『闇に棲む者』 part-2


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その夜の同じ頃、新宿歌舞伎町にある雑居ビル、「西都ビル」の階段を登る女の姿があった。
ストレートの黒髪と、ふっくらとした頬に少々の素朴な田舎臭さを漂わせている。
しかし、やや田舎臭いワンピースから飛び出したその大柄な白い手脚は、むっちりとした“肉感”を撒き散らしていた。

そのビルは通称「マル暴ビル」と呼ばれ、平田組の本部事務所をはじめ、河口組系、森健組系、極西会系、墨吉系という暴力団事務所が軒を連ねていた。
一見すると普通のデザイナーズマンションにも見えるが、一般人の女が出入りするような場所ではない。

しかし、女は入り口の案内掲示板を確認すると、ためらうことなく平田組の本部事務所を目指してフロアを歩いていく。
そして入り口のドアの前に立つと、またしてもためらうことなく呼び出しのブザーを鳴らした。

来訪者を中から確認していたのだろう、しばらくの間が空いて中から若い男の声がする。
「…誰だよ?」
「じゅんじゅんでーす!」
妙に屈託のない女の声がフロアに明るく響く。

「はァ?なんだオメェは? …外人かオメェ?」
少し特徴のあるアクセントに、中の声が問いかける。
「ハイ!じゅんじゅん中国から来ました!」
「…わっけワカンネェなあ…」
ドアが開き、若い組員の男が顔を出した。

*** ***


俺は先日“始末”した女子大生のことを考えていた。
最近は学生でもフリーターでもクスリに手を出してくれる、大事なお客さんだ。だが、あまり販路を広げるのはリスクも上がる…。
おかげであんな普通の女子大生までもが、組の周りを嗅ぎまわるようになっちまった。

今回は組で飼っている、例の化けモンみたいな外人に始末させたが、ヤクザが外人に頼るなんざ時代も変わっちまったもんだぜ。
昔だったらあんな上玉は、皆で輪姦(まわ)して楽しんだ上で、薬漬けにしてそこらの風呂屋に沈めてやったもんだが…。

…事務所の入り口が騒がしい。なんだ…? 妙な女が事務所にやってきたようだ。
組の若いモンが相手をしているようだが、どうも妙だ…。
中国から来た「じゅんじゅん」だあ? …パンダかよまったく…。頭おかしいんじゃねえのか?

「シャワー使えるトコ、どこデスか?」
女は勝手に入ってくると、事務所にあるシャワールームを確認している。
…って…。おいおい商売女だろ、そいつ。デリヘルか?出張ソープか?
…誰だそんなのを事務所に呼んだヤツは…?

そうこうしているうちに、女はいきなり着ていたもっさいワンピースを脱ぎだす。
…デリヘルで決まりだ。誰だ呼んだヤツは…!!
女はあっというまに全裸になると、乳房も股間も隠す様子さえ見せず、脱いだ服をきちんとたたんで持ってきた手提げ袋に入れている。

中国娘もなかなか発育が良くなったもんだ…。大柄で肉付きがいい。乳はそこそこデカいし、ドーンとした太腿と腰の張りがたまんねえな…。
女の長い髪とアンダーヘアーは黒々としたきれいな艶を見せている。俺は黒猫か黒豹のような、肉食獣の体毛を思い出した。

その頃になると事務所にいた他の若い連中も、大喜びで女の周囲に集まり始めた。皆おおよその見当は付いたようだ。

「誰だよ?事務所にデリヘル呼んだヤツは?」
「これよぉ?誰か自分ちに呼んだつもりで、事務所の住所言っちまったんじゃねーのか?」
「じゃあ今頃ソイツは家で〇ンポ出して待ってるってわけか?」
「おいおい誰だ?今日事務所にいねぇヤツは?」

「日村じゃねーのか?アイツ今日いねーぜ?」
「ねえねえじゅんじゅんチャ~ン?誰に呼ばれてきたの~?」
「誰に呼ばれたワカラナイ。でもじゅんじゅん、みんな食べにキタ」
…誰だ?コイツにエロトークを教えたのは…。ここで“食べに来た”はおかしいだろ…。

好き者のオサムが手を上げた。
「とりあえず俺が買いますわ。別に俺が金払えば問題ないっしょ?」
…くそ…。おれが買ってやっても良かったくらいだがな…。まあ俺もそれほどがっつく年でもねえしな…。
オサムは既にその気で、女の艶々とした黒髪をなでている。

「じゃあ、じゅんじゅんチャン、俺がお金払うからさー。OK?」
「アナタが最初に…“イキタイ”の…?」
女が妙にブリッコ風に訊く。
「うんうん、イキタイイキタ~イ!!」
…アホか。オサムのヤツこの場でおっぱじめそうな勢いだな…。

オサムは女の黒髪を撫でながら乳房をもてあそび始める。
…おいおい…。本気でここでヤリはじめるんじゃねーのか?アイツのケツなんざ見たくもねえぞ。
「オイ!オサム!そんなトコではじめるんじゃねえ!!」
怒鳴りつけてやると、オサムはひえっ!…とでも言うように肩をすくめ、スンマセンッ!っと叫んで女と奥の部屋に逃げ込もうとする。

「…じゃあ、デンキ消すネ」
その時…、女の声がすると同時に、事務所の照明がいっせいに消えた。
おいおい…。誰だよ?偶然にしてはタイミングが良すぎるだろ…。


…ゲフ…ッ!! 
…真っ暗闇の中、妙な呻き声が聞こえた。
ビチャッ!ビチャッ!ビチャッ…! と、何か水が床にこぼれるような音が響く…。

ブンッ!!っと何かが部屋の中を風を切って飛ぶ。ダンッ!!という重い物がぶつかる音…。
ゴキッ…!!バキバキッ!!骨が砕けるような鈍い音と共に、またボタッボタッ!!という水音がする…。
なんだ…?何が起きている?

「…ぐわッ…!!」「げえッ…」
「うわああああああああああ!!」「足がぁ!!俺の足があああああ!!」
「食…食ってやがるううううう!!」
部屋のいたる所から異様な悲鳴が上がり、バタバタと誰かが転げまわるような音で部屋の中が騒然とする。部屋の中を何かデカイ物が飛び回っている…!?

バンッ!!バンッ!!バンッ!! …銃声が上がった。
馬鹿野郎…!!誰だ!?拳銃(チャカ)なんてぶっぱなしてやがるのは!?こんな暗闇でぶっぱなされちゃあ、たまったもんじゃねえ…!
しかし、発砲の一瞬の光の中、俺は部屋の中を飛び回る黒い影を見た…。

なんだあれは…!?黒豹か!?しなやかに宙を飛ぶ肉食獣の動き…!でかい…!そして凄まじく速い…!…あんなモンがどこから現われた?

そして次の瞬間…。俺は何か重い物が胸元にもの凄い勢いでぶち当たってくるのを感じた。
声を上げる暇もなかった。首に鋭い痛みが走り、バカデカイ牙が食い込むのがわかる。そして俺の身体は、首を支点にして凄まじい力で振り回された。

ライオンが捕獲したシマウマの首を銜えて振り回すのを見たことがあるか?…あれは意味があるんだな…。
俺の頚椎はゴキゴキッ…!!と音を立てて砕け、俺の首から下は俺の意思では全く動かせなくなっちまった。

ブチイィッ…!!っと首の肉が大きくちぎられ、ボタッボタッボタッ…! と盛大に血の滴る音が聴こえる。
身動きの取れない俺は受身も取れず、後頭部からもろに床に激突した。
首の穴から肺に冷たい空気が吹き込んでくるのがわかる。手足が指先からひんやりと冷たくなっていく。そして、指一本さえ自分の意思では動かす事が出来ない。

眼の前に…こいつは黒豹なのか…?デカイ肉食獣の顔が迫る。
俺も今までに何人も人を殺してきたが…。「殺される」のと「食われる」のじゃあわけが違うな…。…なんだ?この無力感は…?
グワッとあけられた口が迫り、生暖かい息がかかる。…デカイ牙だなオイ…。

闇の中、かすかな光に輝く黒い毛並みに、俺はさっきの女の黒髪を思い出した。
せまる牙の上の、髭の生えたこんもりしたふくらみを見て、俺はこれもなんとなくさっきの女の頬に似ている… そんなことを考えていた。
死ぬ前なんてのは案外こんなものかも知れねえな…。

牙がまた俺の首にメリメリと食い込む。くそっ… これで終いか。

…あの女とヤッて死にたかったぜ…。

グチャリ… と肉のちぎれる音が俺の耳に響いた。

*** ***


また一人「西都ビル」のフロアを歩く女がいる。
濃いピンクの豹柄のTシャツに黒のミニスカート。ゴールドのチェーンベルトを身に付け、同じくゴールドのチェーンをからめたストラップのバッグを振り回すようにしてしている。鼻歌でも歌いだしそうな様子だ。
先程のホテルにいた、野良猫を思わせる眼をした女だった。

この女もまた入り口の案内掲示板を確認すると、まっすぐに平田組の本部事務所を目指していく。
そして入り口のドアの前に立つと、やはりためらうことなく呼び出しのブザーを鳴らした。
「ハイハーイ!!」
…妙にハイテンションな女の声が返ってくる。

「あー、りんりんどうね?れいなっちゃけどー。一応応援に来たけん」
「あータナカさーん!アリガトござマース!」
ドアが開いて顔を出したのは髪をツインテールにした小柄な若い女だった。…少女…、と言っても良いくらいの年齢だろう。

黄色のパーカーにデニムのスカートと言うラフな格好だ。
くりくりとした良く動く大きな眼を持っている。それは彼女の愛らしい魅力の大きな要素となっているように見えた。
少女は「タナカ」と呼んだ女を事務所へと招き入れる。
一見普通のドアだったが、裏には“弾除け”なのか?厚い鉄板ががっちりと打ち付けられ、3重の頑丈なロックとチェーンが取り付けられていた。

「じゅんじゅんも奥にいるとね?」
「ハーイ!じゅんじゅんお食事タイムデース!!」
「…うわぁ…。どんなんなっとーかね…?」
「…見てきてくだサーイ!。…りんりんはここで番してますから!」
「それじゃ… 様子みてくるとよ」
猫顔の女はまたスタスタと事務所の廊下を歩き出す。
しばらく行くと、前から慌てふためいた組員とおぼしき男が飛び出してきた。
「どっ…!どけどけっ!!」
叫びながら転げるように男が駆け抜けるのを軽くかわし、女は振り返りもせずに奥へと歩き続ける。

男は出口のドアに飛びつくとがチャガチャッ!!と音を立て、震える手でロックをはずしていくが、あせり過ぎている為か…。厳重なロックとチェーンをはずすのに手間取っている。
その時…。男の頭をポン…ッと軽くたたくように、小さな手が乗せられた。
「…え?」
男がビクッ!と身体を震わせ、ゆっくりと振り向く。

そこには、先程のツインテールの少女の無邪気な笑顔があった。
しかし次の瞬間、少女に手を乗せられた男の頭は、ゴウッ…!!と炎を上げて燃え上がる。
そして、あっというまに消し炭のように真っ黒に炭化してしまった男の頭部は、グズグズに崩れ落ちた。

頭部を失った男の身体がゆっくりと倒れていくのを見下ろす少女から、クククッ…と楽しげな笑い声が漏れる。
「…ウェルダンより焼きスギちゃいましたネ…」

*** ***


「タナカ」と呼ばれた猫顔の女がドアを開けると、そこには生臭い血の臭いが充満していた。女は鼻の上に皺を寄せて顔をしかめる。

「組長部屋」らしいその部屋は、吹き抜けの天井を持ったそこそこ豪華にしつらえられた部屋“だった”と思われたが、今は白い壁一面をぶちまけたような血飛沫が彩り、床には池の様な血溜まりが出来ていた。
そしてそこに置かれた応接セットやデスクの上には、ボロ布のようになった男達の身体…、いや、もはや肉塊と呼ぶべき物が折り重なるように山をなしている。

…デスクの上、その肉の山の上に全裸の女が胡坐をかいて座っていた。
その全身に真っ赤な血がまだらの模様を残している。そしてその汚れていない白い素肌もまた、激しい運動の後のような汗に濡れ光っていた。

「ああ!タナカサン!!来てくれたデスか!?」
女が嬉しそうに目を輝かせて叫ぶ。血に汚れた口元から異常に大きな犬歯が覗く。
「…また派手にやったっちゃねー…」
タナカは床に広がった血溜りや臓物らしきものを避けながらフロアを歩き、女に近づく。

「…さゆが“食屍鬼(グール)は最悪”って言いよる意味がちょっとわかるとよ…」
タナカが独り言のように言うと、女の眼がギラリと光る。
「タナカ!それは違う!ミチシゲはソレ、わざと言ってる!じゅんじゅんは食屍鬼(グール)じゃナイ!!」
「…呼び捨てかいな…」
つぶやくタナカ。

「食屍鬼(グール)は墓を荒らして、腐った屍肉をあさるハイエナみたいなモノ!!じゅんじゅんは違う!!」
言いながら女は自分の尻の下にあった誰のものとも知れない白い“腕”を引っ張り出すと、大きく口を開けてその肘のあたりにかぶりつく。

「グワアアアアアーッ!!」
“肉の山”の中から悲鳴が上がる。女は気にする様子も無く、ブチィッ…!!と音を立ててその腕を噛み千切った。
口から溢れる血が乳房にも腹にも滴り落ちるが、女は真っ赤な口を拭いもせずにニヤリと笑ってみせる。口元から白い大きな犬歯が覗く。

「…じゅんじゅんは“生きてるヤツ”しか食べないデスからナ!」
「…じゅんじゅん…。 グルメっちゃね…」

*** ***


「りんり~ん!終わったとよ!」
タナカが廊下を歩いてくる。
入り口の扉の前で暇そうにしていた、ツインテールの少女の表情がパッと明るくなる。
「やっとりんりんの出番ですネ!HA!HA!HA!」

少女は元気良く立ち上がると、タナカに話しかける。
「りんりん、待ってる間にいい事考えたデスよ!りんりん、つかんだ物を発火させられるデス!」
「そしてココ見てクダサ~イ!コレはガス管デ~ス!ガス管はこのビルの全部の事務所つながってるデショ?」

「ココをつかんで、この管の先の方発火させれば、このビルの全部の事務所で発火させられるデスよ!!」
「おー、りんりんスゴイっちゃね!」
「HA!HA!HA!じゃあさっそくやるデスよ!」

「りんりん」は壁の点検口の中のガス管をつかむと、じっと動きを止め、何やら集中している様子を見せる。
数十秒の後、りんりんはニッコリと笑顔を見せた。
「ウン!上手くいった様デスヨ!」

「おー、やったっちゃねー!今、他の事務所はどうなっとーと?」
「ウ~ン、詳しくはわからないデスが…。今、各部屋のキッチンとかのガスの“栓”のまわりから火が出てるはずデ~ス。そうするとガスが止められなくなって、どんどん炎上していくはずナンデスけどネー」

「ふ~ん…。じゃあ、そろそろ帰る準備した方が良さそうっちゃね!」
「イエイエ、すぐ逃げた方が良いデスよ!多分このすぐ上や下の部屋でも、火が出てるはずデスから!」
「…え? …今、まだじゅんじゅんシャワー浴びとるっちゃけど…」
「…!! ソレやばいデ~ス!!」

*** ***


…夜も更けた歌舞伎町を歩く一人の酔っ払い。彼はふと脚を止めた。
「…あ?」
男は酔っ払った眼で側の雑居ビルを見上げる。夜も遅いというのに、ビルの窓はことごとく煌々と明るい。

「…ん?」
男が訝しげに見上げ直した瞬間、ビルのエントランスから3人の女が男を押しのけるように飛び出して来る。
しかも小柄な女2人に抱えられるようにして飛び出してきた女は、手に持った荷物で隠してはいたものの、ほとんど素裸に見えた。

「おおおお!?」
驚いて見送る男の背後で、ドーンッ!!と音がしてビルの窓が火を吹く。
「ひええええ!!」
驚いて尻餅をつく男の前で、その雑居ビルは炎を上げて炎上していった。

唖然として座り込んだまま、走り去る女の姿と燃え上がるビルとを交互に見続ける男の耳に、遠い消防車のサイレンが聞こえてきていた。