モーニング戦隊リゾナンターR 第??話 「Wingspan の世界:友情は翼に乗って」


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世界の破壊者高橋愛ーその瞳に何が映る

【前回までのストーリー】
湾岸の石油精製施設がテロリストによって占拠された。
未曾有の惨事を防ぐべく、出動したMの特殊部隊“フィフス”。
精神感応と瞬間移動の能力で犯人グループを翻弄する高橋愛。
突出しがちな高橋を側面からサポートするマインドコントローラー新垣里沙。
テロリストが仕掛けた起爆装置を解体した紺野あさ美は治癒能力者。
小川麻琴は攻撃のダメージを転移する“反射”能力で仲間を守る。
事件は麻琴を化け物呼ばわりしたテロリストに、あさ美が鉄拳制裁を加えるという暴走劇で幕を閉じた。
まだ本当の悲しみを知らなかった幸せな時。
――数年後、壊れかけた世界を旅するドクターマルシェこと紺野あさ美と新垣里沙の姿があった。
Mが変容した組織ダークネスのメンバーだった二人。
組織を裏切った里沙は制裁として、人間を生ける死者へと変えるC3細胞を投与され苦しんでいた。
あさ美はそんな里沙を救うために組織を裏切った。
逃亡を続けていた二人に迫る黒い影。
身体の自由が利かない里沙を守るために、妖しの人形遣いと戦うあさ美だったが、それは二人を分断する罠だった。
複数の獣が融合した魔獣の肉体を持つ能力者の手に落ちた里沙。
魔獣の狙いはあさ美の天才的な頭脳だった。
自分の肉体に空翔る翼を移植する改造を強要する魔獣。
科学的見地からこれを拒否したあさ美だったが、魔獣の能力メンタルテレパシーによって精神的に追い詰められていく。
かつて自分が進めていたキメイラ生命の研究が、C3細胞の開発に利用されていた事実を突きつけられて動揺するあさ美。
Mの系譜に連なる能力者に敵愾心を剥き出しにする魔獣は、追い討ちをかけるように衝撃的事実を明かす。
C3細胞の浸食は里沙の肉体に止まらず、精神までも侵している、と。
絶望的な逃避行の中で見出していた一筋の光を打ち砕かれたあさ美をあざ笑うかのように放たれた魔獣の爪。
自分の間近に打ち込まれた生体ロケットの衝撃にも無反応な里沙。
衝撃で舞った土煙と光のフィルターから現れたのは。

「私は高橋愛。 全てを破壊する。 でも、今は里沙ちゃんとあさ美ちゃんを助ける」



「弾け! マスター・オブ・パペット!!」

予期せぬ愛の登場に一瞬たじろいだ人形遣いだったが、冷静に次の一手を打つ。
傍らに待機させていた2体の人形を愛に差し向けると、周囲に展開させていた人形の部隊にも集結する指令を下す。

「こいつはとんだ大物が飛び込んできたよ。 お嬢ちゃん、気を引き締めてかかりな」

今倒すべきは高橋愛。
広範囲にわたって人間の精神と感応するテレパシー。
自らの肉体を粒子化させ光速で移動するテレポーテーション。
位相の異なる複数の能力を高レベルで発動できるチートな能力者。

容易に倒せる相手でないことはわかっている、たとえ二人がかりでもだ。
ならばどうすればいい。

強者には強さゆえの弱点が付きまとうことを知っている。
高橋愛もまたその例に漏れない。
自らの力への過信からか、それとも無自覚からか、高橋愛は時に無防備な姿を晒す。
その傾向は守るべき仲間がいるとき、最大限に顕れる。
新垣里沙と紺野あさ美。
今この戦場にいる高橋愛の仲間二人はどちらも戦うことが出来ない状態にある。
そんな二人を守るためにやってきた高橋愛ならば、絶対に隙が生まれるはすだ。
やれる。
もとよりたった2体の木偶人形で高橋愛を倒せるとは思っていない。
だがあの2体には仮初めの生を与えた際に鋼の防御力を付与している。
周囲に展開させている人形たちが集結するまで、そして何より相棒が高橋愛の仲間を抑えて優位な状況を作り出すまでの時間稼ぎは出来る…。

女の思惑は一瞬で破られた。
脆くも崩壊した2体の人形。
鉄壁の防御を誇るはずの傀儡の呆気ない最後に気を取られた女は警戒を怠ってしまった。
背後に降り立った愛の気配に気付いたとき勝敗は決していた。

脇腹に打ち込まれた拳。

「引っ込んでろ」

押し殺したような野太い声は花のような美貌に似つかわしくないな。
薄れゆく意識の中で女は思った。

                                ★

なんで愛ちゃんは此処に来たんだろう。
傷を負った里沙を抱きながらマルシェは思う。
私は愛ちゃんのことを呼んでいないのに、どうしてこの場所にやって来れたんだろう。
一瞬で崩壊した傀儡人形の残骸。
地に倒れ伏したパペットコマンダー。
瞬間移動の能力を敵への攻撃に活用した愛の早業はキメイラ形態の女を戦わずして制圧した感がある。
金縛りに遭ったような魔獣の腕が小刻みに震えているのを見ながらマルシェは思う。
私は愛ちゃんに助けを求めなかった。
なのにどうして愛ちゃんはここに来れたんだろう。

                               ★

お嬢ちゃんなんて呼ぶなって言ったじゃん。
倒れ伏した人形遣いの姿を見つめながら異形の女は誰にも聴かれぬ心の声で自嘲する。

オバサン…パペットコマンダーの女は強い、
もし自分とあの人形遣いが戦ったなら…。
物理的な攻撃の破壊力なら自分が遙かに上回っている。
正面からやりあったなら遅れをとることはない。
だがそれは正面からやり合ったらということであり、パペットコマンダーは万が一にもそんな状況を作らない。
手兵の人形たちを最後の一体になるまで何のためらいもなく捨て駒にして、対峙した者の息の根を止めにかかるだろう。
経験に裏打ちされた狡猾さと冷酷さを併せ持つ女。
そんな女が手もなく愛に捻られた光景を受け入れたくない。

用心深いオバサンが身近に侍らしていた2体の人形は鉄の防御を誇ることを知っている。
だからそれを瞬時に破壊した愛の力に底知れない脅威を抱いてしまう。
念動力、それとも衝撃波? いや違う。

2体の人形はまるで内部に爆薬を仕掛けて解体されるビルのように崩れていった。
内部からの破壊、どうやって?

どこかあどけなささえ感じさせる愛の底知れない能力を測ろうと愛の精神にアクセスを試みる。
精神系の能力者としては拠って立つステージが違いすぎることはわかってはいたが、そうせずにはいられなかった。
燃えたぎるような憤怒の感情の渦の中垣間見た氷のように冷え切った戦闘のスキル。
瞬間移動、空間座標、並列演算、粒子状態、実体化、破壊…。
拾い上げた幾つかのキーワード。

こいつ、粒子状態にした自分の肉体を人形たちの胴体に透過させて、内部の核を破壊したのか。
クソッ! 戦闘の概念が違いすぎる。
どんなに守りを固めたって、どんなに激しく攻め立てたって、こいつはそんなものを易々と跳び越えて喉元に必殺の剣を突き立てる。
こいつの前じゃボクたちはとことん無力だ。

相棒と頼んだ女、パペットコマンダーは倒れたまま動かない。
ほんの十数秒前、愛に倒される直前に伝わってきた女の声には敗れることへの恐れなど微塵も感じられなかった。
なのに今は惨めな敗残の姿を晒している。
ボクもあんな姿を晒してしまうのか。
イヤだ。

まともな死に様を晒せるような生き方なんかしてきてはいなかった。
ベッドの上で死ねるとなんか思っていない。
だけど、こいつらMの残党の手にかかるなんて絶対にイヤだ。
空を舞う鳥に啄まれる地を這う虫のように敗れ去るなんて絶対ゴメンだ。

パペットコマンダーの女は何かを伝えようとしていた。

…強者に付きまとう強さゆえの弱さ。
…守らなくてはならない仲間の存在。

なるほど、そういうことか。オバサン、あんたの言いたいことはわかったよ。
やつらに一矢報いることが出来そうだよ。
恐怖、赫怒、憎悪で濁ったキメイラ獣の目に里沙を介抱するマルシェの姿が映っていた。

                           ★

「やめろ!」 キメイラの女の意図を察した愛がそれを制するが…。

『ハッ、何でやめなきゃいけないのさ』  

魔獣の左腕は里沙を介抱しているマルシェに対して向けられていた。
その先端には生体ロケット弾として機能する羆の爪が鈍く光っている。

『オバサンよりもボクの方を先に倒しとくべきだったね』

異形の女は余裕を取り戻している。

『キミがいったいその力でどれだけ遠くからここまで跳んで来たのかしらないけど、かなり無理をしちゃったんじゃない。
なのにキミときたら着くなりオバサンと親衛隊を倒すために更に無理を重ねちゃった。
だからキミの友達が吹っ飛ばされようとしてるこの肝心な時に、何も出来ず指をくわえて見てるしかない』

くっ。 惨劇を防ごうと能力を発動して女の懐に跳ぼうとする愛。
その身体は蒼白く光り粒子化したものの、瞬時にプロセスが逆行し元の状態に戻る。
相次ぐ瞬間移動の連続で座標計算の為に酷使した脳細胞は過負荷状態に陥り、能力の発動を拒否してしまった。

「やめろ。 あんたの仲間も気を失ってるだけや。
里沙ちゃんとあさ美ちゃんが無事やったら、あんたらをどうこしようなんて…」

『おやおや、それはそれはお情け深いことで』

里沙やマルシェを狙えばそれを庇おうと愛に隙が出来るのではと考えていたが、この様子では予想以上に消耗してるようだ。
今全力を注げばあるいは愛を倒せるかもしれない。
そんな考えも湧いてきたが、愛により深い絶望を味あわせたいという暗い願望には勝てなかった。

『人のことを高いところから見下しやがって。 自分の仲間が木っ端微塵になるのを見て絶望に打ち震えな』

「やめろ。 そんなことをしたら…里沙ちゃんが、里沙ちゃんがあんたのことをただじゃおかん」

アハハハハ。 狂気に満ちた女の思念が愛を刺す。

『新垣里沙がボクをどうするって。 あんな廃人に一体何が出来るっていうのさ』

「お前なんかに里沙ちゃんの何が判る。 新垣里沙は誰よりも強い。 その魂は気高く今も戦い続けてる」

『じゃあその強い強い里沙ちゃんと賢いマルシェちゃんがミンチになるところをその目に焼き付けなよ』

羆の爪=生体ロケットの残弾2発。
愛との戦いを考えれば温存しておくべきだろうが、もう構わない。
一気に2発使ってやる。
高橋愛というMの系譜に連なる最強の能力者に友の無残な死を見せつけてやる。
生体ロケット発射の命令を脳に下すと、愛を注視する。
どうせ里沙やマルシェには凶弾を回避することなんて出来ない。
ならば悲しみに愛の顔が絶望と悲しみに歪む瞬間を拝んでやろう。

…愛の表情が変わった。
しかしそれは女が期待していたものとは少し違っていた。
絶望でもなく、悲しみでもない。
驚き、諦め、憐れみ?
何が起きているのか里沙たちのいる場所を視界に納めようとした女の身体を激痛が走る。

ヒィッ、何なのこの痛み。
皮膚を焼かれ、肉を斬られ、骨を砕かれ、神経を分断されたような痛みが全身を走る。
激痛の嵐に耐え切れず、女の巨躯は崩れ落ちていく。
倒れながら視界に入った里沙の瞳が蒼く光ったのが見えた。
…女は闇に堕ちていった。

                            ★

暗い暗い暗い闇の中をもがきながら漂っていた。
痛い痛い痛い感覚に苛まれながら漂っていた。
何も見えないのは、瞼を開いてることができないからか、現実の闇に包まれているからなのか判らない。
断続的に続く激痛は、五感を確実に蝕み始めている。
このまま全ての感覚が麻痺して、意識がブラックアウトすれば楽になるのだろう。
だが意識の中の何%かの領域は醒めた状態で残り、激痛に苛まれている自分の状況を冷静に見ている。

新垣里沙の光る目。
もしも自分をこんな状態に陥らせたのが新垣里沙だったとしたら。
この痛みの原因は現実の肉体の損傷ではない。
マインドコントロールによる幻痛だ。
克服できる筈だ、この精神の煉獄の抜け道さえ見つけだせば。

それにしてもクソいまいましいのは新垣里沙だ。
肉体的にも精神的にも再起不能の廃人同様だと思っていたあの女にこれだけのチカラが残っていたのか。
それとも腕一本、指一本すら自分の自由にならない。

メンタル・テレパシーによる呼びかけ―正常な人間ならば発狂しかねない精神の絶叫に対して全くの無反応だった精神。
全てが偽装だったというのか。
何てヤツだ。
流石はフィフスの一員としてその名を…

(違う…)

声帯から発せられた音でなく、精神から精神へ直接意思を伝える心の声。

(あんたは私たちのことを買いかぶりすぎている)


『何が違うって言うんだ? お前は誰?』

(私は…私はあんたたちが言うところの新垣里沙の残骸)

『やっぱりお前だったのか。 薄汚いマインドコントロールのチカラでボクをこんな目に遭わせたのは』

(違う)

新垣里沙の声はキメイラの女に語りかける。
今現在の自分は癌細胞の性格を持つC3細胞と均衡状態を保ちながら辛うじて生きながらえている状態に過ぎない。
もしも女を制圧するためにマインドコントロールの能力を発動させれば、活発化した脳細胞がC3細胞の攻撃対象になってしまうということを。

(私はマルシェのことを守るために最小限のことをした。そう私自身の精神のロックを解除しただけ。 
そのためにさっきあんたが私の心に踏み込んできたときからわずかに繋がっていた精神の糸を通じて、痛みがあんたに流れ込んでいった)

『だからそれこそがマインドコントロールそのものだろうが』 自分を罵る女に対して里沙は…。

(マインドコントロールは私の精神で創り出した感覚や思念をあんたの精神に認識させる。
でも今あんたが味わっている苦痛は私が実体験した苦痛そのもの。いや、今現在も苦しめられているC3細胞の進行に伴う痛み)

里沙の告げる事実に戸惑う女。

(C3細胞が私の体内に根付き活動を始めてから私はこの痛みに苛まれ続けてきた)

キメイラの女は驚きを隠せない。
これだけの苦痛に二年以上も耐えきれるなんてあり得ない、と。

(つらいのには慣れてるからね)

淡々とした様子の里沙を女は問いただす。何のためにそんなことを…。

「私が苦しんでいる様子を目にしたらマルシェが苦しむ。私が死んでしまえばマルシェも生きてはいない」

C3細胞と共存してマルシェと旅を続けるにはこんなやり方しか無かった。と告げる里沙。

里沙の姿が見えた。
それは女の目に映ったのではなく、女の脳裏に浮かんだ里沙の精神体の姿だった。
光り輝くその姿に心を奪われかけた自分を戒める女。

『で、こうして惨めなボクを笑いに来たというわけなんだ。精神の高みから間抜けなボクのことを見下すために…』

(違う)

女の心に響く里沙の精神の響きは沈痛でかなしみに満ちていた。

(私はあんたを助けに来た)

『ハアッ?』

自分と違って女の肉体にはC3細胞は根付いていない。
自分の経験した苦痛を精神感応で追体験したに過ぎない女なら救い出せると思った、という里沙の思いは女を惨めにするばかりだった。
そして…。

(でも手遅れだった。 あんたの精神は鋭く尖っていてあたしのことをなかなか寄せ付けなかった。
突破するのに手間取っている内に、あんたの脳は苦痛を拒否することを選択した)

女の脳はシャットダウンを開始したという。
だからこそ私もここまでこれたようなもんだけど、と声を落とす里沙。

(あんたの精神はあとわずかで死ぬ。 悪いけどもうあたしにはどうすることも出来ない)


女の苦しみを自分のことのように哀しむ里沙の様子に、女の感情は爆発する。

『だからなんでボクのためなんかにそこまでするのさ。 ボクがキミたちに何をしたか覚えてるだろ。
なのにそうやっておためごかしで哀れんでみせて。 それが強者の傲慢ってやつさ。 これだからMの連中は嫌いだ』

(強くなんかない。 Mに属していた能力者で私たちよりも上の世代。 
粛清人、魔女、綱翼の悪魔。 二つ名を名乗ってた能力者はどの人もみんな強い)

だからみんな単独で活動していた。
あの人たちがチームを組んで行動しないのは、馬が合わないとか仲が悪いからなんかじゃない。
強すぎるから。
手にしたチカラが強すぎるから、同じ戦場で戦えば仲間のことを傷つけてしまう。壊してしまう。蝕んでしまう。

(そんなあの人たちにくらべて、私たちはどうしようもないくらいちっぽけで、泣きたくなるくらい愚かだった.
だから私たちは手に手をとって、助け合わなきゃ生きていくことなんかできなかった)

『手を取り合って助け合う? そんな奇麗事で生きていけるだなんてオマエらは』

(生きてきた)

自らの価値観を否定された女はせめてもの反撃を見舞おうとする。
里沙の精神を傷つけようと…。

『生きてるだって! 今のキミが生きてるだって!
キミは自分で自分の身体を見たことはないのか。 やせ衰え生気を失った惨めなその身体を見たことはないのかい』

肉体だけを見れば今の里沙は死んだも同然だ、とまくしたてる女に対して里沙は…。

(判っている。 今の私の目は光を感じることが出来るぐらい。 だから自分の身体の衰え具合を目で確認することはできない。 でも…)

でも自分の身体の中で何が起こっているかは把握している、と話す里沙。

(私はもう自分の足で大地に立つことも、仲間の顔を見ることも、手を握ることも出来ない)

そんな状態が改善される可能性が皆無だということも判っているという里沙の心の声は静かで揺るぎなかった。

(そんな私と逃亡の旅を続けることはマルシェにとってもつらいことだと思う。
でも人はつらい日々の中にだってささやかな幸せを見つけることができる。
どんなに他愛のないことでだって、マルシェが笑ってくれたならそれでいい。
彼女は十分苦しんだ。 そして自分の身の危険も顧みることなく私のことを助けてくれた。
だからもしマルシェが一人で生きていけるくらい強くなって、そのときに私のことが足手まといになるようなら…私は自分の命を絶つ)

C3細胞の侵食を受け容れてね、と静かな様子の里沙に女は気圧されてしまった。
改めて高橋愛が言ったことを思い出す。

「新垣里沙は強い」

今ならその言葉を素直に受け止められる。

もう話すことも尽きた、という里沙の言葉に何故か寂しさを覚えてしまった。

(私は現実の世界に戻らなくちゃいけない。 そして壊れつつある世界でもう暫くはマルシェと生きていく)

じゃあ、という思念を残して里沙の精神体は飛翔していった。
その背中に光り輝く翼を生やして。
その姿を見守りながら女は思う。

私たちはちっぽけで愚かだって。
ふざけるな。
お前は強い・・・。

辛うじて侵食を免れていた精神の領域が壊れていくのを感じる。
精神が死ねば、やがて肉体も滅びるんだろうか。
淡々と滅びを受け容れつつある自分。

…ねえ、オバサン。
聞こえてるなら返事をしなくてもいいからボクの言うとおりにしな。
ボクたちはやっぱり地を這う虫だった。
鳥に啄ばまれる運命だった。
悲しいけれどね。
でも鳥の羽ばたく空が高ければ高いほど見つかる危険も少なくなる。
やつらは強い。
ボクたちが敵う相手じゃなかった。
虫らしく振舞って息を潜めていれば、命までは取られないよ、きっと。
オバサンとの約束は果せそうもないのは悔しいけどね。

相棒に最後の言葉を送った女は飛び立った里沙の精神体を見上げる。
本来なら見れる筈もないのに、何故か鮮明に見える。

アイツ、あんなに高く飛べるのか………………チクショウ

                  ★

「里沙ちゃん」

抱いていた里沙の肉体に反応が戻った。
それは微弱で頼りないものだった。
視線は虚ろで定まらいままだ。
だが確信をもってマルシェは話しかける。

「愛ちゃんをここに呼んでくれたのは、里沙ちゃんだったんだね。 私のことを助けるために」

里沙の口から声が洩れる。
それはアーアーという呻きでしかなかった。

「私が里沙ちゃんのことをずっと守ってきたと思っていたけど、それは違ってたんだね。」

瞼が熱くなり頬を涙が濡らす。

「里沙ちゃんが私のことを守っていてくれたんだ…」

 --続く--