~コールド・ブラッド~ <Ⅵ>


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



                                ←前の話     次の話→



※ところどころ視点や時系列が飛びます
「◆ ◆ ◆」がその合図です

※一部残酷な描写を含みますのでご注意ください


       ◆   ◆   ◆

出会い頭の戦闘は、呆気なく片が付いた。


捜査の中で浮かび上がった“人物像”と合致する風体。
互いの姿を認め合った刹那に伝わってきた、明確な敵意。
そして―――窓から差し込む光にも関わらず、その足元に存在しない、本来“あるべきもの”……

れいなの決断は迅速だった。

それらの情報を瞬時に認識すると同時に、逡巡なく能力を解き放つ。
そして、不意の遭遇に対応しきれていない無防備な“敵”の体の中心へ向けて、鋭い手刀を突き出した―――


「……まずは一体」

表情を消した顔で、れいなは小さく呟いた。
足元には、たった今“除去”した相手が横たわっている。

「…間違いないね」

しゃがみこみ、“死体”を検めていた里沙が、れいなを見上げるようにしながらその口元を指し示す。
半開きになったそこからは、見覚えのあるあまりにも尖った“歯”が覗いていた。

「影……やっぱりないとやね」
「そうだね」

独り言のようなれいなの言葉に、里沙も呟くように返事を返す。
横たわる“死体”にも、傾いた陽の光が射している。
だが、それに付随してできるはずの黒い分身は、やはりどこにも見当たらなかった。

「コイツは前の……梓いう子とは全然感じが違ったっちゃん。獣やなくて人間いう感じがしたと…」

他にも得るべき情報がないかと“死体”の検分を続ける里沙に、れいなは変わらず独り言のような力ない口調で言葉を投げかける。

「…うん。私は実際に比べられないからはっきりとは言えないけど、私も人間と全然変わらない印象だった。…ここ見て、れいな」

言いながら、里沙は“死体”の首元を示す。

「なん…?あ、咬み痕が……ない?」
「うん。れいなたちが行った家の、梓って子にはあったんだよね?」
「あった。ちょうど、その牙みたいな歯の間隔くらいで2つ、痕がついとったっちゃん」

頷きを返しながら、「どういうこと?」という表情を作るれいなに、里沙は「多分だけど」と前置きして自分の考えを話し始めた。

吸血鬼に咬まれた者は吸血鬼になる……ただし、その形態は2種類。
さゆみの仮説にあったように、人間らしい者と、そうでない者。
その差が一体どこから来るのか、そしてどの程度の率かは分からないが、“選ばれた者”だけが、前者のような吸血鬼になるのではないだろうか。

「選ばれたもん?」
「うん、いや、その言い方が適切かは分からないけど」

“理性”を保ちながら吸血鬼となる者と、ほぼ本能だけの存在となる者。
そして、おそらく前者の“資格”を得た者だけが、いわゆる吸血鬼として生き続けることができるのではないだろうか。

「生き続けられるって…じゃあ、選ばれんかったもんは死ぬいうこと?」
「いや……というより…多分、“食料”に……なるんだと思う」
「…?食料って……――ッ!」

以前に、体内の血液をほとんど抜き取られた状態で発見された“失踪者”―――あれは多分“そういうこと”だ。
“理性”のない存在が無闇に増えれば、いくら催眠下に置けるのだとしても限界があるだろう。
また、その分“食料”の調達が必要となり、その“食料”が更に新たな支配下となれば………

「だから、一石二鳥の意味で――」
「もう…いいとよ、分かったけん…」

里沙の話を遮り、れいなは大きくため息を吐いた。

ある意味、喜ばしいことではあった。
ねずみ算式に増えることが危惧された“敵”の増殖率は、どうやら格段に低いらしいのだから。
だけど―――

「“人間らしい”言うても、やっぱり人間とは全然別な生き物なんっちゃね…」

自分と同じ姿をした、いわば“仲間”を“食料”として扱う……到底理解できる思考ではない。
元の人間の人格をどこまで残しているのかは分からないが、完全に別の生命体――“敵”であると捉えるべきだ。
すなわち、愛が繰り返し言っていたように、迷うことなく“除去”すべき対象として。


「―再生(リジェネレイト)―の能力がありながら、首の咬み痕がそのままだったということは、多分それが―催眠(ヒュプノシス)―に関係してるからだと思う」

唇を噛むれいなに、里沙はことさら淡々とした口調で分析を続ける。

吸血の際、同時に何らかの物質を送り込み、それを媒介に相手を催眠下に置いて支配するのではないだろうか。
それ故、その部分に関しては再生能力も及ばなかったと考えられる。

「この女には咬み痕がもうない。つまり、咬まれたのは随分以前で…もうそれは自然治癒したってことじゃないかな。催眠の必要もないわけだし」

吸血鬼はいつまでも若々しい…といった伝承もあった。
不老不死とまではいかないのかもしれないが、再生能力があることからも分かるように、細胞は常に新しくなっているのだろう。
比較的若く見えるこの女も、“実年齢”はだいぶ上なのかもしれない。
「ここ数年の失踪者名簿」を検索しても見つからなかったのは、そのせいだったのではないかと思われた。

「だから、もっと遡って失踪者を調べれば………――ッ!?」

そのとき、突然“死体”に起こった変化に、里沙は目を見開いて言葉を止めた。

「くずれよう……?」

始めはゆっくり、そして次第に速度を上げて女の体が崩れ落ちていく光景を、れいなも呆然と眺めていた。
やがて、2人の視線の中、あっという間に女の体は灰状となり、その形を失った。

「……吸血鬼は死んだら灰になりよういうんは、ほんとやってんね」
「みたいだね。血液が全身を巡らなくなって……“何か”が死ぬのかもね。死んだはずの肉体を生かしていた“何か”が……」

呟くような里沙の言葉に、れいなは複雑な顔で無言の頷きを返す。
そして、軽く息を吐き出すと再び表情を消した。

「じゃ、ガキさん。色々分かったとこで、先に進まんと。“敵”は一匹だけやない―――」

そのとき。
そう言いかけたれいなの耳に、微かな物音と、声が聞こえてきた。

勢いよく扉を開け放つ音。
それに続く、愛佳の「リンリン――!」という切迫した声。
そして―――

「亀井サン……!!」

驚いたようなその銭琳の声を聞いた瞬間、れいなは走り出していた。

「!!れいな…!待ちなさい!」

慌てて後を追う里沙の制止の声に耳を貸すことなく、全力で。

その先には、1階のレストランへとつながる、吹き抜けになった空間があった―――


       ◆   ◆   ◆

「リンリン右ッ―――!」

思わず絵里の方へと駆け寄り出した瞬間、耳に飛び込んできたその愛佳の声に、銭琳の体は半ば無意識に反応した。

体をひねると同時に、その掌から緋色の炎が吹き出す。
風圧さえともなうほどの激しい炎は、倒れた棚の陰から今しも飛び掛ろうとしていた女の顔面を正確に捉え、壁面まで弾き飛ばした。

「あああぁぁ~~~ッ!!!」

一瞬にして頭部が燃え上がった女は、絶叫とともにその身をよじらせる。
だがそれも長くは続かず、あっという間に炭化した頭部を乗せた体は、壁際で崩れ落ちて動かなくなった。

呼吸を整えながらそれを確かめ、銭琳は後方を振り返る。
そこには先ほどに増して青ざめた表情の愛佳がいた。

「助かりました、愛佳サン」

その愛佳に小さく頭を下げ、銭琳は素早く視線を前方へ戻した。
絵里の姿に気を取られ、注意が散漫になっていた自分を戒める。

その瞬間―――
銭琳は気付いた。
先ほどから頭のどこかで感じていた、違和感の源に―――


「絵里ッッ!!」
「!?」

そして、それとほぼ時を同じくして―――頭上から聞き慣れた声が落ちてきた。

「田中サン…!?」

銭琳が声の主の名を口にしたときには、既にその姿は視界にあった。
次の瞬間、声の主――れいなは猫のようにしなやかな着地を決める。

吹き抜けになった2階部分から、れいなが飛び降りてきたことはすぐに分かった。
かなりの高さがあるにも関わらずそんなことが出来るのは、れいなの能力―身体増強(エンハンス)―のおかげであることも。
本来の受け持ち場所を離れ、単身で飛び降りてきたのは、絵里の姿を確認した故であることも。
そして……絵里のすぐ近くに着地したれいなが、今にもそちらに向かって駆け寄る気だということも。

「止まって!」

れいなの足が前方へと向かって床を蹴る寸前、銭琳の声がレストラン内に響いた。
その声に含まれる切迫した色は、平静さを欠いていたれいなにも届いたらしく、その足が止まる。

「田中サン、離れてください。亀井サンに……近づいてはいけません」

睨むような視線を向けてきたれいなに対し、銭琳は静かな声でそう告げた。
そして、自らは言葉とは逆にそちらに歩を進めていく。

「……なん?リンリン、それはどういう意味っちゃん!」
「…もう分かってるでしょ?田中サンだって」
「………」

敢えて短くそれだけを返した銭琳に対し、れいなはただ唇を噛み、拳を握り締めた。

傾きを増し、橙の光を多く含み始めた太陽の光が、吹き抜けとなった空間に降り注いでいた。
吹き抜けの中央で椅子に座る絵里にも、当然光が射している。
だが、その結果として生じるはずの現象は、いくら目を凝らしても見えなかった。

「影が……ありません。亀井さんの…影が」

本来であれば、振り返った瞬間に気付くべきだった。
店内の全景が映った鏡の中に、絵里の姿はなかったのだから。

影がなく、鏡に映らない。

その事実が指し示す答えは……一つしかなかった―――

「なかなか冷静だね」
「――ッ!?」

そのとき、不意に聞こえてきた声に、銭琳とれいなは戦闘体勢を取る。
声のした方、店の奥から姿を現したのはカジュアルなスーツ姿の一人の若い女だった。

「あんた…ハウスキーパーか…!」

唯一写真が残っていた“対象”の顔を目の当たりにして、れいなが思わず身を乗り出す。

「ま、あれは仮の姿だけどね。深華(みか)って呼んでもらっていい?それが名前だから」
「…ッざけんな!お前か!お前が絵里を――!!」
「田中サン――!」

絵里を拉致し……吸血鬼にした本人を目の前にして再び我を忘れたれいなは、銭琳の制止を振り切って床を蹴る。

「―――ッ!?」

だが、その間合いがあっという間に縮まったと思った刹那、れいなの体は何かにぶつかったかのように弾き飛ばされた。

「な……?」
「―障壁(ウォール)―…って呼んでる。わたしが“こうなる”前から持ってた能力。あ、ちなみに火も弾丸も通さないよ。試す?」

れいなから銭琳へ、そして後方の愛佳へと視線を順々に動かしながら深華は薄く笑った。

「お前たちは……一体、なんだ?」

沈黙の後、銭琳が全員の思いを代表するように口を開いた。
目の前にした「吸血鬼」は思った以上に人間そのもので、今さらのように戸惑いが湧き上がってくる。

「なんだって言われても…吸血鬼…って答えるしかなくない?わたしがどう答えようと、あなたたちにとってはそうなんだから」

肩を竦めるようにしながらそう言う深華の笑みが、やや淋しそうな色を帯びる。

「人間の血を吸って―――殺してる……それは事実だしね。でも、わたしたちもそうしないと生きられないんだよ」
「お前も元々は普通の人間だったんじゃないのか?何とも思わないのか?」
「そうね………」

銭琳のその問いに対し、深華は俯くようにしながらそう呟き……顔を上げた。

「全っっ然思わない。だってそうでしょう?もし前世が牛だった…って言われたら、あなたはステーキ食べなくなるの?」

その顔には、一転して嘲るような表情が浮かんでいた。

「今のわたしにとって、人間は食料であり、同時に敵でしかない。…ううん、別に仲良くしてもいいんだけど、そっちがしてくれないでしょ?」
「当たり前っちゃろが!何人も殺したくせにふざけんな!」
「そうしないと生きられないって言ってるじゃない。それに、あなたたちもわたしの“仲間”を殺したでしょ?」

深華の視線が、血に濡れたままのれいなの右手、そして後方の壁際へと滑るように動く。

「あなたたち人間と違って、わたしたちは滅多に“生まれ”ないのに」
「…やっぱり噛まれたもんがみんな吸血鬼になるいうわけやなかったんか」
「なるよ、吸血鬼には。ただ、話し相手にはほど遠いだけで」
「今、お前みたいなのが何人いる?」
「4人。……じゃないか。もう2人死んじゃったし。あなたたち、他にもまだ仲間がいるんでしょ?この分じゃ……もうすでにわたし1人かもね」
「……なら、あんたを“除去”したら終わるわけやね」

れいなのその言葉に、深華はシニカルな笑いを返した。

「殺すんだ、やっぱり。こんなに面と向かって長々話した相手でも、容赦なく」
「……それが仕事やけんね」
「だってさ、絵里ちゃん。この子、あなたも殺すんだって。それが仕事だから」
「………!!」

息を呑んだれいなの視界の中、椅子に座っていた絵里が体を起こし目を開く。
ゆっくりと立ち上がったその絵里の目は、真っ直ぐれいなに向けられていた。

「そうなの?れーなは……絵里のこと、殺すの?」
「絵里……」

心から願っていた、絵里との再びのやり取り。
だが、実現したそれは、れいなが願っていた形とはまるで違っていた。

「絵里は…操られとーだけやろ?やけん、そいつを殺せば絵里は元通りに――」
「ならないよ、残念だけど。絵里ちゃんは、もう“生まれ変わった”から」
「嘘や!」
「嘘じゃないってば。あ、でもさっき言ったのは嘘だったね。わたしの“仲間”はここにもう1人いたんだった」

わざとらしくそう言いながら、深華は冷たい笑顔をれいなたちに向ける。

「絵里はお前らの仲間なんかやない!絵里は―――」
「田中サン!」

れいなの言葉を遮ったのは、悲痛な銭琳の声だった。

「あの人は…いえ、あいつはもう亀井サンじゃない。私たちの“敵”です」
「なん言うと!?絵里が敵なわけないっちゃろうが!」
「でも、もう“対象”なんです!田中サンだって分かってるはずです」

怒りと哀願が混ざり合ったような視線を向けるれいなにも、銭琳の決然とした態度は揺るがなかった。

「さっきあいつを“除去”したら終わると田中サンは言いました。でもそれじゃ終わらなくなった。そうでしょう?」
「やけど……!」

「れーな」

言い争いに割り込むようにしてポツリと呟かれたその声に、2人は言葉を止めて視線を絵里へと動かした。

「いいよ、絵里は。れーなに殺されるなら……いいよ」
「絵里……!!」

そう言いながら柔らかく微笑む絵里に、れいなは思わず駆け寄る。
その手は、絵里の命を奪おうとする代わりに、力いっぱい抱きしめようとするかのように広げられていた。


「だかられーなも……いいよね?絵里に殺されても」


すべては―――ほんの数瞬の出来事だった。


見開かれたれいなの目に映ったのは、先ほどまでとはまるで違う冷たい笑みを浮かべた絵里の姿。
その表情のまま、絵里は躊躇うことなく両手を前に差し出す。
そこから生まれた見えない“風”は、無防備なれいなの全身を容赦なく切り裂いた。
飛び散る鮮血が、絵里の冷たい笑顔を、銭琳の呆然とした顔を、そしていまだ優雅さを残した床のタイルを不吉に彩る。

「え……り………」

その景色の中、れいなは静かに崩れ落ちた。
届かなかったその手を、それでも絵里に差し伸べるようにしながら―――