ホワイトスノー


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どうしたの かなしい顔をして

お父さんがつれていかれたの

お母さんとははぐれちゃったの

ゴメンね かなしいこと思いださせたね

おねえさん? わたしはもうオバさんよ

きょうはプレゼントをもってきたの

このキャンプのこどもたちみんなにね

サンタさんて しっているよね

赤いふくに 白いおひげ トナカイの引くそりに乗って

世界中のこどもたちに 愛と夢をとどけにゆくの

でもねトナカイさんがかぜをひいて このキャンプには来れなくなったって

だからねわたしが代わりをするの

今日はわたしがサンタクロース

ヒーローになりたいと思ってた

ヒーローになれると思ってた

ヒーローになれば世界をすくえると思った

でもヒーローにはなれなかった

悪いやつをやっつけたんだ

悪い人をこらしめたんだ

でもいくら悪い人をこらしめても 悪い人はいなくならなかった

ある日 私ね 思ったんだ

なんで人は悪いことをするの

それがわかりさえすれば 悪い人はいなくなると思ったんだ

だから心をのぞいたんだ

悪い人の心をのぞいたんだ

その時 初めて わかったんだ

心の中すべてが 悪い人なんて いなかったんだ

みんな子どものころは 真っ白だった

雪のように 真っ白だった

でもこの世界にひそむ大きな悪は

真っ白な心を染めてゆくんだ

でもね悪い人の中にも 白い心はのこってるんだ

おとうさんのこと おかあさんのこと 大切に思う心はあるんだ

友だちにさそわれて 悪いことをする人

子どものために パンをぬすむ人

心の中 ぜんぶせんぶ 悪い人なんていなかったんだ

私 知りたくなったんだ

悪い人をやっつける私

悪い人はどう思ってるのか  

とても知りたくなったんだ

だから心をのぞいたんだ

私がやっつけたばかりの 悪い人の心のぞいてみたんだ

ドキドキしながらのぞいたんだ

悪い人の心をのぞいたんだ

悪い人には 私のこと どう見えてるか 知りたいとのぞいたんだ

私 思わず 叫んだんだ

怖くなって 叫んだんだ

かなしくなって 泣いたんだ

悪い人の心の中に かいぶつのような私がいたんだ

私 笑いながら ひどいことしてた

悪い人に ひどいことしてた

自分は間違っていない そう信じながらひどいことしてる私がいた

泣きながら許しをこう悪い人

ママの名をよび おびえてる悪い人

みんなみんなこらしめようと ひどい目にあわせていたんだ

その時 私 失くしたんだ

銀色のつばさを 失くしたんだ

つばさを失くした私は 大地におちて

全ての力を失くしたんだ

ヒーローになりたいと思ってた

ヒーローになれると信じてた

でもヒーローにはなれなかった

そんな私だけど 今日はみんなのために

プレゼントを持ってきたんだ

ありがとう こんな私のために

泣いてくれるんだね ありがとう

プレゼントは何がいいかな

キミの欲しいものがあればいいな

きれいだね キミの赤いスカーフ

とても目立つし よく似合ってるよ

でも少しゆがんでるね

オバさんがなおしてあげるよ



「なっちぃ」

シリア北部に位置するネイラブ難民キャンプに珍しい日本語が響く。
声を発したのは30代半ばの日本人女性だ。
髪を栗色に染め、パンツスーツにハーフコートを羽織っている。
呼びかけられた女性は少し年下で、現地の民族衣装を身につけている。

「なっち、やっと見つけたで。 なあ、みんな心配してるから、一緒に帰ろう」

年上の女性の懇願するような呼びかけに対して、年下の女性はすまなさそうに応える。

「裕ちゃん」

目を伏せながら傍らの少女を見やると首を振る、帰らないと呟きながら。

「頼むから。 なっち」

「駄目。 私帰らない」

「何かきな臭いことになっとる。 テロや! 
それも難民キャンプを標的にした同時多発の自爆テロや。 ここかって危ない」

「いったいいつまでそんなことが続くんだろうね。 私たちあんなにがんばったのにね」

「自爆犯は子供らしい。 それもみんな首に赤いスカ・・・」

裕ちゃんと呼ばれた女、ダークネスの首魁中澤裕子は唾を呑み込むと、平静な態度を保つことに努めながら、安倍なつみに声をかけた。

「なっち。 早くその子から離れるんや」

「やだ」

「その子のおる場所に空間断裂をしかける。
かわいそうやけど爆発の被害を最小限にくい止めるにはそうするしかない。 そやから、なっち」

「出来ないよ。 そんなこと」

「いいか、なっち。 あんただけのことやない。 ウチもどうなってもいい、それだけの覚悟はある。
でも今このキャンプにいる他の人間はどうなるんや。 せやから。なあ」

「裕ちゃん。 この子ねまだ4つのときにお母さんとはぐれたんだって。 住んでいた村に戦闘機が墜落したんだって」

「なっち」 

「そう、あの時私たちのやったことのせいでこの子はお母さんを亡くした。 そしてお父さんもついこの間秘密警察の人が連れて行ったんだってさ」 淡々と本を読むように話すなつみ。

「あれは必要なことやったんや。 あのオペレーションがなければその子みたいな子は何倍も何十倍も増えてた」 許しを乞う罪人のような中澤の声が流れてゆく。

「そうだよね。 裕ちゃんは正しい。 裕ちゃんの言うことはいつも大体は正しい。 でもその正しさの掌からこぼれてゆく人たちがいる」

言葉も無く立ち尽くす中澤。

「すくえると思ってたんだ。 私ならすくうことができると思ってたんだ。 でもこぼれ落ちていったんだ。 私の掌からかけがえのない命がこぼれ落ちていったんだ」

「そんなことはない。 なっちがどれだけたくさんの命を救ったかウチは知っている。 そやからなあ」

「私には助かる資格なんて無い。 以前の私なら、チカラで人を救うことが出来た私なら生き続ける意味があるかもしれない。
でもチカラを失った今のわたしなんて」

「ええんや。 なっちは何もせんでええんや。 なっちがそこにいるだけでウチらは戦える。 世界を変える勇気が湧いてくる。 なっちがウチらと一緒にいて祈ってくれるだけで」

「勝手だね。 裕ちゃんは強引で勝手だね」 なつみの声が和らいだことに、最悪の事態を回避できるかもという希望を抱く中澤。

「でも私はもっと勝手なんだ」

「なっちのアホ!!」

中澤は走った。
空間断裂のチカラを発動させながら走った。
こうなったら腕ずくで子どもを引っ剥がしてでもやるしかない。
安倍なつみにどれだけ恨まれようが構わない。
彼女をこの世界から失うことなど考えられない。

安倍なつみは逃げることもなくその場に止まっている。
赤いスカーフを巻いた女の子を抱きしめている。
裕子が近づくとその腕に力が籠もり、強くより強く抱きかかえる。
その子の父や母がこの場にいたらそうしたように。
爆発の衝撃を自分の身体で吸収して、他の人間への被害を少しでも小さくしようとするように。

あと少しのところでそれは起こった。
あと三歩足を進めれば手が届きそうなところでそれは起こった。
白い光、熱い風、赤い雨、轟然たる音。
衝撃波に襲われた中澤は吹き飛ばされ、大地に仰向けに倒れてしまった。

身体が動かないのは大地に叩きつけられたらだ。
耳が聞こえないのは爆音で聴覚が麻痺したからだ。
顔がヒリヒリ痛むのは、爆炎を浴びたからだ。
涙が止まらないのは魂が悲鳴を上げているからだ。
人の駆け回る気配を肌で感じながら空を仰ぎ見る。
一天の曇りもない蹌踉とした空が愚かな人間を見下ろしている。


ひらりひらりと何かが落ちてくる。
天使の消えた大地に落ちてくる。
ひらりひらりと雪が降ってくる。
雲もないのに雪が落ちてくる。
命を散らした天使を悼む手向けの花の如く雪が降ってくる。

ユキヨ フレフレ シロイユキヨフレ
シロイユキヨフレ カナシミノダイチニ

ヨルダンの領事館で調べてきた天気予報じゃ雪どころか雨も降らへんはずやってんけどな。
身体中が痛むのは、ウチがまだ生きてるからやろうけど、じゃあこの雪は幻覚か。
雪の降る町で生まれ育ったあの娘を悼む思いが見せてんのか。

雪は衰えることなく降り続けていく。
肌寒さを覚えた中澤は起き上がろうとする。

3、2、1で起き上がるで。 そら、3、2、1。

こんな逡巡を4回ばかり繰り返して起き上がった中澤の目に映ったのは、降り積もった雪で白く染まった難民キャンプの姿だった。
あれだけの爆発があったというのに、そこにいる人々の表情には脅えも悲しみも見出せなかった。
耳の奥がジンジンと鳴っている。

あんなんは慣れっこちゅーことか、まさかな。

涙で濡れた目を服の袖で拭うと、シャンシャンという音が聞こえた。

なんや一体。

人が騒いでいる。
子どもが飛び跳ねている。
大人の目が輝いている。
警備の兵士がある一点を指差している。
まだぼやけている目でその方向を見てみる。

トナカイに引かれたそりに乗り赤い服を着た人間がやって来た。
そりには大きな白い袋が積んである。
難民キャンプにいた人々が挙って、そりを囲んでいる。
人々の顔はどの顔も輝いている。
そりに乗った人間が、袋から色とりどりの紙の包みを取り出して、人々に手渡している。

…あれは、俗に言うサンタってやつけ。

サンタは何百人という人々にプレゼントを渡してる。。
子どもに大人。
難民に兵士。
イスラムに非イスラム。
分け隔て無くプレゼントを手渡している。
欲深く二度貰おうとする人には、笑顔で注意する。
泣いている子どもの頭を撫でながら、プレゼントを手渡している。
ソリの周りの人たちにプレゼントが行き渡ると、白い袋をかつぎそりから降りた。
怪我や病気で立ち上がれない人たちのいる人たちのもとにプレゼントを届けている。

…やがてサンタは中澤の方に歩いてきた。
目の前に来たサンタの顔を見た中澤は思わず息を飲んでしまった。
サンタの顔はかつて中澤の知っている顔に酷似していた。
スパイとしてダークネスの抵抗組織に潜入しながら、潜入先の調査対象に共鳴した裏切り者。
安倍なつみの最高の信奉者。
唖然とした中澤にもプレゼントを渡そうとするが、当の中沢は金縛りに会ったように動くことが出来ない。
そんな中澤の頭を優しく撫でると、コートのポケットにプレゼントを入れた。
幻覚では感じられない重さを感じた。
サンタを追いかけていた人たちの群れが二つに分かれている。
そうして出来た道の先に、安倍なつみがいた。
その元には赤いスカーフを巻いた少女がいる。
サンタが二人の方に向かい歩いていく。
安倍なつみが少女の背中を優しく押す。
駆け出した少女は勢い余って転げてしまう。
そんな少女をサンタは優しく抱き起し、プレゼントを手渡した。
プレゼントを頭の上に掲げて跳ね回る少女。
あんなに大きく膨らんでいた白い袋がすっかりしぼんでいる。
その袋の中から最後のプレゼントを取り出したサンタは、それを安倍なつみに差し出した。

安倍なつみは首を振りながらそれを固辞している。
私には受け取れないと言っているのがわかる。
するとサンタは安倍なつみの前に跪き、何かを訴えている。
やがてなつみの頭は額ずき、目元を腕で覆いだす。
慌てて立ち上がったサンタはそんななつみを抱きしめようとするが、その手はなつみの身体にかかる直前で止まってしまう。
そんなサンタの様子を見たなつみの顔はほころび、おずおずと掌を差し出した。
なつみにプレゼントを手渡したサンタはそりに駆け戻る。
そんなサンタを追いかける人々。
口々にサンタの名を呼び、お礼を言っている。
キラキラと輝く何千の瞳に見守られながら、そりは走り出す。
シャンシャンシャン、鈴の音と共に滑走するとそりは舞い上がり、天空高く翔けていった。

 …今のは何やったんやろうね。
喧騒が収まった難民キャンプで中澤は考えた。
集団幻覚? 催眠?
人々の手にあるプレゼント、そして中澤が感じている重み、寒さ、そして心の高揚感はそのいずれでもないことを物語っていた。
だとしたら…。

安倍なつみはチカラを失っていなかった。
世界のルールを、形をも変えるとまで言われた安倍なつみのチカラは失われていなかった、っちゅーことか。
爆発という事象をも無かったことにしてしまったってことでええんかな。
世界最強の能力者でありながら、世界に溢れているかなしみを打ち払うことが出来なかった無力感から自ら封印したチカラ。
しかし、目の前の少女を世界の悪意から救いたいという思いは封印を無意識の内に解除した、ってところかな。

このことを評議会の年寄り連中に伝えたら、狂喜乱舞するやろうな。

ダークネスは中澤の独裁が下達している組織ではない。
中澤はダークネスの中核とも言える能力者たちを統べてはいるが、それがダークネスの全てではない。
政界、官界、財界、学会、言論人。
ありとあらゆる階層の中の裂鋭的な人々の重層的かつ有機的なネットワークがダークネスだ。
その全貌を把握しているのは、中澤とその側近しかいない。
その為に中澤を若輩としか認識していない人間もいる。
そんな人間に安倍なつみのチカラが失われていなかったことを知らせれば、中澤に対する覚えもめでたくなって財布の紐も緩むだろう。

でも知らしたれへんけどな。
あの時、ウチらは間違いを犯した。
天使の手を血で汚させるという過ち。
その過ちは天使の翼を奪ってしまった。
だから、もう二度とそんな過ちは繰り返してはならない。

安倍なつみは作戦遂行中の事故で負傷して、その能力の大半を失った。
そのフィクションは守り通す。
まあここで起きたことを隠しおおすのはちょっと骨が折れそうやけど、圭坊と吉澤が合流したら何とかなるやろ。
それまで酒でもかっ喰らって、暖まりたいとこやけど。
何気なしにコートの中の包みを手に取った中澤の頬が緩んだ。

アイツ、気がきくやんけ。

アブサン。
ニガヨモギから作られた強い酒。
ちょっと悪酔いしそうやけどな。
小振りの瓶を天に掲げながら、呟いた。

メリー、メリー、メリークリスマス。