亀井道をゆく


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庭で、ししおどしが風流な音を立てた。
いかにも日本、といった情景にカーメイ氏は満足そうに目を細めている。
聞くと氏はこの料亭の常連らしい。

「私は、日本の四季が好きでしてね」

そしてそれを鮮やかに描き出す日本料理も好きなのです。と、カーメイ氏は続けた。
お詳しいのは歴史だけではないようで、と私が返すと、

「亀井絵里を生んだ国ですから」

と名残惜しそうに氏は呟いた。
カーメイ氏は日本での研究を終え、明日の朝一番の便で日本を発つ事になっている。

「日本では、何か収穫はありましたか?」
「ええ、勿論。研究室にこもっていては人間の生き様は見えてきませんのでね。お世話になりました」
「こちらこそ貴重な経験をさせていただきまして」
「まずは一献、いかかです」
「頂戴します」

氏がなんとも慣れた手つきで、銘酒「里ぞ南」を注いで下さった。
一口、口に含む。旨い。南国の風が舌の上を吹きぬけてゆくような味わいだ。
例えるなら、南国情緒にあふれた新垣里沙の横顔のような酒と言えるかもしれない。

「旨いですね。これは」
「お気に召していただいて何よりです。さ、もう一献」

そう言ってカーメイ氏はまた「里ぞ南」を注いで下さった。旨い。
カーメイ氏が飲ませ上手なのか、私がただ酒が好きなだけなのか、更に杯を重ね、酔いが回ってきた。
酒が口を軽くしたのだろう。私は、かねてより抱いていた疑問を口にしていた。

「ひとつお伺いしたいのですが…リゾナンターで一番強いのは誰なんでしょう?」
「一番強い…難しい質問ですね。能力の解釈ひとつとっても議論が尽きないものですから」
「成程…なんとも難しい問題なのですね」
「しかしながら、その“強い”というのを能力を抜きにした話に限れば、多少はお答えできるかもしれません」
「本当ですか?」
「多分に私見が混じりますがね」
「是非お聞かせ下さい」
「まず、道重さゆみは最下位として…」

リゾナンター九人の能力を抜きにした強さ、つまり言ってしまえば単純に殴り合いが強いランキングは、
カーメイ氏が見るところ次のようになるらしい。
名前の横にカーメイ氏の補足を付け足しておく。



1.田中れいな  抜群の身体能力と、我流ではあるが洗練された格闘術の持ち主。
2.高橋愛    田中れいなにはわずかに劣るが、実戦で磨き上げられた強さがあるとの事。
3.リンリン   拳法の達人にして、特務機関のエリートであった事から上位に。
4.ジュンジュン こちらも拳法の使い手だが、基本的に獣化して戦う局面が多いのでこの順位らしい。
5.新垣里沙   身体的にはそれほどでもないが、ダークネスで一通りの訓練を受けているのでそれなりにはやれるだろうとの事。
6.久住小春   新垣里沙とは対照的に身体的には光るものがあるが、いかんせん経験不足。
7.光井愛佳   元々普通の高校生として生きてきたので、格闘は不得手だろう。
8.亀井絵里   病身であるため、殴り合いなど無理だという。
9.道重さゆみ  一般人にも劣る可能性ありとの事。



「新垣里沙がちょうど真ん中なんですね」
「そこに食い付きますか」

そう言ったカーメイ氏の頬にわずかに苦笑が浮かび上がった瞬間、廊下をドスドスドスとけたたましく近づいてくる足音が聞こえてきた。
足音の主は乱暴に戸を開け放ち、言った。いや、怒鳴った。

「そのランキングを作ったのは誰だあっ!!」

この我々に燃えるような視線をぶつけてくる異様な貫禄の男を、私は知っていた。
独特の人生哲学と芸術感覚で日本美術界の頂点に君臨し、同時に美食家としてもその名を轟かせ、
何より日本屈指の亀井絵里研究家としてリゾナン史界に旋風を巻き起こし続ける男――

「亀井原雄山…!!」

そして、この男は私の父親でもあった。

「ぬう!?史郎、貴様なんでこんな所にいるのだ!」
「いたら悪いのか」

久しぶりに会った息子にも容赦なく異様に迫力のある視線を注ぎ込むその様は、まさにリゾナン史の鬼と呼ぶべきだろう。

「あなたがあの亀井原雄山氏でしたか。御高名はかねがね伺っております」

いきなり個室に乗りこんで来た無礼にもまるで動じる様子を見せず、カーメイ氏は柔和な声で雄山に語りかけた。
流石カーメイ氏である。人間が出来ている。
雄山は私の隣にどっかりと腰をおろし、「史郎、この人は誰だ」と耳打ちしてきた。
直接本人に尋ねず私に聞くあたり、いきなり外人さんに話しかけられてちょっと戸惑ってしまっているのだろう。

「リゾナン史研究家のエリソン・P・カーメイ教授だよ。名前くらい聞いたことあるだろう」
「ほう、亀井絵里研究家のカーメイ教授か」

そう言って雄山はらんらんと光る眼でカーメイ氏を睨みつけたが、カーメイ氏は微塵もその哲学的な表情を崩さない。
己の眼光におののかない者がいると言う事が気に食わないのか、雄山は殊更挑戦的な口調で言葉を続けた。

「フン、米国随一の研究家といっても、たかが知れてますな」
「ほう、ランキングがお気に召しませんか」
「気に入るも気に入らないもありませんな。まるで出鱈目だと言うておるのです」

ぴくり、とカーメイ氏の眉が動いた。流石に無礼だと感じられたのだろう。
たまらず私は雄山に横槍を入れた。

「おい。どこが出鱈目なんだ」
「史郎、貴様の目は節穴か!えりりんの順位が低すぎるであろうが!」
「いい年をして亀井絵里の事をえりりんとか呼んでるから母さんが出て行っちまったんだよ」
「史郎!切なくなるから母さんの話はやめんか!」
「しかしながら亀井絵里は病身だったと聞いています。少なくとも身体的には上位には入らないのでは?」

取り乱し気味の雄山に向けて、冷静な口調でカーメイ氏が語りかけた。
その声で正気に戻ったのか、雄山は不敵な笑みを浮かべながら、懐から写真を取り出した。

「教授、これを見てもまだえりりんが8位(道重さゆみを除くと最下位)だと言えますかな?」



「これは…!」
「なんとも…えげつない…」

カーメイ氏の固唾を飲む音が、酷く明瞭に響いた。
見ると、氏の顔色から血の気が引いている。
これが病人のふとももだと一体誰が信じられようか。

「これを手に入れるのには、随分と骨を折りました」

恐らく雄山は金に物を言わせてこれを手に入れたのだろうが、現在では、リゾナンターの写真というものは驚くほど入手が困難になっている。
時代の流れとともにその多くが失われてしまったからだ。当時の用語で“404”というらしい。
この写真のように体つきがはっきりと分かるような物など、殆ど伝説に近いものになっていた。

「このふとももから繰り出される蹴りの威力を専門家に試算させたところ、丸太で思い切り殴りつけたくらいの破壊力はあると出ました」
「丸太…」

私の胸にどす黒い恐怖が渦巻いていく。
亀井絵里のふとももから放たれる恐怖が、父親がこんな写真を常時持ち歩いている事実を上手い事包み隠していった。

「教授、これを見てもまだえりりんが8位などと言えますかな?」
「……確かに、順位を見直す必要がありますね」
「ほう、流石に物分かりがいいですな。で、何位につくかお聞かせ願いたい」
「7位です」
「なっ…7位だと!?」

雄山の声が裏返った。
日本有数の亀井絵里研究家にしてリゾナン史界の風雲児と喧伝される亀井原雄山渾身の一枚をもってしても、亀井絵里は7位であった。
これ程までのふともも写真をもってしても、元いじめられっこの女子高生に勝っただけであった。

「そんなバカな話があるか!」
「亀井原さん、亀井絵里は病身だったのです。いくらえげつないふとももの持ち主であったとしても、この事実は動かせません」
「このふとももを見るがいい!現にある力強さを否定して何が歴史の真実であるか!」
「ですからそれを考慮に入れて7位だと申し上げているのです」
「不愉快だ!まったく学者という人種の頭の固さにはうんざりする!このふとももなら3位か4位は確実であろうが!」
「ふとももがえげつないだけで上位に入るのならば田中れいなはどうなります?彼女は華奢です」
「そんな猫みたいな面をした小娘など7位で十分であろう」
「それは暴論です。田中れいなから身体能力を引いたらあとは方言しか残りません」

方言しか残らないとはそれは流石にカーメイ氏も暴論だと思ったが、なんとなく入り込めない感じだったので黙っていた。
それにしても、この短時間にカーメイ氏と亀井原雄山は何回「ふともも」という言葉を口にしているのだろう。
そういう事をつらつらと考えていると、庭でししおどしが音を立てた。
二人の議論はまだ終わりそうにない。




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