『Another Part Of Me』


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「「ありがとうございました~」」
最後のお客様を笑顔で見送り二人はそれぞれ閉店の作業へと入る
高橋は食器洗い、れいなは店内の掃除
お店のために、お客様のために、そして自分自身のために手を動かす

れいなが雑誌の番号を綺麗に並び終えて仕事を終えた時、高橋は翌日の料理の仕込みの最中であった
「愛ちゃん、れーな終わったから先に上にあがってお風呂入るよ!」
閉店後の作業は高橋が残ることが多くて、れいなは先にお風呂に入るのが常だった

しかし、この日は違った
階段を上ろうとするれいなに高橋が「ちょっと、れいな待って」と声をかけたのだ
汗を流しさっぱりする気でいたれいなは当然「なんね、愛ちゃん」とぶーたれる
そんなれいなに高橋は笑顔でキッチンへと手招く

「愛ちゃん、れーなさっぱりしたかったとよ、何ね?れいな、何もしていないとよ」
「いやいや、怒ることなんてないよ、れいなはしっかりお店のことを思ってくれているから
でもさ、ちょっと、ちょっとだけでいいから、明日の仕込み手伝ってくれないかな?」
そんなお願いをするのは初めてだった
料理と作るのは高橋、それを給仕するのがれいな
それが二人の間で自然と生まれたルールだった
もちろんコーヒーくらいはれいなも自分で飲むから美味しい入れ方を教わった
でも名物のガレットやパスタはすべて高橋が1から10まで作っていた
「ちょっと疲れちゃってさ」なんていいながら高橋は頭を掻く
照れくさそうに笑う高橋を見てれいなは「仕方ないっちゃね」といって手洗い場へと脚を進めた

エプロンをキッと結び直して、れいなはお世辞にも広いとは言えないリゾナントの厨房へと身を滑りこませた

「それで何をすればいいと?」
「うーんと・・・じゃがいもを切ってちょうだい」
そういって高橋は手ごろな大きさのジャガイモと包丁をれいなに手渡した
「・・・愛ちゃん、れーな、包丁怖いからピーラーとか使いたいっちゃけど」
高橋は申し訳なさそうに「ごめん、壊しちゃったからないんだ」と言った

「えー、れーな包丁あんまり使ったことないとよ。怪我するかもしれんし」
「ゆっくりやれば大丈夫だって。私も最初はおっかなびっくりだったんだから
 それにいざとなればサユを呼びに行くから大丈夫だって」
不安そうなれいなに高橋は笑顔を向けた
「まずジャガイモの芽を包丁のアゴで取って、短冊切りにして塩水につけておいてね」
「顎ってなんね?」
「包丁の根元の部分。ほら、ここ」
「ふ~ん、で、どうやって根を取ると?」

「一回だけやるからしっかり見ててね。それから根じゃなくて芽だからね
まず、包丁をしっかり握る。そしてアゴをジャガイモの芽にあてて、こうやって取るの」
「れーなピーラーでしかやったことないけん、手を間違えて切りそうで怖いちゃけど」
そう言っているうちに高橋はジャガイモ一つの全ての芽を取り除いてしまっていた
「はい、じゃあれいな、そこに置いてあるジャガイモ全てお願いね」
おっかなびっくりれいなは不器用な手つきながらジャガイモの芽を取る作業に入った

自分も他の料理の仕込みをしながら高橋はれいなに優しく声をかける
「れいな、スジいいよ!できるならもう少し芽を大きめに取った方がいいかな?」
「・・・うん」
集中しているのか返事が幾分遅れて返ってくる
「そうそう、それくらいでいいよ」
高橋が両手に力をこめて生地を練りながら、視線はれいなの手元に向けている
「切り終わったらこのボウルに入れてね」
れいなの前に塩水を入れたボウルを置いた

「・・・ふぅ、終わったと」
切り終えたジャガイモがボウルにポチャンと音を立てて入った
「ありがとう、れいな。でも、ごめんもう少しだけお願いしていい?ニンジンの皮もむいて」
「え~愛ちゃんすればいいっちゃん」
「そんなこといわんで~」
そう言いながら高橋はれいなの腕を掴んだ
「仕方ないっちゃね」

そうやってれいなは結局その後もカレーの味見なりサラダのドレッシングなど手伝わされた
終わったのはいつもよりも一時間も遅い時間
「ありがとうれいな。おかげでいつもより早く仕込み終えられたよ
 何か飲もっか?あったかいホットミルクとかレモンティーとか」
「ううん、れいな、早くお風呂入りたいから後でいいと
 あとでレモンティー用意してくれたら嬉しい」
「わかった。特製レモンティー入れておくから、温まってね」
言い終えるとれいなは階段へと脚を進めていった

高橋はそんなれいなのために戸棚からカップを取り出そうとした
「これでいいかな?」
そう呟いて高橋は二つのティーカップに手を伸ばした
右手で掴んだのは水色、れいな専用と決めたもの
水色のコップを取り出してカウンターテーブルの上に置いた
続けて黄色、自分のティーカップを取ろうと手を伸ばす

                ★   ★   ★   ★   ★   ★

れいなは自身の部屋、れいな城でパジャマを手に取り少し休んでいた
「はぁ~今日も良く働いたとね~」
大きく欠伸をしてう~んと背を伸ばす
肩がこったのか腕をグルングルンと回してみたりもした

「でも愛ちゃんはれいなよりもずっと遅くまで頑張っているとね
 初めて料理の手伝い頼まれたけん驚いたけど、ちょっと楽しかったかも」
れいなは先程まで握っていた包丁の感覚を思い出そうとした
「刃物相手には戦ったことあるけど、自分ではないけん、少し怖いとね」
そういって誰にも見られていないのは分かっていたが恥ずかしそうに歯をみせてニヤリとした
「・・・今度はれーなから『手伝おうか?』って言ってみようかな?」

そんなことを思っていると下の方からガチャンと食器の割れる音がした
「なんね?愛ちゃん、大丈夫と?」
れいなは大声を出して確認した
「れいな、ごめん。なんでもない~ちょっとお皿割っちゃっただけやよ~」
高橋がれいなに負けじと大声で返してきた
「愛ちゃん、気をつけるとよ~小さい破片とかあるかもしれんけん」
「はいよ~気をつけるから~ゆっくり休みぃ」

能天気な高橋の声に安心したれいなはパジャマを持ってお風呂場へ

                ★   ★   ★   ★   ★   ★

「あっちゃ~やっちゃった」
高橋は掃除機のコードをコンセントに刺しながら自分のドジに嘆いていた
「せっかくのお皿だったのにな、あ~あ」
掃除機のスイッチを入れ、店内は掃除機の低い音が鳴り響く
「これでいいかな?」と高橋は掃除機を止め、コンセントを引き抜こうとする

右手をのばし―そこでいったん手をひっこめ、左手でコンセントからコードを引き抜いた
掃除機のコードを巻くボタンを左手で押した
しかし、全てのコードが収まることなく、少しだけはみ出てしまっている

高橋はしゃがみこんで左手でコードをひっぱり、右手で掃除機本体を押さえた
右手の中指で掃除機のボタンを押すと今度はすべてのコードが収まった
「よし」と呟いて掃除機を片隅に片づけた

片付け終えた高橋は一人カウンターに座り軽く咳き込んだ
「れいな、少しは料理に興味持ってくれたかな?楽しさが分かってくれるといいんだけど」
そう言って自分の右手をゆっくりと目の前に持ち上げる

目の前にかざした右手は雪のように白くて華奢で小さい
何年も培ってきた料理スキルに高橋は自信を持っていた
実際にお客様にもメンバーにも好評で「おいしい」って言われることが至福の時だった

今、目の前にあるこの手、そんな手に「光」の力が宿っているなんて信じられないくらいだ

「このお店は私の幸せを生んだ場所。みんなの幸せを生む場所。いつまでも守らなきゃいけない」
掌を自身に向けて高橋は小さくため息をつく
「…何焦っているんだろう、私」
また小さく咳き込む

目の前に広げた掌はいつもよりも白く―透明になっているように感じられた
消えてしまいそうなくらいに白く、薄くなっていると感じるほどに

そしてまた咳き込む

そこにれいなからのメールが届いた
メールの内容はシンプルに「お風呂上がりは紅茶がいいと」とのこと
高橋は笑顔でゲンコツの絵文字をうって、キッチンに入っていった
ケトルに二人分の水を入れて、ガスを点けた

鳴り響くのは換気扇の音だけ
高橋は何も言わずに天を仰いだ