも申し訳ない