モーニング戦隊リゾナンターR 第??話 「Wingspan の世界:籠の中の鳥」


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                                 ★


壊れかけた世界で対峙する二人の女。
一人は友を救うために所属していた組織を裏切り逃避行を続けた科学者。
一人は己の肉体を深化させることができる科学者を追い求めていた異形の女。

異形の女は科学者の友の命を握りしめている。
科学者は友を生ける屍にした悪魔が自分であるという指摘に対する反駁を試みる。

「確かにあの日、私が里沙ちゃんのことにもっと早く気づいて上げられていたら、里沙ちゃんの肉体はこんな状態に陥ることはなかったかもしれない」

科学者の胸には自分が組織を抜けたあの日の出来事が去来する。
同じ組織で働いていた友、新垣里沙が裏切り者として捕らえられ、死の粛清を受けようとしていたあの時のことが。

                                 ★

自分のラボから離れて大型の加速装置で実験を行っている時に起きた事態。
組織を裏切った友の不本意な形での帰還。
そしてラボから持ち出された二種類の薬品。

「私が里沙ちゃんが閉じ込められた部屋を見つけた時、その部屋には既に塩酸ガスが充満していた。
でも、その塩酸ガスは里沙ちゃんを苦しめながら死に追いやるために使われたんだと思ってた。
だからガスを無効化して里沙ちゃんを救い出して、中和剤を投与すれば里沙ちゃんは助かる。 そう思ってた」

合成獣の外見からはいかなる感情も伺い知れることは出来ないが、嘲笑う気配が伝わってくる。

「迂闊だった。 保田さんがあんなことを考えてたなんて。 私は気づくべきだった」

ガン細胞から抽出された遺伝子を改造し、生命力と増殖力を強化したC3細胞。
投与された人間の体内で急速に増殖し、意志を持たない不死者へと変える悪魔の発明が里沙には投与されていた。
C3細胞は宿主である人間の生命力が衰弱した時に、飛躍的に増殖する。

「塩酸ガスは処刑の為に使われたんじゃない。 里沙ちゃんを意志を持たない不死者(アンデッド)へと変える為に使われた。
私はそのことに気づけなかった。 保田さんの言葉の裏に潜む真実を読めなかった」


…裏切り者だけど、せめて死体は奇麗な方がいいからね
…まぁ、3日後にはミティと同じね。何度も復活できる不死者(アンデッド)へと
…そして、永遠にその魂をあの方の為に捧げることになる

「里沙ちゃんを乗せたワゴン車の中で塩酸ガスの中和措置を行ったのに、意識が戻らなかった時点で気づいていれば…」

まだ、間に合ったかもしれないけど、と自嘲するマルシェを女の声が嘲る。

『偽善者。 キミは偽善者だ。 それも途方もなくヒドイ』

空ろな目で自分を見つめるマルシェに更に嘲りの言葉を浴びせる。

『キミは自分を責めている振りをして、その実自分を庇っている。
私の力が及ばなかったから、里沙ちゃんを助けられなかった。 そのことは後悔してるわ。
でも、本当に悪いのはC3細胞を開発して、それを里沙ちゃんに投与した保田さんなのよ、ってね』

心に響く女の声がこれまでにないぐらい辛辣なものになってきた。

『キミも判ってる筈だよ。 自分がC3細胞の誕生に一役買ったということを』

科学者は声にこそならないが、違う違うという風に首を振った。 そして、何度も試みてどうにか声を絞り出す。

「ちがう…私はC3細胞の研究には一切タッチしなかった。 その存在すら知らなかった。 あの頃、私が研究していたのは…」

『キメラ、同一の固体に複数の遺伝子情報を所有しながら活動する生命体。 つまりボクみたいな、ね』

女の声に力無く頷く科学者。

                                    ★

「キメイラ? 確かに興味深い研究テーマではあるけど、もっとあなたに相応しい研究テーマがあるはずでしょう」

「この研究が進展してキメラ生命体作成の技術が確立すれば、人間以外の生命の内部で人間の器官を生育することが可能になります。  
その技術を転用して戦闘で多大なダメージを負った兵士への臓器移植や四肢移植が活発に行われれば、負傷兵の救命率が飛躍的に
向上することが予測されます。 結果的には保田さんが求めている最強軍団の計画にも貢献するのではないかと」

「随分と地味な貢献に思えるんだけど」

「そうでしょうか。 優秀な戦士一人を教育するまでのコストを考えれば、その死亡率を下げることには意味があると思われますが」

「最強の軍団を作るにはね、強い兵士を生み出せいいのよ。 頭を吹き飛ばされても進軍を止めず敵を踏み砕き、進撃する足を奪われたなら
這って敵陣に向かい、武器を持つ腕を失ったなら敵の喉笛に食らいつく。 殺戮の本能を失わない不死者の兵士を」

うそぶいていた保田だったが、結局はキメラ生物の研究を認めてくれた。
将来的に合成獣や強化人間の部隊を編制するのにも寄与するからだろうという理由で。
但しこの組織におけるあなたの本来の使命は共鳴という現象を解明することよ、と釘を刺されはしたが。

私は自分の理想を実現させるために、あの組織に属することを選んだ。 その思いが揺らぎだしたのは、いったいいつからだったろう。
私と同じように理想を追い求めていた筈の里沙ちゃんの心が組織から離れていることに気付いた頃?

『心に迷いが生じてきたキミは組織に反抗する道を選んだ。
でも組織に真っ向から反逆するんじゃなく、組織の求める研究をサボタージュするというセコいやり口でね』

キメラ生命体の研究が完成したら、そしてその成果がいつか世界に普及すれば、移植医療が必要な人たちの役に立つ筈。
そう思った私は研究にのめり込んでいった。

『そうやって、キミは自分を正当化して研究室という安全な鳥籠の中に閉じこもったんだ』

そうかもしれない。
里沙ちゃんの心が組織から離れ始めていることを知りながら、私は手を差し伸べることもせずにいた。
そして組織を偽り、自分の心も偽りながら、研究室に閉じこもっていた。
人の命を救う研究だからと自分に言い訳をして。

『塩酸ガスから救い出し救命措置を施した新垣里沙に、C3細胞が投与されていることに気づいたときどう思った?』

体内に取り込まれた塩酸ガスの成分を中和させる為の措置を行ったのに、里沙ちゃんは目覚めなかった。
そして最初の発作が起こった。
悶え苦しみ続ける里沙ちゃんからどうにか血液を採取して検査した結果、里沙ちゃんの中にあいつが、C3細胞がいることに気づいた。

『聡明なキミならその時点で判ったはずだよ。 C3細胞がキミの研究抜きには誕生し得なかったことを。
一つの生命の中で異なる遺伝子情報が存在するキメラ生命。
C3細胞が宿主の体内に根付くまでの最大の障壁である宿主の抗体による攻撃を回避するにはキミのキメラ生命の研究データが必要だった。
で、どうだった? 自分の研究の成果が親友の肉体を侵していることに気づいた時、どんな気分がした?
ダークネスという箱庭から飛び立とうとしていた親友の翼を奪った気分はどんなだった? 最高だった?』

ここまでは何とか毅然とした態度を保ってきたマルシェだが、最後の糾弾は受け止めきれず俯いてしまう。

『キミは立派なマッドサイエンティストさ。 自分の研究で新垣里沙を生ける屍にした。
そればかりか生ける屍状態の新垣里沙に無様で無残な生を強いて、その状態を観察し続けている。
本当に素晴らしいマッドサイエンティストさ。 そんなキミならボクに翼を生やすなんて簡単なことだろう』

自分の身体を支えきれず、膝から崩れ落ちるマルシェ。

『いや簡単なことじゃないのかもしれない。 かなりの危険を伴うことなのかもしれないね。 でもボクは構わない。
自分の意思で望んだことだから。 実験用のラットや新垣里沙は自分の意思に関係なく散々な目に遭っちゃったみたいだけどね』

「私は、私は観察する為に里沙ちゃんといるんじゃない。 里沙ちゃんを元の身体に戻す為に、その方法を見つける為に」

『旅を続けてきた、と?』

地面に額ずくように頷くマルシェ。

『その旅を続けたいなら、ボクに翼を与えるんだ。
設備は一番最近にボクの身体をいじらせた科学者の研究施設がある。
助手が必要なら、オバさんの人形達がいる』

「オバさんって呼ぶのはいい加減やめてって言ってるだろ」

人形達を展開させて、周囲を警護していた人形遣いの女がうんざりしたような声で相棒に話しかける。

『ゴメンよ、オバさん。 でもどうやらマルシェもその気になってくれたみたいだからこれでオバさんとの約束を果せそうだよ』

オバさんと呼ばれた人形遣いの女は、口を歪めたがまんざら気分を悪くしたような様子でもない。

「里沙ちゃんを、里沙ちゃんの様子を診させて。 今日は本当に久しぶりに調子が良かったみたいだから」

マルシェの懇願を聞くと異形の女が漂わせる気配に、再び嘲笑うような空気が色濃くなる。

『やれやれ、天才科学者というのは自分の身近なことには観察が行き届かないみたいだね』

「どういう意味よ」 色をなすマルシェ。

『新垣里沙が見せるちょっとした生体反応。
それを心の支えにキミは先の見えない逃避行を続けてきたみたいだけど、ボクからすればそれは無駄だってこと』

無駄なんかじゃない、と反駁するマルシェ。

「無駄なんかじゃない。 今日だって里沙ちゃんはご機嫌だった。 食事の時だって笑って、それにうたた寝をした私を…」

『ボクがさっきからどうやってキミとお話してると思う?』

異形の女は口から言葉を発してはいない。
女の意思は直接マルシェの心に流れ込んでいた。
マルシェは言葉を通じて自分の意志を伝えてはいるが、マルシェが口には出さない心の囁きも女は知っている。
これは…。

『メンタル・テレパシー、遠隔通信能力とでも言うのかな? キミの友達の高橋愛と同じ精神系の能力だね。
もっとも彼女のように不特定多数かつ広範囲に渡る対象の精神と感応することは出来ないんだけどね。
でもピンポイントなら対象の精神を覗くことは出来る』

「何が言いたいの?」

『つまり、ボクは人形遣いのオバさんがキミを捕まえてくるまでの間、新垣里沙の精神を覗いてみたってこと』

「里沙ちゃんの…里沙ちゃんの心を侵すな」

『うわっ、コワい。 そんな目で見つめないでよ。 ボクは親切でしてあげたのに。
新垣里沙の肉体はC3細胞の浸食によって著しく正常な筋肉が減少した為に動くことはおろか口を効くことすら出来なくなった。
そんな彼女は一体何を考えているか。 それを探り出してやろうと思ったんだけど…』

思わせぶりに途絶えた異形の女の意志。
それが自分を惑わせる為に、故意に行っていることと判りながら、続きを待ってしまう。

『…ねえ、知りたい? 新垣里沙の心の内を知りたい?』

「悪魔・・」

『フフ。 それは違うんじゃないの、マッドサイエンティストさん。
キミの親友の心の声を知りたいなら、もっと違う言い方があるんじゃないの、ah?』

「どう言えっていうのよ」 マルシェの口から発せられる声が硬くなった。

『プリーズ』

「え?」

「プリーズ。 どうか教えてくださいって言ってみ」

異形の女の自分への態度に尋常でないものを感じていたマルシェは一瞬ためらった。
だが期待感はためらいに打ち勝った。
意志の疎通が出来なくなってしまった里沙の心の内が判るかもしれないという期待感。
たとえ自分のことを恨んでいてもいい。 里沙が今何を思っているか知りたい、そう思ったマルシェは…。

「どうか、里沙ちゃんの心の声を教えて」

『はぁ? 声が小さくて聞こえないよ』

“メンタル・テレパシー”という女の能力なら声の強弱に関係なく、自分の意思は伝わったはず。
なのに、そんなことを言うのは…。

「どうか、里沙ちゃんが今何を思っているか教えて」 声が震えてしまった。

『教えて、って何かエラそうな言い方だなあ。 あ、キミは天才科学者だからイイのかな。
でももっと誠意の伝わる言い方があるんじゃないのかなあ』

女は間違いなく自分を屈服させようとしている。 それは判っているが、今は…。

「…どうかあなたに聞こえる里沙ちゃんの心の声を私に教えてください」

女の哄笑が伝わってきた。

『アハハハ、偉大なるドクターマルシェにそんな風に頼まれたらしょうがないねえ。 いいよ教えてあげるよ
新垣里沙が今何を感じ、何を考えているか』

一瞬の空白が生じた。
その空白はマルシェの心を不安と期待で昂ぶらせる、が。

『空っぽさ』

女の声の意味するものが理解できず立ち尽くすマルシェに追い討ちをかけるように…。

『新垣里沙はがらんどうの抜け殻だって言っているんだよ』

マルシェは女の言葉を詰る、里沙は今日だって私に笑いかけてくれた。
アンタ達が襲って来なければ…。

『ちゃんとキミに話しかけてくれたとでも?』

唇を噛み締め頷くマルシェを待っていたのは異形の女の更なる高笑い。

『アーハッハ、こいつは素敵だ。 今の今までドクターマルシェという人間は怜悧にして聡明な天才科学者だとばかり思っていた。
でもそれは間違いだった。 それとも友への思いが知恵の鏡を曇らせてしまったのかな?』

愉快そうな響きに満ち満ちた声で女は自分の素性を語った。
自分はマルシェたちから見れば異世界の人間だということ。
何者かに導かれて、この世界に辿り着いた自分は能力者を統括し世界の形を変えようという組織ダークネスとダークネスの抵抗する集団リゾナンターの存在を知ったということ。

『世界の形を変えるとか、闇を打ち払うとかボクにはどうでもいいんだ。
自分の心の赴くままに、チカラを使って暴れたい。 
それが願いのボクにしてみればダークネスもリゾナンターも遊びの対象でしかない』

そう思った異形の女はダークネスの本拠を襲った。
しかしそこには高レベルの能力者の姿は無く、施設を管理維持するための最小限の人員しか残っていなかった。
彼らを一掃した女は組織のメインコンピュータから自分に必要な情報を手に入れた。
自分の肉体を改造する技術と知識を持ったドクターマルシェに関する情報を。

『キメイラ生命に関するキミの研究がC3細胞の開発に利用されている事実もその時知った』

そして…、と思わせぶりな間を置く異形の女だったが、マルシェの反応が薄くなっていることを見極めると言葉を続けた。

『C3細胞の人体実験のデータも残っていたよ。 被験者の様子を撮影した動画もあった。
あれを投与された人間に待っているのは、不死の肉体と精神の死』

ガン細胞がベースになっているC3細胞は、被験者の体内で急速に増殖する過程で激しい痛みを伴う。
それは人間に耐えうる種類のものではない。
防衛手段として脳は自らシャットダウンすることを選択する。

『どうやってなんだかボクにはわからないけど、キミは新垣里沙の体内でC3細胞が増殖するのを抑えこんでいる』

それは多分天才科学者のキミにしかできないことだけど、とマルシェの頭脳を讃える女だった、が。

『でもそれは全部ムダなことだったんだ。 新垣里沙が最初の発作を起した時、C3細胞は目覚めた。
それに伴う身を苛むような激痛から自らを守る為に彼女の頭脳はシャットダウンを選択した。 つまり精神の死を』

異形の女の相棒、人形遣いの女の顔色が少し変わった。 これ以上追いつめてはマズいんじゃないという思念を伝えるが。

『逃亡の日々、キミは彼女の、新垣里沙が時折見せる人らいい反応や仕草に復活の希望を抱いたんだろうね。 でもそれは偶然であり錯覚だ。
思い起こしてごらん。 彼女の、新垣里沙の反応に絶望を抱いたことの方が遥かに多いはずだよ。 
新垣里沙は空っぽだ。 痩せ衰えた肉体の中の精神は既に死んでいる』

マルシェの中で何かが壊れた。
自分の肉体を支えられずその場に力なく蹲ってしまう。

「ちょっと、アンタ。 そこまで徹底的にコイツから希望を奪ってしまったら協力するもん協力しなくなるんじゃない」

アーうっかりしてた、という異形の女の声は屈託無げだった。

『でも何かこれでスッキリしたって感じ。 オバサンだってそうだろう』

女の言葉はマルシェの心に暗い焔を灯す。

「何故こんな酷い仕打ちを私たちにするの。
私たちが、里沙ちゃんや私があんた達に何をしたっていうの」

ゆっくりと立ち上がるマルシェ。
その目の先には異形の女と、彼女に捉えられた里沙の姿。

『アレッ、もしかして怒っちゃったかな』

女の声には自分の圧倒的有利を確信した響きが感じられる。そして…。

『今日この場所でキミと話して改めて確信したことがある。
ボクたちは、いや少なくともボクはキミや新垣里沙のような「M」の意思の継承者たちが嫌いで憎くてたまらないんだってことが』

「それは私も同じだね」 人形遣いの女が声を上げる。

「M」や「M」から派生したダークネス。
どいつもこいつも気に食わない、と捲し立てる人形遣い。

「お高く止まりやがって、人のことを見下しやがってさ。 世界を救う、世界を変える。 大きなお世話さ」

「M」もダークネスも本質的には同じだとこれまでに無く暗い声がマルシェの心の中に響いた。

『奴らは全ての能力者の存在を掌握し、そのチカラを判別し、そして管理しようとする。
雲の上から見下ろして、ボクのような名も無い能力者のことを地を這う虫のように扱いやがる。
キミも新垣里沙もそんな奴らの一員だった。
そんなキミたちを惨めな目に遭わせて、最高って感じ。 今のボクそんな顔してるだろ』

「今すぐ、今すぐに里沙ちゃんからお前の汚い手を放せ」 

抑えきれない感情の奔流がマルシェの言葉を乱れさせる。

『イイよぉっ』

明るく言い放つと異形の女は右腕に抱えていた里沙の身体を放り投げた。
風に舞う枯葉のように跳んだ里沙の身体は無防備な状態で地面に落ちた。
額から血が流れ落ちる。

声にならない叫びを上げながら里沙の元に向かうマルシェの目に、羆の形状をした女の左手から爪が発射される光景だった。
ロケットのように一直線の軌道で里沙に向かった爪は、里沙の間近に着弾すると炸裂し、酸性の液体を飛散させる。
液体が降り注いだ里沙の肌から白い煙が上がり、焼け爛れる。

『この爪、中々いいでしょ。さっきも言ったボクの身体に翼なんてつけられないって言った科学者がしてくれたんだ。
アイツも真っ二つに引き裂いたけど悪いことをしちゃったな』

里沙の元に駆け寄ったマルシェは、その身体を抱き起して里沙の傷や火傷の容態をチェックした。
普通の人間なら致命傷とまではいかなくとも、苦痛の呻きを上げずにはいられない損傷にも里沙は反応を示さなかった。

(誰か、助けて)

思わず心の声を上げそうになるマルシェだったが…。

私を助けてくれる人間なんて何処にもいない。
闇に堕ちることを自ら選択しながら、その闇すら裏切った自分を助けてくれる人間なんて何処にも…。
今はあたしが里沙ちゃんを守らなけりゃ。
今里沙ちゃんを守れるのは、あたししかいない。 …でも。

あの二人から里沙ちゃんを守り通すことなんてとても出来そうにないよ。
これ以上あいつらに辱めを受けるくらいなら、いっそあたしの手で里沙ちゃんを…。
その後あたしは敵わないまでもせめてあいつらに…。

マルシェの絶望的な思いも異形の女にとっては甘美な調べでしかなかった。

まっ、翼を生やすっていう願いは叶えられそうもないけど、こいつらを地上に引き摺り下ろす事ができた。
与えられた翼で空を高々と舞い、地を這う虫のボクのことを見下していたこいつらを。

「誰か来るよっ!!」

人形遣いの女が警告を発した。

『オバサン、しっかりしなよ。 ボケるには早すぎるんじゃないの』 軽口を叩く異形の女に対して…。

「いや、私の人形たちの警戒網が突破されたわけじゃない」 緊迫した口調で答える。

相棒の口調に警戒心を喚起した異形の女は、持ち前の能力で声に耳を傾けた。
人間なら発さずにはいられない心の声に。

『そこかっ!!』

本能の赴く方向に生体ロケットを一発発射する。
瓦礫に炸裂した爪は砂煙を生んだ。
光が当たった砂煙は数層のフィルターを作った。
そのフィルターの中を誰かが歩いてくる。
最初はぼんやりとしていたその輪郭が、フィルターを潜るたびに鮮明になっていく。

『誰だ、お前』

最後のフィルターを通過した誰かの姿を見たマルシェから言葉が口をついた。

「愛ちゃん…」

「私は高橋愛。 全てを破壊する者らしい。
でも、今はお前らを倒して里沙ちゃんとあさ美ちゃんを助ける」