エビチリの絆


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なんてことない灰色の壁が、今日はやけに立派に見える。
ずっと待ち望んでたことだからかな。
一年以上前からの、二人の約束。

「じゃ、開けるよ」
「ハイ」

ワクワクするようなドキドキするような感覚を抑えて、バカでっかい暖簾を払う。
扉に手をかけてちょっと引いたら、もわっとした店内の熱気が纏わりついてきた。
 ・・・なんとなく油っこい。

「はい、らっしゃい!」

敷居を跨ぐと同時に、威勢のいい声があたしたちを出迎えてくれた。
負けじとあたしも声を張り上げる。

「こんちはー!おじさん、エビチリ定食二人前!」
「はいよっ!」
「アレ?・・・ねー久住サン、注文て席座ってからするじゃなかったっけ?」

控えめに聞いてきたリンリンの声は、厨房のジュージューしてる音と、注文を奥に伝えるおじさんの声でかき消された。




“今度二人でエビを食べに行こうね”。
それがリンリンと交わした約束だった。

だけど、なぜかそういう約束をした時にこそ二人の呼吸は合わないもので。
お店も決まらず予定も合わずで、今日になるまでその約束が果たされることはなかった。

 ・・・・・・いやさぁ、小春だって頑張ったんだよ?
ギョーカイの人においしいお店聞いてみたり、
「もうジュンジュンの家でジュンジュンに作ってもらえばいいじゃん」って言う妥協案を出してみたり。
でもギョーカイの人が教えてくれるお店はどこも高いわ、“ジュンジュンの家”案を

『あの人ご飯はおいしいだけど絶対辛くするデスよ!ダメ!使えない!』

とリンリンに猛反対されるわで、結局今日まで延ばし延ばし。
道重さんの友達?後輩?に、この中華料理屋さんを紹介されなきゃ未だに約束は約束のままだったかもしれない。
人間同士の繋がりってやつに感謝しとこう。
庶民的で、なかなかいいお店だ。




「エビ~♪ エービチリ~♪」

席に着いてエビの歌(エビチリVer.)を口ずさむリンリン。
久しぶりに会うけどやっぱり子供っぽいな。小春より年上なくせに。
まあそこがホッとするんだけど。

「リンリンは元気でいいねえ」
「エッ!久住サン元気じゃないデスか!」
「元気はあるけどさぁー、そこまではしゃぐほど子供じゃないっていうか」
「ハハハ。ナンデやねーん!」

そうやってリンリンは、へたくそなツッコミを決めた。
ほんとリンリンって・・・楽しそうに笑うよなあ。
悩みなんかないんじゃないかってくらい。

「なんかさー、リンリンが悩んでる姿が想像できない」

思ったことが口からすぐに飛び出した。
口に出してみて気づいたけど、ちょっと無神経な発言だったかも?
リンリンにだって悩みくらいあるかもしんないし。
よし、謝っとくか。

「あのさ」
「悩み・・・じゃないだけど、ちょっと考えてることあるですよ」
「ぬ?」

小春の言葉を遮ってリンリンが言った。
わりとシリアスな顔つき。
さっきまでの笑顔とやかましさが、波が引いてくみたいに薄れていく。
だから、なんとなく小春も姿勢を正して次の言葉を待った。

「イマ私が中国帰ったらどうなるだろかなぁって」
「は?なにそれ?リンリン中国帰んの?」

真面目な顔でなにを言い出すかと思えば、いきなりの爆弾発言。
“中国に帰る”?
なにそれ聞いてないんですけど。
他のみんなは知ってんの?
もしかして知らなかったの小春だけとか?

「アー、帰んない帰んない。例え話デス、ハイハイ」
「え、ホントに?ドッキリとかじゃなくて?」
「はいっ!エビチリ定食二人前お待ちどぉ!」

と、そこでタイミングよく料理が運ばれてくる。

「わーい!チョーおいしそー!」

あったかい湯気と食欲をそそる匂いで、リンリンの興味は完全にエビチリ定食に移った。
あーあ、思いっきりニヤけちゃって。
さっきのシリアスなテンションはスルーかよ。
      • まあいいけどね。小春だってエビに集中したいし。

「いっただっきまーす!」
「いただきマス!」

お行儀よく手を合わせて、小春たちは料理に手を伸ばした。



ご飯はおいしい。
おすすめは味噌ラーメンって聞いてたけど、このエビチリ定食だって充分人におすすめできるレベルだ。
だけど頭の中でぐるぐる回ってるのは、エビチリよりもリンリンがぽつりと漏らしたあの言葉。

“もしもリンリンが中国に帰ったら”。

成り行きで小春もスルーしちゃったけど、なんかこれはスルーしてはいけなかった話題のような気がしてならない。
だってリンリンが小春の前であんな顔したことなんて、今まで一度もなかった。
小春といる時のリンリンは、おバカで、楽しくて、面白くて、たまにほんのちょっとお姉ちゃんで。
それがリンリンの全部じゃないって知ってるけど、それでも小春といる時のリンリンがあんな顔することなんてなかったんだ。
あんな・・・感情がまったく読み取れない顔は。

ああもう!
じゃあどうすればよかったんだよ!

こっちも真面目顔して人生相談のってあげればよかった?
 ・・・無理だね!小春のマジテンションは3秒しか持たない!
大体あの後すぐに料理が運ばれてきたんだからそんなムード続くわけないじゃん!

あぁ~、なんかもうわけわかんなくなってきた。
このままやり過ごすのも相談のるのも、どっちも小春のキャラじゃない気がする。

っていうか!
キャラのこというなら、こうして頭でゴチャゴチャ考えてるのも違くないか!?
だいいち、もやもや抱えたままでいるのは健康にもよくないと思う!

もう、いいや!

「リンリン。あのさ、さっきの話だけど」
「エ?なにの話?」

キャラがどうとかリンリンの気持ちがどうとか、もうそんなこと考えるのはどうでもいい。
小春は小春の思ったことを言わせてもらう。

「小春は新垣さんがスパイだったの、いやだった」
「エッ、ホントになにの話?」

戸惑うリンリンにはお構いなしで話を進めていく。

「『今までのことは全部嘘だった、裏切られてたんだ』って思ったら、すっごくいやな気持ちになった。
 ムカついたし腹立ったし悔しかったし・・・悲しかった。
 なにも知らずに新垣さんのこと相方認定してた自分がバカみたいだった」
「ハイ・・・」
「新垣さんがいなくなってから、ずーっと考えてた。新垣さんにとって小春はなんだったんだろう、
 小春にとって新垣さんはなんだったんだろう、って。ずっと。
 ・・・・・・でもさぁ。結局思い出すのは、小春がふざけてて新垣さんに叱られた時の記憶とか
 小春が一生懸命頑張ったことを褒めてもらった時の記憶だったんだよね」

言葉にしたら、あの時感じた想いがどんどん蘇ってきた。
仲間を裏切った新垣さんを許せないと思った気持ち。
だけどやっぱり大好きなんだよなあって気づかされた時の気持ち。

「一緒にいて嬉しかった気持ちっていうのは消せないんだよ。どんなヤなことがあってもさ」

今リンリンにいなくなられたら寂しい。そしてたぶん戦力的にもイタい。
でも、それは別にリンリンの帰国に限った話じゃないわけで。

みっつぃーは頭いいから明日にでもインドに留学するとかいうこともありうるし、
亀井さんの病気の治療にはもっと空気のいい場所じゃなきゃダメだ!ってことが判明するかもしれないし、
愛ちゃんだっていつかブロードウェイに立ちたいとか言ってた気がする。

でも小春は、一緒にいた時に感じた幸せな気持ちは消えないって知ってるから。
新垣さんがいなくなった時に学んだから。

「だからリンリンが帰ったってどうもならないと思うんだよね。変わりようがないもん」

落ちた戦力はきっと残ったみんなでなんとかするし、だいたい中国なんて近いじゃん。飛行機でびゅーんじゃん。
あんな深刻そうな顔をする意味がわからない。

そう言ったら、リンリンはちょっと不思議そうな顔をして、でもすぐににっこり笑ってくれた。
小春の言いたいこと伝わったかな?
だったら嬉しいな。
うん。
こんなやりとりもきっといつか、リンリンのことを考えた時に思い出す記憶の一つになるだろう。


「よしっ!デザートいくぞデザート!ほらリンリン、なにがいい!?」
「んーとねー、フルーツ杏仁抹茶パフェ!」
「重っ!田中さんなら見ただけで胃もたれ起こすよ、これ!」

いつどんな形になるかはわからなくても、いつかは必ずその瞬間がやってくる。
だから、その時が来るまでに。
一緒に少しでもたくさんの“嬉しい”を残そう。

なにがあっても、すぐに君を思い出せるように。