(50) 412 名無し募集中(愛あらばIT'S ALL RIGHT )


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キーンと鼓膜に響くような寒さに身体が震える。
この国の10人に1人が息づくこの街も、大通りから少し離れればネオンの瞬きだけが静かに天を彩る。
ひんやりとした空気が肺を満たし、役目を果たしたものたちが白い影をともなって吐き出される。
それは一瞬視界をぼやけさせたが、周囲の空気に混じり、街は元の明瞭なネオンを取り戻した。
まるで私のようだ、そう思った。
とうとう眼前にせまった卒業という刻限。
8年間過ごしてきた空間から出る、ということの本当をまだ実感していないし、できてもいない。
ただ現実として、数時間後には今まで延々と掲げてきた“モーニング娘。”という肩書きを失うのだ。

寂しくない、というのは嘘だ。時間よ止まれ、とも思う。
事実、卒業を決めてからかけられた言葉たちに心が揺さぶられたこともある。
しかし、世の中というのは上手くできているものなのだ。
ツアー中に脱退メンバーが出ても、あっという間にリーダーが変わっても、
未来のエースが誰より早く飛び立とうとも、このグループは存続してきた。
だから卒業直前のこのどうしようもない空気も、その日さえ過ぎてしまえば、
たちまち自浄作用が働いて“モーニング娘。”は通常運転に切り替わる。

コツ、コツ、とヒールが地面をつく音だけが耳に届く。
狭い路地の冷えきった空間も手伝って、幾重にも周囲に響きわたる。
かすかに喉を震わせてみた。
その口が紡いだのは初めてちゃんともらったソロパートだった。
たった一行。そのたった一行を何度も何度も練習した。
「今まででいちばーん」今までで一番。
今まで一番震えちゃった瞬間。
そのことに気づいたのは突然だった。ある日いきなり、メンバーの感情に心が揺さぶられるようになった。
戸惑いがなかったと言えば嘘になるけれど、それでも私たちはこの“心の震え”にきちんと向き合ってきた。
『共鳴~リゾナント~』と名前を付けて。

おさえていた声がどんどん大きくなる。たった一行のフレーズを口ずさみ続ける。
あれから7年が経った。終わりなんて想像もしなかったあの頃に比べれば、
自分なりにいろいろ考えるようにはなったし、ソロパートだってたくさんもらえるようになった。
それでも私が口ずさむのはいつだってこのフレーズで、いつだってあのドキドキ感を思い出す。
7年前と今と。変わらないものはずーっと変わらないのだと改めて気づく。

変わらないもの。
“絵里~大丈夫かぁ~?”いつも気にかけてくれるリーダー。
“このぽけぽけぷぅがぁ~”いつも面倒見がいいサブちゃん。
“えり、ほんとに大好きなの”毒舌で愛情深い大親友。
“ちょっ、えりやめるっちゃん”ヤンキーでヘタレな博多っ娘。
“亀井さーん、小春にも梅くださいよぉ”手のかかるミラクル娘。
“亀井さん、実はしっかりしてますもんね”いちばん大人な最年少。
“亀井サン、バナナありマスカ?”実はしっかり者の暴走娘。
“ハーイ、亀井サン今日もカワイイデース”素直なバッチリ娘。
私のなかで変わらないもの。
感情が溢れ出す。ネオンがぼやけて見えるのは白い息のせいか、
まつげに溜まるあったかいもののせいか。

溢れた感情が響き渡る。

『こんな時間にえりが起きてるなんてめずらしいの』

私の心の揺れにいつも敏感なこの子は今日も一番だった。

『しかもなんかドラマみたいなことになってるし、親友ながら気持ち悪いの』
『相変わらず言うね~、えり、明日卒業しちゃうんだよ?さみしくないの~?』
『さみしいけど…悲しくはないの。だって卒業しても共鳴するんだからずっと心にいるようなものだし、
 実際離れるつもりもないの』

遅れてきた仲間たちも、さゆの言葉に“共鳴”する。

『たしかに絵里がおらんくなるのはさみしいし、ジュンジュン、リンリンも中国に帰ってまうけど…
 ずっと繋がっとるし大丈夫やざ』
『まぁね~、カメが卒業するのはもうどうしようもないけど…ま、私たちはずっと待ってるから』
『えりならやれるっちゃん。れなはちゃんと信じとぉけんね』
『大丈夫っすよ、亀井さん!小春今でも共鳴できますし!ほら、ほら!』
『亀井さん、さみしかったら愛佳いつでもパンプキンになりますんで』
『みんなジュンジュンのコト忘れてナイ?でもジュンジュンさみしくナイヨ、ずっと一緒ダカラ』
『ミナサン、ほんと…バッチリンリンデース』

こらえきれずに空を見上げた。
あいにく満天の星空が輝く夜空、とはいかなかったけれど、目尻をつたって頬をぬらす雫にネオンが反射して綺麗な9色の光が視界を彩る。

『…ほんと、大好きだバカやろぉー…』

『…ねぇ、えりの一番好きな歌、うたってほしいの』

しばらくたって響いてきたのはそんなリクエスト。

『え、今?』
『あたりまえだのまえださんなの。ほら、えりはやるときゃやるんでしょ?』

想い浮かぶのはあの曲しかなかった。
私が何を歌うかなんてもうみんなにはバレバレのはず。
それでも何も言わず待っていてくれる仲間が愛しくて仕方がない。
思い出は生き続ける。誰か一人の心に残っている限り。

息を吸い込んだ。目にうかぶのは8人の笑顔で。

「今まででいちばーん」
『『『『『『『『『震えちゃった瞬間』』』』』』』』』