『狂犬は亀を背負う』(後) - 4



……絵里がいたずら魔女の気まぐれホットケーキを振舞ってから数十分後、ダークネスカフェから喫茶リゾナントへ向かう道を歩く二つの人影があった。

「重い、重い、クソ重いぞ、こいつ。 病弱って設定には無理があるんじゃねえか」

眠り込んでしまった亀井絵里を背負う美貴と、もう一人。

「だから、ワシが代わってやると言っておるであろう」

闇の王ダークネスその人だった。

「けっ、変態親父の手なんか借りるまでもねえ」

変態とは何だという抗議の声は当然のように聞き流す。

「闇の王、どん亀の背中越しにお前のエロい視線を感じる。 どうしてもついてくるなら前に回れ」

闇の王は、何をと言いながらそれでも絵里を背負う美貴の前に回った。

「やっぱり気を張り詰めていたんだろうな。 こんなに眠りこけるなんて」

絵里を気遣う闇の王に対して、美貴はというと。

「おい、目障りだから前を歩くな」

闇の王が素直に美貴の横を歩くと、今度は気配が不愉快だ、死んでくれと無理難題を押し付ける。

「いい加減にしろ、ワシを一体なんだと思っておる」

「救いようのない助平なオヤジだと思ってるが、何か文句があるのか?」

両手が塞がった状態で凄む美貴の迫力に負け、反論の言葉を失ってしまった。

「つうか、世界征服を企む悪の組織が、単身乗り込んできた敵をそのまま返すなんていうのも情けない気がするな」

「何を」 いつのまにか眠っていた亀井絵里をリゾナントの付近まで送ると言い出したのはお前じゃないか。

そんな気持ちを言外に滲ませている。

「やっぱ、つまんねーよ。 これからこいつマルシェのラボに連れ込んで改造しちゃおうぜ」

ダークネスの右腕が震えだした。
最初は小刻みな震えだったが、彼の感情の昂ぶりを如実に反映するかのように、徐々に震えは大きくなった。
そして右腕は肩の高さまで上がり…。

「藤本…」

「何だ」

「藤本!」

「だから、何だって言ってるだろう」

「お前という奴は、お前という奴は………GJ!!」

親指を突き上げ、美貴を讃える。

「おい、オッサン」

「いやあ、本当はワシもそれ言いたかったんだがな。 闇の王としての体面がそれを許さなかった。 いやあよく言ってくれた」

改造、それは悪の組織のロマン。
悪の組織を率いる者として、改造は飽くなきテーマ。

胸に秘めていた改造への熱い思いを語るダークネスの様子は美貴を少しずつ退かせていった。

「で、もし改造するとしたら何に改造するんだ。 亀井だけに甲羅を貼っつけてカメゴンか」

つい先ほどは親指を立てたダークネスが、今度は人差し指を立てて左右に振る。

「ノノノ、ノン。 折角正義のヒーローが向こうから飛び込んできてくれたんだ。 ダークヒーローとしてプロデュースせねば」

こんな風に。

川*’ー’)<ダークネス、あんたらの悪さもそこまでやよ。

(クネス)<フハハハハ、それはこちらの台詞だ、リゾナンターよ。 今日という今日はお前たちを叩き潰してくれるわ。

||c| ・e・)|<もうアンタの部下は一人も残っていない。 あの性悪の魔女もリゾナントバスターで粉砕した。アンタだけで何が出来る。

(クネス)<グハハ。あんな貧ぬー魔女など最初から使い捨ての駒に過ぎぬわ。 今日はお前たちにダークネスの新しい幹部を紹介しよう。

ノノ*^ー^)<悪あがきはやめなさい。 もうあなたの為に働く者なんて誰一人いな…あ、

あっ、あああっ!
絵里、絵里どうしたの。
苦しい、苦しいの。
何ね、絵里の身体を締め付けてるこの真っ黒なロープは何ね? いったいどこから出てきたっちゃ。
ダークネス、あなた絵里に何をしたの

ワシは解放してやっただけだ。 亀井絵里が心の中に抱いていた悪の心を。
そのロープは亀井絵里の良心を縛り、悪の心を解放する。
見たかっ! リゾナンターの戦闘服を亀甲に締め付ける闇のロープを。
そして、知れっ! 彼女こそダークネスの新幹部にして、最終兵器。 戦場に地獄の風を吹かすその名も亀甲マンwwヒィィィィ

「いや、マジで死ねよ。 オッサン死んでくれ」

背負っていた絵里の身体を回転させてダークネスの顔面に痛打を見舞った美貴は、倒れているダークネスを踏みつけてそのまま歩を進める。
自分の身体を凶器として使われながら、絵里は美貴の背で眠ったままだ。

…いた、お出ましか。

暗い道の真ん中に新垣里沙が立っていた。 両腕を身体の後ろで組み、体を少し逸らせていた。

「夏だってのに相変わらず長袖着てんのかよ。 誰にも明かせない手首の傷痕、もう誰も信じないってか」

時候に合っていない服装を揶揄する美貴に対して、大仰に頭をさげる。

「カメがご迷惑をかけたようで。 ここで引き取らせていただきます」

「引き取るつったって、ガキさん一人しかいないじゃねえか。 こいつ重いぞ」

里沙一人では連れて帰れないから、仲間を呼ぶことを勧める。

「いいえ、私一人で結構です。 だって、仲間の血を流したくはありませんから」 急に温度が下がった。

「何だ、いきなりシリアスモードに移行する気か。 いくらガキさんが頑張ったところで、アタシの背中で眠りこけてるこいつの所為で空気は弛みきっちまったぜ」

無駄な努力をやめるよう促した。

「もしもあなたと接触したのがカメ以外の誰かだったら。 あるいはカメと接触したのがあなた以外の誰かだったなら…」

自分もこんな心配をすることはなかったと言う里沙の表情には些かの感情も感じられない。

「藤本さん、あなたは優しい人だと思います。 でもその優しさ故に生まれてしまった絆の重さに愕然としてしまって、壊してしまう。 自分が自分であるために」

「何、その痛過ぎる設定。 買いかぶり過ぎだって。 アタシはただのサン様好きのエロかわいいお姉ちゃんだっつうの」

「あなたは笑顔で私たちと別れることも出来るし、笑いを湛えながらカメを壊すことも出来る。 そういう人です」

「だとしたら…」

だとしたら、どうなんだ。 美貴はうそぶいた。

「もしも、もしもアタシがガキさんの言うとおりの人間だったとしたら、じゃあやっぱガキさん一人じゃ心許ないんじゃないか」

いいえ、里沙は即座に答えを返した。

「私はあなたが愛でてくれる類の強さを持ち合わせていません。 あなたのような戦闘狂を満足させるような血みどろの闘争を展開する資質に欠けています」

だからお互い血を流さずにこの場を収めることができる可能性が高いと里沙は言い切った。

「何本だ?」

「はい?」

「十八番の糸を何本張ったって訊いてるんだ」

美貴の問いかけに対して里沙は後ろ手に組んでいた両腕を水平に開くことで答えた。
その掌は手袋というには武骨すぎるグラブが覆っていた。
金属で強化された関節部からは極細の鋼線が闇の中に伸びている。

「ご覧の通りです。 ざっと30本というところでしょうか。 操り得る最大限の数を展開してしまっては、却って操作が制限されますから」

ここで初めて里沙の顔に笑いらしきものが浮かんだ。

「でもね藤本さん、私の言ったことなんかを信じちゃだめですよ。 あなたがご存知の通り…」

新垣里沙は嘘つきなんですから。

          ◇          ◇          ◇

30本。 里沙の自己申告を信じる根拠はないが、このありふれた町の片隅に相当数の鋼線が展開していることは間違いない。
強度を、硬度を、弾性を、可視性を意図的に違えられた各々の鋼線は、まるで蜘蛛の巣のようにこの町角の制空圏を支配して、間抜けな犠牲者を絡みとらんと待ち受けているのだろう。
それだけならいい。
本物の蜘蛛の巣以上に厄介なのは、鋼線の蜘蛛の巣は新垣里沙によって変幻自在に形を変えられ、その圏外に踏みとどまった者にすら襲いかかってくることだ。
首を縊り、肉片を削ぎ取り、里沙の脳から発せられた干渉電流の導体となって、捕らえた者を傀儡人形に堕とす。

「自分、口で平和的なことを言ってるけど、美貴のこと殺る気満々じゃん」

そう、新垣里沙は血を流すことなく敵を覚めることのない悪夢に誘い込み、その精神を殺す。

「いえいえ、私は私で必死なんですよ。 必死さを演出するのにね」

里沙の必死さに藤本美貴が呆れ果てて、心が萎えてしまうことを期待しているという。

よく言う。

「専守防衛に徹するつもりならこれだけの手立てを尽くす必要はないだろう。
テメーはアタシを此処で仕留めるつもりなんだ。 アタシが無防備になったこの機会を逃すまいとし…何がおかしいんだ」

対峙する里沙がはっきりと笑った様子を見咎めた美貴は、すの不遜さを当然のように詰った。
当の里沙はそんなことを気にもかけなかった。

「あなたが部下の戦闘員たちを引き連れて臨戦態勢であろうと、孤立した状態であろうとさしたる違いはありません」

「何」

「大切なのは私が単独であなたに当たるということ」

つまり、自分がこれから美貴に対して行うことが、他のリゾナンターの目に入らないことこそが重要だと言う里沙はとても正義の守り手には見えなかった。

要するに?

「要するに、手を汚すのは私一人で十分だということです」

「アタシもえらく見くびられちまったもんだな。 まさかこいつとイチャツいたと思って妬いているのか?」

美貴は自分の背中で眠り呆けている絵里の存在を誇示した。

「いいえ。 あなたがカメの悩みを受け止めてくれたことには感謝しています。 私が問題視するのはあなたの能力組成のデタラメさです。
かつてのあなたは私や吉澤さん同様、精神感応系の能力と身体能力を武器とする支援タイプの戦士だった。 なのに今のあなたときたら」

「氷雪系の魔法を使いこなす魔法少女ミキティときたもんだ!」

美貴の混ぜっ返しに里沙の心が動じることはなかった。

「私は恐ろしいです。 もしも魔女というステータスが抽出され、伝播していくものだったとしたら。
その現象が魔女となった者の人格に影響をもたらすものだったとしたら。 そして、その現象が原理原則に基づいて発生するものではなく、ランダムに発生するものだとしたら…」

「つまり…自分の仲間を魔女にはしたくないということか」

里沙は大きく頷いた。

「その様子じゃ昔のことも調べてきたんだろうな」

「カメには資質があると思います」

里沙は美貴の問いかけに直接答えようとはしなかった。

例えば、久住小春。
霊視という超感覚系の能力、電撃という念動系の能力。 二つの能力の特性が融合した念写能力。
三つの能力を有している複合能力者として認識されている小春だが、そのチカラの実相は電磁波の操作能力に他ならない。

「小春の家系は何代かに一人、とても霊感の強い女の子が生まれてくるらしいです。
事実小春のお祖母さんは霊能者として住まわれていた村落で起こった様々な問題の相談を受けて、解決されたと聞いています」

そして小春も幼児期の言動から、祖母の跡を継ぐ存在として期待されていたという。

「お祖母さまから少しずつ、霊視の手ほどきを受けていたらしいです」

いわゆる霊能力者が霊の存在を感知する場所では、強い電磁波が計測されることがあるという。

「霊能と電磁波の関係は科学的に立証されてはいません。
少なくともお祖母さんから受けた霊視の手ほどきが、小春の電磁波操作能力を成長させた可能性は強いです」

霊視の次に小春に発現したのは念写能力だった。
TV番組で超能力者が行っていた念写を見ていた周りの人間に薦められたのがきっかけだったという。

「小春の霊視は電磁波の強弱や変化を映像化して捉える能力です」

「そう言っちまうと味気ないな。しかし…」

今は久住小春のことを話題にすべき状況なのだろうか。

一旦脳内で捉えたイメージを、電撃で印画紙やフィルムに焼き付けることは、さして難しいことではないという。

「念写に要する電撃のエネルギーはさして大量だとは思えませんから」

遊び感覚で始めた念写は、結果的に電磁波の認識と操作の正確性を向上させる訓練として機能した。
しかしその時点では敵対する相手を無力化するほどの強力な電撃を駆使することは出来なかった。

「小春が殺傷力を有した電撃を初めて発現したのは、リゾナンターの一員となってからです」

仲間を守ることの出来る力を欲する心が眠れるチカラを呼び起こしたと話す里沙に美貴は毒づいた。 で?

「でっ! 新垣先生の能力講座はまだ続くのか」

藤本美貴からすれば久住小春の能力組成の過程など判りきった知識だった。
それを敵対心を隠さない新垣里沙から、長々と聞かされたくはないという思いがある。

「出来ればこいつを引き取ってアタシをとっとと解放して欲しいんだけどね」

「私は一人の人間が複数の能力を持つ場合でも、一つ一つのチカラは断絶しているわけじゃないってことが言いたかったんです。それは…」

瞬間移動と精神感応を有する高橋愛にも言えることだという。

「愛ちゃんが瞬間移動を行う際に、必要不可欠なのは移動先の三次元座標を正確に察知することです」

もしも目標地点の座標を誤認した状態で能力を発動して、深海や大火の中に瞬間移動してしまえば生命に関わってしまう。
三次元空間を鋭敏に探知する為のセンサーとして、精神感応は機能しているという。
高橋愛の場合、位相の異なる二つのチカラが補完関係にある。

だ~か~ら…。

「そんな類のことは今更テメーにレクチャーされるまでもないっつってんだよ」

「ええ、カメには資質があるっていう話でしたよね」

亀井絵里の能力、傷の共有と気体操作(風使い)。
里沙によればこの二つの能力の関係はほぼ断絶状態にあるという。
二つのチカラの根源となる能力の存在も皆無ならば、相互補完する関係にもない。

「複合能力者の存在自体は珍しいことではありますが、超レアってわけでもありません。でも…」

亀井絵里のように所持する複数の能力が断絶状態にあるケースはかなり珍しいと里沙は言った。

「つまり、カメは傷の共有という異能を有しながら、風使いという全く新しい異能をその身に帯びてしまった。
親友である道重さゆみのピンチを救う為に何のバックボーンもない能力を創造してしまった」

そんな亀井絵里には藤本美貴から魔女を継承する資質が備わっている。
導き出した結論を告げる里沙の思いつめた様子には、流石の美貴も辟易したようだった。
おいっ、何か話しかけようとするが、当の里沙はこれを無視した。

「大丈夫、殺しはしません。 もしもあなたを殺して万が一あなたの中の魔女を外に出してしまっては世界をどんな悲惨な事態が襲うやら」

その被害は魔女の資質がある能力者だけに留まらないだろうと里沙は告げる。

「だから、私はあなたの精神の中に檻を作ってそこに冷酷な魔女ミティを閉じ込める。
決して簡単なことではないでしょうけど、やり遂げてみせる。 もしかしたら優しい藤本さんが戻って…何が可笑しいんですか」

里沙は目を疑った。
眼前の藤本美貴が笑っているのだ。
最初は頬を緩める程度だったのが、今は明確に笑っている。

何て女だ。里沙は思った。
確かに藤本美貴という女は、対峙した敵に冷笑を浴びせることがある。
しかし、それには戦場の駆け引きが多分に含まれていることを里沙は知っている。

藤本美貴の冷笑は不利な状況を敵に悟られぬようにする擬態だった。
藤本美貴の憫笑は戦局が自分に傾いたことを敵に知らしめる最後通牒だった。
藤本美貴の哄笑は己の命を賭けたギャンブルの快楽を貪る戦闘狂のありのままの姿だった。

だが、今目の前の藤本美貴の笑っている有様はといえば、純然たる爆笑だった。
まるで里沙の姿が滑稽で仕方がないとでもいうように。
里沙は仲間を守ろうという自分の決意を汚されたような気がした。
魔女の汚染から仲間を守ろうという自分の尋常ではない決意を否定されたような気がした。

「ちょっ、何が可笑しいんですか! 確かにあなたは強いかもしれませんが…」

里沙の頭に血が上った。
マインドコントローラーにとって、冷静さを失うのは致命的な事態だというのに、里沙が激昂した。

「…あなたって人は・・」

藤本美貴は笑っていた。
亀井絵里を背負いながら爆笑していた。 片手で腹を抱えて大笑いしていた。

「わりーな。 でも無理無理。 もうこれ以上我慢できないから」

目に涙を湛えながら、戦場の作法を破ったことの非礼を里沙に詫びている。

「何がそんなにおかしいんですか! これから貴女の精神を侵そうとしている私のどこがおかしいんですか!!」

里沙の両腕の筋肉が収縮した。
美貴の返答しだいでは、鋼線を操ってその肉体を切り刻んでやるという意思表示だ。
たとえ美貴の背中に亀井絵里が背負われていてもだ。

「ガキさんが何を言いいたいのか。 そして何をしようとしているのかはよくわかった。 が…」

「が?」

里沙は続きを促した。

「だがよっ、ガキさんみてえな変態の露出狂の口からそんなシリアスなことを言われたくは無えんだよ!」

「な、何ですって!」

里沙の眉が怒りでつり上がった。
両肩が小刻みに揺れ、その揺れはやがて鋼線と繋がった両掌に伝わった。

ぴきっ ぴきっ

硬質な音が美貴の鼓膜を揺らす。
鋼線が踊っている。
里沙は鋼線でより広範囲をより高密度に制するために、建造物の一部に取り付けた小型の滑車やギアを通していた。
今、里沙の怒りが伝わった鋼線の荒々しい動きが、滑車やギアを跳ね飛ばし美貴の周囲で渦巻いている。

「ゆ、許さないんだから! 仮にも妙齢のレディに向かって変態とか露出狂とか許さないんだから」

まるで蛇のように蠢く鋼線は美貴の体を掠めていく。

「お、おいっ。 危ないだろうが。 アタシの背中にはお前の大事なカメが居るってことを忘れちまったのか」

予想だにしなかったタイミングで訪れた里沙の攻勢に流石に慌てている。

「大丈夫です。 カメにはさゆがいます。 もしみ傷を負わせたって大丈夫。 でもあなたは許せない、あなただけは許さない!」

里沙は己を変態呼ばわりした美貴を詰った。

「いや、そんなこと言ったって、お前。 お前の下半身は現に何も履いていない丸出しのスッポンポンじゃねえか」

街灯が里沙の何も履いていない下半身を照らしていた。
節電目的の為に街灯の照度が落とされていることが幸いしてか、細かな部分までその詳細な有り様を映し出してはいなかった。
が、しかし紛れもなく里沙の下半身はあるがままの姿をさらしているのだった。。。

「アタシ、頑張ったんだから。 道の真ん中で下半身丸出しで仁王立ちのガキさんを見て吹出しそうになったんだから」
でも何とかそれは思いとどまって、最後まで話を進めようと頑張ったんだから。 なのにガキさんときたらそんな格好でクソまじめなことばっかり言うから…」

「…か…を…します」

はっ?何言ってるんだコイツ。
夜目にも明らかなぐらい怒りで顔を歪めた里沙が何か言っている。

「謝罪と撤回を要求します」

何を謝れっていうんだ、コイツ。

「私のことを変態の露出狂呼ばわりしたことへの謝罪と撤回を要求します」

それかよ。

「お前バカなの?」 美貴は反撃した。

「いくら夜といったって街の真ん中で下半身丸出しのやつを露出狂と呼ばずして何て呼べっていうんだ!」

「藤本さん、あなたは何か思い違いをしている」

里沙の口調は意外と穏やかだった。
しかしその穏やかさが却って美貴の心胆を寒くさせていた。 
いやっ、こいつマジでヤバいぜ。

「いいですか、藤本さん。 確かに私は夜とはいえ公衆の往来の真ん中で何一つまとわない下半身をあらわにしている。
そのことを否定はしません」

それはそうだろう。 ばっちり履いてないんだから。

「ですが、私は私のことを露出狂であると指摘したあなたの言葉を否定する。 何故なら…」

私は露出狂ではないのだから。 里沙の論旨は単純明白だった。

「露出狂とは己の裸体を人前に晒すことで性的な興奮を得られる倒錯者を意味します」

里沙の口舌に異論はない。
その意を表すべく、美貴は小さく頷いた。

「ですから今不特定多数の人間が通る可能性のある道の中央で、下半身をあらわにする私のことを露出狂と見紛ったあなたの愚かさを笑いはしない」

いや、露出狂だろうという美貴の思考を感知したのか、里沙の語気が強くなった。

ですが、間違いは正しておかないといけない!!! 里沙は叫んだ。

「確かに私はパンツを履いていない。 でもそれは何も履いていない下半身を人目に晒して性的な興奮を得る為に履いていないんじゃない!!」

大声で叫んだ為、少し声が枯れたのか一息置いた。






これは拷問だ。
何で下半身マッパのイカれた女と真面目ぶって話さなきゃいけないんだ。
あぁ、帰りたい。 早く帰ってサン様のドラマの最終回を見たい。
っていうか、アタシの背中におぶさってるこいつはこんな状況でどうして眠ってられるわけ?

美貴の懊悩を見透かしたように、里沙は己の心情を明らかにする。

「私がパンツを履いていないのは、私がパンツを履いていないのは…あなたを相手にする為です」

げげっ!こいつ何を言い出しやがる。 二回も繰り返しやがって。 マジ勘弁だわ。

「誤解しないでくださいよ。 あなたの相手をするといったって別にベッドの上で相手するというわけではないのです。 私の操は愛ちゃんだけのもの」

「るせーよ。 オメーマジに殺りたくなってきた」

牙を剥き出し吠える美貴に対して、里沙は不敵な笑みを浮かべている。

「魔女になる前のあなたは私と同じ超感覚系の能力者だった。 もっと踏み込むならば、私や吉澤さんのように他者の精神に働きかけるのとは逆のベクトル」
つまり精神干渉系の攻撃に対する耐性の強さこそがあなたの異能の本質に他ならなかった」

ふん、嫌なことを思い出させてくれる。 そうだ、確かにそうだった。
念動や発炎、重力操作のような派手なチカラなんかアタシには、はなからなかった。
実質が無能力者といっていいアタシが、紛れ込んだMを追い出されることなく飼われていたのは、今アタシの目の前にいるこいつが言っている通りのいきさつでだ。
精神干渉や催眠のような精神への働きかけに対する耐性の強さを買われたからだった。

心を操作されないという特性の生かし所といえば、敵に真っ先に突っ込む鉄砲玉か、身柄を確保した能力者のチカラの正体が掴めるまでの監視役ぐらいしかなかった。
別にそのことを何とも思っちゃいなかった。
屋根の下で眠れてその日の飯にありつければそれでいいと思ってた。
アイツに、アタシの安いプライドを粉々に打ち砕かれるまでは…。

で、このモロ出し女は何を言いたいんだ。
美貴は自分の思いを秘めたまま、里沙を睨みつける。
その視界には里沙の白い下半身も入ったが、もう笑いは起こらない。

「そんなあなたの強靭な精神に侵入して、魔女のステータスを封印するには、私の能力の発動も極限レベルの精密さを要求される」

「ふん、ご苦労なことだ」

「そう、成功率1パーセントを下回る高難易度のオペに臨む脳外科医のような繊細さを要求される。 だから私はパンツを脱がなくっちゃあいけ…ちょっと待ちなさい。聞いて、私の話をもう少しだけ聞いて」

ラストストローという言葉がある。
山のような積み荷を背負い、砂漠を横断するらくだ。
背中のこぶに膨大なエネルギーを蓄積し、無限大に荷を負えるように思えるタフな生き物のらくだっでも、背負える重さには限界がある。
その限界に達してしまうと、わら一本を載せただけでらくだは崩れ落ち動けなくなってしまう。
大きな現象の限界点は極めて小さいということを指し示した言葉だ。

今日の藤本美貴は頑張った。
灼熱の砂漠を進むらくだのように頑張った。
ダークネスカフェの閉店作業を妨げたリゾナンター亀井絵里。
事態を更に紛糾させた闇の王ダークネス。
二人を相手に唯一の常識人としてどうにか事態を収め、あと少しで物語の幕を閉じるところまでこぎ着けたのだ。

そこに新垣里沙が現れたのだ。
美貴は安堵した。
鋼線を袖口に仕込むためなのだろう。
長袖のジャケットを身につけた新垣里沙の姿を目にしたときは、今宵の苦行もこれで終わりだと思った。
多少の小競り合いの後に、亀井絵里を里沙に引き渡せば自分は解放される。
そうしたら今夜は録画しておいたドラマを見ながら眠りについて、明日は朝寝坊してやる。
そう思っていた。

だが暗さに順応した目が、里沙の全身に焦点を合わせるにつれ、里沙は下半身に何も下着すら着てないんじゃないのかという懸念が湧いてきた。
最初はそういう色の衣装なのだと思っていた。
アパレルの仕事に就いている里沙ゆえに、流行の先端を行く仕様の衣服を身につけているのだと思っていた。
夜の闇の悪戯が里沙をモロ出し状態に見せかけているだけだと思ったのだ。

…いや思いこもうとしたのだ。
藤本美貴の本質は狂戦士だ。
闘争の中に身を置くことで、自らの生きる意味を見出す。
そんな業の深い生き方しかできない哀れな女だ。
しかし彼女の性格には「狂」の文字にはそぐわぬ怜悧な一面がある。

優れた洞察力と冷静な判断力を併せ持つ狂戦士。 それこそが藤本美貴だ。
だから新垣里沙の姿が闇夜に浮かんだ時点で、下半身がモロ出しだということは判った。
だが、その事態を認めたくはなかった。

下半身をモロ出しにした人間と対峙している自分の姿を想像することがイヤだった。
みじめでたまらなかったのだ。
だから平静さを装った。
文明の光の元で生きる人間ならば、隠しておくべき部分をモロ出しにして迫る新垣里沙に対して、平時と変わらぬ態度で接したのだ。
何事も無かったかのように対応して、何事も起こらぬ内に別れようとしたのだ。
…それなのに新垣里沙ときたら。

ただでさえ嘲笑を誘う格好だというのに、ひたすらシリアスなことばかり喋ってくるものだから、そのギャップに疲弊してしまった。
モロ出しの里沙との受け答えの一つ一つが、積み荷となって美貴の精神に積まれていった。
そしてたった今、美貴の相手をするために自分はモロ出しの状態になったという里沙の言葉は、まさに最後の麦わら一本となった。
有り体に言えば、その一言によって美貴の忍耐は限界を超えてしまったのだ。
今、美貴の胸の中にある思いは、世界の形を壊すことなく一日の終わりを迎えるという小市民的なものとはかけ離れている。
たとえ、世界を壊しても構わない。 モロ出し女の前から一秒でも早く遠ざかってやるという決意だった。
そして物語は終局に向かって加速していくのだった。

「…卑劣な男でした。 ゲス野郎というのはあんな男を呼ぶために生まれた言葉なんだと思います」

我に返った美貴の前では里沙が熱弁を振るっている。
その格好はといえば相変わらず、下半身を完全に露出させたままだ。

「聞いてました、藤本さん。 今私の言ったことちゃんと聞いてくれてました?」

もし聞き逃したのだったら、もう一度最初から繰り返しましょうかと尋ねてくる。
ノーパンの効用について、天啓を得た出来事について話していたらしい。

「ああ、聞いていたさ。 お前が露出の歓びに目覚めた時の話だろう?」

「そうそう。 あれはご主人様の命令でコンビニに買い物に行かされたときのことです。 いきなり全裸ではハードルが高すぎるだろうとTシャツ1枚を与えられって、何でやねん!!」

下半身を露出させているとはいえ、さすが歴戦の強者。
ベタな乗りツッコミを難なくこなすあたり、伊達にリゾナンターのサブリーダーを名乗っているわけではない。

「そもそも愛ちゃんを差し置いてご主人様とか、馬鹿らしい」

「いやっ、そこ食いつくところじゃねえだろう」

とにかく、と里沙は言った。

「とにかく、私が精神の触手を他人の心に侵入させる時、脳内の電流を操作して記憶のメモリーを書き換える時、限りなく高いレベルで、精神の集中が求められます」

そしてその対象が里沙と同じ精神系の能力者である場合、より高いレベルでの集中が求められるらしい。

「だから、今私はパンツを履いていないんです。 だってゴムの当たってる部分が痒かったり、大事なところに食い込んでいないか気になりだしたらとても他人の精神に侵入なんて出来ませんしね」

里沙は寂しそうに笑った。

大体だな。
美貴は里沙の言葉の至らない部分を糺そうとする。
不条理の泥沼に飲み込まれかねない危険は承知の上だ。

「お前、さっき自分のチカラの発動にはパンツが邪魔だとか言ってたよな」

里沙のロジックには何の科学的な根拠はないが、里沙がそれほど強弁するのならその法則は成り立つだろう。
あくまで新垣里沙に限ってではあるが。

「だからお前が今ノーパンだってことの説明はそれでつくかもしれないが、しかしそれだけじゃ説明がつかないこともあるだろうが」

新垣里沙が精神干渉のチカラを細緻かつ強力に行使するためには、パンツを履いていない方が良い。
そのことは認めても良い。 だが、しかし…。

「何ゆえに街中でスッポンポンの下半身を晒す必要がある?」

精神集中の妨げになる下着だけを脱いだノーパンの状態で臨めばいいだけの話だと美貴は指摘した。
なのに敢えて下半身モロ出しの状態を路上で晒したということは、新垣里沙が露出狂の変態である証ではないのか。

「…わ、私だって好き好んで生まれたままの下半身を晒しているわけではありません!」

ここに及んで里沙の声に悲痛な響きが感じられた気がして、美貴は目を瞬かせた。

「愛ちゃんからあなたが絵里を送ってくるということを聞いた私は願ってもないチャンスがやってきたと思いました。
そう、あなたの魔女の力を封印する願ってもないチャンスが」

たまたまリゾナントを訪れていた里沙は、美貴からの電話に応対した愛から事の経緯を聞かされた。 それは。
絵里が働きたいという希望を持っていたということ。
その希望を叶える為に、面接を受けたのがダークネスの息のかかった店だったということ。
疲れたのか眠ってしまった絵里を美貴がリゾナントの近くまで送ってくるということ。

里沙は絵里を迎える為に出かけようとしていた愛やれいなを制した。
二人はリゾナントの閉店作業や、翌日の営業の為の仕込みが残っている。
だから自分が迎えに行くと。
最初は心配した二人だったが、結局里沙の希望通りになった。
ダークネスとの抗争が沈静化していることもあったが、何よりも決め手となったのは絵里と二人で話をしたいという里沙の言葉だった。

「まあ何といってもあなたとは前の勤め先での同僚という繋がりもありますしね」

勤め先とか言うな。 美貴は思ったが、それを言葉にするのはやめておいた。

「あなたがリゾナントに来るとしたら、人通りの多い通りは避けてこの道を使うだろうということは予測がつきました」

だから里沙は美貴を出迎える為にこの場所に鋼線を仕込んだ。
そして精神干渉のチカラを最高レベルで発動し、極細レベルで行使するための妨げとなるパンツを物陰で脱いだ。
その上でチノパンを履こうとした。

「すると、どうでしょう。 もっと遅れてやってくると思っていたあなたが予想以上に早くこの場所へやってきた」

里沙は選択を強いられた。
もしもチノパンを履いている間に、美貴が通り過ぎてしまえば鋼線の仕掛けというアドバンテージが無くなってしまう。
といってチノパンを履かずにあなたと対峙してしまえば、自分の恥を晒してしまう危険性がある。

「…私は下半身に何も着けずにあなたと対峙することを選びました。 これが私の覚悟でって、ちょっと藤本さん、何をするんですか」

里沙は狼狽した。
美貴が背負っていた絵里を路上に降ろすと、立っているのも覚束ない絵里の背中を叩くようにして里沙の方に向かわせたのだ。

危ない!  このままでは絵里が転げてしまう。
慌てて絵里を抱きとめた里沙は、その重みを支えきれず尻餅をついてしまう。
剥き出しの尻に路面が触れる。

熱っ!
昼間、日光に照らされた余熱の所為か、アスファルトのざらついた表面のせいか里沙は尻で熱さを感じた。
絵里はというと、楽しそうに寝言を呟いている。
何よ、くるくるって?

この状況を作り出した元凶である美貴は、里沙に背中を向け遠ざかろうとしていた。

「ヤバッ。 ガキさんが物陰でパンツを脱いでる所を想像したらまたおかしくなってきた。 チクショー、腹が痛ぇ」

その背中に里沙は毒づいた。

あなたって人は、どこまで私のことを。 でも…。

「捕まえた」

無防備な背中を晒した美貴の腕に、脚に、首に無数の鋼線が絡み付いていた。

「テメー、これはっ」

「だから言ったでしょう、私は嘘つきだって。 私の戦いに肉体は要らない」

そう、新垣里沙は精神で、誇り高き魂で戦う。
絵里の為に手足が塞がっていても、それは然したる問題ではない。
対象の脳内の電流を強制変換する為の強力な導体となる鋼線が美貴を絡み取った時点で勝負あった。

藤本美貴、いや氷の魔女ミティ。
あなたの力をこれから剥奪します。
里沙はチカラを発動した。


………雨が降っている。

どんよりと曇った空から雨粒が落ちてくる。
雨粒の当たった身体は痛みを感じている。

……痛い、というよりも寒い。 ここは一体。 私はリゾナントの近くの路上で藤本さんを捕らえた。

女の子が立っている。
背格好からすれば小学校の低学年だろうか。

……時間も場所も全然でたらめだ。

女の子は泣いている。
何かを抱えてしくしくと泣いている。

……十中八九、あの子は普通の子供じゃないと思う、だけどもしも本当に困っているとしたら。

女の子は子犬を抱いている。
子犬はどうやら命が失われているようだ。

……あの子の顔、どこかで見たような。 声をかけたいけど、でも。

里沙は心配した。
下半身に何も着けていない自分が話しかければ、女の子が怖がってしまうのではないかと。 トラウマが残るのではないかと。
でも里沙は気付いた。
自分がちゃんとした身なりをしていて、勿論パンツも履いているということを。

……何故こうなってしまったのかは判らない。 でも目の前であんなに泣いている女の子がいるなら声をかけないわけにはいかない。 たとえそれが罠であったとしても

「ねえあなた、怖がらないで。 お姉さんはね、ガキさんっていうの。 あなたのお名前を聞かせて」

女の子に近づきながら、彼女が抱いている犬の様子を観察する。
外傷は無さそうだが、ぴくりともしない。
この寒さで衰弱死してしまったのか、それとも病気なのか。

「その子はあなたのお友達?。 お医者様には診てもらったの?」

悲しそうに泣きじゃくる女の子の心を解きほぐすことは簡単ではなさそうだが、放っておくわけにはいかない。
いきなり抱きしめては怯えてしまうだろう。
それでも肩に手をかけたり、手を握りしめてあげたい。
こんな凍てつくような雨の中一人、小さな命を抱えていた子供を救いたい。
そう思った里沙は女の子の傍らに跪く。
彼女の胸元には名札が留められている。
字が滲んで読みとりにくいが、名前を呼ぶために読みとろうと試みる。

「ええと、あなたのお名前は……ふ・・じ・も・・・と…みき?」

「ガキさん」

女の子に愛称を呼ばれた里沙はその顔を改めて観察した。

似てる! やっぱりこの子藤本さんに似てる。

「ガキさん…。 つかまえた」

ふじもとみきを名乗る子供が、いや幼い頃の藤本美貴が悪魔のような笑顔を里沙に向けている。


……疾走感、高揚感。言葉では表現しがたい感覚を認識しながら闇の中を走っていた。
自分の力で走っているのではない。
正体が判明しない力によって強制的に移動させられている。
まるで禿鷹に首根っこを掴まれた哀れな小動物が、食餌として巣に運ばれているような…。

光が見える。
まるで星のように小さな煌めきが、どんどん大きくなっていく。
里沙の目に映る光はやがて月ぐらいの大きさになった。
星ぐらいの大きさの時は綺麗だと思った光は、大きくなるにつれ雑多な光の集合体だということがわかった。

何よ、アレは。
看板とか街灯とか車のヘッドライトとか。
リゾナントのある街の光っていうか、街そのものじゃない。
つい先刻まで自分がいた場所を上から見下ろしながら、どんどん近づいてゆく。
見下ろしている場所へ近づいているのに、落ちているという感覚は無い。
ただ急速に近づいて、やがて元の場所に戻った。
全力疾走の直後のような激しい心拍。消耗。不快感。

何も変わっていない。
繁華街からリゾナントへ向かう道の上に里沙はいた。
相変わらず眠ったままの絵里が傍らにいる。
パンツは…履いていない。

「私に何をしたんです、藤本さん」

里沙が呼びかけた相手、藤本美貴は路上に屹立している。
その身体は里沙が操った鋼線で拘束されたままだ。

「笑わせてくれるじゃん。 ガキさんに何かしかける前に、アタシの方がやられっぱなしなんだけどね」

「はぐらかさないで下さい。 私が見たあの女の子。 動かなくなった犬を抱えて泣いていたあの子。 胸にふじもとみきって書かれた名札を付けていたあの子は一体?」

里沙はつい先刻会い見えた少女について問い糺したが、美貴は真相を語ろうとしなかった。

「さあ・・ね。名札に書いてたんだったら、ふじもとみきなんじゃね」

特に珍しい名前でもないと嘯いている。

「どんよりとした雲が立ちこめていて、凍てつくような雨が降っていました。あの場所はあなたの…」

「うるせーな、知らねーって言ったら知らねーよ」

美貴の声が険しく尖る。

「あの場所も、あの場所にいた女の子もあなたの心象風景なんじゃ」

「これだからマインドコントローラーときたら」 わざとらしい溜息が聞こえる。

「人の頭ん中に首を突っ込んで、ああだこうだと好き勝手なことばかり言いやがって」

いけませんか? 里沙は美貴の瞳を見つめる。
そうすれば、美貴の心の中をのぞき込めるかのように。












最終更新:2011年08月11日 21:37
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