『異能力番外編-Future Sight-[16]』


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どれだけ待てば、明日はやってくるのか。
 ―――決まってる。
眠らずに待っていても、まだ"今日"のようだ。
明日のしっぽは見えているのに。
それでも掴んだものは"今日"でしかない。
眠らずに待つ、過ぎ行く時間。

なら、それならばいっそうの事、眠りの中で。
終わりの無い"今日"の中で、明日を待とう。

 ―――空虚と後悔と嫌悪と自虐と忘却に咽せながら。

記憶は嘘をつく。真実の嘘をつく。
だから、彼女は夢を見た。

 悪夢を見て、醒めない夢を見る。
 それは、"傷"を持った時に初めて分かる感情の渦だ。

消えない、消せない。隠しても、埋めても。
それでも起きなければ。
夢の続きなど終わりにさせて、さぁ、起きよう。

 ―――また、今日が来る。



 「―――…り、―――ぇり………絵里!」
 「ん、んー…」
 「ちょっと絵里ぃ、二度寝しないで起きてよーっ」



微かに聞こえていた声は既に鮮明なモノへと変わり、今度は身体に
振動が加わって、頭が左右へと揺さぶられていた。
気分の悪さからか、思わず払いのけようとしたものの意識がはっきりせず。
しつこいなー、などと心の中で悪態をつく始末。

 「さゆ、どうしたとー?」
 「絵里ってば、お店に来てからずーっと寝てるんだよ?
 もうすぐ開店だから二階に行こうかと思ってるんだけど…」
 「あーまぁ、このままにおられるんも確かに邪魔やね」
 「じゃあこうすれば?」

ムギュッ。

 「……っ、っ!?……ぇ?え?何?」
 「あ、起きた」
 「もー絵里ぃ、あんまりさゆみを困らせないでよね」
 「そうじゃなくって、今誰か……噛んだ?」
 「は?…あぁ、これだけど?」

衝撃でさすがに少しだけ目が覚めたような気がする絵里だが、それよりも
耳に受けた鈍い衝撃を和らげる為に指で擦りながら、テーブル越しに
立つさゆみ、れいな、里沙を慌しく見渡した。
その時、里沙が摘み上げるように見せたのは―――洗濯バサミ。

絵里の耳たぶは四人の中でも特に小さい上に皮膚が薄い。
ピアスを開ける為にも苦悩の種になった。
その事実を知っているのはこの喫茶「リゾナント」に出入りしている人間。
先ほどの衝撃を与えた物的証拠を持つ確信犯は、頬を膨らます絵里を見て楽しそうに笑っている。

 「ほれ、これ飲んだらガキさんのお手伝いしてくれるけ?」


背後から聞こえるのはお国訛りの抜けない言葉と、苦い香りが一つ。
勧められたカップの中身を、絵里はじっと眺めた。
ほかほかと湯気が立ち、その流れに漂うかのように熱さが顔に張り付く。
隣で「さゆみのは無いんですか?」と問うさゆみに
「仕事が終わったら美味しいのを入れたげるよ」と愛の微笑み。
ふと、れいなが固まっている絵里に気付き、また眠っているのかと手を眼前で振ってみる。

 「絵里ー?どうしたと?」
 「……コーヒー…」
 「は?」
 「あぁ、目覚ましって事でコーヒーにしてみたんやけど…やっぱりあかんかった?」
 「いいのいいの、カメももう二十歳なんだしほら、砂糖とミルクでごまかせば大丈夫なんだから」
 「違うもーん、絵里ちゃんはまだ19。それに朝は糖分をとった方が頭の回転が…」
 「はいはい、そんなこと言っていっつも変わんないでしょうが。せーっかく愛ちゃんが入れてくれたんだよ?」
 「ガキさんだってこのあいだコーヒー牛乳飲んでたクセにー、牛に謝れーっ」
 「何で謝らなくちゃいけないのよっ、しかも牛にっ」

まだ上手く頭が働いていない絵里は力無く訴えるものの
里沙が持ってきた砂糖とミルクの瓶をカップの中へと注ぎ込んで行く。
スプーンで混ぜて口に運び、甘く仕上がってしまった味を飲み下し
「ふぃー…」という変な声を上げてまたメンバーに笑われた。



絵里の脳がようやく動き出した頃、空に浮かぶ太陽は既に天辺へと昇っていた。
だがいつもより頭がぼーっとしている。
鞄の中に入れていた紙袋を取り出し、その中身のアルミシートに収められた錠剤を引き出す。
凸部を指先で撫でながら、絵里はそれを見つめた。

身体が睡眠欲を訴えるのは多分、これの所為だろう。



 「絵里、やっぱり具合が悪いの?」
 「ん?んーどうなんだろう…」
 「どうなんだろうって、そこはテキトーにしない事ー、病院の先生とかにも言われてるでしょ?」
 「そうなんですけどねぇ…うぷ」
 「さゆみ達は干すから、絵里は畳み役ね」
 「えー」
 「ちゃんと畳めるまでやり直させるからねー」
 「…はーい」

絵里だってこれくらい出来るよ、と心の中で呟き、渡された洗濯物を畳み始める。
喫茶「リゾナント」の二階にあるベランダ。
そこからは特別何かが見えるワケではなく、ただ家の屋根が隣接するだけの場所。
ただ風通しの良い所もあってか、物干し場の環境としては申し分無い。
おまけに絵里のチカラによって乾燥するのも以前より早くなった。

グゥッと、絵里のお腹が鳴る。
朝ご飯は欠かさずに食べているものの、その量が問題だった。
ここ一週間、"無理"に起きている日が続いた所為も重なり、目覚めの悪さと
食欲の無さが明らかに増してきている。

 「今のカメでしょ?」
 「うへへ、正解ー」
 「正解じゃないから、…カメ、本当に大丈夫?」
 「何々?ガキさん心配してくれてるんですか?」
 「心配しないような体じゃないっていうのはカメが一番よく知ってるでしょうが…」

あ。
里沙とさゆみの手が同時に止まる。
干していた途中の腕を下ろし、さゆみは絵里へと視線を向けた。
だが其処には、笑顔を浮かべたままの彼女。


 「ご、ごめん…」
 「んーん、ぜーんぜん気にしてないですよ?ほら、早く終わらせよーよ」

そう言うと、絵里は無理やり里沙とさゆみの中に割って入ってきた。
その時、さゆみは見た。
絵里の長い髪の毛が風になびき、白いうなじの中で。

 ―――首筋に伝う"チカラで受け止めた痕跡"を。

白い肌に小さく浮き上がった赤い跡は、火傷だった。
その下で蠢くのは紫色に変色した痣。
"傷"は物語る。
さゆみの目に映る生々しい"傷"。血の色と、黒い影。
触れて感じるのはただ無機質で冷たい渦だけ。

頑固者で、自我が強くて、そして、心を強く閉ざす。
誰にも入り込まれないように、誰にも見付からないように。
明るく、陽気に、悩みなど無いように。
自分の悲しみを周囲に受けて欲しいなどと思わず、ただただ背負い続ける。
他人を、自分を。

 だから絵里は笑い、隠す。

 「さゆ?どーしたの?」

ハッとして、さゆみは首に触れていた手を引っ込めた。
絵里は首を傾げ、微笑んでいる。涙目なのはさゆみだけ。
全身が震えそうになるのを必死に堪えて「ちょっとゴミが入っただけ」と言った。

 「目薬取ってこようか?」
 「あ、ううん、大丈夫…さ、終わらせよっ。愛ちゃん達も待ってるから」


再び洗濯籠から衣類を取り出し、干し始めたさゆみ。
里沙はどこか腑に落ちない表情を浮かべていたが、続いて再開した。
絵里はベランダから追い出され、再びリビングへと入れられる。
触れた首に"傷"は無く、口角は皮肉めいたように歪んだ。

 ―――相変わらず目覚めは悪い。また朝もやってくる。
  "今日"のような"明日"。だがそれは既に"今日"ではない。

夢の中で、目を開ける。
続きを見る事は無い、だが代わりに見えるものがあるのを知った。
手に納めていたアルミシートを握り潰し、闇へと放り込んだ。



 ―――ハローハロー、聞こえる?
 ―――ハローハロー、聞こえるよ。