『はじまりなんだろうね』


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帰りのHRが終わって帰ろうとした彼女にクラスメイトが声をかけてきた
「ねえ、一緒に帰ろうよ!それでさ、一緒に遊びに行こ!」
数日前に時期外れの転校でこの街にやってきた彼女はその誘いに笑顔で首を縦にふった

転勤の多い仕事の父親から今度は東京に行くと聞かされた時はやはり戸惑った
昔から何度も転校はしてきたが何度経験しても一向に慣れることはなかった
ただいくら文句を言っても彼女にそれを拒否する権利がないことも幼いながらもなんとなく理解していた
引っ越しの日には仲の良い友達が思いをこめた色紙や花束を渡してくれて、嬉しくもあり悲しくもある
「新しい学校でも頑張ってね」なんて言われて胸が熱くなり、でも涙はみせまいといつもの笑顔で手を振って街を去る

転校したその日は転校生が珍しいからであろう、色々と質問される
どこから来たの?お父さんは仕事なにしてるの?家はどこ?・・・質問は尽きることはない
クラスメイトにとって彼女は新しく入ってきた人間であって好奇心をかきたてる存在なのだ
それに対して彼女はこれまで何度もしてきたように笑顔で答え、時々冗談を交えて笑わせる
ものまねをしたり冗談を言うようにサービス精神旺盛な彼女はすぐにクラスに溶け込んでいた

ただ最初の数日は家の都合で母親から早く帰るように言われていたのでクラスメイトと遊びに行けなった
でも今日は「ゆっくり帰って来ていいわよ」と親から許可が出たので問題ないのだ
「この街のこと全然知らないでしょ?私達が教えてあげる!」
特に親しくなった数人に言われて彼女は教科書やノートの入ったカバンを手に取って教室を飛び出した

人通りの多い通りには自分がもう少し大きくなったら入りたいと思えるような魅力的なお店がたくさんある
人気のクレープを買って、綺麗な洋服を買って、おしゃれなカフェでアイスコーヒーを飲むことに憧れる年齢
でも悲しいかな、まだお小遣いは微々たるもので夢見るだけで終わる
「見るだけタダ」なんて思いつつ女子高生がいいそうな台詞にコントテイストを加えて言ったので友達は笑った
「ホント面白いよね~」「羨ましいな~私って笑いのセンスとかないから」

特に人通りが多いところでは「はぐれちゃいけないから」なんて注意される
前の学校では見たことがないくらいの人の数に彼女は圧倒される

「びっくりしてるでしょ、こんなに人がいるなんて」
友達が彼女の心のウチを見抜いたように質問してきたので、強がって「べつに」なんて彼女は答えた
本当は驚いていることをわかっているよ、とでもいうように友達は「ほんと~」なんて半笑いで聞き返す

彼女は違うって、と精一杯の反抗をしながらあらためて回りの建物や人を注意深く見た
ものまねが得意な彼女は人間観察が趣味であり特技でもあった
東京ではこれまで会ったことがないような人がたくさんいるのかもしれないと彼女は密かに期待していた

(ああ、やっぱり面白い人がたくさんいる)

奇抜な赤髪に何個もピアスを開けている男性、緑のチェックシャツにリュックを背負っている男性
大きすぎるトランクケースを必死に引いている女性、着物を羽織って寒そうな女性

(やっぱり東京って面白い街だな)

そんなことを思いながら歩いていると、急ブレーキの音、そして男の怒鳴り声が聴こえてきた

「なんだろ?行ってみようよ」
好奇心にかき立てられて彼女は友達に手をひかれ、その音の方向へと向かった

そこで目にしたのは交差点で男が車から降りて立っている女性に向かって怒鳴っている光景だった
「おまえ、死にてえのか!信号見ただろ、赤信号だろうが!ふらふら歩いているんじゃねえ!」
男の怒鳴っている原因は女が突然赤信号なの車道に出てきた、ということらしい

「危ないね・・・」なんて話しかけて来る友達の声は彼女の耳に入ってこなかった
というのも彼女は男よりも、その女のほうに目がいってしまったからだ
「ねえ、あの人変じゃない?」
彼女は友達にそう問いかけたが、「服装は変わってるけどそうかな?」なんてなんとも思わないようだ

―まあ、変わっている、とはその女の服装を見ていればだれでも思うことであろう
この街に合っているとは到底思えない長い漆黒のドレスに銀色の髪飾りをつけた茶髪の長い髪

しかし彼女が「普通じゃない」と感じた原因はその女の眼であった
異様に鋭く獲物を狙っている肉食獣のように冷たさがあった
―そう、まるで人間じゃないみたいな雰囲気を感じていた

「おい、聴いていんのか!」
男の怒鳴り声が響き、関係ないであろう通行人も自然とそちらに目がいってしまう
「・・・」
「おい、聴いていんのかって!俺がブレーキかけなかったらお前死んでんだぞ!」
「・・・私は死なない」
「は?何言ってんだ?」
「・・・私は死ぬことを恐れていない、そうじゃなくては永遠なんて手に入らないから」
「わけわかんねえ・・・」

彼女はその女の放つ言葉一つ一つに何か底しれぬ恐怖を感じた。首に鎌を突き立てられているような…
危ない、と思い友達の服の袖を引っ張ったが友達は気付かないようで動こうとしない

そう危険を感じていながらも男は文句を女に言い続けている
「とにかく謝れよ!てめえのせいで彼女とのデートが遅れているんだから!」
「・・・うるさい」
「あぁ!?てっめ、なんて言った!?もう一度いってみろやぁ」
「・・・うるさいって言ったんだよ」
男がキレたようで女の胸元を掴んだ
「生いってんじゃねえぞ、こい・・・」
その先を男は言えなかった

というのも女の胸元を掴んだ手が凍り始め、手から腕、体、頭と男は凍りついたからだ
凍りに包まれた男に女は無表情のまま蹴りを入れる
男にヒビが入り、パラパラと音をたてて男は何百もの細かな結晶になって崩れ落ちた

その光景を目にした通行人も凍りついたように一瞬動けなかった
眼の前で男が凍りつき、あっという間に崩れた、という普通じゃない光景が目の前で起きてしまったのだから

女は自分に向けられている視線に気づいたようでゆっくりと野次馬の方を振り返った
口元に笑みを浮かべて、先ほどとなんら変わらない口調でこう言った

                       「ねえ、固めてもい~い?」

女が言い終わると同時に蜘蛛の子を散らすように人々は叫び声をあげて逃げだした
(警察に電話)なんて思ったがそんな余裕なんてなく、他の誰かがしてくれることを祈ってばかりだ

彼女も友達に手を取られ逃げだした『大勢』の一人になった
「速く速く」なんて言われても、その人の多さのせいかなかなか遠くに逃げられない
そうしているうちに人の波に押され、彼女は友達から逸れてしまった
遠くから自分の名前を呼ぶ友達の声はするが姿はまったく見えない

「いたっ」
さらに足がもつれて彼女は転んでしまった
逃げまどう人波はまだまだ続くようで転んでいる彼女の脇を群衆が過ぎていくのが見える
立ち上がるだけのスペースもなく、彼女はなかなか立ち上がれない
どれだけの人が逃げているのか確認するために彼女は後ろの方を振り向いた

「な、なに、あれは?」

彼女の目に入ってきたのは更に奇妙な光景だった
漆黒のドレス女の周りの空間に亀裂が入り、そこから黒づくめの男達が飛び出してきた
女の口元が動いているのをみると、男達に何らかの指示を出しているのだろう
男達は逃げ惑う人々を追いかけたり、周囲の建物を襲撃し始めた

「に、逃げなきゃ」
そうわかっていても、人波に巻き込まれてしまい立ち上がること自体が困難だった

そんな彼女に気付いたのだろう黒づくめの集団が近づいてきた
覆面で表情はわからないがなんとなくうすら笑いを浮かべているように彼女は感じた
何者かまったくわからないが、ただ危険であることを第六感で感じ彼女は恐怖を抱いた
漆黒のドレス女、凍りついたチャラ男、黒づくめの男達、ほんの数分間で世界が変わったようだった

黒づくめの男達は手に何も持っておらず、見た目は某有名男の子向け番組の下っ端構成員のようだった
あの番組では弱い存在として描かれていたが、彼女は別に変身することなんてできない単なる一般人だ
しかもこちらは若く、男達は屈強なのであろう、立ち向かって助かるとは到底思えない

そんなうちにも男達は彼女に確実に近づいてくる
ようやく人が途切れ立ち上がることができたが、やはり足元は恐怖でふらつき、すぐに転んでしまう
少しでも逃げようと後ずさるが、男達が発しているのであろう、「イー」という叫びと共に男が目の前に迫っていた

「イヤーーー」
彼女は思わず叫び声を上げた

その時、目の前に突然、本当に突然、何もなかった空間から新しい影が現れた
少し黒みを帯びた長い茶色のウェーブのかかった髪、動きやすそうな服装に身を包んだ女性であった

突然現れた女性は奇妙な叫びをあげて向かってくる男達に向かって言った
一本背負いの要領で地面に叩きつけたり、頭に蹴りを加えたり、腹に拳を入れ、ほんの数秒で男達は動かなくなった
女性は彼女を向くことなく尋ねた
「大丈夫?さあ、今のうちに速く逃げなさい!」
「は、はい!」
彼女はそう返事をしたが動けなった
恐怖からではない、彼女の動きに釘付けになってしまったからだ

その女性が彼女を助けるとすぐに、まだ残っている男たちのもとへ向かっていく
そして同様に華麗な動きで一人、また一人と倒していく
それはハリウッド映画でしか見たことがないようなヒーローの立ち振る舞い

(格好いい!)
思わず彼女は逃げるのを忘れてその姿に魅入ってしまった

「愛ちゃん、ミティはどこにいると?」
突然、聞きなれない方言が聴こえて来たのでその声の主を彼女は探した
声の主は派手な服装に身を包んだ小柄な女性であった
その女性も黒づくめの男相手に素手で立ち向かい倒していく

先程助けてくれた女性が跳びはね男の背後に強烈な蹴りを加えながら答えた
「あのビルの上や、れいな、あとはみんなに任せて大丈夫?」
「愛ちゃん、私たちなら大丈夫だから行ってきてよ」
新たな声がしたので振り返ると顔の小さい女性がロープで男達を縛り上げている

ふと周りを見渡せば、いつのまにか数人の女性達が男達に立ち向かっていた
それぞれ男達にひるむことなく勇敢に戦いを挑んでなぎ倒していく
キャーキャー叫んでいる長い黒髪の女性と一緒にいる黒髪の女性が両手を伸ばすと突風が吹き乱れ男達を飛ばす
ショートボブの茶髪のおとなしそうな女性は聴こえはしないが常に口を動かし、何か指示を出している
腰まで伸びた茶髪の女性は腕力に自信があるのであろうか、次々と男達を殴り倒していく
笑顔が印象的なポニーテールの少女は手元に何か持っているのか、炎を生みだし男達を焦がしていく

(この人達は一体何者なの?)

一人一人が華麗に立ちまわり、戦っているにも関わらずさながら踊っている、そんな余裕すら感じられた
その女性達は全員が可愛らしく、それでいて格好いい事実に気付かずにはいられない

「ミティ、今日こそ逃がさんよ!」
先程彼女を助けてくれた女性の声がはっきりと聴こえて来た
女性と漆黒のドレスの女はさほど高くないビルの屋上に二人きりで向かい合っていた

「高橋、また邪魔しにきやがったな!」
漆黒のドレスの女が苦虫を潰した表情を浮かべ、女性を睨みつける
「ミティ、あっしらがいる限り悪事は許さんよ!手下はすべてみんなが倒してるから帰った方がいいよ!」
女性は独特の訛のある言い方でたじろぐことなく言い返す
「誰が帰るかよ!」
そう女が言い放つと同時に女の周囲が煌めき、氷の矢が構築される

ドレスの女が腕を上げると同時にその氷の矢は女性めがけて飛んでいく
女性はシュンと音をたて女の後ろに現れ、女性めがけて飛んで行った氷の矢はビルの屋上に突き刺さる

女は女性が現れるのを予め知っていたように女性の放った右拳をしっかりと掴んだ
「高橋。知ってるか?直は早いんだぜ」「!」
女性は驚きの表情を浮かべ女から離れ、今度はビルの下にいる長い黒髪の女性の近くに現れた
「サユ、悪いけどすぐに治してくれるかな?」「わかりました!」
見れば女性の手は先程のチャラ男と同様に凍りついていた
離れるのがあと数秒遅ければあの男の二の舞になっていたことであろう
「サユ」と呼ばれた黒髪の女性が手をかざすと凍っていた手は完全に治っていた

(すごい、この人達・・・)

感心してばかりの彼女の視線に気づいたのか治してもらったばかりの女性が声を荒げて注意する
「まだいたの!?時間稼いでいるから、早く!ここは危険な」
「おいリゾナンター!」
女性が最後まで言い切る前に漆黒のドレスの女の声が響き渡った

「今日は見逃してやる!ボスから撤退の命令が出たからな!
 だがこのまま帰るのは気が済まないんだ!こいつはミティ様からの置き土産だ!」
そういう女の周囲には先程の矢とは規格違いな巨大な氷の塊が数百個浮いていた
「それじゃあ、まただ、リゾナンター!!」
女が空間の切れ目に消える瞬間に手をかかげるのが見えた

女が消えると同時に先程の氷の矢のように氷塊が一斉に飛んできた
「みんな戦闘配置について!なるべく着弾させないように頑張って!」
女性の合図とともに7人はそれぞれ氷に向かっていく

あるものは直接氷に打撃を加え破壊する
あるものはロープで軌道を変えて氷同士を衝突させる
あるものはカマイタチを起こし、空中で分解させる
あるものはやはりキャーキャー叫んでいる
あるものは他のものに指示を出し続ける
あるものは小さくなった破片や空き缶などのゴミを氷に投げつけ破壊する
あるものは火炎放射機のごとき緑色の炎を生みだし蒸発させる

しかしそれでも数個の塊は撃墜できず、周囲の建物に突き刺さる
バリンバリンという心地悪い音が響き渡るが7人は諦めず最小限の被害に留めようと氷に立ち向かう

その時叫んでばかりの女性が「危ない、避けて!」と大声を出した
彼女が気付くともう目の前に氷の塊が迫っていた
8人の姿に見惚れていて自分に迫っている危険に彼女は全く気がつかなかったようだ

先程助けてくれた女性は自分自身のことに精いっぱいで助けてくれることは期待できなさそうだ
この状況では自分自身を助けてくれそうな余裕のある人は誰もいない

彼女は自分の背丈の半分はあるであろう氷塊が近づいてくる恐怖に思わず眼をつぶる
つぶった瞼の奥ではまだ短い人生の思い出が走馬灯のように巡ってきた

新しい学校の友達・・・(ありがとう)・・・前の学校の友達達・・・(大好きだよ)・・・
田舎の祖父母・・・(ごめんね)・・・いつも自分のことを笑わそうとしてくれた両親・・・(くやしいよ)・・・
白い服に身を包み、注射のアンプルを持った数人の男達・・・

(だ、だれ?今の人達って?でも、どこかでみたことがあるような)

幼い少女に氷塊が向かっていくのを何もできずに眺めている黒髪の女性は必死に「逃げて」と叫んでいる
その叫び声に気付いたのだろう他の7人も彼女のほうに一瞬視線を向けた

ただ、そんな視線に気づくことなく、迫りくる死の現実に彼女は強く、強く心のなかで叫んでいた
(こんなとこで死ぬなんていやだよ!ねえねえ、誰か、助けて!)

ドシャーンと大きな氷がぶつかる音が響き渡った

                ★   ★   ★   ★   ★   ★

―それからしばらくして、静寂の中彼女はゆっくりと目を開いた。眼に映ったのは先ほどと変わらない風景
眼を丸くして自分が生きていることが信じられないようだった
(た、助かったの、わたし?あ、あの氷の塊は?)
ふと後ろを見れば氷の塊が道路に突き刺さっていた

「だ、大丈夫?」と先程の長い髪の女性が一番早く近寄ってきて言葉をかけた
氷塊が全て消え去って落ち着いたのだろう8人が全員彼女のもとにやってきた
彼女が無傷なのをみて、驚きの表情を浮かべて茶髪の派手な女性が隣の女性に言った
「・・・愛ちゃん、れーなには氷塊があの子の体を『通り抜けた』ようにみえたっちゃけど」

(通り抜けた?私の体を?)

「愛ちゃん、さゆみにもそう見えたの。もしかして、あなたって幽霊?本当に大丈夫?」
「え、どうなんだろうね?あっ」
自分で明らかに年上の人にタメグチで話したことに彼女自身が驚いたようだった

と、最初に彼女を助けたリーダーらしき女性が彼女に優しく声をかけた
「・・・ねえ、とりあえず私達と一緒に来てくれない?私の名前は高橋愛、あなたの名前は?」
「・・・かのん、鈴木香音です」
はっきりと彼女―鈴木香音は答えた