作り物の翼と、本物の両手-Swans and ducks to shine-


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いつもの日々。
いつもの時間。
でもそれは、何処かで誰かの心を、誰かの空を灰色に染めて行くらしい。
遠くを見下ろす影。
目下には、この地域で二番目に大きくて、川が流れる。
其処には橋が架かっているが、さっきからずっと誰も通らない。

なんといっても寒いから。

テレビでは、昨日からこの冬一番の寒さだとか言っていた。
実際、少し風が吹くだけで、肌に痛みを感じる。
羽織るコートでめいいっぱい頬を覆う。

尖った鉄の様な風が、鋭くなる。
亀井絵里は、見下ろす。
どうしようもなく小さく感じていた街は、こうして見下ろせば、意外にも広い。

そもそも、小さいのは自分の方なのだ。
気付かなかっただけ。

 多分、寒いせいだ。

 「寒いのは好きじゃないのに冬が好きって、思えば矛盾してるよねぇ」

言葉をはくと、すぐに白くなった。
息が凍える。
夜は近い、いつもなら、いつもの晴れた空なら、オレンジ色の夕焼けが見える筈なのに。
でも、誰も見る事は無い。

 ――この景色を見れるのは、"自分"だけだから。

無数の線に繋がれる鉄塔は、こんな何もないだだっ広い野原にさらされている。
だから、彼女はのぼったのだろうか。
こんな所に、自身の"チカラ"を使って。
絵里が見下ろしているのは、自分の住んでいる街だ。

 何かの建設予定地だった筈の此処は、土地の権利者が経営不振に陥って
 全てを失った平地として残ったもの。
 そして、その土地の一部だけが電力会社によって購入された。
 出来あがったのは、ここじゃない何処かの街に電力を送るための鉄塔。

草木が野放しに生えた空き地同然の場所。
そこに立つ鉄塔は、夕方になると、真っ赤に染まった夕陽が現れる。

だが誰もそれを知らない。
誰もこんな所に来て鉄塔に登るような用事なんて持ち合わせないから。
そんな所に、彼女は居た。

 風使い(ウィンド・マニピュレート)

風を利用して自らを此処に導くのは多少の度胸を要した。
何故なら彼女自身、高いところがそれほど得意ではない。
中腹まできた時点でかなりの高さだったし、鉄塔に組まれた足場は本来、人間が
歩くための鉄材でもなかった。

正直に言えば怖かった。
それなのに、こうして、鉄の骨にこしかけているうちに、感じていたものは
何処かに失せていく。
冷たい風が吹くとまるで身ぶるいしてるように鉄塔が微かに震えている。

 「ごめんね、自分を守ることでせいいっぱいなんだ」

一人呟いて、風力を少し"調節"してやる。
すると鉄塔の震えは少しずつ収まっていったが、冷たさは残ったまま。
こういうとき、髪が長いとずいぶんと体感温度も変わるんじゃないかと思う。

昔、入院生活が長い時などは黒髪をそのまま伸ばし続けた事もある。
今も人並みには長いが、カラーリングをして今は茶髪だ。
時間の経過を感じる。
ほんの些細なことにそうして思えるのは、少しでも大人になった証拠だろうか。

 昔、此処には「オバケが出る」という噂が流れた。
 経営不振という理由からなのか、いろんな形になってそうなってしまったのだろう。
 そんなはずないよ、と笑っていたにも関わらず、近付かなかった自分は子供だと思う。

老人というのは嘘をつかない人達で、何でも知ってるもの
なんだとなんとなく思っていた。
でも本当は、嘘をつかない人なんて居ない。
老人も、大人も、子供も、みんな嘘をつく。
赤ん坊だって、母親の気を引くために嘘泣きをする。

それを知ってるだけでも、あの頃よりは成長してるような気がした。
世界は嘘で。
嘘で覆われた世界に、絵里は手に持った"翼"を掲げた。

 いつぶりか分からない、紙飛行機。

昔、病院で出会った子供達と一緒に誰の紙飛行機がどれだけ遠くへ飛ぶか競った事がある。
遠くへ飛ぶように作った、と思う。
いろいろと形を変えればそういうものになっていくんだろうけど、あの頃は普通に
折れば当たり前に飛ぶと思っていた。
今、この手のひらにあるのもそう。

何処まで?遠くまで。でも見える所まで。
あっちの方。

 「ほっ…」

変な声が出たのはお構いなしに、絵里の手から紙飛行機が離れた。
話されて行ったと言っても良い。
こんなにも高いところから飛ばした紙飛行機は、風に乗らなくても、どんどんスピードを増して行く。

"チカラ"は使っていない。
"調節"すれば簡単に届いてしまうのだろう。
でも、それはしちゃいけないんだ。
まっすぐじゃなくて、ゆらゆらと散歩でもするように。

晴れない冬空の下を飛んでいく。
一人で。
あの街の中にある、何処かへ。

でも知ってるんだ。
届かないことなんて、あんな遠いところまで。
だから飛ばした。だから、彼女は其処に居た。


 「あ…」

紙飛行機が、強い風にあおられる。
飛ばされる其れを助けようと腕を伸ばし――止めた。

絵里の目で追えなくなり、恐らく、この野原の何処かに落ちたかもしれない。
また鋭い風が吹き、油断する絵里へと襲いかかった。
目を細め、口をゆっくりと開く。

「結局、そうなるよねぇ」

そうなるといいな、そうならなければいいのに、そう思ってしまう。
でも結局、紙飛行機は堕ちて行った。
永遠になんか飛んでいかない。
そんなに遠くなんか行けない。
そう思い込んでたのは、単に"チカラ"でそう思わせてただけ。

自分をごまかしてただけ。
そしてごまかすように、絵里は紙飛行機を作る。
帰る時に大変だな、そんな事を考え、それでも飛ばす。

飛ばして飛ばして、ごまかす。

風に上手く乗ったり、ぐるぐると同じ所を廻ったり、煽られたり、少しも飛ばない。
流れのまま、そう、ただ流されるだけ流されて、堕ちて行く。

紙を折る音の中に鼻歌が混じる。
"あのお店"の有線放送から流れた何処かの女性グループが歌った曲だ。
絵里はそれが好きだった。
耳に残る、自分には転んでも逆立ちしてもどんなにつくろたって出ない。
とてもとても素直で可愛らしい澄んだ声。

 IT'S SO BEAUTIFUL! EVERYDAY...

それはとても美しい日々。
この主人公は、新しいものへの期待感が凄いと思う。
それは、この先にあるものが自分にとって大切な一歩だから。

どうしてそこまで自信が持てるんだろう。
どうして笑顔で居られると気付いているんだろう。

歌の中の現実。
現実の中の歌。

絵里は、最後の紙飛行機を放つ。
遠ざかっていく紙飛行機は、ゆっくりと地上に、重力に引かれて堕ちて行った。

思考がぐるぐるする。
巡って、はっきりしない。
はっきりしないで、まるで糸が絡まる様にグチャグチャ。

何がしたいの?何がしたかったの?
誰も気味悪がって近付かない鉄塔になんか登って、飛ばない紙飛行機なんて作って。
小さいと思っていた自分が暮らす街は、意外にも大きかった。

だって、こんなちっぽけな自分を受け入れてくれるほどなのだから。
それでも、いつも味方だった風が、今はこんなにも痛い。
何が違うんだろう、何が普通なんだろう、今までの私は…。

 「――亀……ン」

それはとても突然で、自然だった。
風に遮られながら、それでもいつもの呼び声、聞き慣れた声、下を向く。
真下、あの足場に二つの影。
絵里が躊躇した不安定な足場を全く気にする様子も無く、まるで重力に
引かれていないかのように、風が吹いても平然としている。

 「亀井サーン!」

今度はちゃんと聞こえた。
それに弾かれるように、ぼんやりと見つめていた絵里の目が見開く。

 「…エッ、何…やってんの?」

そのせいで、数秒もためて、絵里は二人に驚く事になる。
恐怖を感じる前に、何処かに逃げようとして、ここが鉄塔の上なんだと気付き。
また、何故逃げる必要があるんだと自分を説得する。

その二人は、あのジュンジュンとリンリンだからだ。

 「ヨイショ…やっぱり亀井さんダタッ、リンリン、亀井サーン!」
 「おー亀井サーン!聞こえますかー!?HAHAHA」

最初に現れたジュンジュンが腕で引き上げられたリンリンの笑い声が響く。
二人はさも当たり前のように現れ、ジュンジュンはいきなり絵里の手を包んだ。

 「手、冷たいヨ?ジュンジュンの手袋貸すダ」
 「ホントダ!よし、ならあたたかくシマショウ!」

そう言って何をするのかと思えば、リンリンはコンビニの袋からお茶を取り出す。
其処には大量の紙が顔を出していた。
―― 絵里はその紙飛行機を見て息を呑む。

 「さっきコンビニに寄ったダカラまだあったかいデス、ハイハイ」
 「これから『リゾナント』行くダ、亀井サンも一緒に」
 「ちょ、ちょっと待ってよっ、二人ともなんで?というか絵里ここの事ダレにも…っ」
 「コレ見つけタ。デモ亀井サン居るなんて思わなかったケドネッ」
 「…全部、拾ってきたの?」
 「マダあるデスカ?ならまた下りて」
 「や、いいっ、いいよ、ごめんね、その…」

絵里はまた下りようとするリンリンを引きとめながら、その紙に視線を送る。
書かれた文字を見て、軽く髪を掻いた。

 「…二人とも、読んだ?」
 「読んでナイッ、ホントだよッ、始めの所が見えチャタだけダカラッ」
 「亀井サンの大事なモノ、私達ハ勝手に見れないデス」
 「大事なモノ…か。うん、でも、もう良いんだよ」

知っている。
ロマンチストでもない自分が紙飛行機を飛ばすなんて事をしていた理由。
"捨てようと思っていた想い"。
いらなくなってしまったモノをゴミ箱に入れるように、捨てたんだ。
叶わない願いを、そうすることでしか処理できなかった。

それなのに、どうして飛ばしたんだろう。

 「良い、デスカ?」
 「うん。だってあれは、絵里の"未練"だから」
 「ミレン?」
 「でもこうして戻って来たってことは、やっぱり直接言えって事だよね」
 「誰に何言うですカ?…あ、スミマセン」
 「ううん、もう、良いから。ねぇ、二人とも」

夏の匂いがする。冬なのに。
胸が苦しいのは、あのむせかえるような空気の所為で、呼吸が難しくなってるからだ。
コートのボタンを外し、首に巻かれたマフラーを緩めると、冷たくなった指先が、喉に触れる。
何にも感じない。
指先が麻痺してるから。
何にも感じない。
怖い。
寒くて、凍えそうで、感じられなくなってしまう。

 「―― 絵里、このまま、心もなにも感じられなくなったらどうしようっ」

分かっていた。何もかも、"チカラ"を頼らないで紙飛行機を飛ばしたかった理由も。
もう"一つのチカラ"を使わなくなった事も。
だから不器用ながらも想いを綴ったはずの言葉は、全てがわがままのように思えた。
形だけでも独りになって考えようとして、鉄塔に登ってみたのに。
逆にそれが、絵里にとってあの行動を取らせた。

 「―― 亀井サンの心はずっとここにあるデスヨ」

ジュンジュンは自分の手袋で絵里の手を両手で包むと、両目が交差する。
気付いたら、泣いていた。
涙が、頬に触れて、すぐに冷たくなる。

 「ココロって形がないモノ、デモ、ジュンジュンは、亀井サンのココロをタクサン感じタヨ?
 ちゃんとアルものがココロじゃなくテ、言葉とか、行動とかデ、初メテ生まれると思いマス。
 亀井サンは、ジュンジュン達のココロ、分かるカナァ?」

絵里の両手にはジュンジュンの手袋と、お茶が握られている。
冷たかった筈なのに、じんわりと暖かくなってきているのが分かる。
分かると言うことは、感じていると言うこと。

 「うん、そうだね…そうだね…っ」

手袋に涙が滲んでいく間、ジュンジュンは頭をポンポンと撫でた。
リンリンは紙飛行機を、少しずつ、燃やしていく。
絵里がそうして欲しいと言ったのだ。それは決して無かった事にするワケではない。

 初めから決められた言葉は無いから、人は言葉を用意する。
 でも"心"までは用意できない。
 だから彼女は想い悩んで、全て捨ててしまおうと思った。

その"心"が今、自分から届けようとしている。
だから言葉達よ。

次の1ページを捲れるように、"心"の中で生きよう。

 「それじゃあ行キマショウ、『リゾナント』にっ」
 「あ、待って、こっちの方が早いよ」
 「エ?ウオ!?」

ジュンジュンとリンリンの腕を取ると、絵里はふわりと空中に飛んだ。
そしてゆっくりと、重力に引かれながら降りて行く。
左右の二人が少しずつ慣れるように。
気付けば、三人は空中を歩いていた。

 鉄塔はそんな後ろ姿を見送る様に、いつまでも其処に建ち続ける。

空には誰も知らない星と星が引かれ合う。
そして白く大きな翼は、彩られた地上の星へと降り立っていった。