『禍刻SP2―Parallel future scene―』


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「――2人で来たのね」

背後から掛けられた声に、光井愛佳と久住小春はゆっくりと振り返った。
そこにあったのは、細身の闇色のスーツに身を包んだ女の姿。
無表情な中にあって、瞳の奥に僅かに当てが外れたような色が浮かんでいる。

「まさか本当に1人で来るとでも思ってた?そっちの一方的な約束を不用意に信じて」

口元に皮肉な笑みを浮かべ、小春は小さく肩を竦めてみせた。

「小春たちも見くびられたもんだよね」

シニカルな笑みを湛えた顔を傍らの愛佳に向け、同意を求めるように首を傾げる。

「まあ今に始まったことちゃうけどな」

同種の笑みを口元に貼り付け、愛佳がそれに同意する。

「見くびる…?とんでもない」

だが、女は心外だというようにそう首を振った。
そして視線を戻した愛佳と小春に対し、嘲るような表情を向ける。

「むしろ買いかぶってたわ。非戦闘系の能力しか持たないあんたら2人だけでノコノコ来るなんて」

その女の言葉に、愛佳と小春は笑みを消した。

「ノコノコ?小春、『話し合いがしたい』って言われたから来たんだけどな」
「あら、もしかして信じてた?」

わざとのようにそう言うと、女もまた笑みを消した。

「この機会に全員まとめて殺しとこうと思ったんだけど…手間が増えたわね。あんたらがここまでバカって分かってれば『全員で来い』って言ったのに」

微かに忌々しさを込めた舌打ちと共に言うと、女は再び小馬鹿にしたような表情を浮かべる。

「リーダーが変わっただけでここまでダメになるのね。哀れだわ。高橋愛も浮かばれないでしょうね」
「…その名前、二度と口にせんといた方が身のためや。あんたなんかが軽く口に出してええ名前やない」

周囲の温度が急激に下がったようにすら思えるその低い声に、女は一瞬声を失った。
その声同様に、愛佳の、そして小春の視線もまた凍てつくような冷たさを帯びている。

「…なるほど。あんたらにとってもやっぱり特別な存在ってわけだ」

僅かに気圧された自分を苦々しく思いながら、女は口元を歪めた。

「でもそれが逆にあんたらの情けなさを示してるんじゃない?高橋愛なら……こんな状況になってたかしらね?」

わざとのように再びその名を口にし、女は手の平を上に向ける。
その所作には、嘲りと見くびりがありありと浮かんでいた。

「こんな状況って言うけどさ、2対1なんだけど。状況を分かってないのはそっちじゃない?」

小春がそう言葉を返すと、女は吹き出すようにしながら言った。

「2対1…?そうね、確かにそう。でも……それが何?予知能力(プリコグニション)と念写能力(ソートグラフィー)であたしと戦うつもり?あたしの能力、教えてあげようか?」
「“時間停止(ダイム・フリーズ)”でしょ?」
「あら、知ってたんだ」

面倒そうに即答した小春に、女は少し意外そうな表情を見せた。
だがそれも一瞬のことで、すぐに勝ち誇った笑みが覆い隠す。

「知ってるのに、2対1なんて言って安心してるんだ。自分たちの方が有利だって。…ねえ、あんたら自分たちの能力を理解できてる?」

指先でコツコツと自分の頭を叩き、女は完全に馬鹿にしきったように肩を竦める。

「その言葉、そのまま返すわ。あんた、能力いうもんを根本的にはき違えてんのとちゃう?聞いてて恥ずかしなってくるわ」

だが、それ以上に辛辣な響きを含んだ愛佳の言葉に、女は余裕の笑みを僅かに引き攣らせた。

「…どういう意味かしら?」
「どういう意味?あんたほんまに何にも分かってへんな」
「そりゃそうだよ、愛佳。非戦闘系能力がどうたら言ってる程度のやつだもん」

ため息を吐かんばかりの2人に苛立ちを隠せず、女は完全に笑みを捨て鋭い視線を向けた。

「そろそろお喋りにも飽きてきたわね。自分たちの愚かさを噛み締めながら死になさい」

そして、その言葉と同時に自身の能力を解放した――――


   *   *   *


「“戦闘”終了――――」

再び「動き出した時間」の中、地面に倒れ伏した体を蹴り転がして仰向けにしながら―――小春は退屈そうな声でそう言った。

「どう……して……」

痙攣する女の唇から、掠れた声が涎と共に漏れ出る。
小刻みな震えは、唇のみならず全身に行き渡っていた。

「毒だよ。毒。チクッとしたでしょ?あ、心配しないで。致死性じゃないから死なないよ。……「死ねない」って言った方がいいのかもしれないけど」

先ほど女が自分の指で叩いていた即頭部辺りをつま先で何度も突くようにしながら、小春は冷たい笑みを浮かべた。

「あんたの能力、ほんとは時間止めるんじゃなくて、相対的に速く動けるってことなんでしょ?ま、結局同じことなのかもしれないけどさ」

言い終わると同時に、軽く蹴りつけていたつま先に僅かに力を込めた。
鈍い音がして女の顔が弾かれ、その口から苦痛の呻きが漏れる。

「さっき、小春と愛佳の能力を“非戦闘系”とか言ってたよね?じゃあ自分はどうなの?もしかして人より速く動けるだけで“戦闘系”とでも思ってたの?」

つま先に着いた女の血をその服に擦り付けるようにして拭き取りながら、小春は侮蔑の視線を女に向けた。

「バカじゃない?ってかバカだよね。そもそも能力に“戦闘系”とか“非戦闘系”なんて概念があると思ってる時点で頭おかしいし」

靴を拭き終えた小春は、女から視線を外してその瞳を虚空に向けた。

「………!」

無意識にそれを追った女の喉から息が漏れる。
顔の筋肉が弛緩していなければ、おそらく最大限の驚きの表情が形づくられていただろう。

「お疲れ様、ズッキ」
「いえ、これ持って立ってただけですから全然疲れてないですよ」

忽然とそこに“現れた”少女は、手にした小さな針のようなものを振り上げ、無邪気な笑顔で屈託のない言葉を返した。

「それ、毒塗ってあるんだからね。気をつけてよ」
「大丈夫ですよ。“透過”しますから刺さらないです」
「いや、そりゃズッキはそうかもしれないけどさ、小春や愛佳に刺さらないように気をつけてねって言ってんの」
「あ、そういうことですかー」

小春と鈴木香音の緊張感のないやり取りを横目に、今度は愛佳が女のもとに歩み寄る。

「何が起こったか…さすがに理解できた?」
「ぁ……ぅ……」
「いくらあんたが“時を止め”ようが、愛佳には“視”えてんねん。とっくの昔に。あんたが“止まった時間”の中で何をするか。どんな風に動くか」

無表情のまま、愛佳は痙攣する女の手に握られたナイフに視線を落とす。
そして無造作にその手を踏みつけた。

「―――――ッ!!」

ボギッ――という鈍い音とともに女の指がへし折れ、女は声にならない声を上げて苦悶する。
それを意に介することもなく、愛佳は女の手からこぼれ落ちたナイフをゆっくりと拾い上げた。

「そして……あんたは逆に何にも見えてへんかった。小春の能力で迷彩を施された景色の裏にある……真実の景色が。何にもな」

愛佳の言葉と同時に、周囲の景色が変化を始める。
数瞬の後、そこに立つ人数はそれまでに倍するものとなっていた。

「こっちも終わったゾ。全部殺シタ」

白い裸身のそこらじゅうを緋色に染めた李純が、そう言いながら片手にぶら下げていたものを放り投げる。
原形をとどめていない“ソレ”は女の目の前まで転がって止まった。
女の喉からは、再び声にならない声が漏れる。

「悪いけど普通に7人全員で来とってん。そやけど、あんたも『1人で来る』いうて嘘ついてたんやからおあいこやろ?恨みっこなしや」

冷たい笑みを浮かべる愛佳の元に、殺戮を終えたメンバーが集まってくる。

「光井さん、その人どうするんですか?」

穏やかな声でそう訊きながら、譜久村聖が小さく首を傾げた。

「どうするって、殺すに決まってるんじゃないの?」

生田衣梨奈がさも当然だと言わんばかりに発したその言葉に、女の体が微かに身悶える。

「それはそうなんだけど。すぐに殺さずに生かしてあるのは何か意味があるのかなって」

穏やかな表情を崩さずにゆったりとそう言う聖に、愛佳は頷きを返した。

「この際、できるだけ残酷で悲惨なやり方で殺そうと思って。で、そんときの映像を死体と一緒に送りつける。この人のお仲間さんが二度といらんちょっかい掛ける気が起きひんように」

愛佳の言葉に、女の口から潰れたような悲鳴が漏れる。

「うるさいんだけど」

衣梨奈が苛立ったようにその口を思い切り踏みつける。
何本か歯が折れ、口内が真っ赤に染まった女は沈黙した。

「でも、そんなことしたら逆に恨みを買って面倒なことになるんじゃないですか?」

その光景を横目に、それまで黙っていた鞘師里保が冷静な声で愛佳に問いかける。
だが、愛佳は笑みを浮かべながら首を振った。

「プロであればプロであるほど、下手に手ぇ出したらヤバい相手を判別する嗅覚を備えてる。そやから、あちらさんにそれなりの判断力があれば、自ずと選ぶ道は一つや」
「なるほど……。それが判断できない程度の相手だったら、どっちにしろ返り討つのに大して手間はかからない…ってことですか」
「そういうことや。優秀やな、里保ちゃん」

里保に笑いかける愛佳のその言葉に割り込むように、小春が口を挟む。

「そうだ。最後はヤッシーの能力で溺死させるとかどうかな。迫力の断末魔映像が撮れるんじゃない?」

愛佳の言葉に相好を崩しかけていた里保の表情がその言葉で険しくなる。

「久住さん、その呼び方やめてください」
「何で?サヤシだからヤッシーじゃん」
「名字のその部分だけ取り出すのはおかしいです」
「あのね、昔新垣さんって小春の尊敬する先輩がいて―――」
「ガキさんって呼ばれてた……ですよね?もう何度も聞きましたけどだからって…」
「むしろ光栄に思うべきだよ。スズキだからズッキは気に入ってるよね?ズッキ」
「あ、はい!個性的でいいなって」
「ほら、ズッキはいいって言ってるじゃん」
「わたしはいやなんです!」

冷静さを失いつつある里保にも、小春は「新垣さんって人は先輩っていうかもう小春にとって相方みたいなもんでさー」などとマイペースに話を続ける。
そんな中、思わぬ形で里保に助け船を出したのは、衣梨奈だった。

「久住さん、その新垣さんって人、あまり胸なかったでしょう?」

唐突かつ挑戦的に過ぎるその言葉に、小春をはじめ全員が絶句する。

「何となくそう思っただけなんですけど」
「……それって何となく思うこと?どういう意味で言ったの?ねえ」
「いえ、意味は特に」
「今それ関係あった?急に出てくる意味が分かんないんだけど!」

冷静さを失い始めた小春、至って冷静な衣梨奈、冷静さを取り戻した里保。
ニコニコとそれを見守る香音、心配そうに見守る聖、そしてケンカ相手を取られて少し淋しそうに(そして少し寒そうに)見守る李純―――


仲間たちが織り成すその光景を苦笑気味に視界に納めた後、愛佳はやれやれとばかりに頭上に広がる闇色の空を仰いだ。