『モーニング戦隊リゾナンターR 第16話 「千の刃」』


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Aパート


世界の破壊者高橋愛、旅の行き着く先は?

【前回のまでの話】
フィフスの絆に導かれて、壊れ行く世界の紺野あさ美と新垣里沙を救いに現れた高橋愛。
世界の壁を越えて来た代償で疲弊した愛を救ったのは、突如現れた小川麻琴だった。
驚きを隠せない愛に対して決別を告げた小川は、保田の指示で「半分エスパー」の世界に赴き、真野恵里菜を仲間に引き入れようとする。
反射した真野のチカラで街を破壊して、真野を闇に落とそうとした小川の前に立ちはだかったのは、こくえけんの職員で無能力者の高橋愛だった。
「人は皆心に無限の可能性を抱いた半分エスパー」と言う高橋に対して、敵愾心を顕にする小川を制したのは保田だった。
…一方壊れかけの世界で新垣里沙や紺野あさ美に別れを告げた愛は、「A」の操縦するジェットストライカー乗り込み、次なる世界へ向かおうとする。
馴れ馴れしい愛を座席ごと射出した「A」は次なる世界の情報を確認する。
それは存在しないはずの「刃千史」の世界だった。

第16話 「千の刃」

                    ☆

「ガオーッ! 俺の名はカメゴン。 この世界を滅ぼしてやるぞ」

総合病院の小児病棟で人形劇が演じられている。
長期間入院している子供たちの心を癒すためだ。
演じているのは病院の職員たち。

「アハハハ、正義の味方リンリンマン参上! 悪いやつはチョチョイのチョイと退治するあるよ」

正義のヒーローの活躍に目を輝かせる子供たちだったが、誰かが声を上げる。

「アレッ何か飛んでくるぞ」

みんなが空を見た。 パラシュートが風に乗って飛んでくる。

大騒ぎになった室内を児童学級の教員が鎮め、劇は再開されることになったが…。

「アレ? リンリンマンがいない」

病院の屋上、ドクターへリ用のヘリポートにパラシュートが無事?着陸した。
風に乗って運ばれてきたのは高橋愛だった。
絡みつくパラシュートをようやく外して自由になった愛を火球が襲う。
愛の身体を掠めていった火球はコンクリートの床に炸裂した後もしばらく燃え続けている。
職員用の白衣を身につけた襲撃者。
その手には小さなゴムの球。敵意が無いことを相手に告げようとした愛は、相手に見覚えがあることに気づく。

「水守の世界」で光井愛佳を守っていたリゾナンターの一員。その名は「リン…」


                    ★★

幾つもの病棟が回廊で結ばれている病院の中央部。
院長室と表示された部屋の中には二人の女性。
長い髪の女性は白衣を身につけているが医者らしくはない。
キャンバスに向かって絵筆を滑らせている。
黒い執務机に腰掛けている若い女性は、私服姿。読むともなしに学術書を開いている。

「小川」

白衣の女性が年下の女性に注意する。
渋々といった様子で、机から降りると部屋を出ていこうとする。
白衣の女は携帯で誰かに連絡を取りながら、小川の行動を目で制する。

「あんたの働き場所はわたしが決めてあげる」

                    ☆★

発炎能力で発火させられたボールの攻撃をかいくぐって襲撃者の懐に飛び込んだ愛。
しかし相手はむしろそれを待っていたようだ。
襲撃者の腕を掴み動きを制しようとする愛。 害意のこもった拳を繰り出す襲撃者。

目にも留まらぬ早業の応酬がいつまで続くかと思われた時、屋上に声か響いた。

「リンリンマ~ン、捜したんだから」

入院着を身につけた男の子が襲撃者に話しかける。
その途端襲撃者の顔に笑みが浮かぶ。

「ハイハーイ、お外は寒いから中に入りましょうね」

「あんたっ!!」

愛の呼びかけを見事なまでに黙殺しながら、男の子を屋内に誘った。

病院内で襲撃者の情報を集める愛。
襲撃者の名は「銭琳」。
1週間ほど前から働いているという。
陰日向の無い明るい性格で入院患者たちにも慕われているという銭琳の横顔が、自分を襲撃してきた際の様子と異なることに釈然としない愛は遠巻きに観察する。

子供たちにぶら下がられ笑っている銭琳。 首からぶら下げた医療機関用のPHSが鳴ると、病棟を出ていった。
吹き抜けの非常階段でPHSを切ると今度は私物の携帯電話を取り出す。 着信が表示されるとすぐさま、電話に出る。

機械で加工された声。

「同志蠍火よ。 無事に潜入できたようだな」
「このたびの標的はあの女、パラシュートで降ってきた女でしょうか」

                    ★★

院長室で小川が本を読んでいる。 相変わらず執務机を椅子代わりにしている。

誰かが入ってきた。 先刻まで絵筆を握っていた女だ。
白衣のポケットに手を突っ込みながら、傲然と歩いてくる。

「飯田先生の院長回診はお済みですか」

からかうような口調で話しかける小川に、バカみたいと深く溜息をつきながら椅子に腰を下ろす飯田。
立ち上がり片づけてあったキャンバスを準備しようとする小川に対して、いいわと言うと背もたれに深く身体を預ける。

                    ★☆

廃棄物の収集室に入っていく銭琳。
使用済みの注射器を載せたカートの台座に隠されていたビニール袋を手にする。
ビニール袋の中身は分解された拳銃の部品だった。
組み立てて動作の具合を確かめる銭琳に近づいてきたのは愛だった。
銭琳は愛の姿を見ても、顔色一つ変えない。

「お前の存在はイレギュラーだそうだ」
「イレギュラーって?」
「私の緑炎執行の対象ではないということだ」
「緑炎執行?」
「バカめ、お前は質問しかしないのか。 私は刃千史機関の緑炎執行人。 刃千史の正義を遂行する妨げになる存在を処断する」

刃千史という響きに違和感を覚えた愛は銭琳を問い質そうとする。

「待って、あんたはたしかパンダを守る特務機関刃千吏の一員じゃなかったの?」
「刃千吏、何だそのふざけた名前は。 私は千の刃を振るって中国の歴史を影で動かしてきた誇りある組織の一員だ」
「違う」

愛は銭琳に駆け寄った。
虚を突かれた銭琳は愛の接近を許してしまう。

「違う?何が違うというのだ」
「私の知っているあんたは、もっと優しくてもっとおかしい奴でいつもみんなを幸せにしていた」
「百の言語、十億を越える民を抱える中国の歴史を闇から支えることで、世界平和の安寧を図る。 そんな刃千史の正義を貫くためにわたしは戦っている」
「私の知っているリンリンは誰かの笑顔を守るために戦ってた」
「リンリンだと、ふざけた名、…愛称か?」

銭琳は自分の名の由来を愛に話した。

「私には名が無い。 私が発炎能力を持っている化け物だということを知った私の親は二束三文の銭で私を売った」

銭琳の告白に言葉を失う愛。

「そんな私を拾って、人がましい生活を送らせてくれたのが刃千史だ。 刃千史での私の呼び名は蠍火」

「銭琳」は潜入任務のために、身分証明が必要な時だけに使うと言った銭琳は愛に警告する。

「お前は緑炎の執行対象に指定されてはいないから命を奪いはしない。 しかし私の任務の邪魔をするならその限りではない」

弾装を充填した拳銃を愛に突きつけるが、愛は身じろぎもしない。

「バッチリです」
「は? ふざけてるのか」
「バッチリです」
「何を言ってるんだ?」

愛は銭琳の目を見つめる。

「あの娘の口癖だった。 何かが上手くいったときあの娘がバッチリですと言えば、喜びも十倍に増える。 ヤバイ時にあの娘がバッチリですと言えば勇気百倍になってピンチを乗り越えられる」

「バッチリです」はそんな魔法の言葉だと言う愛に冷たく告げる。

「お前はイカレテルな」

銭琳の携帯が鳴った。 部屋を出て行く銭琳の背中に愛は言葉をかける。

「屋上であの子に笑いかけた時のあんたの笑顔は本物だった」
「怪しまれないためにそういう人間を演じきる。 それが私の生き方だ」

                    ★★

院長室でデスクトップのPCを操作する飯田。
膨大な数の入院患者のリストをスクロールさせている。
部屋の隅では小川が描きかけのキャンバスを首を捻りながら覗き込んでいる。

「あんたなんかにその絵の意味がわかるの」

小川は黙って首を振るとキャンバスを裏向きにして、執務机に歩いていくと飯田の膝に腰掛ける。

ちょっとと咎める飯田に対して、わざとらしく微笑む。

「飯田さん~ん。 一体何を探してるんですか?」
「あんたに言っても無駄ね」
「こんなわけの判らない世界に来て、病院の院長に収まった目的が何なのか。 私には知る権利がある」

小川の口調が他人行儀なものにガラリと変わった。

「私に全面的に協力しろと言われたはずよ」
「ええ、保田さんにはそう言われたし、そのつもりでこの世界に同行したんですけどね」

飯田の膝に腰掛けたままで、小川は問い詰める。

「この世界は最初から何も存在しない。 言ってみればブランクディスクのような世界だとあなたは言っていた」

飯田が自分の質問に反応せずに、スクロールする患者リストを見つめているのに苛立ちを隠せない。

「そこに高橋愛を誘い込んで、世界ごと消去してしまうというのがあなたの当初の計画だった。 世界を破壊者から救うための計画だと」

画面のスクロールが止まる。
マウスをクリックして、一人の患者の詳細なデータを呼び出す。

「しかし、いざブランクディスクの世界に来てみれば、ちゃんとした世界が存在していた。 そして目標の高橋愛がやって来たというのに私は足止めを喰らったまま」

聞いてるのかよ、と飯田の胸元を掴む小川。
PCを終了させた飯田は胸元を掴まれたままで小川を睨み付ける。
初めのうちは平然としていた小川だったが、徐々に震え出す。

「fragment」

飯田は一言だけ言った。 「断片」を意味する英単語を。
小川の顔は屈辱に歪む。

「あんたの記憶はいったいいつで終わってるのかしらね。 そしていつから再開してるのかしらね、知りたくない? 私は知りたい」

謎めいた言葉を紡ぎながら、拡げた手のひらを小川の顔にかざす。
慌てて飯田の膝から逃れた小川は出入り口に向かうが、飯田はそれを制止する。

「レンタルショップでDVDを借りて、中身が違ってたってことはない?」

この世界に中身が存在するのはそういうことだと飯田は笑う。

「それにあんたと高橋愛を戦わせないのだって理由がある。 私には未来が視えている。 だから私のする全てのことに理由がある」

世界を救うのには小川の力が必要だと言った飯田はカードキーを手渡す。

「あんたには要らないかもしれないけどね。 少しばかり働いてもらおうかしら。 但し高橋と事を構えるのはまだ早いからね」

                  ★

広大な院内を移動する小川。
清掃員の作業着を身に着けている。
診療科ごとの待合室の壁には患者の描いた絵や職員の撮影した写真が掲示されている。
その一角に飯田が画用紙に描いた絵を飾っていく。

―気味の悪い絵だ

キャンバスに描いている絵も判らないが、こっちの絵も何を描いてるのか。
こんな絵を飾って何がしたいんだと思いながら、作業を続けていく小川の目に愛の姿が映る。

―あいつ

走り出した小川は子供の患者とぶつかってしまう。
構わず愛を追おうとする小川だったが、転げたままで泣くのを堪えている姿を見て動けなくなってしまう。
舌打ちすると子供を助け起こしに向かう。

                    ★

険しい顔で歩く銭琳。
職員や患者が声をかけるが、応えようともしない。
手にした携帯の画面には病院内の地図。
ある一点に×印がついているのを見ると、さらに険しい顔になる。

                    ★★

入院しているという子供を病棟に送る小川。
無表情を装っているが、時折柔和な目になる。
しばらく歩いていると、頭が重くなる。
症状がひどくなり、立っていられなくなった小川を心配そうに見つめる子供。
大丈夫、という舌がもつれる小川に声をかけたのは飯田だった。

「かなり具合が悪いようね。 安静になさい」

車椅子を指し示すと、小川の傍らにいた子供に笑いかける。

「あなたがミクちゃんね。 丁度よかったわ。 あなたに会いたかったのよ」

                    ☆

銭琳を探す愛は病棟と病棟を繋ぐ回廊にさしかかっていた。
長い回廊の先に人影が見える。
それは幾人ものこどもたち。 皆が同じ服を着て、同じように立っている。
愛が目を瞬かせると、子供たちの姿は消えていた。
小川と同じように頭が重くなる愛の耳にアナウンスが聞こえる。

「世界の破壊者、高橋愛様。 院長がお待ちです。 院長室までお越しください」

Bパート


                  ★★

ミクを誘って歩いていく飯田。
ふらつく身体を柱で支えている小川が飯田を詰る。

「今のアナウンスは何です。どうしてあなたが高橋と。それにこの蜘蛛の糸のようなものは一体?」

「あんたにこれが見えるとは思わなかったわ」

目を細めながら差し上げた左手に、細い糸をよりあわせたような糸が握られているように見えた。

「あの絵、私が展示してきたあなたの作品の数々…」

「そう、この糸は私の思念を組み合わせて作り出したもの。殆どの人間にとって、実体のないものだけど、能力者に対しては強力な結界となりうる」

小川が展示した絵を媒介にして、病院中に思念の糸の結界を張り巡らしたと告げる飯田。
精神系の能力者ではない小川がこれほど影響を受けるとは思わなかったと嘲笑う。

「私を利用したのか? 保田さんを裏切ったのか!」

「さあ、それはどうかしら。私たちの関係は裏切ったとなか裏切られたとか、そんな底の浅いものではないから」

一般人には目にすることが出来ない思念の糸を幾重にも纏う飯田の姿が小川には巨大な蜘蛛の化け物のように映った。

「この蜘蛛女がっ」

そう言って、飯田からミクを引き離そうと手を伸ばした小川を嘲笑うようにエレベーターのドアが閉まった。

                    ☆

自分のことを呼ぶ館内放送を耳にしたその時から、愛は動き始めていた。
館内の表示で院長室の所在を確かめると、長い回廊を進み出す。
飯田の張った結界の存在に気付いてはいたが、足取りに躊躇いはない。
回廊を渡りきり、階段を昇って院長室の前にたどり着く。
厚い扉に耳を当てて中の音を聞こうとするが、何も聞こえない。
精神感応のチカラで内部に人間がいるか確認しようかとも思ったが、強大な結界を張った何者かの存在が愛を慎重にさせていた。

―自分を招いた者の正体を確かめるには入るしかない

意を決すると扉に手をかける。

                    ★

―保田さんが心してかかれと言っていたのはこのことだったのか

もつれる体を立て直しながら、小川麻琴は自嘲する。
「半分エスパー」の世界で、邪魔をしたこくえけん職員高橋愛を弊そうとした自分を保田圭は制した
そして保田は次の任務を与えてくれた。

―圭織を助けてあげてと保田さんは言った
―彼女もまた彼女なりのやり方で世界を救うために動いていると
―戦闘向きの能力者ではない彼女が目的を果たすには、手足となる協力者が要ると
―私は動けない、圭織が動こうとしているのは本来、存在しない筈なのに何らかの偶然で生まれてしまった世界
―圭織という強力な能力者に加えて、私までがその世界に赴いてはその世界の存在が確定してしまう
―あなたでなければ行けないのよ、と保田さんは言った。

―私はそんなにちっぽけな存在なんですか? と拗ねてみた
―ダークネスの幹部に比べれば、虫けらのような存在なのは判ってますけどね、と僻んでみせた私のことを保田さんは笑った

―バカね、あんたの"反射”は無敵に近いレベルにまで成長している
―私や圭織とあんたとの違いは、関わってきた人間の数、重ねてきた歴史の重み、背負ってきた思いの違い
―あんたは実質は生まれたての赤ん坊と云っていい真っ白に近い存在
―そんなあんただからこそ、存在しない世界の因果律に与える影響も最小で済む
―でもね、圭織には注意しなさい
―私たちには見えない未来が視えている圭織は私たちとは違う価値観を抱いているかもしれない
―だから、心してかかりなさい

―今わたしが在る世界は、確実に存在している
―あの蜘蛛女はそのことが最初から判っていたに違いない
―そして、あの女は私を出し抜いて破壊者高橋愛と接触する
―クソ、忌々しい、気に食わない、許せない
―私だけでなく保田さんまで利用するなんて絶対に許せない

―この世界を訪れてからどんな手段を弄したのか判らないが、あの女はこの総合病院の院長に収まった。

小川もその件で動くことは動いたが、それがどんな風に作用したのか判らないし、説明されてもいない。
「あんたに言ったってわかんないでしょ」と蔑んだ飯田を小川が許したのも、保田の指令があったからだ。

―私を蔑んだっていいし、軽んじたって構わない
―しかし、あの女は私を完全に欺いた
―小なりとはいえ保田さんの指令で動いている私を騙したのだ
―壊してやる、この世界ごと壊してやる

小川は知っている。
自分の前では倣岸を装っている飯田が体調に不安を抱えていることを。
自分に隠れて鎮痛剤を、それも劇薬に近い鎮痛薬を服用しているのを知っている。
自分に見えないところで、泥のように眠り込んでいるのも知っている。

―私のやろうとすることを”予知”されたって怖くなんかない。
―ただでさえ戦闘力に乏しい上に、体調の不安を抱えているあの女なんか潰してやる。

暗い愉悦を湛えた瞳で、院長室のある階の方向を見つめた小川の目に…

                    ★

―あれからどれくらい経つんだろう

蠍火は思い起こしていた。
刃千史の機関員として、初めて働いた時のことを思い出していた。
それは思い出したくは無い出来事だった。
しかし、心に深く刻み込まれて、今ある自分の一部となっている。

蠍火は最初から執行人として働いていたのではない。
執行人は刃千史に叛意を抱く人間にとって、恐怖の対象でなくてはならない。
叛意を抱く人間がいかなる強者であっても倒さなければならないのだ。
それもただ倒すだけではならない。
惨く倒したその屍を、酷いやり方で晒すことで正義の旗を掲げるのだ。
その大役をいくら発炎能力を発動できるからといって、いくら射撃、格闘、暗殺技術の習得が目覚しいからといって、年端も行かない少女に執行人の大役を任せるほど人材が枯渇した刃千史ではない。

将来の執行人候補として目をかけられていた蠍火には、ある辺境地域での情報収集活が初任務として命じられた。
中央と異なる言語、風習を有するその地域はこれといった産物も存在せず、産業も根付いていない貧しい地域だった。
その地域に価値があるとしたら、石油の生産地帯の近隣に位置するという地理的な状況しかなかった。
原油の生産地帯と工業地帯を結ぶパイプラインの敷設計画の噂がその地域の空気を不穏なものにしていた。
中央への反発は公安部によって抑制されてはいたが、彼らの墳墓の地をパイプラインの敷設で踏み荒らす事態になれば、暴動が発生することも十分に予測された。
そんな地にまだ幼さの残った蠍火は派遣された。

役所の中での権力闘争に敗れ、妻にも見限られた哀れな男とその娘。
蠍火とその上司は人生の敗残者としてその地を訪れた。
伝手を頼って得たことになっている役所の仕事をこなしながら、上司は蠍火を現地の学校に通わせた。

「特に何もしなくても良い。 普通に学び普通に遊んで来い。 もし級友の家に招かれることがあったら、必ず行ってくるのだ」

初仕事の緊張が隠せない蠍火に上司は告げた。
その言葉どおり、蠍火は学校に通った。
独自の言語を有しながら、中央の強権によって公用語を使わされている学校。
蠍火に対する風当たりは強かった。
しかし妻に逃げられた哀れな男の役割を演じ切る上司の動向が級友の親たちに伝わったことも影響したのだろう。
そして、何より蠍火自身の資質もあったのだろう。

蠍火は級友たちに受け入れられていった。
やがて級友たちの家にも招かれていった。
そこで会った人たちはその地に伝わっている唄を教えてくれた。
その辺境の地独特の民族衣装も着せてくれた。
そして普通の生きていくことの幸せさを伝えてくれた。
その地での生活が任務であることが頭の中から消えることは無かったが、どこか空ろになっていたのだろう。
上司は蠍火に言った。

「いいか、中国という行政単位には百を越える民族が混在する。 それら全てを併せれば十億を軽く越える。 全ての人間がおのれの自由、おのれの権利を主張すればどんな混乱が生じるか」

想像せよと上司は言った。
この国の安寧を保つために、千の刃を振るえ。
この国の平和はそうやって刃千史が守ってきた。
刃千史はこの国の歴史と共にある、と。

蠍火は改めて自分の立場を自覚した。
そして自分の果たすべき役割を演じ切った。
学校では快活な少女として級友に溶け込んだ。
招かれた家では、妻に逃げられた父を慕う健気な娘として同情を買った。
そして、行く先々で出会った人、目にした物を逐一上司に報告した。
それが一体どんな意味を持つか、その時はまだわからなかった。
その行為がどんな事態を招くのか、その時の蠍火には想像することが出来なかった。

…ある日のことだった。
まだ夜も明け切らぬ時間に上司に起こされた蠍火は任務が終了したこと、そしてこの地からの即時撤収を知らされた。
かねてから計画されていたパイプライン設置のために、この地の人口の40パーセントに相当する人々の家が強制撤去されるらしい。
その前段階として強硬な反対派住民数十名が拘束されることになった。
その任務には公安警察が当たり、直接介入はしないが、不測の事態を考慮して軍も待機するという。
上司と蠍火は軍のヘリに乗り込んで速やかにこの地を離れことになった。

親しくなった学友や、親切にしてくれたこの土地の人々に別れの挨拶をしたい。
そんな些細な感傷を口にするほど愚かな蠍火ではなかったが、少しの戸惑いがあった。

一切の私物を住居に残し、公安の車でヘリの発着地点に向かった蠍火が目にしたものは、自分が言葉を交わしたこともある人々が家の前で拘束されている姿だった。
蠍火の心はざわついたが、強硬派住民の拘束は粛々と進められていった。
見覚えのある家々の周囲を公安警官が包囲しており、所々には護送車が停められている。
やがて、車は町の外れに差し掛かった。

これまでに見たのと同じように、その家の住人も強制退去の対象になっているらしい。
家の中に向かって泣き叫ぶ女子供を公安警官が制している。

そこは蠍火のことを初めて招いてくれた同級生の家だった。
その家ではこの地方伝来の装束を蠍火に着せてくれた。
そんな蠍火を慕って、同級生の妹がまとわりついてきたことを覚えている。

何の大義も存在しないが、地に根を張って生きているという実感を与えてくれる暮らしがその家にはあった。
その暮らしを自分が壊した。
自分たちが収集した情報の如何に関わらず、住民たちの強制退去は行われていただろう。
それだけ意義深く大規模な開発がこの地で行われようとしているのだ。
そのことを理解していても、自分がこの辺境の地の人たちの暮らしを壊してしまったという思いは離れようとしない。
自分はあの家族の暮らしを滅茶苦茶にした。
気づけば自分を責めている蠍火に上司は声をかけた。

「お前があの光景を見て何を感じ、何を思っているかはわかる。 だがお前はこれから何千何万回とそんな思いを噛み締めることになる」

小異を捨て大義に生きよ、と説く上司に返事をしようとした蠍火の目に何かが飛来してくるのが見えた。

―あれは瓶。 強制退去へのせめてもの反抗? でもちらちらと赤く燃えて…。

危ない、と思った時には護送車にモロトフ・カクテルが炸裂していた。
傍らに居た公安警官が炎の衣をまとっている。
どこか緩慢としていた警官隊の動きが、一気に緊迫感に包まれた。
苦悶する同僚を救おうとする警官。
無傷だった装甲車を盾に、屋内への突入体勢を取る者。

「待てっ!!」

上司の制止を振り切って、車外に飛び出した蠍火は混乱している警官隊の隙を突いて、家の裏口へと回る。
助けたかった。
彼らの墳墓の土地を奪うために動いていた自分に家族のように接してくれた人たちを救いたかった。
彼らの手を汚させたくなかった。
幾度か訪れていた蠍火はその家の裏口が鍵無しで開けられることをしっていた。
木の扉、まるで人の顔のような模様の口の部分を強く押す。
閂の緩んだ扉を引き開ける。

「小父さん、銭琳です。  これ以上警官に逆らわないで下さい」

中に飛び込むなり、声をかける。
敵意を持たないことを示すために、手は広げて掲げている。

―誰もいない?

決して大きくは無い家の中に人の気配が感じられない。
探そうにも人の隠れる場所もない。

― 一体何処に?

前後の事を考えず危険を冒してしまった蠍火だったが、彼女にも保身の感情はある。

―誰も居ないなら、早く引き上げなくては…!!

衝撃を感じた。
背後から強い勢いで何かがぶつかってきた。
蠍火は自分の油断を恥じた。
この家の家長が逞しい体をしていたことは覚えている。

―もしも、掴まえられたなら面倒なことになる

そう思った蠍火は腕を振るった。
傷つけるつもりは無い。
自らの体の自由は確保した上で、家長を説得しなければならない。
この家の家長の体躯なら、仮に急所に入ったとしても負傷することは無い。
そう思い振るった拳は蠍火を襲った影を家の壁まで吹き飛ばしていた。

―脆すぎる

自分が吹き飛ばした影の軽さを怪訝に思った蠍火の目に映ったのは、この家の一番年下の娘だった。

「琳姐・・・」

力なく呟いた幼子がやがて炎に包まれた。

…人は過去から逃れられない。
乾き切った現在を生き抜くために、標的の居る筈の場所を視認する蠍火。

「…お前もあの忌々しい占い女の仲間か!!」 

 ――続く――

【次回予告】
標的の居場所に向かおうとする蠍火の前に立ちはだかる小川。
すれ違う思い、交錯するチカラ。
「わたしがこのチカラで世界を救ってやるよ」「世界を変えるのはこの世界に生きる全ての人の力デス」
思念の蜘蛛の巣に囚われた愛は、飯田の超越俯瞰によって封印されてきた過去を追体験する。
「…わたし、楽しんでる。 あんなひどいことして笑ってる」
他の誰にも視えない未来を視た飯田は何を思い、何をしようとする?
「あんたはこのキャンバスに…を描けるかしら?」
モーング戦隊リゾナンターR 第17話「世界を変えるチカラ」
魂を燃やし、未来を照らせ!!