オレンジ


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 亀井さん、検査入院してる日や。

 町の小さな内科医院の看板を見つめながら愛佳はふと絵里を思った。
 夏期講習や夏休みの宿題に追われ一週間ほどリゾナントに顔を出せていない。
 今日は夏期講習が予定より早く終わったため久々にリゾナントへ行ける日だった
 愛佳は行き先を変更し、絵里のいる病院へと向かう。
 コンビニで絵里の好きなオレンジジュースと自分のためにミルクティーを買う。

「あ、でも亀井さん飲めるんかな」

 ぬるくなってしまわないように、紙パックに持っていたハンドタオルを巻いた。


 絵里の入院している病院は大きい。
 何度きても迷子になりそうになる。一度さゆみの代わりに荷物もちとして絵里と一緒に病院に来たが
 絵里はいとも簡単に受付を済ませ、迷路のように廊下を行ったりきたりし
 エレベーターに何度か乗り換えて病室へ、まるで自分の部屋に帰るかのような足取りでたどり着いていた。

 愛佳は自慢の記憶力で絵里の病室までの道のりを思い出す。

「えっと確か東棟のエレベーターを3階で降りて新館へ行くんやったっけ…東棟はここやからー」

 エレベーター横の病棟案内地図を指でたどる。驚かしたいから、どうしても自力でたどり着きたい。
 目を大きく開いてそのあと微笑んでくれる絵里の顔を思い浮かべた。

「あ、愛佳ちゃん」
「えぇ!?」

 思い通りの表情だったが、出会う場所が想定外だった
 絵里は上から降りてきたエレベーターに乗っていた。ボストンバッグを肩から下げている。

「迎えにきてくれたのっ!?」
「あ、え、まぁ…そうです」
「ありがと」

 あまりの弾んだ声に、お見舞いのつもりだったとは言えなかった。

「荷物、持ちますね」
「いーよぅ、そんなの」
「いーからいーから。亀井さんはコレ持っててください」

 カバンからハンドタオルに包んであったオレンジジュースを取り出し渡した
 包んであったおかげでまだ冷たい。
 わぁ、と新しいおもちゃを与えてもらった子どものように絵里は目を輝かせた。

「ありがと!!やばっ、絵里めっちゃ飲みたかったの!」
「よかったです。飲めへんかったらどうしようかと思いました」

 ぷつ、と紙パックにストローを差込み早速吸い上げる。
 あまりにも幸せそうな顔をして飲むもんだから、愛佳は思わず目を細め微笑んでしまう。
 絵里はそんな愛佳の頭を撫でるように叩き、ストローを咥えたまま八重歯をこぼす。

「そんなに喉渇いてたんですか?」
「んーそういうわけじゃないんだけどさ、なんだろ、すっごい美味しい」
「入院してるときの飲みもんってお茶だけですか?」

 ひとしきり飲んで満足したのか、やっとストローを口から離し
 ゆっくりと歩き出す。病院から出ると焼け付くように太陽が二人を照らす。
 むっとする暑さに愛佳もバッグからミルクティーを取り出し一気に飲んだ。

「お茶とお水しかないよ。お茶ってもうっすいの。おいしくないー」

 絵里はストローを噛みながら眉間に皺を寄せた。
 里沙が見てたら叱りそうだ。かめ、ストロー噛まないの、って。

「ごはんはどんなんです?」
「入院して1日目は食べちゃダメで、次の日はなんかね、やらかいやつで、3日目にやっと普通のゴハン
 でもさ薄いの、ぜーんぶ。だからねぇ、絵里あんまり好きじゃないんだ」
「じゃぁ食べたらアカン時はどうしたはるんですか?」
「点滴だよ」
「おなか減ったなぁ、とか思わへん?」
「うん。思わないんだよねー不思議なことに」

 絵里はそういいながら自分の腕を見た。点滴が刺さっていた場所に小さなバンソコが貼ってある。

「痛い?」
「刺すときに、ちょっとだけね」
「いつもそこの場所に刺されるですか?」
「ちがうよ。手の甲とかにも刺される時あるよ」
「やっぱり痛い?」

 無数に刺された針の痕は、当然の事ながら目に見えて残っているわけではない。
 でも点滴をつないで眠っている絵里の姿を思い出し体がぎゅん、と痛くなる。
 分からないのに。分からないのに痛くて辛い気持ちになる。
 絵里の腕を触った。太陽に照らされて熱を持ったそこはなんでもないように愛佳に熱を伝える。

「優しいね、愛佳ちゃんは」
「…?」

 言葉と同じ優しい声と手が頭に降ってきて足を止めた。

「ありがとね、心配してくれて」
「心配しか、でけへんのが、なんか申し訳ないんですけど」
「それだけで嬉しいよ」
「…」

 オレンジジュースを飲む姿はとても幼いと思った。
 それなのに、今愛佳に話し掛ける絵里はすごく大人で
 4歳の年の差をひしひしと感じる。

「お見舞いに来てくれるのも、一緒に帰ってくれるのも、オレンジジュース持ってきてくれるのも
 それだけですっごく嬉しい。だってそれって全部絵里を想ってくれてる時間でしょ?」

 頭を2度撫で、それから愛佳の手を取って歩くよう促す。
 太陽がじりじり照りつけ額から汗が流れたが、その繋がった手を解くことはしなかった。

「それだけでね、絵里痛いのとか辛いのとかぜーんぶ忘れちゃうよ」
「ホンマですか?」
「ホンマホンマ」

 愛佳の喋り方をまねておどける口調が絵里らしい

「だからさ」
「はい」
「また来てほしいな」
「はい」
「また、来月も再来月も、もしかしたらずっとずっとかもしれないけど絵里が入院するたびに来てほしい。
 それがね絵里の元気の源だから。どんな薬にも代えられないとっておきなんだから」
「はい!」
「へへっ。ちょっと恥ずかしくなった」
「なんでですかー」
「絵里語っちゃったじゃん」
「んふふ。また来月もオレンジジュース持ってお見舞い行きますね」
「また一緒に帰ろうね」
「道重さん、嫉妬しはるかもしれないですよぉ?」
「いーの。さゆは飽きるほど会ってるから」
「そんなんゆうたら泣きはりますわ」


 二人で笑い小突きあって歩く。
 リゾナントにつく頃には汗だくになっているだろう。
 それでも、扉を開けたときの愛の甘ったるい『おかえりー』の声や
 れいなのはにかんだような笑顔や、さゆみとジュンジュンの熱い抱擁や、里沙の頭を撫でてくれる手つきや、
 小春の高く、耳にキーンとくる声や、リンリンの必要以上に大きなリアクションが目に浮かび、足取りは自然と早くなった。

「リゾナントついたらさ、愛佳ちゃん何飲みたい?」

 コンビニで買ったオレンジジュースとミルクティーはもうすっかりなくなっていた。
 額の汗を手の甲で拭いながら絵里が聞く。

「亀井さんは何が飲みたいんですか?」

 繋いだ手を大きく振る。そして二人顔を見合わせた。


 オレンジジュース!!!


 果汁たっぷりで、鮮やかな。
 亀井さんの笑顔の色をしたオレンジジュースが飲みたい。

 愛は愛情もたっぷり入れてそれを作ってくれるだろうか。
 繋いだ手にぎゅっ、と力を込められたのを感じ、愛佳は絵里を引っ張った。

 二人はリゾナントへ向かい走り出す。