寝て、起きたらすべてが夢だったらいいのに―――
すがるようなその願いも、今は打ち砕かれた。
明るすぎる朝の日差しで目が覚め、階段を駆け下りたわたしを待っていたのは、どこまでも非情な現実だった。
会えない。
もう、二度と。会えないんだ―――
気がついたら、フラフラと外に出ていた。
ここは――?
回らない頭が、霞んだ視界に映る景色を機械的に分析する。
ちゃんと靴を履いているのが我ながら不思議なくらいなのに……体は覚えていたらしい。
そのことが、またどうにもならない感傷を呼び起こし、倒れるようにベンチに座り込む。
いつもの散歩コース。
リンはこの公園が大好きだった。
ちぎれそうなくらい尻尾を振って、嬉しそうに飛び跳ねていた。
だけど―――もうそんな姿を見ることも叶わない。
生まれたときからずっと一緒だったリン。
アルバムの中にも、頭の中にも、数え切れないくらいの思い出がある。
だけど、新たな思い出を積み重ねていくことは……もうできない。
悲しくて、悔しくて、でもどうしようもなくて。
そんなわたしの心を無視するかのように晴れ渡った青空さえも憎かった。
「どうしマシタ?」
そのとき、急に耳に飛び込んできた声に、わたしはビクリと顔を上げた。
そこにあったのは、一人の女の人の心配そうな表情。
正直言って、迷惑だった。
今は一人にして欲しかった。
だけど、女の人はわたしの隣に腰を下ろし、なお話しかけてくる。
発音や言葉遣いからして日本人ではないと気づくのに、時間はかからなかった。
最初は黙って首を振っていたわたしも、女の人の優しい声に、ポツポツと言葉を返し始めた。
本当は、誰かにぶちまけたかったのかもしれない。
そして何かを言って欲しかったのかもしれない。
気がつくと、わたしは見知らぬ女の人に向かって、理不尽な別れへの怒りをぶつけていた。
どうしてこんな気持ちにならないといけないの?
神様なんているの?いるならどうしてこんなひどいことをするの?
それともわたしやリンのことなんて見てないの?
一方的に投げつけられるわたしの言葉を、女の人は目をそらさずに真剣な顔でじっと聞いていた。
そして、わたしの言葉が途切れたとき、静かに微笑んで言った。
「いるよ。神様は絶対いるだカラ。あなたのことも、絶対見テル」
女の人の優しい声と微笑みは、素直に頷き返したくなるような温かさに満ちていた。
だけど、感情が、頭がそれを拒む。
どうしてそんなことが言えるの?
何か根拠でもあるの?
「だって、ダカラ、あなたとリンちゃんは出会ったデショ?神様が会わせてくれたカラ」
その言葉に、一瞬頭が真っ白になった。
続いて、リンと過ごした日々が頭の中に押し寄せてくる。
そうだ。神様は、わたしにリンとの出会いをくれた。
かけがえのない、大切な時間をくれた。
決して消えることのない、思い出をくれた―――
気がつくと、とめどなく涙が溢れていた。
だけど、止める気もなかった。
さっきまでの涙とはまったく違う、自分の中の何かを溶かすような温かい涙だったから。
それは女の人にも伝わったのかもしれない。
「もう大丈夫だね」というようにわたしの頭を優しく撫でると、女の人は立ち上がった。
そのときになって、わたしはまだ名前さえ聞いていないことに気がついた。
「私の名前?銭琳…ダヨ。ウン、実は私も『リン』なんデス、ハハ。これも神様のお導きかも……ダヨネ」
驚くわたしに、リンさんはおどけたように笑いかける。
今度は、わたしも心から素直に頷くことができた。
手を振り、歩き出そうとするリンさんに、わたしは思わず聞いた。
また会える?――と。
せっかく出会えたのに、なんだかそのまま手の届かない遠いところへと歩いていってしまいそうな気がして―――
「会えるヨ。この空は………どこまで行ってもつながってるダカラ」
リンさんは、そのわたしの言葉に、透き通るような笑顔でそう返した。
思わず見上げた空は、その笑顔のようにどこまでも青く澄み渡っていた。
最終更新:2010年08月09日 22:46