『異能力-First move-[13]』


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『では、最初のニュースです。四日昼頃、都内で勤務をする会社役員の
男性が原因不明の重傷で倒れているのを発見しました。
警察は殺人事件としてみていますが、現場に凶器や証拠が残されてはおらず
事件は難航している模様……』

『男性は救急隊によりすぐ近くの病院に運ばれたものの、全治一ヶ月の重傷。
現場で事情聴取を求めているが、当日は平日という事もあって人だかりが多かったにも
関わらず、一人も目撃者が居ないことから………』

『その三日前に同時刻、同じ地区で五人の未成年者が全身に原因不明の裂傷を負い
路上に倒れていた事件があったことから、警察は同一人物として調査を……』

プツン。

目を開けると、天井のライトが酷く眩しかった。
個室のベッドに身を起こし、亀井絵里はテレビのリモコンをテーブルに置き
丸椅子に腰掛ける彼女に視線を泳がせる。
その姿を見ていない期間は三日ほどだったが、どこか懐かしい気持ちが浮かぶ。

 「体の調子は大丈夫?」
 「この状態でそう見えるワケ?」
 「ううん、ちょっと聞いてみただけ」
 「なにそれー」

亀井絵里は力なく笑い、口を覆う薄緑色の酸素マスクの中が一瞬白く濁る。
腕には何本もの管が刺さり、栄養を送り込んでいた。
真っ白な布団に覆われた胸は、小さく、でも確かに上下する。
少し脈が速いようだが、゙この状態゙なのだからどうしようも無かった。




道重さゆみは悲しそうに目を伏せると、絵里の頬に手を伸ばし、優しく触れる。
そして力なく微笑むと、静かに呟いた。

 「れいなね、今日は用事があるみたいなんだけど、明日来てくれるって」
 「そっか」
 「あれ?昨日、ジュンジュンとリンリンが来てたの?」
 「へへ、アタリー。果物セットってところがあの二人らしくてウケたもん」
 「りんご、あとで剥いてあげよっか?」
 「えー?さゆ上手く出来なさそー」
 「エリだって出来ないクセにそういう事言わないの」
 「ムッ、エリだってそれくらい……ッゴホ…、」
 「ほら、あんまり無理しないの」

酸素マスクを取る絵里の口にタオルをあてがい、さゆみは背中を擦る。
咳き込むのが収まると、テーブルにある錠剤の瓶からいくつか取り出し
水の入ったコップと共にそれを飲むよう促す。

「苦いからヤダー」とまた子供のような事を言う絵里。
だがその言い分もいつもの事なので、さゆみは的確に飲ませる事に成功。
怪訝な表情を浮かべながら、酸素マスクで再度口を覆い、溜息をついた。

 ―――三日前、亀井絵里は激しい呼吸困難に襲われた。

『心臓性喘息』
感染症、肉体的・精神的なストレスによって起こるそれは
主に呼吸困難を引き起こし、最悪の場合には死に至る。
先天的なものでは無いため、再発防止の為に一定の規定を守れば
それほど深刻なものではなかった。




だが、絵里は異能力者。
そのチカラを発現せずとも、人ではないという後ろめたさから無意識に自身に
溜め込むクセをつけてしまった事で、この病気は今なお身体を蝕んでいる。
そして三日前、それを悪化させる事実を知ってしまった。

 「愛ちゃんは、多分もう、私達のところには帰って来ない」

喫茶リゾナントの二階に置かれているソファで目覚めた里沙が言い放った、その言葉。
何かの冗談として初めは受け止めていた。
だが、その時の表情は、絵里が見た事があるものの中で「本気」の顔だった。
言葉が、上手く出なかった。

その夜、発作が発症。
唇が紫色に、手足は冷たく、全身からは冷や汗が止まらない。
脈が速くなり、動悸を訴える頭はドクンドクンと視界を揺さぶる。
ゼーゼーというこの病の独特な咳き込みが辺りに響き、立っていられなくなる。

 ―――気付けば、絵里は救急車で運び込まれていた。

さゆみが涙眼で見下ろし、安堵した表情は忘れられない。
何故なら、絵里は初めて―――死を覚悟したのだから。

 「…愛ちゃんは、本当に帰ってこないのかな?」

枕を背中に置き、天井を見上げながら絵里は呟いた。
耳にちゃんと掛かっていない酸素マスクのゴムを整えながら、さゆみは表情に影を落とす。




 「約束……」 
 「え?」
 「絵里ね、愛ちゃんと約束してた事があるんだ」
 「約束って…」
 「当たり前の事。でも、その時はなんか、凄く大きなものに思えた」

―――絵里が倒れてしまったら、私はどうしたらいいんよ
―――...え?
―――絵里が倒れたら、私が今日休んだ意味もなくなるやろ
―――はい
―――みんなが強くなるのも嬉しいけど、みんなが元気でおる方が私にとっては大事やから

 「うん、そう…多分、絵里は苦しいこととか、辛いこととかって我慢するものだと思ってたんだ」

それが当たり前のようになっていた。
例え傷が付いていても、それに耐える事が強さだと認識してしまった。
我慢して我慢して、誰かが傷つくのが凄く怖かった。
同時に、出来るだけ自分の身体にも傷が付かないようにと最善の注意を払って
行動もしていたし、極限外に出ることも拒んでいた。

傷つくのが怖い。
傷つけるのが怖い。
狭い狭い闇の中で、絵里はただ怯え続けることしか出来なかった。
だがそれが間違いに気付いたのは、紛れもなく…。

 「傷ついた事を知ってくれるのも、結局人だったんだって気付いた。
 痛いって、辛いって、訴えてくれるから絵里は傷つけないようにって思えたから」




傷つくから人間は感情が生まれる。
傷つかない人間なんて初めから居なかったのだ。
人間は、だからこそ生きたいと思えるから。

 そう思えば思うほど同時に、愛には酷いことをしていた。
 1人でいくつも背負わせてしまった事を、本人が居なくなった事で気付くなんて。
 ―――やっぱり絵里は、いつまでも重荷のままなのだろうか。

 「ねぇ、知ってる?愛ちゃんってね、目が見えないんだよ」
 「ウソ…、だってそんなコト一度も…っ」
 「コンタクトにしたの。自分のチカラで視力が弱くなってるみたい」
 「……」
 「ホントは二人だけの秘密にしようかと思ってたけど、でも…」

 ―――あぁ。おかげで、みんなの笑顔がはっきり見れる

 「愛ちゃんが帰ってこないなら……意味がないから…」

絵里は再び咳き込み、ヒューヒューと喉から声を上げる。
苦しそうなその表情には、一筋の雫が伝った。
治まらないと判断し、さゆみはナースコールを押す。

その時、さゆみは意を決したように表情を硬くした。
高橋愛の事、そして…自身の事を。