狂犬は晦日に吼える(前)


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                                      next→

超能力者集団リゾナンターの拠点、喫茶リゾナントのある町の駅前には中型の業務スーパーがある。
食料品や飲食店の什器品を取り扱うその店舗は飲食業者のみならう一般客も利用できる。
年の瀬の迫った折も折、その店舗で光と闇の決戦が繰り広げられようとしていた。

その一方の当事者は中国生まれの中国育ち、見聞を広げるためにやって来た日本の国でリゾナンターのリーダー高橋愛に見出された獣化能力者。
リゾナントインディゴことジュンジュンだった。
そのジュンジュンと対峙しているのは、ダイナマイトなボディを白衣で隠し、天才的な頭脳でリゾナンターを苦しめるドクターマルシェその人だった。

「フフフフ、ジュンジュンいやリゾナントインディゴ。 ここであったが百年目。 今日こそは憎きお前を下して、獣化能力の秘密を暴いてくれよう」 

いつになく高いテンションで大時代な口上を繰り広げるマルシェを目の当たりにしたジュンジュンは、少しバカにしたような口振りで言った。

「買い物かごをお菓子で一杯にしたヤツが言うセリフじゃないな」

成る程マルシェの側にあるカートの買い物かごは様々な菓子が溢れんばかりに詰め込まれていた。

「研究で酷使した私の脳が甘いものを要求しているのです。 戦闘で疲れた君の身体がバナナを要求するようにね」

「私そんなにバナナ、バナナなんて言ってるつもりないけどな。っていうか今日はお前の相手をしてる暇はないんだけどな」

素っ気ない態度でその場を立ち去ろうとするジュンジュンだったが、マルシェは行く手を阻む。

「待つのです、ジュンジュン」

「しつこいな、お前。 あんまりしつこいとこれで黙らせるぞ」

ジュンジュンはそう言うと、自らの拳を固く握り締める。

「非戦闘員のお前にはあんまり手荒なマネはしたくないけどな」

「フハハハハ。 甘いよジュンジュン。 この私が自ら戦闘に手を煩わすことなどあろう筈もない。 出でよ、戦闘員たち」

マルシェの言葉に呼応して商品の陳列棚の陰から躍り出る戦闘員たち。
口々に雄たけびを上げながら。

「イーッ、ゲッ」 
「キィーッ、グフォッ」
「イィーッ、ウゥッ」

雄たけびの末尾に呻き声が入っているのは、ジュンジュンの一撃を喰らったからだ。
他愛も無く店舗の床に倒れ伏す戦闘員たち。

「ちょっと、ちょっと。 何でいきなり倒しちゃうのよ。 しかも獣化もしないで」

ジュンジュンの手抜き?を責めるマルシェだったが、当のジュンジュンといえば気のない素振りで…。

「だから、言っただろ。 今日はお前らの相手をしてる暇はないって。
戦闘員たちはやっつけたし、もう行くぞ。 それともお前がやるのか」

そう言って拳を見せて、威圧するジュンジュン。

「アーハッハッハッ。 ダークネスきっての知能を誇る私がこの程度の脅しに屈服するとでも思ったの。
甘い、甘いよ、ジュンジュン。 いや、リゾナントインディゴ。 初めから砂糖が配合されているココアに間違って砂糖を入れたのと同じくらい甘い考えだよ」

それは、胸苦しくなるぐらい甘いだろうなと納得するジュンジュンに対して、マルシェは追い討ちをかける。

「一流の策士たるもの、あらゆる展開を読んで、手を打っておくものです。
戦闘員たちを倒したお前が、油断して気を抜くのも前もって織り込み済み」

油断って、こんな黒タイツ戦闘員なんかに最初から相手じゃないし、と思いながら悪の天才科学者からどう逃れようかと思案するジュンジュンの目に黒い影が映った。

「お、お前は…」

「古の眠りから覚めし伝説の魔獣よここに降臨せよ。 この愚かな獣を灼熱の炎で焼き尽くせ。 出でよ、欲情魔人、ガンバーン」

いつになく大時代なマルシェの言葉と共に、黒い影がその正体を現し、禍々しい叫び声を上げる。

「ガオーッ、マグマの息吹は大地の怒り、欲情魔人ガンバーン降臨」

黒いドレスに包んだ身体に、岩山の形をした被り物を頭につけたガンバーンがそこにいた。
山腹の部分はえぐれ、そこから出た人間の顔が喋っている。
要するに東京プリンの被り物の岩山バージョン、それが欲情魔人ガンバーンの姿だ。

ガンバーンの抑揚の無い小さな声はジュンジュンを、そしてマルシェをもその場で転げさせた。
戦闘員たちは最初から転げたままだ。

「ちょっ」 詰るようにガンバーンを見やるマルシェ、かたやジュンジュンはといえば、ガンバーンの姿からある一人の人間の名を思い起こしていた。
リゾナンターにとっての仇敵の名を。

「ドウダ、ワタシノスガタニビビッタカ、タジロイダカ」

ガンバーンはというとますます平坦な口調になりつつある。
まるで何か原稿を仕方なく読んでいるように。

「お、お前、魔女だろ」

ジュンジュンの口からついにその名が出た。
黒いドレス。 僚友新垣ほどではないが、やっぱり残念な身体。
そして何より岩山の被り物から露出した顔は、リゾナンターの前に立ちはだかり続ける氷の魔女、ミティそのままだ。

「マジョ、ダレノコトカナ? ワタシハマグマノケシンガンバーン。 イクゾ、ガンバンキーー」 

取り合えずこの場はガンバーンとして押し通すことに決めたようだ。
お座なりの台詞が陳列棚の隙間に吸い込まれていく。

そんな力の抜ける状況を破ったのは、天才科学者の一喝だった。

「ちょっと、美貴ちゃんしっかりやってよ。 これじゃ何もかも台無しじゃない」

いや、台無しにしたのは自分だろ、それもたった今と目で語る欲情魔人ガンバーン、いや氷の魔女ミティ。

「お取り込み中悪いけど、行ってもいいかな。 早く家に帰りたいんだ」

とにかくこの場を早く離れようとするジュンジュンのことを、すぐにあきらめるマルシェではなかった。

「ダメッ。 アンタは私と一緒にダークネスのアジトに行くの。 そして獣化して、もふもふするの」

天才科学者は遂に己の欲望、いや野望を明らかにした。
ジュンジュンはゲンナリしたように言った。

「お前もパンダの毛皮で暖まりたい口か。 全くいい迷惑だ。 とにかく今日は忙しい。
大体そっちの魔女は全然やる気がないし。 そのフザけた被り物は何だ」

「アタシだって好きでこんな格好してるんじゃない。 これは・・・」

何かを語ろうとする魔女を遮ったのはマルシェだった。

「説明しよう。 これには深いわけがある。 今を遡ることおそよ二時間前のことだ」


「アァァァァーーッ」

悪の組織ダークネスのアジトの休憩室に響く悲痛で、でもどこか甘ったるい声。
その声の主はドクターマルシェだった。

「私の、私のポテトチーズケーキが無いぃぃぃ。 誰、一体誰の仕業なの」

マルシェの手には無造作に破られた洋菓子の包装紙があった。

「やかましいな、ったくぅ」

言いながら休憩室に入ってきたのはミティだ。

「聞いてよ、美貴ちゃん。 ダークネス様が大阪出張のお土産に買ってきてくれたポテトチーズケーキが・・」

マルシェの言葉が途切れたのは、ミティの口元に何かついているのを見咎めたからだ。

「ちょっと、美貴ちゃん。 口元に何つけてるのかな」 マルシェの口からはさっきまでの愛らしさは消えている。

「へっ。 これはここに置いてあったお菓子のだけどね。
でも何か見かけ倒しっつーの。 包装紙の写真と違ってかなり貧弱だ、イテテテ、何すんだ」

怒髪天を衝かんばかりのマルシェがミティの口元を捻り上げていた。

「貧弱なのはお前の胸だろうが、この泥棒猫が」

いつもは温厚な同僚の暴挙と暴言に驚きながらも、手を振り払ったミティは逆に食って掛かった。

「テメー、いきなり何するんだ。 つーかアタシが何をしたっつーんだ」

その顔は険しく、本来の凶暴さを漲らせている。
部下の戦闘員や、一般の市民が見たら恐怖のあまり失禁しかねないだろう。
しかしマルシェは果敢にも怯まなかった。

「はあ~っ。 何をした! お前私が楽しみにしてたポテトチーズケーキを食っただろうが」

「へ?」 氷の魔女のとぼけた様子がマルシェの怒りに火をつけた。

「ふざけるなよ、お前。 ポテトチーズケーキだ、ポテトチーズケーキ。
ダークネス様が大阪出張に出かけられた際に、この私の為に駆ってきてくれた大阪名物ポテトチーズケーキを喰っただろう」

怒りのあまり、声が上ずっている。

「それはこの休憩室に置いてあったから食べたさ。 いや、別にお前の名前が書いてあったわけじゃないし。
アタシが喰ったって別に問題ないだろうが。 それに大阪名物ったってそんなの包装紙に刷ってあるだけだろ。
ただの安っぽい焼き菓子、ヒィィィッ」

ミティの声が途切れたのは、マルシェに頬を抓らてたからだ。

「ふざけんなよ、ポテトだぞ、ポテト。 ポテトとくればマルシェと決まってるだろうが」

冷静さを失い、目を血走らせているマルシェに対して、ミティも反論する。

「えっ、何その論理。 美貴全然わかんないんですけど。 芋、芋言ってたらカワイイと言ってもらえると思ってるわけ。
それとも純朴さを失ってないと好感度がアップすると思ってるわけ。 ウケるんですけ、ヒィィィ」

魔女が悲鳴を上げたのは、マルシェが渾身の力を込めてその頬を捻りあげたからだ。

「ふざけんなよ、お前。 さかりのついた野良猫みたいに欲望を制御できない奴が何を抜かしやが、イテテテ」

マルシェの言葉が途切れたのは、ミティが反撃を加えたからだ。

「テメエ、言っていいことと悪いことがあるだろ、ヒィィ」

魔女が悲痛な叫びを上げたのはマルシェが(ry

「牝豚」 
「ドザペクト」

禁句を口にした二人の女がお互いの頬をつねり合う。

ミティは楽観視していた。
所詮は科学者。
氷の魔女として戦う自分の体力の前に敵うはずなどないと。

だが魔女は見落としていた。
マルシェは科学者とはいえ、かつては戦いの最前線に立っていた経歴があることを。
そして空手茶帯の実力。
そして何よりお互いが攻撃しあっている頬の分厚さ。

「イテテテテテテ」

戦いが決着した時、真っ赤になった頬を押さえ苦悶するミティの姿があった。

「ほんとうに口ほどにもない牝豚だねえ」

楽しみにしていたお菓子を喰われた怒りから芽生えた激昂がマルシェをいつになくSにさせていた。

「おい、牝豚。 これから私が弁当の選択に困った時は、お前が責任を持って選ぶんだよ」

酷いんだか酷くないんだか判りかねる罰を受け容れる魔女。
そして勢いづいた魔女は高らかに宣言した。

「お前みたいな牝豚に氷の魔女なんて二つ名は勿体ないね。 
よし。 これからしばらく私の怒りが収まるまで、お前の名は欲情魔人ガンバーンだ!!」


 ……「と、まあこんな具合に欲情魔人ガンバーンは誕生、ちょっとちょっと」

事情がわかり呆れてその場を後にしようとしたジュンジュンを呼び止めるマルシェ。

「ジュンジュンを捕まえるんだ。 行け、ガンバーン!!」

マルシェの命令に、身構えたガンバーンことミティ。
しかしジュンジュンに対してしかけることはなく、手がわなわなと震えだした。
やがて震える手は岩山の被り物に伸びた。
そして頭に結び付けていたベルトを解き外した被り物を、床に叩きつけた。

「いい加減にしてくれ。 こんなふざけた被り物をつけてやってられるか!」

ミティの心からの叫びを聞いたマルシェの体に電流が走った。

「そ、そんなにイヤだったの。 ガンバーンがそんなにイヤだったの」

「うっせー、ガンバーン言うな。 アタシにだってプライドっつーもんがあるだろうが。 それをテメー」

「知らなかった。 美貴ちゃんは気に入ってくれてるとばかり思ってた」 

己の不明さを遅まきながら恥じるマルシェだった。

「何、その根拠のない自信。 イヤっていったらイヤなの!」

「そうだね。 美貴ちゃんがそこまで言うんならしょうがないね」

心から悔いているマルシェの様子に魔女も少し落ち着きを取り戻した。

「わかってくれたのか」

「ああ、もうガンバーンなんて呼ばない。
美貴ちゃんは、たった今から……合体魔人エキベーンとし、」

「言わせねえよ。 何その蔑称。 アタシそこまでされるほど酷いことした?」

流石に色をなした魔女だった。

「ソッカァ」

何を得心したのかジュンジュンが頷いている。

「岩盤浴で合体したからガンバーンにエキベーンっていうんだな」

「アホか、お前。 何その規制に帰省で過疎ってるからってばかりに好きほうだい。
イイか、書き込めなくたってスレを開いてる奴は開いてるんだぞ。
過去ログは残るんだぞ。 よく考えてモノを言わないと数少ない女性の住人が愛想つかして逃げてってスレが終わっちまうぞ」

アタシがスレの存続のことまで気を遣うなんておかしくなくね、と思いながら必死で流れをシリアスに変える算段をする魔女だったが、その意気込みに水をかけたのは僚友のこんな一言だった。

「大丈夫、美貴ちゃん。 狼の女住人なんて大体変態だから」

魔女の心の中でブチッと何かが切れる音がした。
体中が怒りに打ち震え、闇のオーラが周囲を威圧する。

グシャリと音がした。
ガンバーンの被り物が踏み潰された音だ。

「やってやる! やってやるよ!! どいつもこいつも気に喰わねえ。 やってやるよ」

その怒りの矛先はジュンジュンに向けられる。

「お前がそういうつもりだったら、わたしもそれなりの覚悟が必要だな」

手にしていた買い物カゴを傍らに置くと、着ていたロングコートを空のカートに引っかける。

ごるるるるる・・・・

獣の気配が香った。

ごるるるるるる・・・

数メートルの隔たりの向こうから獣の気配が伝わってくる。

いいな、戦いはやっぱりいい。
チカラを解き放ったジュンジュン、いや李純から発せられる獣の気配がミティの肌をちくちくと刺激する。
戦いはいい、戦ってるときだけアタシは生きている。

ロングコートを脱ぎ捨てたジュンジュンは、僅かばかり前傾姿勢をとり両手をこちらに向け身構えている。
感覚が研ぎ澄まされてきているのか、周囲を油断無く見回している。
やがてその手が身につけていた黒のファーを使ったセーターの裾にかかると、くるくるとたくし上げていこうとする。

「ちょwwwwおま、何するつもりだ」 

店内で素肌を晒そうとするジュンジュンを慌てて制止するミティ。

「何をするつもりだって? 獣化する為に服を脱ごうとしてるんじゃないか」 

心外そうな答えが返ってきた。

「服を着たままで獣化したら服が破れる。 コート1枚羽織るだけじゃ帰り道寒くてジュンジュン風邪ひく、それ困る」

「えっ、何その妙に細かいリアルな設定。 何かあるだろうが。 
腕時計型のデバイスがなあ、獣化で破れた服を吸収して、人間態に戻るときに再生するとかだなあ」

獣化へのプロセスを一旦止めたジュンジュンは大きな溜息を吐く。

「そんな便利なものないダ。 いつもは着替えのジャージくらいは持ち歩いてるけどナ。
でも今日は買出しで荷物が一杯になるだろうし、いくらなんだってこんな日にお前らが襲ってくるとは思わなかったからな」

「いやアタシだって大晦日は部屋でゆっくりしようと思ってたんだ。 それをあいつが」

あいつ、自分の主有権を強く主張する土産物の菓子を食べてしまったミティに代物弁済を求めたあいつ。
このどうしようもないグダグダな事態を引き起こした張本人である悪の天才科学者ドクターマルシェはというと…。
口をモグモグと動かしている。

「おいお前、何してるんだ。 まさかレジで清算する前の商品に手をつけたんじゃ」

悪の組織の幹部の言うことじゃないなという思いを抱きながら、僚友の暴挙を諌めようとした。

「私がそんなことをするはずないでしょ。 試食よ試食。
でもグズグズしてたら本当にお店の商品を食べちゃうかもね」

だから、さっさとケリを付けろと促がすマルシェ。

「でもジュンジュンには絶対怪我をさせちゃダメよ。 もしも怪我をさせたらその時は…」

わかってるよねと己の掌を握ったり開いたりする。
魔女の頬に数時間前の痛みが甦る。

「というわけなんで、さっさとケリを付けようや」

ジュンジュンに戦闘を促がす声にはどこか気まずそうな響きがあった。

「だから私は獣化しようとしてたのに、お前が止めたんだ」

「いや、あれは老若男女の前でストリップをしようとしてるところを止めたんだ」

だから服を着たままで獣化しちまえよという魔女の思いはジュンジュンには届かなかった。

「服が破れるのは困る。 新しい服を買う。 お金がいる。 ジュンジュン、リンリンみたいにお金持ちじゃない。
一体これまでにいくらお金を使ったと思う。 ジュンジュンお前らダークネスには負ける気がしないけど、貧しさには負けそうダ」

だから、といって再び服を脱ごうとするジュンジュンを慌てて止めるミテイ。

「らめぇぇぇ~」

思わず声が裏返っている。
相変わらず床に倒れたままの戦闘員たちは、その声を聞くと悪寒が走ったのかブルっと震えた。

「お前の事情はよくわかった。が、嫁入り前の娘がこんなところであられもない姿を晒すもんじゃねえ」

一体私は何をこんな必死こいてるんだという思いはある。
だが単身異国に渡ってきた妙齢の女が恥を晒すのを放って置けないという思いのほうが強かった。

「出すから。 お前の服の代金ぐらいアタシが出してやるから。 ほれっ」

と言って胸元から取り出したのはクレジットカード。 色はゴールドだ。

「何なら二三枚買ってやるから、ここで全ストはやめろ。 
さっさと服着たまま獣化しろ。 そして戦いをさっさと終わらせてだなあ」

「ちょっと、ジュンジュンはアジトに連れてってもふもふするの~」

「まぜっかえすんじゃねえぞお前。 あんまりいい気になってると…飯田さんを呼ぶぞ」

飯田さんという名前を聞いたマルシェの様子が俄かにおかしくなった。
不自然な笑い、脂汗、髪をかきむしり、己の頬を両掌で歪めながらわけの判らないことを言い出した。

「違いますよ。 私はダークネスのドクターマルシェなんかじゃありませんよ!」

少々騒がしくなったが、大人しくなった僚友を尻目にミティは厳かに言った。

「さあ、戦いを始めようじゃないか」

ジュンジュンは笑っていた。
仄かな笑みを浮かべていた。

「お前…いいやつだな。 でもダメだ。 このセーターは高橋さんに買いに連れてってもらったんだ。
他のものじゃ換えられない大切なものだ。 だから…」

「この分からず屋が! そんなに服を脱ぎたいのか。 いや服を守る為に、肌を晒そうっていうのか」

「ああ」

「お前がその気ならアタシにだって考えがある」

魔女が怒っているのは自分の説得が実らなかったからか、それともこんな間抜けな話に登場しなければいけないことへの怒りか。

「戦闘員全員集合! 倒れてる奴も全員復活!!」

魔女の号令と共に店内から戦闘員が駆けつけてきた。
お前らその黒タイツで何処にいたんだとか思ったら負けだ。
ジュンジュンの拳で倒された戦闘員も、駆けつけてきた戦闘員の手を借りて起き出している。

「一対一で決着をつけるものだと思ってたのにな。 いい奴だとおもったけどやっぱり悪ダ
さすがは男に狂って仲間を裏切った奴はやることが違う」

「狂ってへんわって裏切ってへんわ。 何またこれ蒸し返すの。 今お前が言った瞬間ドキが胸胸したわ」

「美貴ちゃん、日本語は正確に。 胸がドキドキだから」

妙に日本語に厳格なマルシェだった。

「もうテメーは黙ってろ。 そして戦闘員どもジュンジュンを囲め。 蟻の這い出る隙間もないほどにな」

その数二三十人の戦闘員が動いた。

「イィー」 と口にしながらジュンジュンを包囲した。

一人でさえ異様な黒タイツの男が群れを成す姿を目にした一般の買い物客はすごすごと店を後にする。

「よし、囲んだか」

「イィィィー」(×30)

「イー言うな」

自分の威厳を目の当たりにして気を良くしたミティは次なる号令を下した。

「全員その場で回れ右!!」

敵を目の前にして背を向けろという命令に一瞬自分の耳を疑った戦闘員たち。
しかしその命令を下したのは、強きを助け弱きは挫く氷の魔女だ。
逆らってはどんな恐ろしい目に遭うものかわかったものではない。
いや、この女が恐ろしい目に遭わせるのだ。

「イィィー」(×30)

一斉に180度向きを換える戦闘員たち。
かくしてジュンジュンを軸に黒タイツの戦闘員の円陣が完成した。

「お前なんのつもりだ」

自分を囲んだ戦闘員に背を向けさせた魔女の真意が読めず戸惑うジュンジュンに魔女は告げた。

「これで店の一般客からも戦闘員どもからもお前の姿は見えない。 だからさっさと服脱いで獣化しちまいな」

「お前…いいやつだな」 

ジュンジュンが感動を隠し切れないようだ。

「でも私はそういうの意外と平気だけどな」

「うるせえ、悪の組織の幹部にイイ人言うな。 さっさと獣化しちまえ。 やっつけてやっからよぉ」

店内の喧騒の中で、その一角だけは静まり返っていた。
ジュンジュンがセーターを脱いでいるのだろうか。
毛糸同士が触れ合って柔らかな音がする。
ジーンズのホックを外す音がする。
その気配に間近で触れている戦闘員たちの目が血走っている。

自分の背後でジュンジュンが生まれたままの姿に。
振り返れば純度100パーセントのジュンジュンの姿が拝める。
邪なしかし健康な男としては至極全うな欲望が戦闘員たちに芽生え始めている。
しかしその欲望に水をかけているのは、魔女の険しい表情だった。

お前たち、わかってるだろうな

魔女の命令に背けばどんな恐ろしい目に遭うか。
それは判ってる。
しか男には負けると判っていても、心臓の鼓動が止まるその時まで戦い続けなければならない時があるのではないか。
今がその時ではないか。
魔女に背いて恐ろしい目に遭うことの後悔とジュンジュンのジュンジュンを目の当たりにする絶好の機会を逃すことの後悔。
二つの後悔を乗せた天秤ばかりは大きく揺れ動いている。
死の恐怖と性の欲望。
エロスとタナトスの狭間で揺れ動く戦闘員たちを獣の気配が襲う。

ごるるるるるる・・・