『異能力-Life goes on-[14]』


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━━━路上の殺意?相次ぐ"原因不明"の惨劇の真実とは━━━
平和な通りに巻き起こる突然の殺人―――。
昼の買い物客で賑わう通りの真ん中で、それは起こった。
肩と足から鮮血を流し蹲る数人の男女。
それを必死に手当てをするのは偶然居合わせた買い物客達。

男女はそれぞれ会社役員であり勤め先は医療機器でシェアトップを誇る優良企業。
この日は仕事の関係で都内に来ており、事件が起きたのは同僚達と
現場近くの飲食店で楽しく会食をし、通りに出てきた直後だった。

病院に運ばれ、緊急手術を受けたものの、1人は片腕切断という運命を辿ってしまった。
片腕はまるで神経を根こそぎ剃り落としたかのような状態で発見されたらしい。
気になる点として、男女それぞれの足の裂傷はほぼ動脈から僅かなところにあり
手術をした担当医師によると「大変危険な状態に陥っていた可能性があった」という。

男女は「いきなり切り付けられた」と話し、ショックで記憶が混乱しているのか
事件前後のことも全く覚えていないという。
片腕を切断した男性の家族は「何故こんな事になったのか分からない」と一様にショックを
隠し切れない様子で、夕方になって警官が事情聴取を求めたときには掴みかかるという姿も。

目撃証言や証拠が無い事から警察は
今起こっている「連続通り魔事件」と同一人物として調査を進めている。
これで、この一週間に渡っての犠牲者は5名となった。
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 「これで、10人」
 「えらい早いペースですね」



愛佳が読んでいた雑誌を背後から見ていた小春が怪訝な顔を浮かべる。
二人とも、普通は新聞も読まないのだが、政治・経済・芸能・スポーツ
社会事件を題材にした批判記事、ルポルタージュを記載する週刊誌に関しては
テレビでも報道されていない内容が事細かに書かれている事が多い。

小春は芸能人という職業柄、身近なスキャンダルや知り合いの報道まである為
読む事に関しては億劫だったが、今回はそういう事も言っていられず我慢していた。
売店で買ったいくつかの雑誌をホームのベンチに積み上げ、それらの中で今起こっている
「連続通り魔事件」の情報だけを読み取って行く。

写真があれば小春の念写能力(ソートグラフィー)で場所も確定できる計算だ。
現前していない感覚の経験をしていない現象や物体が対象となる為、言わば「宝探し」
の類なら小春は一番に宝を発見できるだろう。

 「殺人って言うより…もう虐殺の域じゃないの?」
 「久住さん、こんな所でそれは…」
 「じゃあ無差別殺人って言ってほしい?」
 「…言いたいことは分かりますけど、まだ決まったわけやないじゃないですか」
 「だから今日、みっつぃーと一緒に探しに来たんでしょ?」

小春は梅干しを口に含み、ドカリとベンチに座る。
愛佳と小春はこの休日を使い、その現場へと行くことを数日も前から予定していた。
里沙から突然聞かされた高橋愛の失踪の事実をまだ認めたわけではない。
だが、このままではいけないというのはその場に居た7人全員が理解した。

喫茶「リゾナント」が閉店してから既に二週間。
今日の計画を立てたのは、小春の方からだった。
愛佳を誘った理由は、異能力である予知能力(プリコグニション)が必要だったから。



『眼で視る』という制約から成り立つ愛佳のチカラは、起こりうる"結果"までの
道筋と同時に数秒単位での「未来」が視得る。
だが透視能力では無い分、制御するには時間が必要になってくるものの
攻撃の回避率に関しては右に出るものはまず居ないだろう。
もしも「犯人」に遭遇し、闘うことになれば有利になる。

その為の保険としてだったが、愛佳自身は何も言わずに引き受けてくれた。
年が近い事で何かしら理由をつけようと考えただけに、小春はそのあまりにも
あっさりとした承諾で逆に呆れるほど。

 「久住さんが皆の為にしてるって事は分かってるつもりですよ」

彼女はあまりにも良い子過ぎる。
だから学校でもいじめの対象になるのだと言いたかったが、それは言葉に成らなかった。
今の愛佳にはあの頃の面影が薄れたようにも思えたからかもしれない。

 「あなた、クラスで苛められるタイプでしょ」

あの言葉は、単にあてつけだったと言っても良い。
まるで自分だけ悲劇のヒロインを気取っているかのようで。
―――同時に、そのひ弱な姿が、自分と被ったのだ。

念写は透視に近い。
万物に宿る霊的エネルギーは、人間の思念さえも含まれる。
写真に残留する思念によって、小春は『人間』が何かを認識した。
だから彼女、愛佳の思念さえも手に取るように理解できたのかもしれない。

愛佳は予知の異能力者。未来、過去、現在を統べる者。
同じ"制約"を持つ小春とは特に共鳴率の高い存在。
それは同時に、彼女のチカラに呑まれる可能性すらも高める危険な存在でもある。



 「あ、久住さん、電車来ましたよ」

その事に気付いていない愛佳は、線路を辿って目的地へと近づく電車を指し示した。
小春は重要なページのみを破り、積み上げていた雑誌を一気にゴミ箱へと突っ込む。
売店の店員の視線と電車から降下する人の怪訝そうな表情が集まるが
仕事場から拝借した旧型のポラロイドカメラを首から下げ、ドアから手を振る愛佳の元へと走った。


ズクリと疼く腕。
既にさゆみのチカラによって治ったそれは、今も尚あの時の事を忘れていない。
"傷"は"記憶"となって刻み込まれるからだ。
あんなにもハッキリと、"死"という恐怖に近づいた事は無かった。
あんなにも鮮明に『負けた』という意識を感じた事は無かった。
あんなにも真剣に、『勝ちたいと』思ったのは生まれて初めてだった。

芸能界も弱肉強食だ。力無きものは枯れた大地へと投げ出され、力有るものの餌に成る。
幼少時代からその世界に存在していた久住小春が、それが当たり前だと思っていた。
世界の全てが無条件で自分を愛していると思っていた時など覚えていない。
自分が好きなんだから、相手も当然のように自分を好いてくれるなど夢物語。

環境が、久住小春という人間を無知でいさせる事を許さなかった。
愛される実感が、経験として積み重なっていない小春にとって、誰かを優しく出来るはずなどない。
いつしか関心も持たなくなり、その先に在るものは―――拒絶だけ。

だから、小春は人間という者を認めていなかった。
高橋愛と出会わなければ、その世界の中で孤独と共に孤立しないようにと怯えていた。
それが何か、他愛の無いものによって壊されたのは、つい最近の事だ。



つねに意思を殺してきた小春。
自分で自分を押し潰して殺してきた彼女にとって、それは、あまりにも、温かすぎた。
―――時々、咄嗟の事で、「殺したい」と思える程に。

 「手がかりは無し…か」

愛佳が溜息混じりに呟き、小春が事件現場で撮った写真を見比べる。
当時の現場で起こっていた風景が映し出されたそれは、"犯行直前"でもなければ
犯人を特定できるものも存在していなかった。
"犯行前"と"犯行後"のみが鮮明に映っているだけであり、これでは普通の記者でさえも
撮れるような簡素なものにしか見えない。

愛佳は気付かない。例え未来が見える彼女でさえも、其処に漂う人間の残留思念には。
だがこれを知ってしまえば、彼女が小春の"抑止力"には為り得ない。
現場はこれで全て見終えた、多分また、小春と会える機会も無くなるのだろう。
ただそれだけを愛佳は心配していた。

 ―――ビル街の路地裏からさらに路地裏へと奥まった其処。
 先は行き止まりで、周囲を建物の壁に囲まれた狭い道は、昼間でさえも陽射しの入らない空間。
 街の死角ともいうべきその隙間には、色褪せた左右に塗られた真新しいペンキ。
 地面はぬかるみ、随時漂っていた匂いは濃厚で、潰され腐敗した果実のよう。
 ―――鼻孔に突きつけられる匂いは粘つく朱色。

 「…行こう、ココにはもう何も無いみたいだし」
 「んー…そうですね。なんかシックリと来ませんけど」
 「それほど相手も上手くしてるって事だよ」

ポラロイドカメラを胸に抱きながら壁の前で座り込んでいた小春。
愛佳は気付かない。小春が立ち上がり、振り向く前にその背中を見せていたから。
ポケットにしまい込む"其れ"を、一度だけ硬く握り締めた事も。



 もう一度、新垣さんに会う"理由"が出来ちゃったな。

小春はどこか溜息混じりに思い、そして、自身の中にあるどす黒い"衝動"は
既に彼女の中で"覚悟"と"決意"に変わっていた。
里沙には少し罪悪感が浮かぶが、『久住小春』という人間がこれ以上の感情によって
押し潰される前にやらなければいけない事だと思えた。
自分自身を守る為に、メンバーをこれ以上苦しませない為に。

 ―――小春が持つ感情など最早、殺人でしかないのだから。
それに違和感など無い。積み重ねてきた経験がそれを否定しない。
この事件を追っていたのも、微かにあった"あの人"の面影を消すため。
だがこれでようやく"あの人"を―――。

小春は不意に愛佳の手を握って走り出す。
その行動が嬉しく、愛佳は笑顔を浮かべて握り返した。
硬く硬く、微かに震えるその手を愛佳は家路へと分かれる間際まで握り続けていた。