アメノキオク


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。


なんか怖い。そう思った時にはもう遅く、足が竦んで前に出なくなっていた。
バケツをひっくり返したような激しい雨が目の前の景色を瞬く間に濡らしてゆく。
夏の終わり。夕立とは言い難い毎日のように続くゲリラ豪雨はどこか異常だ。
雨は轟々と音を立てる。コンクリートに打ち付けられた雨雫は跳ね上がり、足元を白くした。

「何でやろ…動けへん」

電車から降りた人たちはそろって傘を差し、身体を小さくしホームから足早に帰り路につく。
改札口の前で立ちすくむ少女に気をとめる人など、この都会にはおらず
邪魔だ、と言わんばかりの舌打ちをお見舞いされたくらいだった。

落ち着け、自分。大きく深呼吸をし言い聞かせたが、空を切裂くような雷の音が聞こえ
2・3歩進むのが限界でますます愛佳の足は動かなくなってしまった。
今日は遅くまで学校に残り勉強していたためリゾナントに寄るつもりもなく、自宅の最寄り駅で電車を降りた。
愛佳は制服のポケットに入った携帯を握り締める。今、自分が頼れる人は誰もいない。

「きっと通り雨やから、止んだら帰ろ…」

手を伸ばし、ギリギリのところでなんとか待合の椅子を掴み、無理やり身体を動かす。
やっとのことで椅子に腰を下ろした時には、再び立ち上がれない程に膝が震えていた。
呪文のように落ち着けと言い聞かし、目を閉じたが
音を立てて降り続ける雨と雷にどうしようもなく身体がざわついた。
ピカ、と閃光が瞼の裏を走る。すぐにバリバリと強い音がして、駅の蛍光灯が点滅した。
停電か!?駅員の声が聞こえたその刹那、聞こえるはずのない声が愛佳の耳に届いた



――――― あんたが!あんたが変なことゆうたからホンマにそうなったんや!!



「お母さん!?」

ハッとして目を開ける。もちろん母親の姿などない。
それでも雨音と雷鳴に混じり、どこからともなく声は鮮明に愛佳の耳に響く。
耳を劈くようなヒステリックな声。ガラスの割れる音。身体に感じる、鈍い痛み。
愛佳の目の前から色が消えた。闇と孤独。そして過去の記憶。
未来を視るように、愛佳はあの日の過去を視た。

降りしきる雨。拉げた車体。流れる赤、赤、赤…


初めて未来を伝えたあの日。父は車の事故で重傷を負った。

「パパ、くるまにのったらアカン。くるまがぺっちゃんこになって、パパめっちゃいたいケガするねん!
 やからいかんといて!おうちにおって!!!ぜったいにいかんといてっ!!」

あの日も雨だった。今日みたいな、激しい雨が降っていた。

「どうしたん愛佳。変な夢でも見たんか?パパ車の運転めっちゃ上手なん知ってるやろ?絶対平気や」

頭を二つ撫ぜ、柔らかな笑顔で家を出た。降りしきる雨の中、父の車は発進する。
愛佳は母の手をぎゅっと握り、その車を見送った。

「ほぉら、大丈夫やろ。パパ雨でも運転めっちゃ上手いやん!」

強く握った手を母は優しくくるんでくれる。髪の毛、くくってあげよか。
そう微笑みかけてくれたのが優しい母の最後の記憶。
その後は、愛佳の身体を強くつかみヒステリックに叫ぶ、鬼のような形相の母と
顔が見えないほど包帯でぐるぐる巻きにされ、たくさんのチューブを身体に通された父の姿まで記憶は飛ぶ。

パパに何したんやっ!!!あんたの所為や!あんたが変なこと言った所為や!!
パパを返して!元気やったあの日に戻して!こんな目にも遭わせられるんやったらあの日に戻すこともできるやろ!!
あんたの顔なんてもう見たくない。恐ろしい子!悪魔の子や…近づかんといて。ママは死にたくない

雨の日に光井と喋ったら呪われんねんて。だって光井のお父さん雨の日に死にかけたらしいで
え、ホンマに?そうそう、それやって光井が雨の日にへんなことゆうたからそうなってんて
ほら前なんか飛行機の事故とかあったやん?あれも光井なんかゆっとったらしい。
光井は死神や。夜中にこっそり呪いでもかけてんちゃう?ちょっと直接聞いてみてぇや
は、嫌やし。まだ死にたくないもん。オマエが行けよ。ウチ聞いてもいいけど今日雨降らへんやんな
降らへんって、今日は晴れや。じゃぁ聞くけど、もしウチが死んだら光井が犯人やって証明してや
はははっ!ちゃんとゆうたる。なんやったら今から遺書書いときーや。そうするわ。紙かして
ちょっと、あんたら声でかいって!絶対聞えてる、こっち見たで、きもちわるっ
うっわやっばー今日あたし殺されるかもしれへん!どーしよー人生最後の日やーあははははっ!!!
あははははーあぁはっはっはっはっははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!

「――――――っぅぁぁあああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」


雷が空を切り裂く音がした。辺りが闇に包まれる。
その闇に吸い込まれるようにして、愛佳の意識が堕ちてゆく、その刹那

「愛佳、おそなってごめんな。帰るで」

酷く温かい何かに包まれた。

「リゾナントに、帰るで」

そして次の瞬間、ふたつは光の粒となっていた。