(49) 159 名無し募集中(新垣里沙は考える)


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  事故に見せかけるか・・・

  自殺に見せかけるか・・・

  -新垣里沙は考える-

  その結果導き出された解答は・・・


『幹事長、今回の突然の辞任はやはり先日行われた前代表との会談が原因なのですか』

TVの画面の中ではいつもの光景。
与党の実力者に湧いて起こった不正な政治資金に関する疑惑。
決して真実が明かされることなど無いというのに、真実を求めるマスコミ。
だが、その日は少し違った。

『ああ、そうだ。 お前らクソのマスコミのご希望通り政治的な責任を取ってやったわけだ。 文句あるか』

テンプレで決まったようなお決まりの反応を映し出すためだけに集まっていたマスコミは色めき立った。

『しっ、しかしそれは内閣の支持率を浮揚させるためのガス抜きであって、あなたは依然として党内の実権を握り続けるのでは?』

『当たり前だ。 党内を見てみろ。 民意、民意と唱えるだけの能無しとポスト欲しさの亡者ばっかり。
野党との折衝。近隣諸国とのホットライン。経済界とのパイプ。 俺無しでこの国の政治はどう動くって言うんだ』

『ですが、あなたが不正な手法で政治資金を…』

『ああ、貰ったさ。 何が悪い。 言いかよく聞け。 政治には金がかかるんだよ。 その為の金さ、貰って何が悪い』

『ではあなたが那須に立てられた別荘の建設資金は…』

『ああ、出してもらったよ。 大手のゼネコンにな。 何が悪い。 俺はお前らサラリーマンとは違うんだ。
国の為に心血を注いでご奉公してるんだ。 命をかけてるんだよ。 そんな俺が年に一二週間、骨休めをする為の別荘を建ててもらって何が悪い』

『しかしそのゼネコンとはあなたが国土交通大臣として職務権限を持っているときからの…』

『いいじゃんか。 羨ましいのか。 ゼネコンに別荘を建てて羨ましいのか、この安サラリーマンが。
羨ましければなってみろよ。 政治家になって大臣になってみろよ。 この甲斐性無しのアホマスコミが』

『私にはあなたのような腐敗した政治家の真実を国民に伝えるという社会的な使命が…』

『社会的な使命だと。 笑わせるな。 おい、お前は何処の社だ。 何、上前テレビ。 笑わせるなよ。
お前んところの山崎会長も俺と同じ穴の狢なんだよ。 俺が官房長官やってた頃、あいつにマスコミ対策費として金を回してるんだよ
おい、放せ、馬鹿ヤロー。 もっと俺に喋らせろ。 どいつもこいつも正義の味方ぶりやがって、おい、放せ。 判ったぞ寺田。
お前の初当選の時に、俺がしてやったことをばらされてはまずいんだな。 それはそうだ。 次期首相候補の一人が初当選の時から選挙違反の常習犯なんてな、おい、放せ』



「マインドコントロール。 いつもながらに素晴らしい能力ね」 表情を失ったような女が眼前に控える若い女に語りかける。

若い女は無言で頭を下げた。

「でも、これでは組織の指示を果たせたとは言えないんじゃないの」 

僅かばかりに相手を難詰するかのような響きが加わったが、それが心からのものなのか。
自分の言葉に合わせただけのものかは定かではなく。

「そうでしょうか」 若い女が頭を上げた。
その瞳には強い力がこもっている。

ほう、とでも言いたげな様子でその先を促がす女。

「彼に、幹事長に、死を。 そういう指示が下された時。 私は考えました。
自殺に見せかけるか。 事故に見せかけるか。 考えに考え抜きました。
そして、下された指示をもう一度精査してこの結論に至りました。
彼に死を。 彼の政治生命を完膚なきまでに抹殺するという結論に」

若い女の上司に当たる女は無言で更に先を促がす。

「そもそも、今回の任務自体イレギュラーなものだったわけです。
現在スパイとして敵対組織に潜入している私がその任を解かれることなく、別の任務を命じられるなんて」

「だから、指示に反抗した・とでも」

「いいえ、私は私のやり方で彼に死を下しました。 マインドコントロールという薄汚い力で」

「詭弁よね」 表情を失った女は、あくまで機械的に言葉を続ける。

「組織がイレギュラーな指示を下す時には、それなりの意図というものが存在する。 構成員の忠誠心を試すという」

「私の忠誠心には些かの揺るぎもありま」

若い女が気がついた時、背後を取られていた。
首には相手の上腕が巻かれ、顔を掌で固定されている。

「私にはあんたの命を自由に出来る権限が与えられている」

「知っています。 もしも私の存在が組織に害を与えると保田さんが判断されたなら、その腕に力を加えて私の首を圧し折って頂いて結構です」

「あらまあ、殊勝な口ぶりよね。 組織の指示に逆らった人間とは思えないぐらい」

「私は指示に逆らってなどいません」 若い女の手から鋼線が閃いた。

保田と呼ばれた女は鋼線を避けるべく、飛びずさった。
しかし鋼線はそれを操る女自身の首に絡みついた。

「しかし、それをどうしても保田さんが否定されるのであれば、私は自らの手で自分を粛清します。 保田さんの手を煩わせることなく」

完全に死命を制していると思っていた相手に隙を突かれた屈辱を滲ませながら、保田は言った。

「良いの、それで。 今の一撃を私に向ければ私だって危なかったかもよ。 戦って生き延びようと思わないの」

「この世界で私が生きていける場所は、組織の中にしかありません。 保田さんがそれを否定されるのであらば、私には生きていく場所が無いということです」

「あの喫茶店があるじゃない」 保田の言葉に若い女は初めて笑顔を見せた。

自嘲とも、憫笑ともとれる笑顔を。

「あの喫茶店は私にとって潜入調査の対象でしかありません」

二人の女は見つめあう。
やがて保田が歩み寄った。

「あんたの処置は結果的には悪くなかった。 もしもあの男が自殺であれ、事故死であれ不慮の死を遂げ、
あの男の選挙区で補欠選挙が行われたとして」 

言いながら若い女の首から鋼線を取り除いていく。

「あの男の家族や側近が弔い合戦と称して出馬してきたならば、補欠選の行方は判らなかった。 
彼が死してもなお、彼の影響力を排除できなかった可能性が強かった」

取り除き終わった鋼線を、その持ち主に手渡しながら保田は言った。

「里沙、あなたの忠誠心は見せてもらったわ。 あなたに対する私の信頼は揺ぎ無い」

黙って頭を下げる里沙。

「本来の任務に戻りなさい。 今回の任務に対する特別報酬も受け取って」

里沙に無防備な背中を向けて、保田は立ち去った。



ふぅーっ。
緊張に耐え切れなくなって腰を下ろす。
その片方の掌には鋼線。
固く握り締めたもう一方の掌は汗でびっしょりだ。


『新垣里沙っていうの。 素敵な名前だね。 あ、そう今日私の家に来ない』

男は一般の会社に勤めている息子夫婦と同居していた。
息子夫婦には女子高に通っている娘がいた。
男の孫娘が通っている女子高に転入したのは、怪しまれず男の家に潜入する為だった。

『私の家に遊びに来ない』

里沙を自宅に招待させる言葉を孫娘に言わせるために、精神の触手を伸ばそうとした時だった。
孫娘の方から自宅に誘われたのは。
狼狽してしまった。
いくら擬態しても隠すことの出来ない暗い空気を帯びている自分。
そんな自分はそんな言葉をかけられるとは思ってもいなかった。
口ごもる里沙のことを笑った孫娘。

招かれた家で里沙は見た。
傲岸不遜な政治家として世間から叩かれていた男が、自分の孫に向ける優しいまなざし。
自分が汚れていることを自覚しながら、その出処進退も政局の材料にしようとするしたたかさ。


そして組織から下った最終指令。

    -男に死を-

  事故に見せかけるか・・・

  自殺に見せかけるか・・・

  -新垣里沙は考える-

男の孫娘が悲しまないで済む手段を。

  -新垣里沙は考える-

考えたその結果導き出された解決手段は男を失脚させ、その政治生命を完膚なきまでに奪うことだった。

  -新垣里沙は考える-

男は法の裁きを受け、自分の犯した罪を償うことだろう。

  -新垣里沙は考える-

罪の償いを終えたとき、男が政治家として再起を図ることは出来ないだろう。

  -新垣里沙は考える-

男には何も残らない、そう家族以外のなにものも。

  -新垣里沙は願う-

男とその家族が平凡で幸せな人生を送れることを。