『Vanish!Ⅱ~independent Girl~』(6)



<ここまでのあらすじ>
雪が降り注ぐある日、れいなのかつての仲間である雅の友人が何者かによって誘拐された
更にその翌日には同一犯と思われる一団に道重が連れ去られた
リゾナンターは道重の『声』を頼りに救出に向かうが現場ではすでに道重の姿はなかった
『まだ道重は生きている』―そう信じながら8人と雅は祈り続けることにした

そして失踪してから4日目の朝を迎えた


(4日後)
いい子、いい子

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「『ドアを開けると迎えてくれるのは煎りたての香ばしいコーヒー
 店内に流れているBGMは耳に心地よく響き、一時の安らぎをもたらしてくれる
 一見こわもてだけと本当は優しく可愛いウェイトレスと料理自慢の美人のマスター
 本当にこの喫茶店を偶然とはいえ見つけられたことに感謝している
 「美味しかったよ、ごちそうさま」なんて普通の喫茶店なら絶対に言わないこともここなら言いたくなってしまう』
 だってさw」
マルシェが暇つぶしに見ていた喫茶リゾナントのお客様レビューを読みあげて吉澤が笑い声をあげた
「すげえな、本当にあの店、しっかり評価されてるじゃねえか。今度、身分隠して行ってみるか?」
吉澤がマルシェの肩をポンと叩いた

マルシェはそんな吉澤の手を払いながら「勝手な接触は禁じられているんですよ」と無愛想に答えた
本当はこっそりと一人で行ったことがあるのだが・・・あのチーズケーキ美味しかったな、なんて思いだしながら
そして改めて吉澤に修理を依頼されていた装置を渡した
「ここに来たのはこれを取りに来たんですよね?おしゃべりしにきたんではないですよね?」
「ま、取りに来たのが3割、残りの6割がおしゃべりってところだけどな」
吉澤は快活に笑ってみせた

しかしマルシェは冷静に「1割足りませんよ」と既にパソコンに向かいながら返した
「…昨日、幹部会に報告すべき仕事をしてな、それをお前に言おうと思ってる
 聴いて損なことはないし、結局耳に入ることになるからここで言う」
「幹部会ですか・・・ふぅ、それなら仕方ないですね。コーヒー用意します、少し待ってください」
パソコンを閉じ、マルシェは椅子から立ち上がった

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「おはようございます~」今日は土曜日、学校は休みで比較的混んでいる
光井がリゾナントのドアを開けた時空いていたのはカウンター席だけであったくらいだ
「おはよ、愛佳。テスト、どうだった?」
「あ~あかんですわ(笑)大学模試やったんですけど、ちょっと不安残りました」
「愛佳、そない心配いらんっちゃ。愛佳なら大丈夫やって。大学行けんくともここでバイトすればいいとよ」
ニヤニヤ笑いを浮かべてれいなが水を給仕した

光井はカバンから参考書を取り出しながら答えた
「大学には行きたいんですよ。愛佳はしっかり世界を見たいんですから!
 人間の心理とか研究してどうして悲しい出来事を起こすのかとか付き止めたり・・・」
「そうやよ、れいな、今、愛佳はショック受けているんだから、優しくしなさい」
ピザ生地の上に海老などの食材を載せながら高橋がれいなに注意する

「そうですよ~田中さん、光井ちゃんにも優しくしないといけませんよ~」
持参したティーン向けファッション誌をテーブルの上に置いて雅が会話に入ってきた
「ただでさえ受験でピリリとしているんですから、光井ちゃんをサポートするのも大事ですよ」
「そういえば雅ちゃんは大学進学しないの?放課後来てくれてるようだけど、勉強してるのを見たことないよね?」
高橋が他のお客から注文されたコーヒーを淹れながら尋ねた
「そうっちゃ、雅は将来どうすると?まさか・・・フリーターとかやないやろうね?」
「まさか、そんなわけないじゃないですか~実は仕事決まってるんですよ。ショップに就職ですよ」
「そうなんや、夏焼さんおめでとう」
「ありがと、光井ちゃん。それから、私のこと、雅って呼びすけでいいからさ」
そういって夏焼は光井に微笑みかけ、光井も微笑み返した

店内にはいつもと変わらず落ち着いたBGMが流れる
その他に聴こえるのはお客の声とそんな時間帯なのかテレビから流れるニュースだけである
ちょうど今は農作物が盗まれたというニュースが報道されていた
『もぉ、必死に作った野菜さんをですねぇ、盗られちゃって、泣いちゃいますよぅ』なんて答えている

「この農家の人、なんかぶりぶりしてますねw 可愛いけど、なんかむかつくw」
雅が画面を笑顔で指差し、れいなも「ほんとキモイっちゃね」と賛同の意を示している
「ニュースばかりだね~こういう事件を聴くと人の心が荒れているようで寂しくなるよ」
高橋はエプロンの紐を締め直して、焼き上がったピザを専用の皿の上に盛り付ける
そして「れいな、よろしく」とウエイトレスに指示を出し皿洗いに戻った。

「そういえば光井ちゃん志望の大学の受験日っていつなの?」
カバンから派手なピンク色の手帳を取り出しながら雅が光井に尋ねた
「実はあと○○日しかないんや」
「えっ、愛佳、それだけしかないのに?ここに来たと?早く帰って勉強した方がいいとよ!」
突然大きな声を上げたので店内にいた他のお客の目がれいなに向けられた
「田中さん、声大きいですよ!」と雅がカウンターから身を乗り出しながら会話に加わった
「そんな近いんやったら、れいなの言う通りやよ。もっと静かな所に行った方が」
「ここに来たら一番落ち着けるんですわ。皆さん、気にせんといてくださいよ」
みんなの心配をよそに光井はマーカーで綺麗に色分けされたノートを取り出し勉強を始めた

「それやったらいいんだけどね・・・」
高橋がせめて眠気覚ましにでもなると思いブラックコーヒーをサービスした
「それにですね…一人でいると道重さんのことが気になってしまいまして集中できんですわ
 ここならまだ高橋さんも田中さんもおりますし、新垣さんもいるかもしれないじゃないですか」
「・・・そういうことならいつでも来てもいいから。愛佳は強いよ
 カメもそうやってここにきてくれればえんやけど・・・返信してくれないなんて」
高橋が小さくため息をついて、れいなも下を向いた
「れいなも心配っちゃ。エリはサユがおらんといつも自身なさそうですぐ折れてしまいそうやった
 最後にあった時も心がなくなった人形のようで壊れてしまいそうやったと
 あんとき無理してでもここに連れて来るべきだったとよ・・・」

そんな二人に光井はノートから目をそらさずに明るく答えた
「大丈夫ですよ、だって」
勢いよくドアが開き、亀井が足をもつらせながら飛び込んできた
「朝、亀井さんがここに来る未来視ましたから」

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「あの誘拐事件―俺らの組織が全く関わっていないものだが知っているよな、マルシェ」
「はい、ニュースは見ていますから」
「昨日、矢口と一緒にその犯人のもとへと“遊び”に行った」
「あらまあ、でもまだ報道されていませんよね?犯人が消えたなんてことは」
吉澤は二ヤリと笑って「まあ、その話は置いとけ」と意味ありげに答えた

「それで犯人のこころを見たんだが被害者の名前がわかった。
 それで矢口に合わせたところ、全員が『+』すなわち『能力者』という判定をくだした」
「全員がですか?」
マルシェが驚きの声をあげた
「全員だ。まあ、正確には能力者といえないたまごみたいなもんだったから、『±』だ
 それでだ、その被害者のなかに俺たちの知っているヤツがいた」
「誰ですか?」
「道重」
ここまで言って吉澤は喉を潤した

「まったくアホな組織だよな。よりによってあいつらをターゲットにするなんてなw
 俺らと同じくらい単体では力がある連中とやろうなんてw一介のザコがすることじゃねえよw」
「笑わないでくださいよ…でも、ということは今、リゾナンターは道重がいない状態ってことですよね?」
「そうだな、どうだ、今夜あたり急襲すっか?」
「・・・上からの命令ないと動けません」
「わかってるって」
吉澤は脚を組み直した

「ただな・・・あいつらが能力者を集めて何をするのかはわからなかった。あいつはただの構成員だったからな
 もちろんあの建物が破壊されたのか、道重ともう一人が未だ行方不明なのかも読めなかった」
「もう一人?まだいるんですか?」

「ああ、そいつも面白いことにな~光井の学校の生徒らしいんだ」
そう言って吉澤は一枚の書類をマルシェに渡した
「これがそいつのデータだ。急ごしらえだが許せよな」
マルシェは口に出さずにそのデータを上から下までざっと目を通した
「それはまた大変デスネ」
「語尾がおかしいぞ。マルシェ、あんま興味ねえだろ」
マルシェはかぶりをふって「いえいえ」と慌てた

「・・・でもこれまでの話からすると、この子も」
「能力者だろうな」
マルシェから書類を返してもらいながら吉澤が答えた
「ただしどんな力なのかはわからないし、どこにいるのかもわからん。調査対象として報告するつもりだ」

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二階の住居に亀井を連れていき、ゆっくりと水を飲ませる
「エリ、落ち着くっちゃ。何があったと?」
れいなが亀井の背中を優しくさする
「高橋さん、亀井さんいったいどうしたんでしょうか?」
光井が心配そうな顔で後ろで立っている。さすがの光井もこの亀井の姿は視ていなかったのだろう
「わかんないけど、とりあえず落ち着けさせないと…エリ、ゆっくり深呼吸して」

その甲斐あってか暫くすると亀井は落ち着きを取り戻し、静かに椅子に座っていられるようになった
「何があったの?エリ?ゆっくりでいいから、言える範囲でいいから答えて」
「うん、愛ちゃん、あのね・・・夢をみたの」
「夢?」
「うん、夢。それも怖いような・・・悲しいような・・・分からない夢
 でも、なんだかわかんなくなっちゃって…ここに来たくなったんだけど途中でなんか苦しくなっちゃって」
「教えてくれる?」
亀井はこくりと頷き、ゆっくりとみた夢を話りだした

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ふわぁ~~なんだろ、すごい眠いな~春だからかな?
あれぇ、なんで周りにたくさんお花が咲いているんだろう?とっても綺麗だ~

うわぁ~すごーい!向こうまでずっとピンク色の絨毯が続いているよ~
これどこまで続いているのかな?歩いてみようっと
ウフフ、すっごい体が軽いなあ~羽でも生えているみたい♪春、ビューティフォ、エブリ~ディ♪

あれ?あの長い黒髪と白い肌は?
サユだ!よかった無事だったんだ!『さゆぅ~~~~』
あ!こっち振り向いた!『大好きだよ~こっちおいでよ~』
手振り返してくれた!ん?何か言ってる?『聴こえないよ~』

あれ、ちょっと待ってよ、さゆ、勝手に歩いていかないでよ
ちょっと!勝手にはなれないで、せっかく会えたんだから

あれ?おかしいな?いつもだったらエリがあっという間に追い付くのに
全然追いつかない?むしろ離れてる?

走らなきゃ、追いつくように、今度は絶対離れないように追いつかなきゃ
おかしいよ、さゆがこんなに早いなんておかしいよ

待って、待ってってば~エリを一人にしないでよ~

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「っていう夢をみたの」
「・・・そう、愛佳、その夢って何か意味あると思う?」
「愛佳はあまり深い意味はないと思います。多分、亀井さんの心の奥底の寂しい気持ちが夢として現れたんやと
 これが愛佳なら予知夢だと言えるんですけど亀井さんにはないですし…」

「それにしたってエリが寂しい気持ちだったことには変わりはないわね」
高橋は亀井の横に座り、亀井の肩に手を置いた
「なあ、エリ。寂しいんはわかるよ。
もちろんそれは私達も一緒なんだから、寂しい時は私に泣きついていいんだからね
仲間やろ?気持ちをさらけ出していいんだから、ね?」
「・・・うん」
「エリがサユを大好きなように、私もエリを大好きなんだからね」

「れーなもえりのこと可愛いって思っとると。来ないこの数日本当に不安やったとよ!
 エリが素直になってくれんとれーなも素直にエリを馬鹿っていえんくて寂しいとよ」
「愛佳もですね、亀井さんってあまりなかないじゃないですか。特に愛佳の前じゃ
 でも、辛い時は肩の荷をおろして素直に感情のままにしたほうが、健康になれますよ
 何も解決はしないかもしれないけど、『これから』に進める…ハズやと思います」
「・・・みんな、ありがとう。えりね、えり、ほんと、素直になれなくてさ…グスッ・・・」
言葉は続かず亀井は静かに泣き始めた

「れいな、私はお店に戻るからエリをみてあげて」「うん、わかった」
そういい高橋がお店に戻ろうとし階段に足を下ろそうとした時に声が届いた

―やめて!!お願いだからやめて!!

それは待ち望んだ道重の声

高橋は振り返り三人に力強く言った
「サユが待っている、みんな行くよ!」
「はい」「いくっちゃ」「うん」















最終更新:2011年05月06日 20:01