~コールド・ブラッド~ <Ⅳ>


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重苦しい空気が場を包んでいた。
一定の緊張感こそあれ、ある種の活気に満ちていた前回とは比べるべくもない。
改めて報告を聞き終えた愛は、厳しい顔で頷きながら一瞬目を閉じて短く息を吐いた。

甘かった―――
事態は急を要すると考えてはいたが、ここまでとはさすがに予測していなかった。
もはや、一刻の猶予もないと考えざるを得ない。

「今聞いてもらったとおり、そして一部はその目で見たとおり……吸血鬼は実在する。人間に害をなす存在として。…だからこれからはそれを前提で動く。いいね?」

一拍の間の後、愛はもはや動かぬ事実となったその事柄を再確認するように全体を見回した。
「はい」という返事や、無言の頷きが全員から返ってくる。
いつもなら力強く感じるはずのその姿は、2人欠けているだけで妙に心許なく思えた。

「…じゃあ、早速だけど現状分かったことをまとめる」

リーダーとしての自身の不甲斐なさをメンバーにまで投影してしまったことを自省し、愛は改めて全員を見渡した。

「まず、れいなと小春が同時刻頃にそれぞれ別の場所で遭遇したことからも分かるように、“対象”は複数……それも2体や3体じゃないと思った方がいい」

そう言いながら、愛は今しがた報告を上げたばかりのれいなと小春の顔に一瞬視線を走らせる。
いつもなら自信に溢れているそれらの表情は、今はどちらも深い自責の色を湛えていた。

「襲ってきたのは、どっちもその…“被害者”……だったということですよね?」

やや遠慮がちに、銭琳が確認するように問い掛ける。

「そう。わたしたちが“被害者”として認識していた子たち……。でも、もう今は“対象”だからそのつもりでいてほしい」

愛の言葉に、銭琳は複雑な感情を飲み込んだような表情で頷きを返した。
同時に、他のメンバーからも同様の頷きが返る。

れいなと絵里が調査に向かった先――“被害者”の家で遭遇したのは、その家から失踪したはずの少女だった。
少女の首筋には明らかな咬み痕があり、同時に少女自身も明確な吸血鬼の様相を呈していたという。
同様に、調査へと赴く途上の小春と李純を襲撃したのも、“被害者”リストに載っていた一人であったらしい。

「吸血鬼に襲われた者は吸血鬼になる……残念だけどその伝承は正しかった。つまり、放置しておけば事態は悪化する一方―――」

もしも襲われた者が全て吸血鬼化していくのだとしたら、この先その数はねずみ算式に増えていくことになる。
これ以上の広がりを見せる前に食い止めねば、未曾有の被害が出るだろう。
かつ頭が痛いのは、“討伐隊”をやたらに差し向けるわけにはいかないということだ。
万一返り討ちにされた場合、それらが今度は全て“敵”となる可能性をはらんでいるのだから。

それを念頭においての上層部の意向は、要約すれば「少数精鋭による速やかな“除去”を望む」―――意訳すれば「リゾナンターでなんとかしてくれ」というものだった。
無責任とも言えるその方策には正直不快感を覚えたが、その考え自体には賛同せざるを得ない。
それに、自分の把握できないところで何かが起こるよりは、馴染みのメンバーだけで事に当たれる方がある意味ありがたいとも言えた。

「しかも、聞いてもらったとおり吸血鬼化した者は身体能力が格段に向上してる。一瞬の躊躇いや同情が、自分や仲間の死に繋がることを頭に刻んでおいてほしい」

言外に「情を捨て、“対象”を逡巡なく“除去”せよ」という意味を込めたその言葉に、メンバーの一部の表情が揺らめく。

「やけど……何とか元に戻す方法はないっちゃろか?」
「そうだよ!もし何か普通の人間に戻れる方法があるなら殺さなくても……」

思わずといったように声を上げたのはれいなと小春だった。
すでに直接、元“被害者”の吸血鬼と対峙しただけに、即座に感情を殺すことは難しいのだろう。
いや、それ以上に―――

「……残念だけど、今のところはそんな方法があるかどうか分からないと言うしかない」

―れいなもそう判断したからこそ、あの子を“解放”してあげたんでしょ?
愛は続くその言葉を飲み込んだ。
甘いかもしれないが、今のれいなにそれを言うことはあまりにも残酷だと思ったから。

れいなも小春も、思うところは同じだろう。
自分のミスで“失った”それぞれのパートナー―――絵里と李純。
その安否は現状まったく分からない。
だが、再び無事で出会える可能性がほぼないに等しいことは、おそらく全員が覚悟しているに違いなかった。
もう二度と会えないか……もしくは“敵”として出会うことになるのか。
そして、れいなと小春は後者の場合を思い浮かべて……先ほどの言葉を発したのだろう。

「だけど……!」

愛の言葉に唇を噛んで沈黙したれいなに構わず、小春がさらに言葉を継ぎかける。

「久住さん」

それを遮ったのは、愛佳だった。

「うちらの仕事は人間を守ることでしょう?目の前の感情に流されてたら目的を見失いますよ。そして危険が増すだけです」
「……!!愛佳に言われなくてもそんなこと分かってる!」

感情を昂ぶらせる小春に対し、愛佳は静かな口調を崩さない。

「分かってはるんやったら自分が今やるべきことをするべきです。ジュンジュンかって亀井さんかって……喜ばへんと思います」
「あの場にいなかったあんたに何が分かんの!?ジュンジュンは小春を庇って…!」
「やからこそなおさらですよ。ジュンジュンは…」
「そうだよ!全部小春が悪いんだよ!」
「あ、いえ、そんなことは言って…」
「はっきり言えばいいじゃん!小春のせいでジュンジュンは…!」

「もうやめなさい。あんたたちがケンカしててもそれこそ誰も喜ばないよ」

里沙がいつもより静かな―――それでいて通る声で2人の間に割って入る。
その声に微かに含まれたやり切れなさは、いつもとはまた違った意味で制止の効力を持っていた。

「……何か方法がないかはさゆに調べてもらってる。可能性が見つかったとしても、それを試す手立てはまた別に考えないといけないけど」

里沙に謝意の視線を一瞬向けた後、愛は再び重苦しく静まった室内に向かって声を発した。
次いで、後方のさゆみに集まる視線を咳払いで引き戻し、その話は終わりだというように言葉を継ぐ。

「さて、続きだけど。では具体的に吸血鬼になった者はどうすれば“除去”できるか」

そう言いながら、愛はれいなに視線を向けた。

「さっきも言ったっちゃけど、体についた傷はあっという間に回復しよった。やけん、多分心臓か頭を一気に潰して即死させるのが一番手っ取り早い思う」

その視線を受け、れいなは自分自身が実践したことを、感情を抑えているのがありありの様子ながらも冷静な口調で述べる。
小さく頷き、愛がその言葉を引き継ぐ。

「伝承と一致していることからも、それが最善と考えてまず間違いないと思う。あとは一気に焼却する……のはまあ一人しかできないけど」

 ―発火(ファイア・スターター)―

その能力を持つ銭琳に、言葉と同時に愛は視線を移す。
自然と集まる全員の視線を受けた銭琳は、「任せてください」とだけ静かに答えた。

そう――能力によって生身で対抗できるメンバーは限られている。
愛は改めてそのことを思う。

全員、並の人間なら到底太刀打ちできない程度の格闘術は当然身につけているが、相手がただの人間でないとすると話はまったく違ってくる。
先に挙げたような方法を生身で実践できるとすれば―――

れいなの“身体増強(エンハンス)”は実践済みであり、かつ有効であることもまた既に実証済みである。
正面から向かい合いさえすれば、いかに相手が人間離れしていようとも、れいなが遅れを取ることはないだろう。
また、実践こそしていないが銭琳の“発火(ファイア・スターター)”も、確実に有効であろうと思われる。
あの強力な炎によって一瞬で燃やし尽くせば、いかな再生能力も追いつくことはないだろう。

絵里の“鎌風(ピアシング・ウインド)”も、充分以上に対抗し得る能力だった。
おそらくは“被害者”や、すぐ側のれいなを気遣って加減したのであろう攻撃はすぐに回復されてしまったらしいが、その気になれば本来一撃必殺も可能な能力だ。

そして――李純の能力もまた、大きな戦力になっていたはずだ。

 ―獣化(トランスフォーメーション)―

その能力さえ解放していたならば、相手が吸血鬼であったとしてもきっと敵ではなかっただろう。
だが、実際には現場に血痕を残してその姿を消していることから鑑みて、結局それをしないままだった可能性が高い。

パートナーを組んでいた小春が言うには、いつも通りくだらない言い争いの結果、少し離れて歩いているところに“敵”は現れたらしい。
自分達が探している“被害者”の一人の姿をした少女の急な出現に、驚いた小春は無防備に歩み寄った。
その瞬間、他ならぬその少女の手により、ものすごい力で跳ね飛ばされた小春はコンクリート壁に叩きつけられた。
そして、なおこちらへ飛び掛ってこようとする少女と、そちらに駆け寄りながら自分の方へと注意を向けさせている李純を見たのを最後に、意識が途切れたのだという。

その地点からさほど離れていない調査先から不審な“黒猫”を追ってきたれいなが、倒れている小春を見つけたのはそのしばらく後だった。
その短い間に何があったのかは定かではないが、状況から見て李純が何らかの形で連れ去られたのは間違いないだろう。

小春を起こして今あったことを聞いたれいなは、愛に連絡を取るとともに調査先の家へと慌てて戻った。
足元から這い上がってくるような、言いようのない嫌な予感を覚えながら。
はずれていてほしかったその予感はしかし、願いも虚しく冷酷な現実となってれいなを迎えた―――

それにより、リゾナンターは初期段階ですでに戦闘面において大きく戦力ダウンしてしまったと言わざるをえなかった。

里沙の  ―精神操作(ブレイン・マニピュレーション)―
さゆみの ―治癒(ヒーリング)―
小春の  ―幻影(イリュージョン)―
愛佳の  ―予知(プリコグニション)―

愛を除く残りのメンバーの能力は補助的なものであり、直接相手に物理的ダメージを与えるものではない。
だが……真に憂慮すべきことは、その直接的事実の外側にある。

「相手を確実に“除去”するために取るべき手段が明確になったのは大きい。ただ……今回得た情報はわたしたちにとってありがたいものばかりでもない」

表情を引き締めなおし、愛は再びメンバーの顔を見渡す。

「改めて言うまでもないけど、残念ながらどうやら吸血鬼が太陽の光に弱いというのは迷信だったみたいだね」

照りつけるほどの日差しではなかったが、れいなや小春たちが襲撃を受けたときには、すでに太陽は明るく輝いていた。
このことは、心理的な面で誤算だったと言える。
日中のうちであれば事態は大きく動かないだろう、という無意識の油断がおそらく全員の中にあっただろうことは否めない。

「十字架やニンニクといった吸血鬼退治にお馴染みのアイテムも…試してはないけどまあまず効果がないと思っていた方がいいだろうね」

そちらに関しては元より期待していた者はさすがにいなかったようで、苦笑いめいた空気が僅かに漂った。

「あと、これは完全に定かとは言えないけど、霧に姿を変えて室内に忍び込むといったことはおそらくできないと見ていい」

わざわざ窓を開けて出入りしていた事実は、常に実体がある存在であることを確実とは言えないまでも物語っている。
そのことはプラスの材料であると言えた。

「れいなサンが見た黒猫というのは何だったんでしょう?もしかして吸血鬼が姿を変えていたということはないですか?」

普通ではないとれいなが感じたという黒猫が気になるらしい銭琳が、そう首を傾げる。

「…どうだろうね。ちょっと判断がつかないけど、その可能性もあるかもしれない」

そう曖昧に答えながら、愛は後方のさゆみに視線をやる。
心得ていたように、さゆみはキーボードの操作を止め、顔を上げた。

「あくまで言い伝えにおける話ですが、吸血鬼は先ほど話に出た霧の他、小さな虫や鼠、蝙蝠などに変身できるとされています」

そこでいったん言葉を切り、モニタに視線を落としながらマウスのホイールを操作する。

「黒猫に変身するという伝承はざっと見た感じありませんが……ただ、使い魔としてその存在が登場することはありますね。とはいえ、あまり類例はないですが」
「使い魔……?」
「うん、自分の下僕として使役する存在だね。吸血鬼よりも魔女の伝承なんかに出てくることが多いけど。この国で言うところの式神に近いかな」
「なんや分からんけど……要するにれいなはそんなくだらんヤツにまんまとおびき出されたいうことか……そのせいで……」

やり場のない怒りと後悔を滲ませながらそう呟くれいなに返す言葉が浮かばなかったのか、さゆみは事務的な口調に戻って言葉を継いだ。

「れいなの見た黒猫がどのような存在であったのか、今は分かりません。ただ……れいなの言うように分断工作だった可能性は高いと思います。すなわち――」
「相手の知能は相応以上に高いと見てかかるべき……だね」
「はい。その点に関してはいつも通りとも言えますが」

リゾナンターが過去に相対してきたシリアルキラーの大半は、高い知能を有していた。
その意味では確かに“いつも通り”と言えるかもしれない。

「ちょっといい?」

そのとき、会話に割り込むようにして里沙が手を挙げた。

「相手の知能が高いってのは私もそう思う。ただ、少し疑問――というか違和感を覚えるんだよね」
「違和感?」
「うん。れいなと小春の話を聞く限りさ、襲ってきた“被害者”の様子は知的な人間というより……こんな言い方はあれなんだけど、動物的に感じない?」

里沙のその言葉に、メンバーはそれぞれ一瞬視線を宙に彷徨わせ、次いでれいなと小春の方へとその視線を移した。

「ガキさんの言う通りっちゃん。人間を相手にしとーいうより獣を相手にしとーみたいやった」
「小春は一瞬だったからはっきりは言えないけど……確かにそんな感じはあったかもしれない」

少し間をおいて、2人はそれぞれ里沙の言葉を肯定した。
その後に訪れた一瞬の静寂の後、再びさゆみが口を開く。

「そのことについて…わたしも同じことを感じてちょっと考えてみていたんですが……」

再びモニタに目をやりながら、さゆみは続ける。

「文献の中でも、大きくその2つの類型が見られると言えます。すなわち、“人間らしい”吸血鬼と、そうでない吸血鬼…とでも言えばいいでしょうか」
「その違いに明確な理由はあるの?」
「それは何とも言えません……が、類推でよければ一つ可能性が考えられます」
「可能性?」
「はい。完全に自我を持つ吸血鬼となった者と、そしていわば操られた状態になった者、その2種類がいるとは考えられないでしょうか」

モニタから上げられたさゆみの顔は、微かに強張っていた。

「いったん死んで吸血鬼となって甦った者と、吸血されることで操り人形のようになっている者の2種類と……言い換えられるかもしれません」

その言葉に真っ先に反応したのはれいなだった。

「それって……じゃあれいなが殺したあの子は操られてただけやったいうこと?まだ助けられたかもしれんのに…」
「あくまでさゆの仮説だよ。それにもしそうだったとしても助ける方法があるかは分からない。だかられいなの判断は間違ってない。最善だった」

気休めにしかならないと知りながら、愛はれいなに言い聞かせるように声をかけた。
あの場では最善であり唯一の方法だったのは紛れもない事実だが、実際に手を下した者にしかその痛みは分からないだろう。
リゾナンターが取り扱ってきた案件に明るいものなどあるはずもなかったが、その中でも今回はまた異質な暗さを持っていると愛は改めて感じた。

「……そして、ここからが肝心なところなのですが」

れいなにその種の心の傷を与えることをおそらく分かっていながら、さゆみが敢えてその話を持ち出したのには当然理由があったらしい。

「自我を持った吸血鬼は、一見しただけでは…あるいは少し会話しただけでは、もしかすると“普通の人間”と見分けがつかないかもしれません。それが何よりも危険です」
「確かに……ぱっと見で“対象”やいう判断がつかへんかったら、対応がどうしても後手に回ってしまいますよね。なんか見分ける方法はないんでしょうか?」
「そうだね、確証はないけど……吸血鬼は鏡に映らないとされてる。そして、意外なことにそれに関しては例外はほとんどない。判別に有効な手段と言えるかもしれない」
「鏡……そういえばそう言いますね。吸血鬼は鏡にも映らへんし、影もないって」

愛佳の言葉に、全員の目は無意識に床へと落ちる。―――そこには、普段さして意識することのない自分たちの影が、黒々と揺らめいていた。

「太陽が苦手というのは、もしかするとそこからきたのかもしれませんね」

訪れた沈黙を、銭琳が静かに破る。

「なるほど、そう考えれば確かに説明がつくね。れいな、小春、覚えがある?」

深く頷いた後、愛は再びれいなと小春に顔を向けた。

「う~ん……ごめん、そんなとこまで気にしとらんやったけん。言われてみればって気もしよーけど……」
「小春も覚えてないや」

申し訳なさそうにする2人に「仕方ない」と首を振り、愛はさゆみに視線を移す。

「他に何か相手に迫れる手がかりがある?」
「…はい、これもあくまでわたしの類推なんですが」

そう前置きしてはいるものの、さゆみが最も言いたかったのはここからであるとその表情から読み取れた。

「れいなと絵里が捜査に行った家に、数日前から来るようになったというハウスキーパー……わたしは怪しいと思います」
「えっ……?」

思わず声を上げたれいなの方には今度は視線をやることなく、さゆみは愛に顔を向けたまま話を続ける。

「先ほどの話にもあったように、吸血鬼は実体ある存在と思われます。つまり戸締りのなされた室内への出入りはできないと考えていいと」
「うん、それは多分間違いない」
「ということは、家に上がりこむ際に何らかの手段が必要だと考えられます」
「…なるほど、その手段がハウスキーパーだったと」
「はい。たとえ“普通の人間”に見えたとしても、見ず知らずの人の家に勝手に上がりこむことは当然できません。でも、それならばごく自然に上がりこめますから」

初めて家に入る際は、家人の許可を必要とする……そんな特性も伝承の中の吸血鬼にはあったように記憶している。
その観点から見ても、さゆみの仮説は説得力があるように思えた。

「つまり……一連の“被害者”は部屋にいるところを襲われ連れ去られたのではなく、自分で出て行ったのではないでしょうか。夜、内側から窓を開けて」
「“襲われた”のと“連れ去られた”のには時間差があったということか……なるほど。辻褄が合う」

戸締りをしていたはずの邸内から、争いの気配もないままに“被害者”だけが消えている。
“被害者”の寝室の窓だけが開け放たれて―――
一連の事件に共通して見られたその状況の説明が、それならばつく。

「“被害者”たちの多くは、いなくなった日、調子が悪そうだったという報告がいくつか上がっています。既に“感染”していたからではないでしょうか」

さゆみが比喩的に用いた“感染”という言葉が、吸血鬼に咬まれ、血を吸われることを指しているのはすぐに伝わった。
咬まれた者はいわば「吸血鬼ウイルス」に“感染”すると考えると、確かにしっくりくると言えた。
そしてそのウイルスが“発症”して全身に広がったとき……人間としての存在は死に、真の吸血鬼へとその存在を変えるのかもしれない。

「吸血鬼は―催眠(ヒュプノシス)―に類する能力を持っているとする言い伝えも多く残っています。吸血した相手にのみそれが可能になると仮定すれば今言ったことの説明がつくと…わたしは考えます」

「以上です」と言葉を切ったさゆみに頷きを返し、愛は僅かに身を乗り出した。

「今のさゆの仮説は、状況と照らし合わせてもかなり真実に近いところにあると思う。だから今の仮説を基に、これからの方針を立てたい。異論がある者は?」

そう言いながら見回した表情は、どれも異論を差し挟むつもりはなさそうだった。

「…では、そのように。わたしたちの最終目標は、相手の本拠地を見つけて“対象”を殲滅すること。それも、できうる限り迅速に。…それを頭において動いてほしい。そしてくれぐれも気をつけて」

続くその言葉には、力強い返事や頷きが返ってくる。
重い空気に変わりはないが、向かうべき方向がある程度明確になったのはせめてもの救いと言えた。

「じゃあ早速動いてもらう。まず…ハウスキーパーのように、失踪直前に“被害者”宅へ上がりこんでいる者がどの事案でもいるはず。その情報を収集する役割は――――」

1秒でも早くその方向へと走り出すため、即座に各メンバーに指示を出してゆく愛の表情はしかし、どこか前回にも増した憂いの色を含んでいた。

       ◆   ◆   ◆

「ありがとう、さゆ。おかげでとにかく前に進むことができる」

各自の持ち場にメンバーが散って行った後、愛はモニタに向かうさゆみに歩み寄りながら、改めて謝意を示した。

「いえ、それがわたしの役目ですから。体を動かすのは得意な方じゃないですし、能力も戦闘向きじゃありませんし」

そう言うさゆみの笑顔には、僅かな陰りが認められた。

「………やっぱりさゆも気付いてるみたいだね。いや、さゆなら当然か」
「……はい。あくまで類推……ですけれど」

その言葉とは裏腹に、さゆみの表情は愛同様に“それ”をほぼ確信していることが窺えた。

「…いるね。わたしたちの中に……“スパイ”が」
「………はい」

捜査開始とほぼ同時に行なわれた襲撃……あまりにもできすぎている。
絵里とれいなを分断させた手口といい、小春と李純に能力を使わせる暇すら与えなかった手際といい、こちらの動きを熟知していたとしか思えない。
戦闘能力のある者を先に狙ったと思しき点が、その推測をより強固にしている。

リゾナンターがこの案件に関わることになったことをあの時点で知っていた者は、上層部を含め外部にはそういない。
そちらから漏れた可能性もゼロではないが、捜査すべき場所とその持ち場は愛が判断して割り振った。
まず間違いなく、リゾナンターの内部から情報が流出していたと思って然るべきだろう。

「誰でしょう?何のために?」
「分からない。誰でもあってほしくはないけれど……誰であってもおかしくはない」
「……そうですね。もしかしたら……わたしなのかもしれませんし」
「せめてそうでないことを願ってる。さゆがもし“そう”なら………まずこの戦い、勝ち目がないから」
「……わたしも同じ思いですよ、リーダー」

弱々しく笑い合う2人の影は、不吉な未来を暗示するかのような闇色を落としていた――――