~コールド・ブラッド~ <Ⅷ>


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※ところどころ視点や時系列が飛びます
「◆ ◆ ◆」がその合図です

※一部残酷な描写を含みますのでご注意ください



「愛佳を発見したときの状況を、今から詳しく話すよ」

努めてのように淡々とした声と表情でそう言いながら、愛が僅かに視線を左右に動かす。

室内はあまりにも広く感じられた。
愛、里沙、さゆみ、小春―――たった4人だけしか、もうこの空間を占める者はいない。
数日前まで賑やかさに満ちていた場所は、否応なく閑散とした空気に支配されていた。

いつも愛の視線を真っ直ぐ受け止めていたメンバーの顔も、今は俯き加減のままになっている。
それでもかろうじて全員と視線を交錯させた愛は、大きく息を吐き、重い口を開いた。


発見は早朝、エリーナ・ホテル跡地、瓦礫の山となったレストランの前―――
そこに、変わり果てた姿で愛佳は横たわっていた。

驚愕の表情と涙の痕を残した顔や、服から露出した肌は、白磁のように青白く、張りが失われている。
投げ出された華奢な四肢は、持ち主の統制を失い、各々好き勝手な方向を向いていた。

首筋に穿たれた小さな2つの穴の下の地面には、小さな血だまりができている。
その些細な傷痕が、愛佳から多量の血液を……そして命を奪ったことは明白だった。

「それって……!」
「そう。まだ、終わってなかった…ってこと」

愛佳が“吸血鬼”の襲撃を受け、命を落としたのは疑いようもない。
すなわち、先日の作戦で殲滅したはずの“対象”が、まだ残存していたという事実は。
それは、愛佳を喪ったのとはまた違う意味で大きな衝撃だった。

深華と名乗った“吸血鬼”は、自分のような者が4人いると言っていたらしい。
それは捜査で浮上した人数とも合致し、“敵”の言葉とはいえ、殊更に疑いを差し挟む必要はないように思えた。
だが、今となってはそれはあまりに不用意であったと言わざるをえない。

「あのとき―――れいなが2体、そしてリンリンとわたしが1体ずつ、合計4体……いや、絵里も入れて……5体を“除去”した」

冷静さを貫こうとするその声に、微かな震えが混じる。

「つまり、少なくとも“理性を持った吸血鬼”は完全に根絶させた……はずだった」

唇を噛み、自分の手抜かりを責めるかのように愛は拳を握り締める。
大きすぎる犠牲を払って得たはずの“勝利”が贋物だったという落胆は、空気をさらに重いものにしていた。

「じゃあまだ“生き残り”がいるってこと?“理性を持った吸血鬼”の……」
「状況から見て……確実だね」
「あ、でも…“理性”がない方に襲われた可能性もあるんじゃ?…そっちも全滅させたはずなのは変わりないけど」

里沙の問い掛けに対し、愛は真っ直ぐその視線を見つめ返しながら小さく首を振った。

「それはない。愛佳を殺したのは、間違いなく“理性”ある存在だよ」

愛佳の倒れていた周囲に、争ったような形跡は一切なかった。
愛佳自身も、首の小さな傷の他は、外傷はおろか着衣の乱れすらほとんどなかった。

「愛佳はそこまで戦闘が得意な方ではなかったけど、十分以上に訓練は積んでる。何より襲われて無抵抗なんてことはありえない」

身を隠せるようなものも周りにはなく、たとえ不意打ちであったとしても迎撃体勢を整えるだけの余裕はあったはず。
にもかかわらず、愛佳は抵抗らしい抵抗を一切しないままに、あっさりと首に牙を突き立てられることを許している。

「でも、背後から急に襲われたんだったら……」
「……うん、背後からの“敵”の接近に気付かずにやられたという可能性は、考えにくいけど僅かながらある」

だが、一応頷きながらも、愛の口調や表情はその可能性を完全に否定していた。

「でも、今回はそれもありえない。愛佳は―――真正面から襲われてたから」

続けて発された、それをはっきりと表明する愛の言葉に、場の空気が張り詰めた。

真正面から。無抵抗のまま。
――その事実は、愛佳がすぐ目の前まで“敵”の接近を許していたことを示している。

すなわち―――

「愛佳はその相手を“敵”と認識していなかった。…おそらく、自分の首筋に相手の牙が食い込むそのときまで」

そのことは、当然のように相手が“理性”ある存在だったことを示している。
そして、それだけではなく、愛佳に警戒心を抱かせない存在であったということもまた―――同時に。

「……愛佳の掌の下に、こんなものがあったよ」

言いながら愛が手元を操作すると、壁に掛けられた液晶モニタに一枚の写真が浮かび上がった。

「……『R』……?」

そう呟いた小春の視線が、モニタを離れ反対へと移る。
その先には、青ざめた顔で呆然と写真を見つめる里沙の姿があった。


「わたしの……里沙の『R』だって言いたいの?」

画面の中、愛佳のものと思しき青白い手の隣にある小さな卵大の石。
写真の中心に納められたその石には、乱れながらもはっきりと文字が書かれていた。
血で書いたのが明らかな、不吉にも思える赤いその文字は、『R』と読む他はなさそうだった。

「……そうは言わない。ただ……もしそうなんだったら…自分の口から言ってほしい」

様々な感情をはらんだ里沙の瞳から視線を逸らすことなく、愛は静かな口調で問いに答えた。

「……だったら言うよ。わたしじゃない。わたしは愛佳を殺したりなんてしていないし、吸血鬼でもない」

怒り、戸惑い、淋しさ、やるせなさ……それらあらゆる感情を圧し殺したような平坦な声が、数秒間の沈黙を破る。

「……そう。…この『R』に関しての意見はある?」

写真を示し、愛もまた様々な感情を圧し殺した声で里沙に問いを投げかける。
それに対して里沙は小さく首を振った後、決意を宿した視線を愛に向け直した。

「『R』って字そのものへの意見はない。でも……それが残されていたことへの意見はある」
「字が残されていたことへの……?」
「そう。…それは本当に愛佳が書いたものなの?ってことだよ、発見者さん」
「……つまり、わたしが書いたと?」
「…さっきの言葉をそのまま返すよ、愛」

里沙から久しぶりにかつての呼び名で呼ばれた愛は、少し驚いたように眉を上げた。
だが、里沙からは変わらない鋭い視線が注がれ続けている。

「新垣さんの言ってることの方が説得力あると思う」
「小春……」

はっきりとそう言い切りながら立ち上がると、小春も愛に鋭い視線を向けた。

「抵抗する間もなかったはずなのに、都合よくダイイング・メッセージなんて残せる?しかも相手に見つからないように。…不自然だよ」
「……それはわたしも思う。ただ、だからといってわたしが書いたということにはならないんじゃない?」

あからさまな不審の色を湛えた小春に対し、愛は静かに言葉を返す。

「『愛佳を殺してない』とは言わないんだね」

しかし、小春の声には敵意の響きすら宿り始め、その後ろからは問い質すような2人の視線が注がれる。

「……殺してないよ。わたしは愛佳を殺したりしてない」

ため息とともに吐き出された愛の言葉は冷たい空気の上を空しく滑り、再び沈黙が訪れる。

「何を……しに行ったんですか?リーダー。あの場所にはもう、用なんてないはずなのに」

その沈黙を埋めるように初めて開かれたさゆみの口からも、愛を弁護するような言葉は出てこなかった。
代わりに、さらなる追及とも取れる色を含んだ声と表情が愛に向けられる。

一瞬さゆみの方に視線を動かした後、愛はモニタへと視線を移し、半ば投げやりにも思える口調で言った。

「……同じだよ、愛佳と」
「愛佳と……」
「じゃあ、みんなを弔うためにあそこに行ったって言うの?」

愛の短い答えに対し、小春は懐疑の色を露わにして突っかかる。

「『感情を捨てろ』ってずっと言ってた高橋さんが?今さらそんな都合のいい答えに納得すると思うの?」

モニタの方を向いたまま、愛はただ黙って小春の言葉を浴びていた。

やがて小春の言葉が途切れ、また訪れた沈黙の中―――愛はゆっくりと振り返った。
その顔には、任務遂行中のときのような、感情を殺した無に近い表情が浮かんでいた。

「答え………出てしまったみたいだね」

静かで、それでいて迫力のある立ち姿に、張り詰めていた室内の空気が粟立つ。
総毛立つ空気の中、一抹のやるせなさを含んだ愛の声が蕭やかに響いた。


「そう、愛佳を殺したのは―――――――あんただね、小春」


       ◆   ◆   ◆


「は……?いきなり何言ってんの?」

意表を突かれたように眉を顰める小春から視線を逸らし、愛は里沙とさゆみに顔を向ける。

「亡くなったみんなに花を手向けるため、愛佳はあの場所に行った……他にそのことを知ってた人はいる?」

その問いに返されたのは、静かな2つの否定のジェスチャーだった。

「……わたしも、瓦礫の上に供えられた花を見たときに……初めて知ったよ。愛佳もわたしと同じ思いでここに来たんだって」

再び小春に戻った愛の瞳には、どこか淋しげながら厳しい光が揺らめいていた。

「どうして愛佳がみんなの弔いのためにあそこに行ったことを知ってたのか……何か言い訳してみる…?小春」


「………これはもう、しらばっくれても無駄っぽいね。うっかり喋りすぎたな」

自分を囲む視線のすべてが確信に満ちていることを知り、小春は小さく肩を竦めた。
同時に、先ほどまでの激しくも真摯だった目の色が、どこか禍々しさを帯びる。

「小春が“犯人”だって最初から分かってて、あんな小芝居をしたの?3人で示し合わせて?」

嵌められた不愉快さを押し隠すような冷笑を浮かべ、小春は視線を廻らせる。

「…ううん、違う。確信はなかった。里沙かもしれないという可能性を拭うことはできなかったし」

詫びるような視線を向ける愛に、里沙は「気にするな」というように力なく首を振った。

「……わたしたちの中に“スパイ”がいるんじゃないかという疑念は、今回の件に関わった当初からあった」
「さすがはリゾナンターのリーダーってとこか。ま、とはいえ、そこから“ゴール”に辿り着くのがちょっと遅すぎたね」

嘲笑うかのような小春に返す言葉もなく、愛は苦い思いを噛み締める。

「…愛佳の死によって、ようやく“スパイ”の動機も分かった。…まさか、最初から“吸血鬼”が自分たちの中にいたなんて、さすがに想定外だったよ」

自嘲気味に口元を歪ませる愛の声には、後悔とも諦めともつかない響きがあった。

“吸血鬼”の中には、一見して普通の人間とまったく見分けられない者がいること。
太陽の下でもなんら影響を受けることなく活動できるらしいこと。
ただし、影がなく、鏡にも映らないこと。
普通の人間であった頃からサイコフォースを有していた者は、“吸血鬼”となって後も変わらずそれを発現できること―――

それらを初めとする“吸血鬼”の確実な特性がおおよそ出揃ったのは、捜査開始から随分経ってからだった。
実際に相対せねば分からないことばかりであったし、その点はいくら悔やんでみてもどうにもならない。

だが―――

それでも悔やまずにはいられなかった。
それらを知ることでようやく真実が見えてきたときには、既に取り返しのつかない多大な犠牲を出してしまっていたのだから。

「わたしたちの中に元々“吸血鬼”がいたとなれば、その“容疑者”は自ずと絞られる」

容姿や振る舞いは人間と変わらず、普通に接しているだけではそれと気付かない、“理性を持った吸血鬼”。
その存在が意図的に“人間らしく”振舞っていれば、確信を持って人外のモノだと看破することはまずできないだろう。
ただ一つ、“芝居”では如何ともし難い一点さえなければ―――

「影―――そして鏡。いくら姿かたちが同じで、どんなに上手な演技をしても、それらを見れば“吸血鬼”であることが一目瞭然なのは経験してる。だけど―――」

それをカモフラージュできる“能力” ―サイコフォース― を持っていたとしたら―――

「それに当てはまる能力の持ち主――誰でも即座に思いつくのは小春……あんただよね」

幻影(イリュージョン)――あらゆる情景を「幻影」として映し出せるチカラ。
その能力があれば、ないはずの影や鏡像を“存在させる”ことくらい容易いだろう。

「もし他に該当する可能性があるとすれば――脳に干渉できる里沙。だから、そのどちらとも完全には確信できなかった。…さっきまでは」
「…なるほどね。妙な細工なんてしないで愛佳も“失踪”させる方がやっぱり無難だったか」

欠片の感情も含まない口調でそう言う小春に、愛は改めて実感させられた。
目の前にいるのは、自分たちがよく知っているつもりであった小春とは全く違う存在なのだと。

「じゃ、もうこの“幻”も無意味だね」

そう言いながら小春が小さく肩を竦めるのと同時に、その姿に変化が訪れた。
床に横たわっていた小春の影が、その体に吸い込まれるようにして消える。
同時に、その容貌も微妙に変じていく。

「齢……取らないんだよね、ほんとは。でもそれじゃ不自然でしょ?“人間”としては」

数瞬の後に愛の前に在ったのは、まだややあどけなさを残す、リゾナンターに入ってきた頃の小春の姿だった。

「……あんたの能力、凄いとは思ってたけど……それでもまだ過小評価だったみたいだよ」
「そりゃどうも」
「あのときの“黒猫”も……あんたの作った“幻”だね?」

れいなが誘き出され、絵里を奪われるきっかけとなった“黒猫”―――
あのとき既に小春が“敵”だったのだとすれば、正体不明であったそれへの説明は簡単につく。
絵里とれいなが赴いていた“被害者”の家は、小春が「襲われた」地点のすぐ近くだった。
すなわち、小春はその能力で意味ありげな“囮”をれいなに見せて後を追うように仕向け、その先で「襲われたフリ」をして倒れていた―――

「ジュンジュンも……殺したの?小春」

吸血鬼の襲撃を受けたというあのときの話が嘘であるのならば、一緒にいた李純を“失踪”させたのは、必然的に小春本人ということになる。

「自分のせいだ」と取り乱し、感情を露わにしていた小春の姿が愛の脳裏には鮮明に焼きついている。
それがすべて芝居だったのかと思うと、また種類の違うやるせなさが込み上げるのを止められなかった。

「うん、殺した」

だが、そんな愛の内心に斟酌する様子など一切感じさせず、小春はあっさりと頷いた。

「あのときはちょっと焦ったよ。なんかえらく難しげな顔で何かを考えてるなーって思ったら、急に真剣な顔してさ、『久住、お前が吸血鬼なんじゃないか?』って」
「……なっ?ジュンジュンは…気付いてたの?」
「みたいだね。で、こっからが笑い話なんだけど、『たとえ久住が吸血鬼だとしても私たちは仲間だ』とか突拍子もないこと言い出してさ」

笑い話だと言う小春の冷笑の中、愛は一瞬どこか淋しそうな表情が過ぎるのを見た気がした。

「挙句『ちゃんと話せばみんなも分かってくれる』とかありえないこと言い出したもんだから…」
「…殺したの?」
「そう。迷った挙句に話すことを決意した……って演技をしたら、隙だらけの笑顔で近づいてきたから簡単だったよ」

だが、その一瞬の表情はすぐに残忍な笑みの下に消える。
目の前に立つのは紛れもなく、自分たちの“敵”だった。

「さて、全部分かってスッキリしたところで」
「!!」

言葉と同時に発散され始めた禍々しい殺気に、愛は一瞬たじろいだ。
それを見透かしたように、小春が不気味な笑みを浮かべる。

「申し訳ないけど、全員死んでもらう。…言っとくけど小春は強いよ。高橋さんよりね」

その言葉が紛れもない事実であることは、誰よりも愛自身が一番はっきりと感じていた―――