『異能力-Dance in the dark-[7]』


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



                                 ←back     next→


獣の遠吠え。耳障りな雨音。
全てが狂気となり慈悲となる。砂塵舞う砂辺に陣取った蒼。
あお。アオ。青。藍。蒼。
正常化する為に人を殺し、正当化するために生きる。
充血した眼を見開き怒濤の渦に巻き込まれながらチカラを放つ。
黒と銀のコントランス。
頭を掻きむしり発狂するその瞬間まで変わり映えしない景色を眺めながらそのチカラに安堵した。

あぁ、此処こそが全て。
紅く染まった視界。血塗られた世界。
引き金を引くことに躊躇いを持ったのは当初の頃。
人間は全てに慣れる。慣れて、慣れて。最後には感覚すらなくなる。
恐怖を恐怖と感じることなく、死の瞬間まで握り締めたチカラこそが正義。
この世界に正義と悪しかないというのなら正義こそ悪であり悪こそ正義と言えるのだ。
十中八九、壊れている。
一本とれた螺旋。回る事のない機会が軋みを上げて取れ落ちた螺旋を捜す。
鬼神とも殺人鬼とも言われた。
一本抜け落ちた螺旋のお陰で、同じ人間が同じ人間に人殺しと喚いた。
ならば、お前は何なのだ。その手に持ったチカラで、何人の罪のない人間を殺した。
数えきれないほど殺しておきながら今更人殺しと言われようが痛くも痒くもない。
それよりもお前等が俺を攻める前にお前等がやった行いこそが人殺しだ。
笑える茶番劇。意味のない行為こそが善意ある行為。
目を開いて見てみろ。これこそが人間がやれる絶対の正義。
忘れるな。脳内に焼き付いて離れるな。
これが正義というなら俺は悪になる。
振りかざした正義。握り締めた悪。
―――― 一族の為なら、我らは『魔』と成ろう。





 念動力(サイコキネシス)

いかなる既知の物理的エネルギーや媒介物を用いずに物質に影響を与えるチカラ。
念力、念動作用、精神隔動、心霊隔動、PKと略称される事も多い。
その効果は印画紙に影響する念写や空中浮揚、ヒーリング、ポルターガイストなども超心理学でも
サイコキネシスの一種として説明され、電子等目に見えないほど微少な物体に及ぼすサイコキネシスを
マイクロ・サイコキネシスと呼ぶこともあった。
このチカラは『霊力』という魔法的なもの、霊的なもの、その他、五感と理性でとらえられないものへの親和性。
及びそれらのものに対する敏感さを表す能力によって成り立つことが多い。
その為、この能力を持つには、ある特異な体験が重要となる。

『死』への接触。
異界への侵入。
そして――――神秘的な存在との邂逅。

神霊、精霊といった超越種、幻想種と呼ばれる存在への干渉を補う秘祭は
どの国でも数千年も昔から行われていた事。
李純(リー・チュン)の家系もまた、その秘祭と秘儀を代々受け継いでいた。


 獣化(メタモルフォシス)

神話・伝承などに見られる特異な生物をその身に宿し、幻想の中にのみ生存するモノを駆使するチカラ。
在り方そのものが神秘である者達の為、本来は拒絶反応によって死に絶える人間が多かったものの
李純と祖母だけが現代の神々の恩恵を継ぐことと成った。

その原因は分からないが、本人によると「運がヨカタだけ」らしい。

外的要因により生態系が変化したモノ、人の想念より誕生したモノ、長寿により上の段階に上がったモノ。
その種類も妖精や亜人、鬼や竜といわれる魔獣など多く存在し、竜種は幻想種の最高位にある。




現在世界に留まっている幻想種は百年単位のモノだが
千年クラスの幻獣・聖獣の類には魔術程度の神秘では太刀打ちできず
その神秘性から存在そのものが魔法と同格とされている。

 その中で李純が好んで駆使しているのは――――大熊猫(パンダ)だった。

古代中国の神話に貔貅(ヒキュウ)という伝説の猛獣が登場する。
姿形は豹に酷似し、避邪という退魔の存在な事から
戦場によるその活躍から現在でも『勇猛な兵士』として例えられている。
そして李純の決定打は実物の貔貅は貔(パンダ)のことだという一説を知った事。
財運を司る神獣だが、李純は決して欲深き心でその姿を選んだわけではない。

逆に、自身がその姿になる事で、人々が僥倖になればという気持ちと
戦場での守護神的なその存在に惹かれたのがそもそものきっかけ。

 李純は物心ついた時から両親から離れ、祖母の家に住んでいた。

獣化とは言わば狂気の塊を駆使するチカラ。
理性を保ちつつ、身体の情報構造を全て『書き換え』る術が必要になる。
遺伝子の中に刻み込まれたチカラの構築から細胞の変容による明確な変身。
それを遂げる為には何年もの歳月を掛けて会得しなくてはならない。





成人してからでは細胞の構築が出来にくくなり、幼少の頃から十分に
その術を取得できる場所で過ごさなければならない。
だがそんな環境に身を投じることを両親が快く承諾するはずは無い。

 李純自身、一族が行っている数々の所業を把握している訳ではない。

だが彼女は、あまりにも「正義」という言葉に惹かれすぎた。
その身に宿すチカラが人々を救う獣だと信じてやまなかった。

 「純、この能力を受け継いだ事を誇りに思いなさい」

祖母が発したその言葉が重荷になって嫌いになった事もあった。
だが信じ続けた。
愛と出会い、リゾナンターと成ったあの時も涙が止まらなかった。
ようやく、このチカラで人々を救えるのだと胸が高鳴りを知らせた事は今でも忘れられない。

 ――――今も、その高鳴りは収まることを知らない。

肌は白黒の毛皮に覆われ、爪と牙がより鋭く、より凶々しく増長していく様をただただ見つめる。
闇の中で浮かぶシルエットは、最早人型とは程遠い。




それでもそれが、正義の形なのだと李純は高揚感に浸った。

全身の細胞配列を調節し、体組織に微細な特殊回路を形成する。
獣化によって限界まで強化した肉体は、脳を除いてあらゆる部位に加えられた
物理的損傷をかすり傷程度まで修復し、攻撃を遮断する防御力さえも高める。

肉体の変質による他生物の能力獲得。
人体の運動機能限界の突破。
最高の機動性と最高の近接戦闘能力を併せ持つ獣の本能。

  ――――具現化する狂気は、闇夜の中で微笑を浮かべた。



血肉の軋む鈍い音が木霊する。
コンクリートに叩きつけられた構成員の身体は一度だけ小さく痙攣し
砕けた灰色の壁面に華を散らしたかのように血の跡を残して床に崩れ落ちた。
新たに出現した敵はすでに身構えて戦闘態勢にある。
不気味な静寂の中に無言の殺意。
だが、一人たりとも逃がすつもりは無かった。
あちらが本気ならこちらも本気で殺るまで。

薄闇の世界で血風が舞う。
折り重なるように倒れ伏していく構成員からの血臭が酷い。
それでも、李純はただただ行動を示すだけ。





聞けばこの構成員は遺伝子構造の欠陥によって品種改良された人造人間らしい。
つまりは両親のぬくもりなども、愛情なども何も持たない存在。

 ――――まるで、自分自身を見ているかのようだ。

それがあまりにも不快で、李純は振り払うように頭部を鷲掴みにしていた手を大きく振るう。
バシャンという水しぶきが跳ねる音と共に、一人一人と絶命していく。

 極彩色に彩る文字通りの死屍累々がそこに存在した。

だがそれも長くは続かない。
獣化による肉体の負荷処理が追いつかず、酸素を求めて悲鳴を上げ始めた。
百近い銃口が一斉に火を噴き、放たれた無数の銃弾は雪崩を打って襲い来る。

獣の知覚感覚だけを頼りに両手の爪を打ち振るい、かわしきれなかった銃弾がいくつも
手足を掠めて新たな傷を生み出していく。

 「こりゃ、常人の沙汰じゃないよなぁ」

唐突に聞こえた誰かの声。
李純は振り返り、その発言場所へと大きく跳躍する。
傷の痛みに神経が灼かれるようだったが、昂揚がそれに勝った。

咆哮し、雄叫びを上げ、殺意を叩きつけようと猛威を振るう―――筈だった。


凶器を捕まれ、身体ごと持っていかれたかと思えば地面へと倒れ伏される。
数秒も掛からない、あまりにも呆気無い拘束。
その一瞬の出来事を李純は理解できずに居た。





先程の昂揚もどこかに消え、身体から一気に力が抜けていく。
瞬間、喉の奥から熱いものが込み上げたかと思うと、その流れが一気に噴き上がる。
地面に滴り落ちる、鮮血の赤。

 「あーあ、一気にそんな膨大なチカラなんか使うからだよ。全く…とんだ暴走娘が居たもんだ」
 「あ、ナタは…イッタイ…」
 「お、意識は戻ったみたいだな。それにしても…へぇ、まさか本当に神様に会えるなんてね」

さすがは東洋の神秘。
組み伏せられる体勢は保ったまま、その人は暢気に笑っている。
しかも、女性だった。
身長でさえも李純よりも小さいが、美形で、一瞬男性かとも思えるその姿はあまりにも異質。

 「今日のところはここまでにした方が良い。ちょっとチカラの鍛錬が出来てるからといって
 自分の身体の限界値ってヤツがあるだろ?
 獣化はそれを無理やり突破させて巨大な戦闘能力を発動させる。
 一日使えば、お前の中にある『霊力』なんてカラッポになるよ」
 「…アナタは、ダークネスノ…?」
 「ほら、今救急車呼んでやるから、ちょっと大人しくしてなよ」

拘束を外し、女性が後ろを振り向いた。
瞬間、ゾクリと悪寒のようなものが身体を巡り、反射的に手を伸ばす。
部分的な獣化であれば、まだ出来る。
増長する爪を振り抜こうとしたと同時に、グラリと視界が歪む。
新たな鮮血が喉の奥からあふれ出し、今度こそ呼吸さえも困難になる。

そこで―――李純の意識は完全に途切れた。






 「李家は長い間、国の土地を治めてた豪族の末裔だからな。
 古い血族であればあんなチカラも求める事もあるだろうけど、結局は
 戦いに身を投じる為に創られた兵器なんて、考えることはどこでも一緒……か」

 「まぁ、まだ理性と本能が隣同士にある今はなんの問題も無いだろ。
 暴走ったってあの程度なら誰でも止められる」

 「あとはもう一人の方か…。ある程度抑止力は作っておきたいよな。
 『その時』が来た時に出来るだけ対抗できるように。
 『共鳴』は『闇』にも『光』にもなるなんて、あの人らしい示し方だよ、全く…」

携帯の通話ボタンを押し、ポケットへと乱暴に突っ込んだ。
吉澤ひとみはわざとらしく溜息を吐き、壁の隙間から救急車のサイレンを見送る。
彼女とはまた近い内に会うのだが、さてさて、どうなる事やら。
ひとみは苦笑を浮かべ、空を見上げる。
月の光によって闇が淡い蒼へと変わっていく姿は、どこか自身の末路を指すかのよう。

それが酷く滑稽なものに見えてしまい、ただただ笑みを浮かべる事しか出来なかった。