『魔女ミティの災難』


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魔女ミティはいつになくご機嫌で道を歩いていた。

「ロ~マァンティック、こ~い~の~、フフ~フ、フフフーン♪」

あまりにご機嫌すぎて歌まで歌っている。しかも熱唱であった。
自身の往年のヒット曲が朗々と通りに響いている。
気分屋な所がある彼女が上機嫌な理由を一言で言い表すのは難しいが、強いて言えば春の陽気がそうさせるのであった。

「ロ~マァンティック、こ~い~の~、フフ~フ、フフフーン♪」

さっきからサビばかり歌っているのであった。
勿論自身の持ち歌であるから、歌詞は全て憶えている。
しかしこの春風の中に相応しいのはやはりサビのリピートだというこだわりがミティにはあった。
このこだわりが一体何に起因するものなのか、説明するのは困難であるがあえてその困難を冒すとすれば、やはり気分というものに帰結するだろう。
そんな彼女の前に、影が立ちふさがった。

「ええかげんにせえよ!この悪逆非道の人でなしが!」
「お、お前は……!」

関西風のイントネーションに、ドスの利いた声。
宿敵リゾナンターの一人、高橋愛である。
高橋はサディスティック極まりない熱視線でミティを睨みつけていた。

「え?何で?」
「何がロマンティックや!三丁目の和也君は受験に失敗して一家総出で落ち込んどるんや!それを貴様!」
「いやちょっと待てよ。何でだよ」
「あしの怒りは燃えとるんや!メラメラメラメラ燃えとるんよ!分かるか!あしの燃えっぷりが!」
「ちょっとは話をきけよ。何でお前なんだよ」
「最早言葉は無用!ここから先は拳で語れ!」

そういって高橋はぐっ、と拳を握りしめ、腰をわずかに落とし構えを取った。
隙がない。
流石はリゾナントスレの看板女優である。キラーソーとかいう訳の分からんものを振り回すだけの滋賀女とは貫禄が違う。
一戦交える事になればさしもの狂犬ミティもただでは済むまい。
第一、折角の上機嫌をこの女に台無しにされるのは非常に不愉快である、ミティはどうにかならないかと一計を案じた。

「なあ、これやるから少しは落ち着けよ」
「――!チョコパイや!」

物で釣った。
たかがお菓子で釣るミティもミティだが、それに釣られる看板女優も看板女優であった。
高橋はもらったチョコパイをムシャムシャ食べながら、「何であしの好物知っとるんや、ブログか!ブログ見たんか!」と言っている。

「なあ、何でお前なんだよ」
「何がよ」
「だってこれアレだろ?アタシが災難に見舞われるヤツだろ?」
「何で知ってるんや」
「だってアタシ二回目だぞ。つうか何でアタシだけ……おい、口にチョコ付いてるよ」

「あ、これは失礼」と赤面しながら口元のチョコを拭きとる高橋を呆れたように見やりながら、ミティは質問を続けた。

「これは光井のシリーズだろ?何でお前がしゃしゃり出て来るんだよ」
「光井……?それは愛佳の事か」
「当たり前だろうが」
「愛佳の事か―!!」

高橋は普段は穏やかな心を持ちながらも激しい怒りにより金髪になってパワーアップする感じで叫んだ。
実際最近髪を染めていたのであった。

「愛佳が貴様に酷い事言われてどれだけ傷ついたか分かるか!」
「知らねーよ言いがかりだよそんなもん」
「アマゾンがどうとか……可哀想やろ!貴様の血は何色だ!」
「あいつの勘違いだよそれは!」
「愛佳の仇はあしがとるんや!リベンジやよ!Let’s rebenge!」
「……横文字使ってスタイリッシュに決めたい所アレなんだけどさ、revengeだよbじゃなくてv」
「ちょ、ちょっと噛んだだけや!」
「噛んだって言うのかよそれ」

赤面している。高橋は赤面している。

「まあ間違いは誰にでもあるさ、じゃあな」

この隙にとっとと退散した方が良さそうであった。
が、五、六歩ほど行ったところで高橋が我に帰り追いかけてきた。

「待てーい!」
「何だよしつこいなあ」
「しつこいとはなんや!あしらは敵同士なんやよ!」
「まあリゾナンターとダークネスだからしょうがねえけどさ……」
「あしらは決して相容れんのや。言うなれば犬猿の仲なんよ」
「フン、確かにアタシの異名は狂犬だけどね」
「そう、貴様が犬ならさしずめあしは猿……誰が猿やねんウッキー!」
「お前一人相撲すぎるよ!しっかりしろよバカ!」
「ええーい!もう知らん!」

最早口げんかでは勝ち目がないと悟ったのか、高橋は問答無用で蹴りを繰り出してきた。

―!

高橋の右足がミティの鼻先を凄まじい速度で掠めていった。空気が摩擦で焦げつくような蹴りだった。
間一髪。もしミティの反応が一瞬でも遅れていたら、彼女の頬骨は粉砕されていたに違いない。

「お前いきな――」

瞬間すうっと高橋の体が沈み、視界から消えたかと思うと、地を這うような姿勢で懐に飛び込んできた。
魔女ミティの格闘技術は決して低いものではないが、高橋愛程の純粋な戦士という訳ではない。
また、彼女の冷気を操る能力も、ここまで間合いを潰されると発動のタイミングを失う。

そこまで見越しての高橋の速攻であった。リゾナンター最強と言われる高橋愛、その凄味が冴えわたる。
畢竟ミティは窮地に陥らざるを得ない。
―衝撃!
みぞおちに高橋必殺の崩拳が叩き込まれた。

「グッ……」

胃の内容物が逆流する不快感が、辛うじてミティの意識を繋ぎ止める。
高橋の猛攻は止まる事を知らない。
左拳によるアッパーカットが上体の崩れたミティの顎に襲いかかった。

―マズい!

咄嗟にミティは顎と拳の間の空間に己の手のひらを滑り込ませ、高橋の拳を受け止めようとした。
が、防御など存在しないかのように高橋の拳は手のひらごとミティの顎を貫いた。
脳を急速に揺さぶられ、視界に霞がかかる。

―こいつ!無理矢理シリアスなバトルに持っていこうとしてやがる!

「あっひゃあ!」

高橋は唇から甲高い声を発しながら、ミティの側頭部にめがけ回し蹴りを放った。
まともに食らったら死ぬ――予想というよりも確信に近い恐怖がミティの背筋を走る。

―ヤバい!こいつはバリバリの武闘派だ!どうする?どうするアタシ!?

ミティを救ったのは、彼女の獣の本能であった。
ミティは防御を捨て、アッパーを食らい後方に逸れた重心を更に後ろに倒した。
つまり思いっきり自分から後ろに倒れたのである。ミティの前髪を数本切断しながら、蹴りが走り抜けていった。

―ペースを元に戻すしかねえ!

地面に倒れこんだミティは仰向けになって高橋愛と対峙している。動物に例えれば服従のポーズ。
傍から見れば無様な格好であるかもしれない。
しかしミティには、ある勝算があった。

「キャー!誰か助けて~!殺される~!」
「な、なんや急に?」
「誰か~!この人が急に殴りかかってきたのよ~!お巡りさーん!」

―プライドもへったくれも知るか、地の文章までシリアスにされちゃこうするっきゃねえだろ。

絹を引き裂くような声で、悪の組織の幹部が街行く人に助けを求めた。

「ちょ、ちょっとやめてや!なんであしが悪者みたいに……」
「いきなり殴りかかるのは卑怯者のする事だぞ、お前は曲がりなりにも正義の組織のリーダーだろうが」
「……はい」

お人よしで聞きわけがいいのが、高橋の弱点であり、いい所でもあるのだった。
高橋はシュンとなって、ミティの説教を聞いている。

「大体な、これはあくまで光井がメインのシリーズなんだから、お前が出てきちゃ駄目だよ」
「でも、あしは愛佳の仇を……」
「お前さ、いくつシリーズの主役やってる?」
「え?いくつやろ……いっぱいあるから……」
「だろ?未来に反逆したり、色んな世界を渡り歩いたり、大活躍じゃねえか」
「大活躍って……照れるやよ」
「そんなお前がだよ、後輩がやってるシリーズまでとっちゃ可哀想だろ?光井が」
「そうか……あし、愛佳のためと思ったけど、逆に愛佳に悪い事してしもうたんや……」
「分かったらもう帰んな」
「うん」

そう言って高橋はトコトコと歩き去っていった。
「やれやれ」と思いながらその後ろ姿を見送っていると、高橋が立ち止りミティの方を向いた。

「さっきはいきなり殴ってごめんの~!」
「いいよ!コメディタッチに戻ったらもうそんなに痛くなくなったから」
「良かった!じゃあの~!」

「乗り切った。アタシの二連勝だ」ミティは小さくガッツポーズを作り、小さな声であったが、力強く呟いた。
光井愛佳、そして高橋愛の理不尽な猛攻を乗り切ったのだ。
粛清人R、吉澤ひとみも為し得なかった偉業であると言っていいだろう。

充実感と達成感がミティの胸に溢れ、気分がウキウキとしてきた。
ミティは上機嫌であった。

「ロ~マァンティック、こ~い~の~、フフ~フ、フフフーン♪」

自然と唇から歌声がこぼれていく。その時であった。

「コラー!待ちなさ~い!」
「ゲッ!お前は!」

標準語のイントネーションに、やたら張りきった声。
宿敵リゾナンターの一人、新垣里沙(通称ガキさん)である。
ガキさんはやる気マンマンの輝く瞳でミティを見据えていた。


三丁目第三の刺客ガキさんと魔女ミティの戦いの行く末が果たしてどうなったか――
もしそれを知りたければ、和也君に聞いてみるといいだろう。