雪の日


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たとえばあまりの寒さに目が覚めて、恐るおそる窓から外を眺めたとする。
そして、もし雪が降り積もっていたとしよう。

「わぁっ、雪だ! 積もってるよ」 って言ってられるうちがこども。
「あ~あ、雪が積もってるよ」と嘆くのが大人。

にこんなことを言ったのは、勤め先である「ピンチャンポー」のオーナー菅井ちゃんだった。
実際はもっと特徴のある菅井ちゃん独特の言い回しで告げられたのだったけども。
何にせよそんな菅井理論に従うのなら、私は大人だ。

今朝目が覚めたのは、寒いからではない。
決められた時刻にセットしている携帯のアラームの音でだった。
カーテン越しに窺える窓の外がなんだか白かったので、カーテンを開けてみれば外は雪景色だった。
一応は都会。
膝まで沈むほどに、積もってるわけじゃない。
ところどころに地面が覗いている。
だか、そこは都会。
たとえ疎らであっても、雪は脅威だ。
特に電車、バスを乗り継いで通勤する人間にとっては。

だから急いで出勤の準備をした。
着替え、食事、洗顔。
一日の労働の為には、どれ一つなおざりには済ませることは出来ない。
それでも各々にかける時間を少し駆け足で処理して、次へ移る時間を早くして。
そうして、9分強の時間を捻出した。
たった9分、されど9分。
朝の9分は大きい。
私はデキル女。。
そんなわたしの思惑は、家を出て数分先のバス停でもろく崩れさった。


来ないのだ。
駅までの路線バスが来ないのだ。
雪のせいで運行が乱れたらしい。
風こそ吹いていないが、立っているだけで身も凍りそうなバス停。
傘を手に手袋、マフラー、コートで身を固め立ち尽くす人々に混じってバスを待つ。

待った、待った。
実際にはそれ程待ってはいないのだろうが、突き刺すような寒さは時間を長く感じさせる。
待って、さらに待って。

うわぁっ。 寒いよ冷たいよ。早くバス乗りたいよ。
そうして佇んで、時刻表から十八分遅れで待望のバスが来た。
バス停に流れる安堵の空気。

しかし超満員。
列の真ん中、私の五人ぐらい前まで乗ったところで、「次のバスをご利用ください」のアナウンス。
ちょっ、待ってってば。
次のバス来るのいつ? この調子だとまた遅れてくるでしょ。
そしてその分たくさんの人を詰め込んで、このバス停からは乗り込めないかもしれない。
そして、その次……。

覚悟を決めて、列を外れて歩き出す。
駅まではバスで十分強。
歩いても三十分、雪道を考えても四十分みればつけるだろう。
最初からこうしてればよかったかと悔やみつつ、歩き出す。

若い、私、まだまだ若い。
歩道の上にはたくさんの足あと。
私と同じ方向へと歩いていった先人たち。
みんな考えることは似たりよったりだ。

ちょっと凍っているところもあったりするけど、人が歩いたところをたどっていけば大丈夫。
ちょっぴり急いで、でもあわてないで。
歩いてると温かくなってくる。
なんだか健康的だ。
毎朝歩いてもいいかな。

駅まで半分くらいのところまで来たかなってところで、排気音が聞こえてきた。
まさかね、と振り返る。

えっ!

音の発信源は見慣れた色の路線バスだった。
行き先の表示は? ガーン! あたしが乗ってる経路じゃん。

でも、待てよ。
中は絶対、満員すし詰め状態に決まってる。
あたしが乗ってたら絶対押し潰されるぐらい、ってか最初から乗れないぐらい一杯に決まって…。

ちょっと、これ何よ。
さっき見送ったバスよりも乗ってる客少なっ!

これなら乗れてたのにっ。
もう少し我慢してたら乗れてたのに。
早く駅に着けてたのに。
そう思った瞬間。足を滑らせた。

あっ!と思った時らもう転げてた。
人が踏みしめて溶けかけてた氷の上にまた雪が降り積もって、シャーベット状になったところで転んだ。
これ以上ないぐらい、見事にしりもちをついてた。
呆然とするわたしに排気ガスを浴びせながら、バスは無情にも走り去っていく。
しかもご丁寧に窓辺にいた高校生二人組は笑ってた。
あの子達、わたしの後ろに並んでいた連中だ。

悔しいのと恥ずかしいのとで、駅に行くのやめようかなと思っちゃった。
でも折角ここまで来たんだから家に引き返すのはもったいないから立ち上がって雪を払って、また歩き出す。
そんなわたしを褒めて、褒めて。

えっちらおっちら歩いて、やっとこ駅にたどり着いた。
寒かったけど、電車に乗ればあったかい。
たどり着いたよパラダイス。
思っていたが甘かった。
ここでも長蛇の列が待っていた。
人はバス停よりもたくさんいるけど、寒いのは寒い。

結局、「ピンチャンポー」に着いたのは始業より五十分も遅れてだった。
しかもわたし以外のスタッフは勢ぞろいしてて、ばつが悪いったらありゃしない。
菅井ちゃんからは「雪だからって遅刻した理由にはならないのよ、しっかりしなさい」と怒られるし。
まあ、そうだよねえ。 
でもついてないなぁ。

こんな日はとことんついてない。
仕入先のミスをこっちがかぶったり。 伝票計算があわなくて何度もやりなおしたりとか。
お昼ご飯を買いに行ったコンビニで、お目当てのお弁当が目の前で他の人の手に渡ったりとか。
まあ三時終わりだったので何とか最後までもったけど、ホントに泣きそうだったんだから。

疲れた体を引きずってリゾナントに向かってたら、近くで傍を通り過ぎた車に泥雪を引っ掛けられけどもうわかってたから。
今日はそういう日だって。はぁっ。
あぁもう、まったく。

私はお姫様。
性悪の魔女に囚われて、氷の牢獄に閉じ込められ迫害を受ける哀れなお姫様なんてかっこよくね?
……なんて、バカなこと考えてたからかな。


ぱしゃっ。
胸に軽い衝撃を受けた。
誰かに攻撃されたんだ。
いったい、誰?

「あひゃひゃっ。 ガキさん、油断しすぎ」

あんたね、子供か。
私はデキル女。
こんな子供相手に本気になってもしょうがない。

「何か温かいものを飲ませてよ」

子供店長を店内に誘おうとしたら、軒先に小さな雪だるまが九つ並んでるのが見えた。

雪が足らなくてその辺の雪をかき集めてきたんだろうな。
不揃いで泥が混じって薄汚れてたりするけど。

「あの一番端のきれいなやつ、あれがわたし」

一番初めに作ったのかな。
泥が混じってなくて真っ白なやつ。
まあ似てるっちゃあ似てるけどさ。
ってことは隣の小さなのが私なわけ。
いや、別に気にしてないから。
小さくたって全然平気だから。

「それがれいなでぇ」

ちょっ、待ってよ、待ってよ。

そこは私じゃないの。 どう考えたって私じゃないの。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、雪のお姫様は無情な宣告を続ける。

「絵里、さゆ、小春に愛佳、ジュンジュン、リンリン」

芸が細かいというか、さゆには木の葉っぱでうさみみをサービスしてるし、ジュンジュンだるまは小石でパンダの顔っぽくしてるし。

「一番端っこが里沙ちゃん」

そこにはもう雪だるまというよりは泥人形って言った方がいいぐらいブサイクな泥雪の塊りがあった。
ちょっ、私泣いてもいいかな。 今日の朝からあったいろんなことのどれよりもショックなんですけど。

「里沙ちゃんは一番最後に時間をかけて作るつもりやったけど、もう雪が残ってなくて」

俯いてしまった私に心細げな声をかけてくる。

「やっぱ、私が先頭だったら後ろのみんなが見えん。 一番信頼できる人に皆が遅れたりはぐれたりしないように見て欲しくって」

リゾナントに背を向けて歩き出した私を、オロオロした声が追っかけてくる。 停めてあったどこかの車の傍で止まる私。

「里沙ちゃっ、うわ!!」

「ブハハ、かかったな」

車のボンネットに残ってた雪を素早く握って投げてやった。

「ちょっ、いきなり何すんの」

「それはこっちのセリフだよ」

見てろよ、雪め、朝から散々困らせてくれた分、これから思い切り投げつけてやる。