『それぞれの挑戦』


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リゾナンターとダークネスの戦いは、既に三年以上に及んでいる。
個々の戦闘能力ならばダークネスの方が勝っている筈だが、なぜかいつもあと一歩の所でリゾナンターに後れを取ってしまう。
いい加減に決着をつけなければダークネスによる世界征服の野望は遠のいていくばかりだ。
業を煮やしたダークネス首脳陣は、遂に対リゾナンター戦に最終兵器の投入を決定した。

「それが私だ」

冷たい刃のような声だった。
まぶしいほど青い空の真下で、その男の周りだけが薄暗い闇に包まれている。

「最終兵器?アンタが」

高橋愛はその男と対峙しながら、慎重に間合いを計っている。
年は三十をいくつか過ぎたくらいだろうか、スラリと引きしまったその肉体と、苦み走った口元、
そしてその切れ長の両目から放たれる眼光の鋭さから、この男がただ者ではないという事が伝わってくる。

「君も確か、組織の最終兵器として生み出されたのだったね。i914」
「その名で呼ばれるとなあ、あしはちょっと加減が出来んようになる」
「最終兵器が二つあるというのも滑稽な話だ。いい機会だから、どちらがその名にふさわしいか決めてみようじゃないか」

そう言って男は口元に薄い笑みを貼り付けた。
ピリピリとした緊張が、愛の皮膚を刺す。
出来る。
リゾナンター随一の実力を誇る愛を前にしてのこの余裕。相当な手だれに違いない。
どんな能力を使うのか、それを見極めなければ――と愛が思った瞬間、男が無造作に間合いを詰めてきた。

「精神感応、瞬間移動、そして光の力、君は三つの能力を操るんだったね」
「ちいっ!」

懐に潜り込まれた格好になった愛だが、すかさず右足による回し蹴りを男の側頭部目がけて放った。
愛の得意技の一つ、稲妻のような鋭さを持つ蹴りだ。
だが蹴りは、並の相手なら一発で意識を遥か彼方まで吹き飛ばされるであろうその蹴りは、男の頭上を掠めて空気を切り裂いていった。

―かわされた?
「いい蹴りだが、素直すぎるな」

ツツッと上体を屈めながら、男は愛のみぞおちへ掌底の一撃を繰り出す。
間一髪のところで愛は瞬間移動能力を発動し、男の後方へ数メートル程跳んだ。
男は、まるで愛の跳んだ先が初めから分かっていた様なそぶりで、ゆっくりと愛の方へ振り向いた。

「私だけ君の能力を知っているのでは、不公平だな」
「なんやて?」
「私の能力を、君に教えようというのだ」

一瞬、愛は耳を疑った。
戦いの相手に自分の手の内を明かすなんてバカな話があるだろうか。
ブラッフ(かけひき)という可能性も十分にあるが、男の口ぶり、その身に漂う余裕からは、詐術の匂いは感じられない。

「私は九つの能力を操る事が出来る」
「フン、んなもんただのハッタリやろ」

リゾナンター、いやリゾスレの登場人物のなかでも最多の能力を操る愛ですら三種類なのだ。
いくらなんでも九つも能力を操れるなどとは考えにくい。
そんな事をしてしまっては設定がダブついてロクな事にならない。愛の三種類でギリなのだ。

「確かに新規の能力九つでは設定がダブつく。だが私はリゾナンター打倒のためだけに生まれたのだ」
「まさか……!」
「そう、私は君たち一人一人それぞれの代表的な能力を操る事が出来るのだ。それも君たち以上にね!」
「な、なんやて!」
「君たちは君たち自身の力に敗れ去るのだ!どうだ、これならば設定もダブつかないだろう!」

愛の背筋を電流が走り抜けていくような衝撃があった。
確かにその手を使えば設定はかなりスリムに抑えられるだろう。
しかし、愛はリゾナンターである。ここで後れをとるわけにはいかない。

「そ、そんな名無しのぽっと出キャラにあしたちが負けるはずないやろ」
「確かに私は個人としての名前は捨てた。しかしコードネームならばある」
「コードネーム?」
「コードネーム、P931」

似ている。i914と似ている。これはマズい。
コードネームが付いている人物は大抵強いのだ。

「コードネームがあるからって……!」
「一つ言っておこう高橋愛。君は既に敗北している」
「な……なん……やて?」

男は少し間を置いて、やや芝居がかった様子で口を開いた。

「ジャン・ヴァルジャンを知っているかい?」
「ジャン……確か、レ・ミゼラブルの」
「流石に詳しいな。ジャン・ヴァルジャンは一切れのパンを盗んだために19年の長きに渡って獄中に囚われた。
 だが、たかがパン一切れに19年の罪とはいくらなんでも重すぎるとは思わないか?そんなに重い罪なのか?」
「それがどうかしたんか」
「私はずっと考えていたのだ。もしジャンが盗んだ物がパンでなければ、彼の運命はどうなっていただろうかと」
「一体何が言いたいんや」
「君、今日は黒だったんだね」
「!?」
「私の足元を見てみなさい」

見ると、男の足元に黒い布が落ちていた。
目を凝らす。黒いやや透けた布だ。黒い、レースの刺繍、小さい、布……
見覚えがあった。

「まさか……!」

恐る恐るといった様子で、愛は腰から自分のジーンズの内側へ手を滑り込ませた。
無い。
いや、有る。
違和感が有る。
ジーンズの下に穿いているべきものが、無い。
いや、有る。
目の前に落ちている。

「それは、あしの……!?」
「お察しの通りこれは君のパンツだ」
「ど、どうやって?」

実力者である愛に気付かれずに一瞬のうちにパンツを抜き取るなど不可能だ。
しかし、男の足元に転がっている黒い布は、どう見ても彼女のパンツであった。

「君が瞬間移動能力を発動した瞬間、私も能力を使い、君のパンツだけを空間に固定した。つまり君は自らパンツを置き去りにしてワープしたのだ」
「そんな……あしは既に」
「そう、君は結構前からノーパンだったのだ」

男は口元に冷酷な微笑を浮かべ、言った。

「高橋愛、いやそこのノーパン。『君は既に敗北している』と言った意味が分かったか?」
「そんな事くらいであしが負けた事にはならん!」
「大した剣幕だな、ノーパンのくせに。自分からノーパンになったくせに」
「くっ!」

愛の胸に湧き上がってくる感情がある。その名は羞恥心。
愛は劣勢と言わざるを得ない。
仮に愛がノーパンにもめげずにこれから戦いを再開したとしよう。
しかしいくら愛が渾身の力を込めた会心のハイキックを叩きこんだとしても、その蹴りはノーパンが撃った蹴りなのだ。
たとえもし激戦の末愛が勝利を収めたとしても、それはノーパンが勝ったという事実に飲み込まれるのだ。
この恥ずかしさは頬を赤らめる性質のものではない、布団を被って「ワーッ!」と叫びたくなる類の恥ずかしさだ。

「卑怯者……!」
「うるさい、このノーパンが!」
「くっ!」
「ノーパン、君の負けだ。君はパンツと共に勝利も失ってしまったのだよ」

常人ならばぐうの音も出ないだろう。
しかし愛はリゾナンターのリーダーである。無様な敗北は許されないのだ。
愛は必死で羞恥心を押し殺し、闘争心を燃え上がらせた。
確かに愛が勝ってもノーパンが勝ったという事実に飲み込まれるかもしれないが、ノーパンにさせられた上に敗北を喫するのはもっと惨めである。
やるしかない。ノーパンでもやるしかないのだ。

「私を、ジャン・ヴァルジャンにしないでくれたまえ、ノーパン君」
「どういう意味や」
「私は君がノーパンになる手助けをしただけで、君からパンツを盗んではいない。まだね」

戦慄が走った。100メートルを9秒台位で走った。
ジャン・ヴァルジャンが盗んだのは一切れのパンであるが、男の足元には一枚のパンツがある。
愛がパンツを奪還しようとしても、この距離からならば男の方が早い。

「私の方が一瞬早く、このパンツを手にする事が出来る。その意味が分かるね?」
「……」

愛は無言で頷くしかなかった。
男はその気になれば愛のパンツをその手に取りまじまじと観察する事が出来るのだ。
至近距離でじーっと見つめる事も出来るし、光にかざしてその透け具合を確かめる事も出来る。
匂いだってかげる。
小一時間かげる。
なんだったら頭にかぶったっていい。
パンツマスクに変身したっていい。
下着戦隊パンツマスクと名乗っても一向に構わないのだ。下着戦隊パンツマスク!東京ドームシティで僕と握手!
そう、握手会だって開ける。剥がしはきついんでしょうか?
そういう諸々の可能性が、この男の足元に転がっているのだ。

そんな事をされたら、もう愛はこの先どうやって自分を保って生きていけばいいか分からない。
か細い声で、愛はやめてくれと嘆願した。

「君が想像したような事を私がしたらジャン・ヴァルジャンもへったくれもない。ただの変態だ。私を変態にしたくなければ負けを認めなさい」
「でも、あしは負けるわけには」
「これを見たまえ」

そう言って男は懐からペットボトルを取り出した。

「中身は普通のリンゴジュースだ」
「それで何を」
「これを君のパンツに垂らす」
「え!?」
「そしてリンゴジュースでビショビショになったパンツを君の股間へ瞬間移動させ、もう一度君に穿かせる」
「そ、そんな事されたらあしは」
「おもらししたみたいになってしまうな!」
「そ、そんな!」

人質、いやパンツ質である。
みみっちい手だと思われる向きもあるかもしれないが、古来、正義のヒーローが人質を取られたが故に不覚をとるケースには枚挙にいとまがないのだ。
愛もまた、正義のヒーローとして敗北を喫する。
これは今の愛にとっては、人間の尊厳を守るためギリギリの妥協点であると言えよう。

「これぞP931第一の能力“テレポーオネーション”!高橋愛敗れたり!」
「……あしの負――」
「ちょっと待つっちゃ!」

愛が敗北を認めようとしたその瞬間、切り裂くような叫びが割り込んできた。
この声の主は愛のよく知る人物。

「れいな!」

そう、リゾナンター田中れいなであった。
どういう訳か愛の危機を察知したれいなが、彼方から凄まじい勢いで駆けてくる。
れいなの瞳に浮かんだ怒りの色と裏腹に、男の目に浮かぶ色はまたしても余裕であった。

「田中れいな、共鳴増幅能力(リゾナント・アンプリファイア)の使い手だな」
「愛ちゃんに何をした!」
「パンツを脱がせただけだ」
「え!?こんな野外で愛ちゃんパンツ脱いだと!?愛ちゃんノーパン!?」
「れいな、大声で言わんで……」
「許せんったい!愛ちゃんをノーパンにして辱めるなんて!今助けるけんね!」

近所中に聞こえるような怒号を発しながら駆け寄るれいなであったが、
男から十数メートルほどの距離を置いた所で急に失速し、その場にうずくまってしまった。

「れいな!どうしたの?」
「いや、ちょっと……え?何コレ……」

男はちらりとれいなに視線を送っただけで、顔を愛に向け直し不敵な笑みを浮かべている。

「あんた、れいなに何したんや!」
「P931第二の能力“リゾナント・パンズリファイア”」
「リゾナント……え?なんやて?」
「その名の通りパンツをずらす能力だ。その気になれば膝までズリ下ろせる」

戦慄が走った。
田中れいなは格闘戦を得意とする戦士である。
その彼女のパンツが膝までズリ落ちてしまったらどうなるだろうか。
その鋭い蹴りが封じられるどころか、まともに歩くのすら困難になってしまうのだ。

「フハハハハ!田中れいな敗れたり!」
「もうやめて!れいなのパンツは膝上0よ!」

愛の絶叫がご近所中に響いた。恐らく先程れいなにノーパンと大声で連呼された仕返しであろう。
愛の瞳の輝きが絶望に飲み込まれて行く。だが、その時れいなが立ち上がった。

「れいな!」
「まだ負けとらんっちゃ……!」

れいなの両腕がプルプルと震えている。相当に力が入っているのだろう。
凄まじい力でずり落ちるパンツとズボンをどうにか支えながら、れいなは敵に立ち向かっていく。
しかし、れいなの気迫とは裏腹に、ずり落ちるパンツの重みでれいなの両腕が悲鳴を上げ始めた。
男はれいなから顔をそむけたまま言い放つ。

「無駄だ!きさまは私と闘うどころか もはや立ちあがれるような肉体ではない……能力『パンズリファイア』は
 おまえのパンツやズボンをズルズルにしてしまった!やめろ……勝負はついた!」

それでも、れいなは諦めない。

「れいなだってなんかしなくっちゃあね…カッコ悪くてあの世に行けんとよ…………
 れいなが最期にみせるのは代代受け継いだ未来にたくすリゾナント魂たい!野良猫の魂たい!」

ふらつきながらもれいなはその瞳に炎を宿らせ、敵に向かって前進を続ける。
だがしかし、嗚呼、運命は非情!
れいなは両手がふさがったままバランスを崩し、地面に顔面を強打!
そしてれいなは半分ケツを放り出したままピクリとも動かなくなった。

「レェェナーーーァァァッ!!」

愛は叫んだれいなの名を!
れいなは流した悲しみの鼻血を!
けれどもれいなの名をよんでも返ってくるのは残酷な静寂だけ…………
れいなは気絶したのだ…

静寂を破ったのは、P931の冷酷な言葉であった。

「どうだ高橋愛、君も敗北を認め、ダークネスに忠誠を誓うか?」
「そんな事出来るわけないやろ……!」
「さもなくば、そこに倒れている田中れいなの尻に油性マジックでJISマークを落書きするが、それでもいいかね?」
「こ、この外道!」
「P931容赦せん!!」

恐るべき敵だと言わざるを得ないであろう。
最早愛には打つ手が無い。パンツも無い。
このまま、組織に屈するしかないかと思われたその時、一人の女が、この戦場に姿を現した。

「むうっ、貴様は!?」

コツコツと足音を立てながら近づいてくるその女を、愛は知っていた。
白く透き通るような肌に漆黒の長い髪、そして磁力を帯びているかのように深く、引き寄せられそうな黒い瞳の持ち主。
その名は、リゾナンター道重さゆみ。

「これ以上ダークネスの好きにはさせないの」
「ほう、君が三人目と言う訳か」
「さゆっ……!無茶や」
「愛ちゃんのパンツの恨みは、私が晴らす」

さゆみは決然とした声で、特に「パンツ」の部分に力をこめ、そう言い放った。
戦いは、さらなる流血を欲している。

リゾナンターが誇る高橋愛、田中れいなの武闘派コンビを全く寄せ付けない圧倒的パワーを誇るP931を相手に、
戦いには全く不向きと評判の道重さゆみがいかにして立ち向かうのか、果たして勝機はあるのだろうか。

そして何となくさゆみにスルーされてしまったれいなに明日はあるのだろうか。
それとも、レーナー孤独の青春はここで幕を閉じてしまうのだろうか。






「ここはゴルゴダの丘ではないよ、道重さゆみ」

乾いた声でそう呟きながら、P931は道重さゆみに視線を投げかけた。
ゴルゴダの丘とは二千年の昔、イエス・キリストが磔刑にされた場所だ。
優れた治癒能力者であるさゆみを、弱者を治癒したキリストになぞらえているのだろうか。

「愛ちゃんのパンツを返して」

さゆみがそう言ったところで、目の前のこの男が素直に渡すとは彼女自身思ってはいない。
彼女なりの宣戦布告なのであった。
しかし男は、さゆみの決意などまるでそよ風のようにすら感じていない様子で、意外な言葉を口にした。

「君は、君の力は、有効に活用すれば人類に多大な恩恵をもたらす事が出来る」
「?」
「その気になれば君は、現代のメシアにすらなれると言っているのだよ」
「それが、愛ちゃんのパンツとどんな関係が?」
「関係などない。だが、君がそんな物のために命を散らすのは大きな損失だ。人類にとってもね」

男の口調は穏やかであったが、その裏には刃の凄味が見え隠れしている。
「命を散らすのは大きな損失だ」という言葉はつまり、自分にはさゆみの命など簡単に奪えるという自信の表れであろう。
高橋愛と田中れいなの二人を立て続けに撃破したその実力がそれを裏付けている。
直接的な戦闘能力を持たないさゆみがこの男に立ち向かうのは無謀と言っていい。

「私一人じゃ、あなたには勝てない」

凪の海面のように静かな声で紡がれたさゆみの言葉に、男は眉をひそめた。
それが分かっているのならば何故、さゆみはこの戦場に現れたのだろうか?
男が疑問を口にするより早く、さゆみはすうっと息を吸って、言葉を続けた。

「そう、私は一人じゃ戦えない」

その時、背後から男に近づいてくる足音が聞こえてきた。
振り向いた男の視線の先に映ったものは、風であった。
そんな筈はない、風は目には見えない。
しかし、静止した風というものがもしあるのならば、それはこの女の事を意味するのではないだろうか。
その風の名は、亀井絵里。

「さゆを一人でさ、危ない目には遭わせないよ」
「亀井絵里……か」

絵里の姿を見つめる男の口角がついっと吊り上がった。
この笑みは余裕の笑みではない。これは、歓喜の笑み。
歯ごたえのある敵に出会えたという戦士の悦びだろうか、それとも新たな獲物を前にした狩人の悦びだろうか。

「君は、自分の受けた傷と同じものを他人にも負わせることが出来るのだったね」

おもむろに絵里はバッグからナイフを取り出し、それを己の首筋に這わせた。
ひんやりとした刃の冷たさを感じながら、絵里は男の眼光を見据えている。

「悪いけど、すぐには死ねないわよ」
「私を殺したければ、相当深く切らねばならんぞ?」
「絵里が負った傷は私が治す」
「傷の共有、そして治癒能力!素晴らしいコンビだ!恐らく君たち二人に勝てる能力者はそうはいまい。
 だが、今日ばかりは相手が悪かったな!」

そう言って男はさゆみの顔を指さし、恐るべき言葉を口にした。

「道重さゆみの癒しの力、亀井絵里の傷の共有を凌駕する能力を私は持っている」
「そんなものがあるの?」
「P931第三の能力“こやしの力”!そして第四の能力“パンツの共有”だ!」

落雷!
そう例えるべきだろう。P931の言葉はまさに落雷のように、さゆみと絵里の心に衝撃を与えた。

こやしの力とパンツの共有。
名前だけでそれがいかに禍々しいものであるか如実に語っているようではないか。
男は恐怖に歪むさゆみと絵里の顔を見比べながら、冷酷に言葉を続けた。

「道重さゆみ、私は、君のパンツにある“贈り物”をこびりつかせる事が出来る」
「贈り物ですって……!?」

贈り物とは何を意味するか、流石に文章にするのが躊躇われるので、参考画像を記しておく。







「そして君の贈り物で呪われたパンツをどうすると思う?」
「どうって?」
「パンツの共有能力で、それを亀井絵里にも穿かせる」
「そ、そんな!」
「君がもし万が一パンツの呪いに耐えられたとしても、それを最も親しい友である亀井絵里にまで及ばせるのは耐えられまい」
「くっ!」
「君たちの友情!その力の源である絆が君たちの首を絞めるのだ!」

自分のせいで絵里が悲惨な目に遭うなど、さゆみには耐えられる訳がない。
リゾナンターはリゾナンター自身の力、即ちその絆によって敗北する。
この非情の事実が、刃となってさゆみの胸を貫いた。

「卑怯者!この外道!」
「憤慨する気持ちは分かるが、フン害をまき散らすのは君の方なのだよ!」

魔王である。道重さゆみがイエスの再来であるとすれば、この男はサタンである。
絶望がさゆみの心を蝕んでいく。

「さゆっ……!もうええ……!逃げるんよ!」

ノーパン、もとい高橋愛が絶叫した。絞り出すような絶叫であった。
愛はパンツを奪われた。れいなは半ケツを放り出したまま気絶した。


しかしそれでも贈り物よりは随分マシだ。
ここでさゆみが逃げ出したとしても、彼女を非難する事は誰にも出来ないだろう。
さゆみは、すがりつくような気持ちで絵里の方を見た。

「さゆ、絵里の事はいいからさ……行っていいよ」

絵里は首筋にナイフをあてたまま、さゆみにそう告げた。
絵里は一人でこの男と戦うつもりなのだ。
さゆみがいなければ、絵里は死を免れえないであろう。絵里自身、誰よりも知り抜いている事だ。
しかしそれでも、絵里は一人で戦う決意を固めていた。

さゆみなしで、絵里一人でこの強敵に立ち向かおうとするその意志は――
自らの命を投げ打ってでも一人でこの男の息の根を止めようとするその意志は――
さゆみの贈り物がこびり付いたパンツを穿きたくないというその一点で駆動している。

絵里は死んでも嫌なのであった。
さゆみの贈り物をもらうくらいなら死んだ方がマシだと思っているのであった。

絵里の真意を理解した時、さゆみは己の血液からスーっと熱が引いていくのを感じた。
クールダウンして、やけっぱちになった。

「さゆみはどこへも行かないよ……絵里を残してはどこへも行かない」

その言葉を聞いた瞬間、絵里の顔色が青ざめたのをさゆみは見逃さなかった。
既にさゆみには、愛のパンツも、ダークネスからの刺客P931もどうでもよかった。
目の前にいるこの亀井絵里、この女を意地でも道連れにしてやろうと思っていた。

「さゆ、私の事はいいから行って」
「ううん、行かない」
「いや本当に」
「絵里とずっといる」
「いや本当マジで勘弁して下さい」
「勘弁?何を勘弁するの?」
「いや、あの、それは」
「さゆみといるのがそんなに嫌なの?死んだ方がマシなの?」
「そ、そんな事ないよ」
「じゃあ絵里とずっといる」
「それは勘弁して下さい」
「勘弁?何を勘弁するの?」

さゆみの壮絶な詰問に、絵里は為す術が無くなっていく。
リゾナンター鉄の結束が、この時ばかりは完全に逆効果になってしまっている。
友情という名のアリ地獄であった。

「フハハハハハ!神は時として残酷な決断を強いるものだな!そうは思わないかね亀井絵里よ!」
「はい」
「絵里、てめえ!!」

さゆみの切り裂くような叫び声が辺りに響き渡った。
最早リゾナンターに打つ手は残されていないのだろうか。このまま敗北を喫してしまうのだろうか。
と思われたその時、物陰から響く声があった。

「カメ、さゆみん、もうそれくらいにしなさい」

ビターチョコレートのようなややハスキーな声と、南国の風を思わせるその顔立ち、
そして郷愁を呼び起す肉体美の持ち主を、我々は知っている。
人呼んで善と美のイデアの体現者、人呼んでミネルヴァ女神の化身。
そう、リゾナンター新垣里沙その人である。

「ガキさん、いつからそこに?」
「田中っちが鼻血を噴いて気絶した時、より前からいたわ」

里沙の返事に愛は思わず息を飲んだ。
かなり前から見ていた――にもかかわらず、ずっと黙って見ていたのか。
これは里沙の薄情故という事ではないと、愛は承知している。
里沙は心を鬼にして、このダークネスからの刺客の実力を見定めていたのだ。

「サイコ・ダイバー新垣里沙。まさに戦の鬼だな」

里沙の意図を察したのか、P931はさゆみ達から視線を放し、里沙の方へ振り向いた。

「仲間達が傷つき、倒れていくのを見るのはどんな気分だったかね?」

里沙は男の問いには答えず、無言でれいなの半分放り出された尻に目を落としていた。
見る者が見れば、その時里沙の唇にうっすらと笑みが浮かんでいたのに気付いていたかもしれない。
この笑みは嘲笑ではない。
これは戦士が勝利を確信した時、その貌に浮かび上がらせる笑みであった。

「パンツ」
「何?」
「私達の能力はその力の源がそれぞれバラバラだから、それを無理矢理一人の人間に集めても上手く使いこなせない。
 使いこなすには九つの力を結びつける何かが必要な筈だわ」
「ほう、ただ黙って見ていたという訳でもなかったか」
「あなたの力の要になるもの……それがパンツ」

里沙の言葉には一流の将棋指しが玉に迫る一手を打つ時のような、静かな気迫が込められていた。
テレポーオネーション、リゾナント・パンズリファイア、こやしの力、パンツの共有、思い返してみればこれらはある一点で結ばれている。
それがパンツであった。

一瞬、P931は心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われた。
或いは無敵かとすら思われたP931の力の秘密を見破った里沙の洞察力は尋常ではない。
ダークネスの諜報員という生き方に青春を捧げねばならなかったその宿命が、里沙に鬼神の如き洞察力をもたらしたのであろうか。

「そこまで見破るとは……闇に潜むものの業は侮りがたいな」
「あなたの言う通り、私は闇を呼吸しながら生きてきた。でも今は違う、私はこの手に太陽を掴んでいる」
「新垣里沙、人間は誰しも深い闇をその身に隠して生きている。無論、君も例外ではない」
「私は、人の心の光を知っている!」

決然と里沙が言い放つ。その様はまるで太陽の化身であった。
これは余談だが、一説によると太陽を意味する英語“SUN”は里沙の愛称である“ガキさん”の“さん”にその語源を求められるという。

「新垣里沙、君はサイコ・ダイバーとして幾人もの人々の心の闇を抉りだしてきたのだろう。その君に聞く。
人間の最も深い闇がどこにあるか知っているか」
「最も深い闇……」
「教えてやろう、それはパンツの中だ!どんな太陽も照らせない闇がそこにはある!」

天に位置する太陽は、地にある人間を照らす事は出来る。
しかしその光がパンツの中にまで届く事はない。
これが、P931の言う闇であった。

「P931第五の能力“パンツ・ダイブ”!貴様の闇を暴き出してやるぞ!」

男は全霊の力をこめ、パンツ・ダイブ能力を発動した。
サイコ・ダイバー新垣里沙は人の心に潜るが、パンツ・ダイバーP931は人の闇(パンツ)に潜る。
里沙が心の痛点を抉りだし、増幅し、屈服させるのに対し、P931はパンツを対象にその猛威を振るう。

「貴様のパンツ!その色!デザイン!素材!スタイル!はき心地!繊維の一本一本まで容赦なく抉りだし、貴様の闇を白日の下に晒してくれる!」

パンツ一丁という言葉があるように、パンツは人間という存在の誇りを守る最後の砦である。
もし人間がパンツを他人に操られるような事があったら、どれ程の悲劇がもたらされるだろうか。

――想像していただきたい。もしあなたのパンツがあなたに反旗を翻したとしたら……?

常人ならば考えただけで身の毛がよだつような、まさに地獄と呼ぶに相応しい運命が待っている事だろう。
この脅威に対し、里沙は全く抵抗するそぶりを見せなかった。
怒涛のように押し寄せる地獄を、里沙は窓辺から海を眺めるような横顔で見つめている。

――P931の頬から、徐々に血の気が引いていく。

無い
パンツ
パンツが
里沙のパンツが
見つからない
里沙のパンツがどこにもない
まさか、まさかこの女
パンツを穿いてないとでもいうのか

「パンツは穿いた事がない」

「私は泣いた事がない」と言うような調子で、里沙が呟いた。
里沙にとってパンツは、飾りですらない。

「パンツを穿かない人間など、いてたまるものか!」
「私は組織のスパイとして生きてきた。そんな私にパンツは窮屈すぎるわ」

筆者の脳内の資料によると、スパイという言葉は
スゲーぜ
パンツ
イラネーぜ
の頭文字をとって作られたという説が支配的らしい。
だとするならば、スパイとしての宿命を背負った新垣里沙がノーパンであっても何の不思議もないだろう。

P931はそこにあるものと思ってパンツ・ダイブ能力を発動した。しかしあるべきものは無かった。
つまりP931は“無”へ、精神を飛び込ませたのである。
P931にとってはまさに悪夢のような事態であった。
人の夢と書いて、儚いと読む。そしてガキさんのパンツと書いて、穿かないと読む。

――バカな……

全霊の力で発動したのが仇となり、凄まじい勢いでP931の精神が無へ飲みこまれていく。
数瞬の後、その場に残されていたのは男のかたちをした抜け殻であった。
“はかな”くも、ダークネス最終兵器と呼ばれたP931の運命はそこで幕を閉じたのである。

戦いを制した里沙の横顔に、微かに沈痛な色が浮かび上がっている。
勝利と引き換えに里沙は一つの秘密を失った。

「そんな……ガキさんがノーパンだったなんて……」

愛はそう言って、地面に転がっている己のパンツを見つめた。
ガキさんがノーパン。
愛にとって、にわかには信じがたい話であろう。
愛の胸は信じがたいという気持ちと、どうしてもっと早く言ってくれなかったのだという気持ちで渦巻いている。

余談であるが、1990年代初頭、日本中で空前のノーパン健康法ブームが巻き起こった。
パンツの束縛から逃れる事で血行を促進し、リラックスした状態を維持することで健康に結び付けようとする運動である。
新垣里沙の生年は1988年の10月、彼女のおしめが取れる年代とノーパンブームが巻き起こった時期はぴたりと一致する。
この奇妙な符合は一体何を意味するのだろうか?

「どうして……ガキさん」
「ごめんね、今まで黙ってて」

里沙は少し寂しそうに笑った。見る者が呼吸を忘れるような、透明な微笑みであった。
その時、愛は理解した。
新垣里沙が新垣里沙である所以、どうして里沙の事を思うと心に力が湧いてくるのかという事が。

高度に情報化された21世紀の現代社会において、ノーパンで生きるという事は大変な冒険である。
文明に対する挑戦と言ってもいい。
新垣里沙、あくなき挑戦を続けるその精神の孤高が、彼女を知る者の心に勇気を注ぎ込むのだ。

「ええんよ。ガキさん」

パンツを穿かないという生き方が正しいのか否か愛には分からない。
しかし、一つだけ言える事があった。

「たとえパンツを穿いてなくったて、ガキさんはガキさんやよ」
「ありがとう……愛ちゃん」

もしこの先の未来で、里沙が戦いに疲れ果て、パンツを穿きたいと思うような事があったなら、
もしこの先の未来で、里沙の魂が寒さに凍え、パンツを穿きたいと願うような事があったなら、
――その時はせめて、私がパンツを選んでやろう。

里沙の手を握りながら、愛は静かに誓った。










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