あめのきおく


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『おいオマエ。バケモンなんやろ!おれのかーちゃんそう言うちょった!!』
『おれのママのゆうちょった!』
『さゆみちゃん、きもちわるいんよね。』
『おまえもう学校くんな』
『明日から近づかんでね、こわいけぇ』
『さゆみちゃんのママも、さゆみちゃんのこと、怖いゆうちょったよ』

幼い言葉に幼い心は深く傷ついた。丁度、あれくらいの年だったように思う。


さゆみは氷がすっかり溶けて薄くなったカフェラテをストローでくるくるとかき回しながら
リゾナントの前を通り過ぎる下校途中の小学生をぼんやりと見つめていた。
色とりどりのランドセルがぴょんぴょんと跳ねる。明日から夏休みなのだろう。
荷物がめい一杯入ったランドセルと手作りの手提鞄をみな重そうに持っている。

「――― あ。」

突然、ピンク色のランドセルが視界から消える。
駆け寄る友達、小さな泣き声。


『自分のケガくらい自分でなおせるんやろ!?はよ治してみー』
『マホウつかって治したらええんじゃ』

せっかく買ってもらったピンク色のランドセルは砂埃にまみれた。
後から突然突き飛ばされ、擦り剥いた膝からは真っ赤な血が流れている。


『いたい…いたいよぅ……』

フラッシュバックする記憶。胃が、キリリと痛む。


「あーぁ、どうしたん?コケたんか?おねーちゃんがな、バンソコあげるからな。
 これ貼っといたら、お家帰る頃には治ってるから大丈夫。泣かんでええで
 それからアメちゃんもあげよ。元気のでるアメちゃんや、気ぃつけて帰んねんでー」

外から聞える柔らかな関西弁に現実へ引き戻される。

「お、愛佳帰ってきたみたい。ホンマにあの子は優しい子やのー」

厨房で背伸びをして窓の外を見ている愛の声。愛は愛佳の声に優しく目を細め彼女のためのドリンクを作り始める。

「げんきのでる、アメ…?」
「どしたん?さゆ」

心の奥に押し込めた記憶を探る。誹謗中傷暴力イジメ。忘れかけていた小さな記憶のカケラを両手で掬った。

「あの時の…?」


   おねえちゃんなんでないてるん?だれかに、いたいことされたん?
   そんなことしたらアカンのになぁ。
   ウチがアメあげるし、もぉないたらアカンで。げんきのでるアメちゃんやねん
   しがけんでしかうってへんねんでー。ウチな、りょこうにきてんねん。

   愛佳ー!早よ車のってー

   はぁーい!ほなな、おねえちゃん。もうないたらアカンで
   アメちゃんたべてげんきになるんやで

「ただいまぁ、愛ちゃん道重さん。あれ…今日は2人だけなんですね」

「そうなんよ。れーなは買出しで他のみんなはまだやでの」

「あ、おいしいアメいります?たまたまスーパーで見つけたんですけど、
 愛佳がちっちゃい頃めっちゃ好きやったんです。はい、愛ちゃん。
 それから、はい、道重さんも。元気の出るアメちゃんですよー」

 人懐っこい笑顔を浮かべ、差し出す愛佳の手からピンク色の飴玉を受け取った。
 白い歯を見せて笑その顔も、三日月になった目の下にできるえくぼも変わっていない。
 あの時であったあの女の子は、きっと間違いなく…

「愛佳ちゃんは本当に優しい子だね」

 さゆみは愛佳の栗色の髪の毛を撫でた。愛佳はくすぐったそうな顔をする。
 たまらずさゆみは愛佳をぎゅうと、抱きしめた。うぉ、と驚いた声が腕の中から聞えたが構わない。
 そのあとすぐに愛佳の腕がさゆみの背中に回り、ぽんぽんと二度軽く叩かれる。

「どーしたんですか、道重さん?」

「さゆみたち、ずっと前から出会ってたんだね」

「え?」

 例え愛佳が忘れていても、それでいい。
 悲しみと憎しみで溢れていた記憶が、心が、洗われていくようだ。
 思わず溢れそうになった涙を気づかれないように拭うと愛佳を離した。

「さ、愛佳ちゃんティータイムしよ。愛ちゃん、おかわりーっ!」

「はいはい、次は何飲むんや?」

「へーんな道重さん」


 転んだあの子が、笑顔で家に着いていればいいと思った。
 愛佳があげたバンソウコにはさゆみの能力が込められている。
 みんなに出会えて世界が変わった。そのきっかけを作ったのはもしかしたら愛佳だったのかもしれない。

 愛と喋る愛佳の口の中でカラコロと飴が鳴る。それはどこか懐かしくそして愛おしい音だった。