『XOXO -Hug and Kiss&-(3-b)』


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転がる幾つもの肢体に、むせかえるような鉄の匂い。

「あれ、そんなに遅く来たつもりじゃなかったんだけど」
「これはお前が仕掛けたんか」

蹴り飛ばされた物体は深紅の飛沫を上げて、こちらに断末魔の表情を向けた。

「仕掛けたってか標準装備。こいつらもっと役に立つと思ってたけど、やっぱ雑魚は雑魚のまんまだな」

一旦腰を下ろして蹴られたそれに手をやり、見開いた目に終わりを告げる。

「でももっと綺麗なやり方あったっしょ。身体ぶったぎんなくても…ねぇ」

ガンッ――――!

「申し訳ありません。手早く確実に――そう教えて頂いたもので」

膝をついた床の3cm上に鋼線がぶつかる。立ち上がって線を辿った視線の先に袖から獲物をぶら下げた姿が見えた。

「確かにそう叩き込んだ――――が、それなら今のは教えに反する行為だな」
「適度な挑発は理性を鈍らす、そうとも教えてもらいました」
「そのRのやり方は性に合わないんだよ…おっと、君は人の話を聞けないのかな」

左後方からの後頭部への蹴りを腰を屈めてやり過ごし、身体のひねりのまま繰り出されようとした右足を掴んで叩き落とす。
地面に触れる直前に、足を掴んでいる手の感覚が、姿が消えた。


「まだ俺が話してっからさ、ちゃんと相手してやるから待ってろよ」
「お前の話なんかどうでもええ。さっさと倒して先に進む、それだけや」

「それじゃあ私と話しましょう、i914」

突然現れた開かれた扉の向こうの姿に、一人の動きは止まり、一人は眉をひそめた。

事前に予定していたプランが早くも崩れさる。
もとより彼女が自分の指示に従ったことなどないが、それでも今回こそは、と期待してしまう自分はまだまだなのかもしれない。
ただ、この女のマイペースを考慮しないほど甘ちゃんではない。
むしろ2パターン以上の図式を考えることが出来なければ、ここで生きていくことは不可能だ。

「あーもう、出てくんの早いって…」
「だって待ちきれる訳ないもの、私の最高傑作…どれほどの進化を遂げたのかようやく確かめられるっていうのに」

闘技場といえど、リングがあるわけでも闘いを観覧する客席があるのでもない。
ただそこには鋼鉄で出来た空間と、その壁に6つの扉が用意されてあるだけ。
その扉はここから繋がる道の数でもあり、今回のように暗殺部隊が奇襲をかける途でもあり、未知の開発実験体が出現する路でもある。

未知数の能力をもつ実験体に長距離の移動は禁忌であるために、6つの扉の内ひとつは科学研究棟に直結している。
科学研究棟、それは高橋愛――i914の生誕の場所である培養施設を備え、孤高の研究者、紺野あさ美の牙城でもある。

白。それはこの世の始まり。白。それは神の領域。白。それは狂気の色。


「i914…どうしたの?私と話しましょう。あなたが下衆の世界の中でどのように成長したのかを調べる権利があるの…」

両目が裂けんばかりに見開かれた愛の全身がわなわなと震えだし、瞬間、誰の目からも姿を消した――――ように見えた。

「――っ!!なんすんやって!!」
「愛ちゃん落ち着いて。今ここで暴走したって何のプラスにもならない」
「でも―――!!」

「その判断には賛同しかねるなぁ新垣」

視線がゆっくりとこちらに向けられる。

「お前が今高橋愛の動きを阻害しなければ、彼女はおそらく紺野を殺っただろう、それはもう跡形も無くな。
そうなれば2対1、攻撃目標は俺一体のみ。普通なら2:2の状態よりもそっちを選ぶなぁ。
しかも紺野を残したってことは治癒能力者を生かしたことと同義だぞ」

「一時の感情で紺野博士を亡き者にしてしまうことは、博士はもちろん彼女にとっても望ましくないと考えました。
まぁどちらにしろ今ここに博士はいませんし」


「里沙ちゃんどういうことや…?」
「今私たちが見えている彼女はバーチャルでしかない。覗く心すらも無かったもの」

そう告げて放った鋼線の先に、本来刺さるべき肉体、上がるはずの血飛沫は無く、ただ“あさ美”の胸を通過しただけだった。

「やっぱバレたじゃんかよー。出てくんの早いしバレるし…」
「あなたの作戦よりは百倍ましに進んでいるわよ」

突き刺されたまま微笑みを浮かべる像は、鋼線を残して姿を消した。
音だけが変わらずに響き渡る。

「赤子騙しはもう終わり。私の願いはただ一つ。あなたの成長を私にはからせてほしい、それだけよ。
私はここにいる。i914、あなたが私を殺したいと願うのであれば選択肢は一つしかないはず」

扉が開かれる。

「あなたの生まれた場所で待っているわ」


空気が揺れている。それは風が吹くとかそういう物理的な揺れではない。
ほとばしるほどの愛の感情が大気を伝っているのだ。

精神干渉一人、念動力と精神干渉一人、瞬間移動と精神感応、光使いが一人。
三人ともが精神系の能力を備えるということは、それだけ心の震えにも敏感であるということ。
とりわけ精神感応使用者は、その能力の特性上、より鋭い感性を宿している場合が圧倒的に多い。
そして能力が強ければ強いほど、外部に与える影響度も増す。

結局は予定通りに進んでいるのかもしれない。
超一級の能力者二人と同時に闘えようとは思っていない。
近距離での攻撃目標は出来るだけ少なく、戦闘の基本だ。

「言っとくけど、先に俺倒してから行こうとか思ってんなら考え直したがいいね。
今ここは俺が管理してる。つまりこのドアの開閉は俺次第ってことだ。
今お前が紺野の所に行くのであれば開けといてやるが、ここに留まるのであれば研究棟への道は悪いが閉ざさせてもらう」


震えを読む限り、心は既に決まっている。
後は最後の一押しを自分で決められるのか、誰かに押してもらうのか。
おそらくは――――――

「私なら大丈夫だから、愛ちゃん、自分が行きたい方に進んでよ」
「里沙ちゃん…」
「けじめ、つけてきなよ」

里沙が差し出した右手をしっかりと握って、こちらを向く。
震動が、止んだ。

―――決まりだ。

「行く。お前は里沙ちゃんに任せる」

「どうぞ、歩いて一分もしないうちに着くはずだ」




「言っとくけど、里沙ちゃんは誰にも殺させんよ。それはあたしが許さん」

そして愛は扉の向こうに消えた。