『XOXO -Hug and Kiss- (4-a)』


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『あなたの正義はどちらかしら』

 * * * * * * * * * *

「相も変わらずの役者ぶりね」
「それは私?それともユダ役の彼女かしら」
「ユダ、か…史上最大の裏切り者にして最高の功労者」
「彼女は全てを理解したうえでこの役に挑んでいる。無比なる勇者だわ」
「肝心の救世主はどうなの」
「ヴィア・ドロローサの途中ね」
「そしてヒロインは何も知らず、か」
「ただじっと、ユダの接吻を待ち続けているでしょう。その時には全てが手遅れだとも気付かずに」

漆黒の海に降る、黒翼の欠片。

「ところで、あなたはどうして知っているのかしらね」
「さぁ…うわさには敏感みたい。昔からね」

黒は黒に溶け、その笑みが海に映ることは無い。

 * * * *

「私、吉澤さんのそういうとこ好きですよ」

愛の背中を飲み込んだ扉を見つめたまま、里沙は呟いた。

「吉澤さんは昔から見下すふりはしても、礼節は守りますよね」
「なんの話だよ」
「あなたは愛ちゃんのことを一度も番号で呼ばなかった」

振り返った里沙の笑みに先程までの殺気は感じられなくなっていた。それは閉じていた鍵穴にぴたりとはまり、封じたはずの記憶を呼び起こす。

「別に意識したことは無いけど、お前が言うんならそうなんだろ」

里沙からの報告書に記されている名前で覚えていた、ただそれだけのこと。
感情を揺らされる事由でも何でも無い。それなのに。

「闇に生きて、闇を誇りとしているはずなのに、どうしてか心まで闇に染められていない。意外にダークネスの人たちってそういう人多いですよね」

甦る記憶と重なる眼前の屈託の無い頬笑みに、親しみに似た感情を覚えた。
里沙がゆっくりと足を踏み出す。

「ずっと思っていたんです。案外みんな情に厚い人たちなんだなって」

ありえない。ありえない。こいつは俺たちを裏切ったのだ。恩人のなつみにあろうことか反旗を翻した反逆者。
取り戻せ。いくら近しい者とはいえ、なんという体たらく。取り戻せ。全てはなつみのために。

「特に…吉澤さん、あなたは本当に優しい」

声色が変わったのを認識したと同時に目に飛び込んできたのは、まぶしい銀だった。

 * *  * *

鋼で囲まれた空間を進む。
等間隔に埋め込まれた明かりが、その空間に刻まれた軌跡を浮かび上がらせる。
そこには四方八方限りなく、傷跡が散らばっていた。

破棄されずそのまま飼われていたのならば、自らもこのような創痕を残していたのかもしれないと思う。
人間と同等の思考能力を備えた装置として開発されたのは、おそらく自分だけだろう。思い出せば他の実験体は全て、単なる駒の一つとして生産されていた。
ただの破壊生物に痛覚等の神経感覚は暴力装置として何の意味も為さないどころか、障害にしかならないから。

それでも時に生物というものは理論を超えた行動をとる場合が少なくない。
五感は情報処理にしか用いられず、感情なんて装備されているはずもない。
そんな機械生物体が本能で感じる恐怖。この先に待っているのは地獄の耐久レースであり、自分がただの道具であるということを理解する。

誰にも知られず消えていく自分の存在を僅かでも遺したい。そんなはかない存在証明が、たったこの数十メートルに刻まれている。

歩みを進めるほどに聴こえる、亡き仲間の叫びをひとつひとつ心に記憶する。
もともと自分は人間よりも、どちらかといえば彼らに近いのだ。
これ以上の悲劇を生み出さぬためにも、この先にいる根源を絶たねばならない。

立ちはだかる鉄格子が、来客の訪れを待ち受けていたかのように開かれる。
路の終わりの道の先へ、愛は足を踏み入れた。


「お帰りなさい。久しぶりの我が家はどうかしら」

辿り着いた真っ白な空間。ここは実験体を闘技場へ送り出す最終ケージだろうか。
肌寒く感じるほどの冷気がどこからか流れ、一気に室内の気温を下げていた。

「といってもあなたはここに入るのは初めてでしょう。残念だけど培養施設はi914の破棄後、閉鎖されてしまったの。
まぁ子宮代わりだったガラスカプセルならどこかに残ってるとは思うけど」

真ん中に立つ、忌まわしき女。先程と同様の立体映像ではと勘ぐってはみたが、心の震えを感じられるところ偽物ではないらしい。

「とはいえ、ここも本来あなたが収監される予定だった場所。まぁ結局その計画もあなたも、露と消えてしまったのだけれど。それでもあなたはきちんと家に帰ってきたわ。
あのままここで生育されていたのならば、間違いなく至高の存在になっていたんだもの…それほどの資質をどのように自ら開発していったのかをついにこの身で確かめられる…なんて至福の時なのかしら」

ステップを踏むかのように軽やかに弾む両脚と、こぼれんばかりの笑みをたたえた顔、そして恐ろしいほどの純粋な狂気。
これほどまでに感情をあらわにしている姿を見たのは記憶に無い。

「全身全霊を注ぎ込んだ私の最高傑作だもの、期待値は優に超えてくるはず。その後どんなプロトタイプを創っても最終型には至らなかった…
やはりi914は初期から孤高の輝きを放っていたもの。他のがらくた共と比べるのは失礼だわ」
「一人楽しんでるとこ悪いけど、あたしはお前を殺しにきた。話なんか聞くつもりも無いし、それ以上喋らせるつもりも無いから」

同じ空間に居たくないとかいうレベルの話ではない。この世に存在していることが許せない。
能力増長の進捗度を測るために罪人を処刑する道具にさせられ~、ケダモノと闘わされた日々を忘れたことなどありはしない。
あの時とは違う、今度は自らの意志で目の前の“罪人”に裁きを下すのだ。

狙いを定め、床を蹴りだそうとした瞬間だった。

「i914、事実誤認があるわ。あなたは私を殺しにここに来たのでは無い。あなたは私に招かれたのよ、私を殺すというミッションのために」


力を溜めた右足は床を蹴ること無く、地面にはり付いたまま身体中の筋肉が動きを止めた。

「もちろん目的はあなたの調査であって、死というのはその結果でしかないけれど」

先程と変わらぬ笑み、少し白桃色に色づいた狂気、束ねていた髪をほどく仕草。

こいつは何を言っている?
それは自分から命を捨てるということと同義ではないか。
自らの手を汚すこと無くうまい汁だけを吸い、欲望のために突き進む。
紺野あさ美という女はそういう輩であったはず。

先程までの清涼感は消え去り、汗が背中を伝っていくのがわかった。

「あら、あなた私の話は一切聞かないんでしょう。何を硬直しているの、さっさと私に能力を示して頂戴。そうしないと調査が進まないわ、ほら」

高笑いがきこえる。女は声を発していない。鳴っているのは心だ。室内に反響するほどのせせら笑いがあたりを包む。

着ていた白衣を広げ、無防備に佇む女。


憶えている、これは…いつかの自分…
白い壁、白い人、襲いかかってくる猛獣、身体中を這う管、泣き叫ぶ幼い少女。
 ―――あたしの名前は…あい、あれ、うえのなまえは?あたしのほんとのなまえ―――

「i914、全てを解放しなさい」

 ―――アイ キュウ イチ ヨン―――

「うああああああぁぁぁぁああああ!!!!!」