motor oil


日々止むことはない砂嵐と体を溶かそうとでもいうかの如く照りつける太陽
当然のことながら緑は枯れ果て、川の水は砂で茶色に染められている
そんな土地に立っている家々はほとんど窓がないか、あっても非常に小さい
家というよりもむしろ小屋に近い建物、それらが並ぶ集落モニター越しにを彼らは見ていた

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「○○、ごはんよ~」
母親が窓際に座っていた娘の名前を呼んだ
少女はちょこちょこと走って来て椅子に座り、手に持っていた箱をテーブルの上に置いた

「あら、またその箱持っているの?お食事の時くらい手放しておいてもいいじゃない」
「いや!だってこの箱、お姉ちゃんがくれたんだもん!!」
そういいながら少女はテーブルの中央に置かれた大きなパンを手で引きちぎった
「こら!!勝手に食べんるんじゃありません!!」
テーブルの上に置かれたのは大きなパンと乾燥肉、そして豆の煮物
「お父さんも来てから一緒に食べるんでしょ!!それから食べる前には神様にお祈りを捧げるの」
文句を口に出しつつ、少女は引ちぎったパンをもとの大きな皿に戻した

母親はそんな娘を愛おしく眺めた。
視界の端にテーブルに置かれた綺麗な異国風の箱をちらっと見えた
(まったくこの子ったら本当にこの箱を大事にしているのね
 でも、あの方が来て下さったおかげで今日の食事があるのですし、感謝しなくてはいけませんね)
母親は数日前の出来事を思い返し始めた

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ノックの音がし母親がドアを開けるとそこにはすっぽりとフードをかぶった女性が立っていた
別にフードをかぶっているのは不思議ではない。
というのもこの地域の宗教の掟で女性は人前で顔をさらしてはいけないからだ
仮に女性でなくてもこの地方では砂と太陽のために頭を守らなくてはならないのではあるが…
「何か用でしょうか?」
母親が旅人に尋ねた

「一晩の宿をお願いしたい」
旅人はそう言った
「しかし、家には食べ物もありませんので・・・」
母親の頭によぎったのはもう底をついてしまった小麦、暫く口にもしていない肉のことであった
こんな旅人をもてなすどころか自身が生きることで精いっぱいなのである

「それは大丈夫です。寝る場所を与えてくれたら、これを渡そう」
そう言って旅人は背負っていたバックパックから大きなパンとこれまた大きな乾燥肉、小麦粉を取り出した
大きなパンはこの地域で食べられているような平べったいパンではなく細長い
乾燥肉は母親には読めない異国の文字で印が押されており、美味しそうな色をしていた
「どうだろうか?一晩、泊めてくれないか」

母親は目の前に差し出された魅力的な食べ物の誘惑に負け、「一晩だけなら」と家に招き入れた
旅人は感謝を示すように頭を下げ、家の中に入り被っていたフードを外した
旅人は異人であった。髪は金髪だか瞳は黒い。どこの国の人か分からない印象を受けた

「どうぞ、こちらの部屋をおつかいください。すみませんね、この部屋しかないもので」
母親はある一室へ案内した
「いえいえ、構いませんよ。この部屋は息子さんのものですか?」
旅人が今夜寝床となるであろうベッドの硬さを確かめるように触りながら尋ねた

「え、ええ。息子のものでした。でも、その息子も…戦争に駆り出されてしまいまして…」
「それはお気の毒に…」

数年も前から隣接する小国との紛争が続いていた
そのため一般家庭からも兵力として若い男子が駆り出されていた
ただ先日、調停を結んだため、現在は戦闘は行われていない
しかし、その調停も文書によるものではなく一方的に破られる可能性は否定できなかった

母親はこの旅人のことを気になっていた。
なぜこのような場所に来ているのか、なぜ一人であるのかということだ
しかも女性がこんな貧困な状況なのに、なぜあのような食料を持っているかということ

じっと見つめていていたためであろう旅人が再三問いかけてもなかなか母親はそれに気がつかなかった
「・・・もしもし」
「あ、はい、どうかしましたか?」
「泊めてくださるお礼に約束のものをまずお渡しします」
旅人はパンと乾燥肉を母親に渡した

「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
「いえいえ、この家では、いえほとんどの家では食料が尽きてしまっているので貴方様がきてくれて私も助かりました」
「そうなんですか…そんな状況とは知らなかったもので」
旅人は頭をかきながら部屋の中を見渡している

「ママ~お客さん?」
「こら!!○○、静かにしていなさいよ」
小さい少女がドアからこちら側を見ていた

「娘さんですか?かわいらしいですね」
旅人は優しい笑みを浮かべて娘に向かって、手を振った
娘は外人が物珍しいのであろう、旅人をじっと見ながら手を振り返した
じっと見られていることに気付いたのであろう娘は顔を赤くし、自分の部屋へと戻っていった

旅人が持ってきた食事で家族は久々に腹を膨らませることができた
楽しい食事では自然と笑顔が浮かび、笑い声が飛び交う
旅人のことを気に言ったようで娘は旅人にいろいろなことを聞いていた
「これまでどんなとこにいったことあるの?」だの「どんな所から来たの」と質問ばかりし、旅人を困らせただろう
旅人も楽しんでいるのだが、やや苦笑いをしながら、ほとんどの質問に丁寧に返した
どうやら旅人も娘のことを気にいったようであった
自分の部屋があるにもかかわらず娘は旅人と一緒の部屋で眠ったようである

翌朝、旅人が出ていくときになると娘は目に涙を浮かべてしまっていた
「すみませんね、せっかく宿を貸したのにベッドはウチの娘が使って床で寝ることになってしまって」
「まあ、面白かったですよ。こんな思い出も大事なんですから。おや、○○、泣いているのかい?」
旅人は娘の頭を豪快に髪の毛をくしゃくしゃにするようになでた
「おら、泣くんじゃないぞ。これあげるからな!!」
そういい旅人は娘の手に箱を置いた

「これは?」
旅人は娘の視線に合わせてしゃがみ込み、娘の目をじっとのぞきこんで一言一言を言い聞かせるように言った
「これはね、○○が『必要な時』に開けるんだよ。一回しか開けちゃいけないんだからね。
 ○○は強い子だと思うから、これを渡すんだからね。大丈夫、また会えるからね、きっと」
「ほんと?」「ああ、ほんとだよ」
そう言い旅人はバックパックを担ぎなおし、母親に頭を下げ、旅へと戻っていった

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それが二日前のこと、娘は箱を手にしているが開けようとはしていない
その中身はわからないが、きっと娘への応援のメッセージとかであろう。なんにせよいい人であった

そんな回想に浸っていると表のほうが騒がしくなっていた。母親は窓から外を眺めようと駈け寄った
ドーンと大きな音がし、母親と娘を強風と衝撃が襲った

大きなスクリーンに映し出されているのは隣国の様子であった
あちらこちらで爆弾が爆発し、瓦礫と化した街や火災に逃げ惑う民衆、それを追う銃を手にした兵士たちの姿
もちろんその兵士達はこの国の兵士達でゲームのように一般人を砲撃している

スクリーンを見ているのは恰幅のよく髭を生やしたいかにも「総帥」とでもいうべき中年の男
そして、その部下数十人とボディガード数人であった
ガハハと下品な笑いを上げながら男はスクリーンに映された自国の軍隊の活躍を嬉々として見ている

「総帥、これで隣国の敗北が確定しましたね。このままあちらの軍の降伏を待ちましょうか?」
「ばかもん、今辞めたならば国際社会から非難を浴びるであろうが
 あちらが先にこちらを攻撃した証拠を作らんか」
「はっ!!」
敬礼をし、部下が軍に向かってさらなる侵攻の指示を伝える

「まだやるんですか?」
男に向かって失礼とも思えるような口調で放たれた言葉だったが誰も反応しなかった
「このままでは我が国家の未来がないですからな。

 しかしながら、やはりそちら様の力はお凄いですな、ダークネス」

男は自分の座っている椅子の後ろにいるであろう人物に向かって親しげな声をかけた
「別に私はあちらの国に潜入して、爆破装置とか暗示をかけただけですよ
 そちら側の思惑があったからこうやって動いたんですから、凄いのはこの国ですよ
 しかし、こんな時勢に侵略なんて考えるなんて稀有な事例というか…」
「まあ、異国のあなたにはわからないかもしれないが、うちとあの国は切っても切れぬ仲でしてね、察してくださいな
 それよりどうですかな?こちらに上等のアルコールがありますが、祝杯とでもいきませんかな?」
グラスを差し出したが、女は丁重に断りを入れた
「まだ仕事がありますので」

「ハッハッハ、実に愉快だ。これだけの大仕事をしていながらまだ『仕事』とは」
膨らんだ腹を豪快に揺らして笑う男に女は「日本人ですから」と答えた
それは彼女にとっては都合のよい真実だが、彼らにとってはジョークに受け止められる都合のよい事実
「本当に日本人と言うものは勤勉な人種だな。我々のように気を抜くことを求めないと、人生を楽しめないぞ」

グラスに注がれた琥珀色の液体を口に含みながら男は女に優しく忠告した
「…まあ、仕事が終わりましたら一杯いただくとしましょう。仕事は最後までしなくてはなりませんから」
女は目の前のスクリーンに映しだされている光景をじっと立ったまま見ている

「しかし、敵国がこのような状態ということもこの国もそれなりに苦しいのではないんでしょうか?」
女が男に向かって問いかける
「爆弾をしかけるためにあの国を訪れましたが、どの家でも男、女を問わず痩せて、眼には生気がなかった
 この国の民衆もそのようなものであろう?それなのにその上に立つあなたは悠々と酒を口にしている」
非難しているような口調ではなく、あたかも一人言のように女は呟く

「・・・何か問題でもあるんでしょうかね?私はこの国を豊かにするプランを立てている
 そう、明るい未来は私の目の前にある、そのために前祝いというものをしているんだ」
「その前に突き出した体形はあの国では全く見受けられませんでしたけどね」
痛烈な批判を男は反論しようとしたが、くっとこらえた

(くそっ、こんな女、一人くらいどうってことないが『ダークネス』幹部を手にかけたら命が幾つあっても足りないからな)

男は唇を噛みながら一気に酒をあおり、少しばかりむせ込んだ

「しかしながらこの作戦本部はしっかりしているわね。最新鋭の軍事システムに衛生傍受装置があるとはね
 それだけでなく基地内部に非常時に備えて、食糧庫、武器庫、発電所まであるとはね
 昨日見学させてもらったわ、いろいろとね」
女は純粋に感嘆の声を上げているようで、息を整えた男が自信ありげに答えた
「当たり前である。この基地が全てを担っているのであるのだから
 ここを拠点としてこの国を豊かにするのだから当然のことである!」

「国を豊かにするねえ…それは他国の罪のない人々の命を奪ってまでもすることかしらねえ?」
女は自分のしたことを棚にあげて問いかけた
「な、何を言う。計画を練ったのは私達だが、それはそちらの助けがあったからできたことなのだぞ」
当然のように女の矛盾した発言にとまどいを示す男達。中には反射的に銃を構えたものもいた

「ふふふ、冗談よ、冗談。ちょっとからかっただけよ。ほら銃をしまいなさい」
女に睨まれた男はその大きな瞳に見つめられ体が動かなくなった
「私達だってあなた方の計画に乗ったのだし、発展のためには犠牲が必要なことくらいわかっているわ
 私達の目的のためにあなた方の国の発展が必要ではないが、邪魔な存在を消せるから手を組んだだけ」
「隣国が『邪魔な存在』とはなんとも端的な表現だな」

女は時間を気にしているようで時計に目をくれながら言葉を選んでいるようであった
「・・・組織は邪魔となる存在を除去することに躍起になっている。ま、私は所詮、歯車ってところだ。
 ただこんな小さい歯車が大きな組織の原動力になっているんだからなめてもらっちゃ困るぜ」
女はそう言いながらちらちらと絶えず時計の秒針を目で追っている

「私の役割は対外交渉。味方となった組織を手助けし、敵を徹底的に破壊する、それが仕事
 歯車の中でも特殊な役割で、円滑に事態を進める、いわば『機械油』のようなもの…フフフ
 それから、この仕事は本当にそちら側が示してくれた作戦は素晴らしかったとボスから言伝を預かっている
 ただ、ここまでが私の今回の依頼だ、これから行うことはお前らがすべて責任を追うんだ」
「そ、それはわかっております…もちろんあなた方のことを漏らすなんてことは・・・」

「さて、そろそろ次のショーの始まりの時間だな…これ以降、また関わることがあれば…」
空間に切れ目が入り、その中に入りながら女は言う「よろしく頼む」

残された男達は完全に女がいなくなったことを確認してからふっと力を抜いた
女がいただけで張り詰めていた空気から解放された喜びを全身に感じていた
「ダークネスとやらは未だに正体がわからんな…一体何が本当にしたいのか…」
「ええ、総帥…そろそろ地上部隊の突入が全ての街で終了している頃です
 どうか、モニターの方を向いてくださると…」
男達は全員揃ってモニターへと目を向け直した

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母親が窓に駈け寄り、外をのぞきこもうとした瞬間、強烈が風が彼女達を襲った
目の前を覆っていた土煙が晴れると先ほどまでいた自分の楽しい思い出が詰まった家は瓦礫の山と化していた
吸い込んでしまった粉塵を吐きながら少女は倒れ込んだままの母親のもとへと駈け寄った
「マ、ママ?」
しかし、いくら母親の肩をゆすっても起きる気配はない
安らかな死に顔とは程遠い驚きに満ちたその表情は娘の顔を捉えることなく失われた天井に向けられていた

娘が母親の「死」を受け入れる前に、娘の後ろで何者かが瓦礫を踏む音を鳴らした
少女が振り返ると目の前には数人の迷彩服を着て銃を構えている男達の姿
男達は少女が目の前で仲間内でぶつぶつと言葉を交わしている
「お前あと何発?」「29発」「わり、俺、ノルマまで18足りないから譲ってくれ」
男達の会話の意味を少女は理解できなかったが、黒光りした凶器に恐怖を感じた

「じゃあ、俺でいいな?」「次は俺に譲れよな」
男達の会話を聞きながら少女は視界の端にカラフルな箱を見つけた
(あ、あれはお姉さんから貰った箱…『必要な時』に開けなさいって言われた箱だ…)

少女がその箱を掴もうと手を伸ばした瞬間、パンと乾いた音がし、額に小さな穴が開いた
何が起きたのかもわからずに少女は倒れ込み痙攣をおこし始めた
少女が撃った男達は痙攣した少女をその場に残し、銃を構え集落の中へと消えてった

男達が去ってからも少女の体の痙攣はやむことなく続いたが、少しずつ少しずつある方角へと進んでいった
そう、まるで何者かによって操られているかのように…
少女が進んでいくその先には旅人から『必要な時』に開けなさいと言われた箱
尚も痙攣が止まらない少女はその箱に手をかけ、ゆっくりと開けた
そこには小さなスイッチ
少女は開きっぱなしの瞳孔でスイッチを見つめ、涎をたらしままニヤッと笑い…押した
そしてそのまま完全に動きを停止した

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モニターを眺めていた男達は自分達の軍隊が順調に任務を遂行しているのを誇らしく眺めていた

しかし、突然のサイレンがなった。部屋を紅い警告を示すライトが照らす
「なんだ、なにが起きた?」
男達は異常事態の原因を調べ始めた

「た、大変です。発電所の回路がオーバーワークしています!このままでは爆発は免れません!」
「なんだと、急いで手段を探すんだ!急げ、急いで発電施設へ行くんだ」
「そ、それが先ほどから、この部屋から脱出しようとしているのですが電子ロックがかかっていて出られないんです!」
「ありえん、ありえんぞ!そんなこと!!」

『ありえるのよ』
静かな声が男達の頭上に浴びせられた
モニターには先ほどまでこの部屋にいた女が写っていた

『こちらの施設の電気機器は全て我らダークネスがジャックしました。
 あなた方には不当な侵略を行った悪として社会の敵になってもらいます。そして、滅んでいただきます。
 これは権利ではなく命令であり、義務です
 なお、この映像はあるスイッチを押したときに自動に流れることになっています』

男は先ほどの女の発言を思い返していた
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『そして、この命令を聞いた5秒後、自動的に…発電所は爆発する』

男達の絶叫の中、その施設は炎に包まれ、後には何も残されなかった
その炎と音は隣国の兵士達には聞こえず、兵士達はただ受けた命令を忠実に執行した
もちろん、それを正当化する後ろ盾などいないことを知らないままに…




最終更新:2010年08月22日 23:23