夕陽にオレンジ


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昼過ぎの刺すような日差しも少しずつやわらかくなって、
それでもまだぬるい風が、あたしの脇を抜けていく。

夏真っ盛り。
おでこからも首からも、背中からも、汗が流れ落ちる。


「ガキさーん、歩くのはーやーいー」

カメが後ろから声をかけてくる。
相変わらず、のんびりと歩くカメ。
あたしはいつもよりちょっと遅いくらいで歩いてるのに、
いつも歩みの遅いカメは、いつも以上に遅い。

そんな、ちょっとだけ急な坂道。
坂の入り口に足をかけて、カメは立ち止まった。


「んもー、カメー、」

 ───もうちょっと速く、さぁ。

だけどその言葉は、いつも飲み込んでしまう。


振り返ると、カメはいつものぽけぽけな笑顔で、
エヘヘって顔してこっちを見上げてる。
その笑顔に積み重ねられてきた意味。ふと、考えてしまう。


「ほらー、ちょっとずつでも歩いてきなさーい」


あたしはいつもそうして言葉を濁す。

カメが、これまでどれだけの苦労で乗り越えてきたか。
どれだけ自分自身と相談しながら、ここまで生きてきたか。

心臓の病気。
生れつきカメが背負ってきたもの。
一時は命だって危なかったって聞いてる。
病院で横になってるだけで何も出来なかったこともあるって。

今、こうしてほぼ普通の生活ができるのは、奇跡だって聞いた。


だから、カメには決して前衛での仕事は与えない。
それは愛ちゃんなりの配慮だったし、
カメが持ってる「風使い」の能力だって活きるポジション。

彼女の笑顔からは、その任務にやり甲斐を感じているように見えた。
メンバーを後ろから支えて、助けて、
時には中心の戦力になることだって。
それが、リゾナンターの中でのカメの役割なんだって。

「ゆっくりでいいからさぁー」

まだあたしを見上げてるカメ。
笑顔は、そのままで。
でもなかなか歩き出そうとしないことを、いよいよあたしも不思議に思った。


「…カメ?」
「ガキさんさぁ」

呼び掛けはカメからの言葉でかき消された。
意志を持った、空気を突き抜けるような真っすぐな声。
思わず目を見開いて、カメの表情をうかがう。

「絵里ね、今からそこまでダッシュするから!!」
「はっ? ちょっ、カメっ───」

突然の宣言であたしに戸惑う暇すら与えてくれないまま、
カメはこちら目掛けて力強く地面を蹴った。


十数メートルの距離。
あっという間に近づいてきた身体は、そのままあたしに重なって。

軽い衝撃と共に、カメはあたしに抱きついてきた。

「カメっ…」
「ガキさん、絵里ね、実はダッシュくらいできるんだよ」

気になったのは、もちろん心臓のこと。
そんなあたしの疑問に答えるように、カメは言った。

カメの腕の中で、確かに伝わる少し早い鼓動。
そのリズムは、力強いとさえあたしに思わせた。

「こうしてね、心臓だって元気に動いてくれてる。
 よっぽど無理を続けたりしなきゃ、もう大丈夫なんだよ」

少しの運動すらダメだって言われていたらしい、小さな頃の記憶。
カメがベッドの上で、寂しそうに語ってくれたことを何となく思い出す。
その時はまだ、今のように戦いに立てることも少なかった。

それが今、きっとカメ自身の努力と、精神力と、もちろんお医者さんの力と、
それからたぶん、たくさんの奇跡とが重なって、今のカメはこうしてここに立っていて…

「―――だから、だからね、ガキさん」

ぎゅっと、背中に回された手が強くなって、
あたしも同じようにカメの背中に手のひらを置く。

伝わる鼓動を逃さないように。
こぼれる言葉をすくい上げるように。
じっと、息を潜めて。


「もっともっとこの身体が良くなったら、
 きっと一番前で戦って、みんなをおどかしてみたいんだ。
 たぶん、れーなみたいな格闘、強いと思うよ?
 絵里、やればできるんじゃんって…、みんなに、思われる、ように…」


途切れていく言葉の代わりに、小さく震え出したカメの身体。
腕には、さらに力を込めて。

「…泣くなよぉ、バカヤローっ」

きっと、カメならたどり着ける。
そう信じていても、そう言い切れないもどかしさはあたしの中にもある。
ましてや本人には、もっとどうにもならない不安がいっぱいあるはずで…

どうにかしてあげたくても、きっと何もできないことが苦しい。
だけど、こんな彼女の前でそんな顔はできない。
だからあたしは強がって、突き放すフリして、バカヤローなんて言ってみたけど。

あたしは、そんな彼女に回していた腕の力をぎゅっと強めた。
何もできないかもしれなくても、でも、あたしは、仲間は、ここにいるよって。

そっとあたしから身体を離したカメは、グッとあたしのことを見上げた。
陽射しに光る、濡れたまつげ。キラキラして、美しいなって思った。


「まだいつになるかわかんないけど、絶対、それくらい元気になるから!」
「よーし、待ってるよ!
 いつでもカメが一番前で戦えるように、愛ちゃんにも言っとくから」
「あ、じゃあその時には絵里が戦闘も指揮させてもらいますねぇ」
「いやぁ~? それは困るなぁ! ぽけぽけバトルはイヤだよ~?」


決意の告白は、ほんの一瞬だけ。


すぐに笑顔を取り戻して、いつものようなカメに戻った。
目元のしずくを指先で払ってから伸ばされた手に、あたしの手も重ねた。


笑いながら手を繋いで、リゾナントへの道を相変わらずのんびりと歩く。
夕方までには帰るって伝えてあるけど、ちょっと遅くなりそうかも。
それでも、あたしは歩くペースを変えない。

カメが進みたいペースで。
カメが、進もうとしてるペースで。
それでいつかカメが目指すところに着けるなら、それもいいのかなって。

今日だけは、これもいいかもしれない。
たまにはゆっくりと生きてみよう。

ぐい、と手を引かれて、あたしはカメを見る。

「ねー、ガキさん」

その笑顔の後ろには、もう沈みそうになっている夕陽。
オレンジ色の光がカメのことを包むように照らしていて。

言葉の続きを促そうと首をかしげたら、帰ってきた言葉に脱力した。

「…なんでもなぁい」

苦笑いのあたしの手を離して、スキップで先へ進み始める。
その姿に、あたしはなんだか心強いものさえ感じていた。


「ねー、カメぇ?」

同じように呼びかけると、十メートルほど離れたカメは振り返った。

言いたいことは、たくさん浮かんだんだけど。

「…なんでもなーい!」

同じように続けたら、カメはちょっとだけほっぺたを膨らませたように見えた。

 “カメは、夕陽のように強い子なんだね”


そうまで言ったら格好良すぎちゃう気がしたけど。
夕陽に染まるカメ、文句のないくらいに格好良かった。

やればできる。今だって、カメはできる子。
それでももっとその先を進みたいカメを、あたしはずっと見ていたい。


だから、太陽の神様。
これからも、カメにオレンジ色のチカラをください。

太陽みたいにまぶしい彼女に、たくさんのチカラをください。

…それから、ちょっとぽけぽけなところも、直してあげてください。
あ、やっぱいいです。ぽけぽけしてないカメは、カメじゃないから。


「カメーっ」

名前を呼ぶと、返ってくるのは大好きな笑顔。
夕陽のオレンジにお祈りをして、あたしはカメのところへ走り出した。