『I have a dream』


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私には夢がある。 それは…。



「…気ぃついたんか」

「あなたは天使?のはずないですね。 私みたいな人間が天国に来れるはずがない」

薄暗がりに二つ声が響く。 どちらも若い女の声。

「ここは天国じゃない。 でも地獄でもない。 現実の世界」

「ということは地獄ですね。 能力者と一般人の間で凄惨な戦争が続いてるんですから」

高層ビルの屋上の機械室は分厚い鉄の扉で、外の世界とは隔絶されている。
しかし下界で繰り広げられている闘争の気配は伝わってくる。

「あんたの身体はなかなか鍛え上げられてるな。 なのになんでこの程度の傷であきらめようとした?」

そう言って何かを床に放り投げる。 小さな金属の塊、銃弾だ。

「護身用の拳銃で殺傷力もあまり無かった。 なのになんで? まるで自分の命を放り捨てようとしたみたいや」

傷ついた身体を床に横たえている女に対して、年上の女が言った。

「その通り。 私は探しに来たんですよ。 悔い多き人生に幕を閉じるのに相応しい場所をね」

その言葉を聞いた年上の女の顔が歪む。

「あなたが私を助けたんですね。 ほんとうに余計なことをしてくれたです」


「そんなことを言うような人には見えんけど」

「私はある組織で働いていました。 緑炎執行人としてね。
組織を裏切った者。 組織の正義に歯向かう者を地獄の業火で焼き尽くすのが私の仕事でした」

緑炎執行人と名乗った女は、そこまで話すと自分の命を救った女を見つめる。

「奪った命の数も覚えていません。 自分の名前だって覚えてません」

自分は幼い頃に組織に買われ、それまでの記憶を奪われたのですから名前さえないんですと自嘲する。

「この戦争の原因となった一般人の政府要人の暗殺だって、何人かは私が手がけました。 こんな私は死んだほうがいい。
私が死んだって泣く人間など一人もいないのですから」

だから、助けることなど無かったと年上の女を詰る緑炎執行人。

「…あの子は泣いとったよ」

「えっ」

「自分のことを助けてくれたリンリンマンが死んでしまうって泣いとったよ」

「あの子供は無事だったのですか」

女は良かったと安堵する緑炎執行人に複雑な視線を注ぐ。


全人口の99パーセントを占める一般人に管理され迫害されてきた1パーセントの能力者。
彼らの一般人に対する反抗は、時の内閣の中枢に座る9人の閣僚の暗殺から始まった。
露骨で暴力的な能力者の犯行に激昂した一般人の暴発。
その対象が能力者であるうちは比較的静観していた治安当局も、社会全体を揺るがしかねない暴動への発展する兆しが見え始めると鎮圧に乗り出した。

その隙を突いて能力者は次の一手を打つ。
圧倒的に不利な兵力差を埋める為に凶悪犯を収監していた刑務所を襲ったのだ。
元々人に危害を加えることに何の躊躇いもない凶悪犯たちは、洗脳によってその傾向を助長された。
能力者の操り人形となった凶悪犯たちは街に出ると、一般市民を恐慌状態に陥れた。
治安当局の指揮系統を寸断した能力者集団は、軍隊の所持する大量破壊兵器を奪取し、自分たちのこの国からの独立を宣言する。

数で優る一般人の政府の逆襲は能力者政府を押し戻したものの、領土問題を抱える第三国の介入によって事態は泥沼化した。
そしてこの国から平和は無くなった。

自らの行為がもたらした戦争の地獄絵図に失望して、戦線を離れた緑炎執行人は辿り着いたこの街で一人の少年を助けた。
戦火に包まれた住宅の中から助けを求める声がした時、自然と身体が動いたのだ。
食堂の床下に設けられた収納庫の扉を開けたとき、彼女は銃撃された。
緑炎執行人を敵だと思った少年が、護身用の拳銃を発射したのだ。
脅える少年に緑炎執行人は言った。

「ジャジャーン!正義のヒーロー、リンリンマン参上! こんな所に閉じこめられていたあなたは誰? リンリンマンに教えて下さい」

おずおずと自分の名を告げた少年を緑炎執行人は促がした。

「早く、この地区の緊急避難所までお逃げなさい。 リンリンマンは他に逃げ遅れた人がいないか探さなければなりません」

少年は自分が撃ってしまった緑炎執行人のことを気遣った。 傷ついた彼女を残していくことなど出来ないと。

「ハハハ、リンリンマンはヒーローですから、こんなピストルなんてチョチョイのチョイね」


少年から受け取った拳銃を燃やしてみせた緑炎執行人は、少年に脱出を促がす。
いずれ再会することを約束して。

「あの子は悪くありません。 あんな状況だったら大人でも脅えます。
もしも責められるべき存在がいるとしたら、あんな子供に銃を持たせてしまうこの状況が悪いのです。 そして私にはその責任がある」

「だから、あの子には無理して明るく振舞って、心に瑕が残らんようにしたつもりやったんか?」

年上の女の言葉に緑炎執行人は頷いた。

「リンリンマンという名前は何となく思いついたデス。 可愛くてカッコいいと思ったのですが」

初めて仄かな笑みを浮かべる緑炎執行人に女は厳しい視線を向ける。

「あんたは大変な考え違いをしている。 誰かを助ける為に自分の命を失ったらダメ。
誰かのことを助ける時には、自分の命のことも頭の隅に置いておくべきや。
あんたが自分の命を犠牲にその子のことを助けたとしても、助けられた子は本当に救われたっていえるんか?
あの子はあんたが姿を現さなければあんたが死んでしまったと思う。 そしてあんたの死に責任を感じ、一生そのことを背負ってしまう。
だから自分の命と引き換えにあの子のことが救えるだなんて思ったらダメ。  必ずあんたも助かるんや。 そして一緒に…」

「そしてどうしろっていうんです」

「笑おう。 無様でカッコ悪い生を喜び合うんや」

女の言葉を聞いた緑炎執行人は失笑した。

「どうやって喜び合えというんです。 忌まわしい死の執行人だった私があの子と笑い合うなんて無理です」

「無理なもんか! あんたなら出来る。 それに、それにもしあんたがこのままどこかで死んでしまったら、私が悲しい」

そう言った女は傷ついた緑炎執行人を抱きしめた。
緑炎執行人は戸惑い、突き放そうとするが女はそれを許さない。
女の身体から伝わってくる温かさが緑炎執行人に伝わった。

「何で名前も知らない私のためにあなたが悲しむんです?」

「あんたには素敵な名前がある。 リンリンマンというとても素敵な名前が」

「痛いです。 放してください」

その声の響きを聞いた女はようやく緑炎執行人を解放した。

「どうやら死神とオサラバしたみたいやな」

「簡単なことじゃないですよ。 あなたの言ったことは」

「人が人を救うというのは大変なことだと思うやよ」

そう言った女は立ち上がると傍らに置いてあった荷物を背負う。
大きなリュックから覗くのは、食パンの塊や牛乳のパックなどの食料品だった。

「買出しにしても多くないですか?」

「ああ、私喫茶店をやってるから」

「喫茶店…ですか? こんな時勢なのに」

「こんなご時勢やからこそ意地でも続けたい。 焼け出されたら掘っ立て小屋を建ててでも続ける。
私のコーヒーを飲みたいっていうお客さんがいる限りは」

そう言うと女は自分の店の名を告げ、去っていった。
光の粒子となって。


あの人私よりも日本語がバッチリじゃないですね。
自分相手に喋り捲ったせいか、最後の最後で噛んでしまい、肝心の店の名は聞き取れなかった。


私には夢がある。 それは夢と呼ぶには恥ずかしいぐらいささやかな望み。


もう少し時間がたって身体が動くようになったら、あの子を探しに行こう。
あの子が家族と再会できていたら、そのことを喜び合おう。
もしもあの子が一人ぼっちだったら、あの子に笑いが戻るまでその傍らにいよう。
そしてもしも叶うなら、その幼い手を引いて喫茶店を探しに行こう。

そして「リ」で始まり「ト」で終わるというその店を見つけたら、あの女の淹れたコーヒーを頼もう。
あの子には温かいパンケーキか甘い甘いハニートーストを。


夢は素晴らしい。
今日と明日を繋ぐ希望の架け橋となる。