Ambitious!野心的でいいじゃん


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{白く、華奢な背中がすぐ目の前にある。
ちょっと力を入れたら壊れてしまいそうなくらいに繊細な愛の背中が。

だが、れいなは誰よりもよく知っている。
その小さな背中がどれほどに力強く、頼もしく、そして温かいかを―――


     *     *     *


「大丈夫?無理しなくていいんだよ、れいな」

出動準備を整えながら、愛が心配そうな顔を覗かせる。

「なん言うと?今日も置いて行ったりしたら今度は絶対許さんけんね」

殊更に“ぶすくれた”顔を作りながら、れいなはつっけんどんにそう返した。

リゾナンター――かつて光を背負い、闇と戦った者たち。
その光を継ぐ人が目の前にいる。
そして、自分はその人と一緒に戦うと決めたのだ。

「それに今はガキさんもおらんっちゃろ?…れいなが代わりに愛ちゃんの背中護るけん」

僅かに頬を染め無意識に愛から目を逸らしながらも、れいなはそうきっぱりと続けた。

孤独のトンネルの中、笑顔を忘れていた自分に光と温もりをくれた人。
今日を生き、明日へ向かう意味を教えてくれた人。

今度は自分がその大切な人の力になる番だ。


「ありがと、れいな。だけど、絶対に無茶はしたらダメだよ?自分の身を一番に考えるんだよ。いい?」

微笑みながらも心配そうな光を宿す愛の瞳をやはり真っ直ぐは見つめ返せないまま、れいなは「わかっとー」という無愛想な一言だけを返した。

「……よし、じゃあ行こう」

愛の表情から笑顔が消える。
初めての本格的な“戦闘”に赴くれいなの背筋を、表現し難い感覚が滑り落ちた―――






「れいな後ろっ!」
「………っ!」

敵戦闘員の攻撃を辛うじて避け、れいなはその腹に肘を叩き込んだ。
動きが止まったところを思い切り蹴り飛ばす。

―戦闘が始まってどれくらい経っただろう。
10分?5分?それともほんの少ししか経っていないのだろうか。
既に息が上がり始め、注意が散漫になっている自分を、できることなら張り倒したかった。

それなりに自信はあった。
ケンカには慣れていたし、負けたことなど一度もなかったから。
だけど―――“戦闘”とケンカとの違いを自分は甘く見ていた。

次に向かってきた戦闘員に流れるようにカウンターを叩き込みながら、れいなは唇を噛んだ。
何度愛の声に助けられただろう。
それは同時に、自分の存在が愛にとって重荷になっていることを表していた。

敵の数は多い。
れいなに常に気を配り、できるだけ自分の方に敵を引き付けながら戦う愛の負担は相当のものだろう。
もちろん、愛がそんなことでれいなのことを咎めたり不甲斐なく思ったりしないことは分かりきっている。

だからこそ―――自分に腹が立つ。
愛の背中を護るなどと偉そうなことを言っておきながら、実際に自分のしていることといえば愛の足を引っ張ることだけだ。
実際、愛の表情にも疲労が見え始めている。
余裕を持って避けていたはずの攻撃が、いつしか危うく当たりそうになる場面すらあった。

―――力が欲しい

心から思った。
大事な人を護るための力が。
目の前の敵を打ち伏せるための――チカラガホシイ――

「れいな!!」
「しまっ―――」

焦りと苛立ちに捉われた拳が空を切り、れいなは大きく体勢を崩した。
視界の端に、無表情な敵戦闘員とその手に握られた無機質な金属が映る。

―――死―――

れいなの背筋を滑り降りるその感覚は、今度は明確な色を持っていた。

     ヒュンッ―――

風を切る音とともに、れいなの頬に生温かい何かが飛び散る。

―――れいなは見た。
いつの間にか自分の前に愛の小さな背中があるのを。
そしてその肩が鋭く切り裂かれ、そこから赤い――――



赤い―――赤い―――赤い―――
視界一面に広がる赤―――――

「れいなっ!!もういいから!お願い!!もうやめて!!」

――――?

一面赤の景色の中に響く、必死な……でも安らぎに満ちた声。
そして、自分の体を強く優しく抱きしめる温かい腕。

「愛……ちゃん?」

我に返ったれいなは、呆然とその声の主の名を呼んだ。

「よかった……もう、大丈夫だから」

いったん体を離した愛は、安心させるようにれいなに微笑みかけると、再びその腕に力を込める。
その温もりを感じながら、れいなは目の前にある光景に愕然としていた。

「愛ちゃん……これ……れいなが……?」
「………うん、発火能力(パイロキネシス)……れいなの眠ってたチカラが暴走したんよ」

辺り一帯は、焼け野原と化していた。

これを――自分が?
じゃあ先ほど視界を覆っていた一面の赤は―――

―――ゾクリ

背筋を這い下りる薄ら寒い感覚に、れいなは思わず愛の背に両手を回した。

「つッ―――」
「……?」

僅かに体を強張らせる愛の様子と、自らの手に伝わってきた違和感に、れいなは慌てて愛の背中を検めた。

「ッッ!!!」

そこにあったのは、想像通りの……そして想像したくなかった光景だった。
愛の華奢な背中が大きく露出している。
それを覆っていたはずの服は随所で黒く焦げ、半分以上燃え落ちていた。
そして―――

「……愛…ちゃん…ごめん……れいな…護るとか言いよったくせに……ごめん……ごめんね愛ちゃん……」

護ると決めたはずの小さな背中。
大きく露出したその白い背中の一部が、痛々しく赤く爛れている。

護るどころか、傷つけてしまったのだ。
他ならぬ自分のこの手で、このチカラで―――

「大丈夫。大丈夫だから、泣かないで。れいなのせいじゃないよ」
「やけど……れいなは……」

力を欲した。
大切な人を、大事なものを護るための――強力なチカラを。
だが、そのことが逆に愛を傷つける結果になってしまった。
取り返しのつかない結果に―――

「れいな、力を求めることは間違いじゃないよ」
「!?……間違いや……ない……?」

深く暗い後悔の淵に沈んでいたれいなの心に、愛の言葉は静かな…しかし確かな光となって届いた。

「人には、何か大切なものを護りたいと思うときが……護らなければならないときが必ずある」

そう言いながらそっとれいなの頭を抱く愛の腕の中で、れいなは微かに頷きを返す。

「でも…その思いだけでは、必ずしもそれは果たせない。その思いを形にできるだけの強い力がなければ、大切なものは護れない」
「力がなければ……護れない……」
「そう。だからね、れいな。力が欲しいというれいなの思いは決して間違ってないんだよ。だけど……」

愛はそこでいったん言葉を切り、そっと腕をほどくとれいなの瞳を見つめた。

「憎しみの感情が求める力は何も生み出さない。……ううん、それはむしろ新たな憎しみや…かなしみを生む」
「……ッ!!」

たった今、自分がしたことはまさにそれだ。
焼け野原となった周囲の景色、そして火傷を負わせた愛の背中が脳裏に浮かび、れいなは唇を噛んだ。

「ごめんね、れいな」
「…えっ?」

唐突に頭を下げる愛に、れいなは戸惑った。

「わたしさえもっとちゃんとしてれば、れいなにこんな思いさせずにすんだのに……」
「そんな……なに言っとー!謝らんといけんのはれいなの方やけん!愛ちゃんに謝られたりしたられいなどうしていいか分からんと!」

一転強い口調で怒ったようにそう言うれいなに、愛は頭を上げて微笑んだ。

「分かった。じゃあもう言わない。だかられいなも、もう泣いたり謝ったりしないで?……ねえ、笑って?」


     *     *     *




白く、華奢な背中がすぐ目の前にある。
ちょっと力を入れたら壊れてしまいそうなくらいに繊細な愛の背中が。

護りたい背中。
傷つけてしまった背中。
大切な背中。

背中の火傷は、今ではほとんど治っている。
その背中をゴシゴシと丁寧に洗い流しながら、れいなは思っていた。

痛々しく刻まれた火傷は、後悔のしるしであり忌むべき自らの恥だ。
だけど、それと同時に―――

「イタッ!れいなワザとやってるでしょ」
「あ、ごめーん。ワザとやないとよ」

大切な愛との思い出――そして絆でもある。

早く治ってほしい。
でも……消えずに残っていてもほしい。


ようやく居場所を見つけた野良猫は、小さく舌を出しながら悪戯っぽく微笑み、愛の背中にそっと指を這わせた。}