狂犬は闇夜を奔る


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月はおろか星一つ輝かぬ闇夜を奔る狂犬が一匹。
身体は傷つき、息も絶え絶えだが、目はギラギラと輝いていた。
物陰から物陰へと気配を窺いながら移動する狂犬の動きが一瞬固まった。

「くそ、あのアマ何処行きやがった。 逃げ足の速いやつだ」
「まったくだ、あんなドレスなんか着てるくせに」
「逃がしゃしねえ、逃がしなんかしねえよ」
「どのみち逃げ場はないんだ。 もう一度虱潰しに通りをあたるんだ」

…話しながら、遠ざかっていく足音。
気配が完全に消えたのを確認すると、狂犬は大きな息を吐き、思い起こす。
何故、自分は闇の中を追われる羽目に陥ったのか。
発端は数時間前に遡る……。

星も疎らな都会の夜空の下をひたひたと歩く影の集団。
集団を率いるのは黒衣の女性。
彼女に付き従うのは全身にフィットした黒タイツに身を固めた数十人の男たち。
男たちはその顔を黒覆面で隠している。

「いいか、お前ら久しぶりの出動だ。 気合入れていくぞ!」

「イィーーッ!!」

「イィーッ言うな」

集団が向かっているのは東京都の某所。
築二十年前後の一戸建ての住宅が立ち並ぶ町並みだ。
自販機の光と街燈を頼りに、町名の表示板を確かめながら歩を進める集団。
やがてある区画に来ると、歩みを止めた。

「××一丁目、よし此処だ」

リーダー格の女がそう言うと、胸の辺りで握り締めていた掌を開く。
そこには、少し小振りの水晶玉が4つ。
女が身振りで合図すると、黒タイツの男が3人歩み出て、各々が一つずつ水晶玉を手に取った。

「いいか、10分後だぞ」

「イーッ」

「イー言うな」

水晶玉を持った黒タイツは別々の方向へ足早に向かう。
その様子を見守る女と残りの黒タイツ。

10分後、女が日本のものとは異なる言語で怪しげな呪文を詠唱すると、水晶玉は妖しい光を発し女の掌を離れ宙に浮いた。
各々離れた場所にいる黒タイツの掌でも同じ現象が起きた。
中空に浮いた4つの水晶玉は、妖しい光を発しながら呼応する。
4つの水晶玉を結ぶ線で描かれた領域の中には、闇よりも深い闇が召喚された。
かくして、××一丁目には結界が張られ、外界と遮断された。

同時刻、××2丁目にある行きつけのスナックを出て、××1丁目の自宅に帰ろうとしていた間賀時夫氏(37歳)は黒い集団の張った結界に妨害されて、一晩中自宅に辿り付くことが出来なくなった。
結果的に朝帰りした間賀時夫氏は、夫人の冷たい視線と子供たちの軽蔑するかのような憫笑に出迎えられた上に、年内一杯の飲み歩きを禁止されることになるが、そのことはこの際重要な問題ではない。

更に言えば、××三丁目と××一丁目の区画が交わる所に立てられたワンルームマンションに住まう堀北真希似の女子大生ペッタン・コーパル(19)の身の上にもちょっとした問題が起こった。
コーパル嬢の部屋のユニットバスと居住区画を分け隔てている扉が丁度結界を構成するラインと重なった為に、ユニットバスにあられもない姿で閉じ込められたコーパル嬢は体調を崩して大学の講義を欠席する羽目になった。
その為に、大事な単位を失うことになったコーパル嬢は数年後の大学院への選考過程で落とされる悲劇が待ち受けているのだが、それすらも瑣末な問題だ。

そう、重要なのは外界と隔絶された××一丁目に居る人たちの身の上に起こるであろう出来事だ。
闇を走る黒タイツたち。
闇の中が自分たちの棲家であるかのように、活き活きと舞う黒タイツたち。
まるで鳥のように両手を広げ、思うがままに闇を駆けるその姿は、獲物を感知した梟が滑空するその姿を思わせた。

漆黒の梟はある一軒の家の前に止めてある自転車に迅雷の蹴りを見舞う。
無残にも倒れる自転車。
勝ち誇る黒タイツ。

「イィーーーッ」

「イー言うな」

別の黒梟はある家の庭に無断で入り込み、犬小屋の前に置かれていたペットフードの容器を奪い取ると、ペットフードをリードの届かない範囲にぶちまける。

「ワン、ワン、ワン」

「イィーーーッ」

「イー言うな、犬を吼えさせるな。やかましい」

更にまた別の黒タイツは、資源ゴミ回収の為に仕分けられている45リットルサイズのビニール袋を引き裂き、詰まっていたアルミ缶を家の敷地内にばら撒く。
カランコロンと乾いた音が響く。

三段腹が黒タイツからはち切れんばかりに膨張しきった肉体の戦闘員は、生垣と門扉で守られた家に侵入しようと鉄製の門扉の隙間に手を差し入れた。
しかし太すぎる肉体が災いして腕が挟まってしまい抜けなくなる。
哀れな黒豚戦闘員が助けを求める声がぼそぼそと闇を伝わる。

「ィィィィッ」

闇の非情な摂理に従い黒豚戦闘員の身体を踏み台に、家の敷地内に侵入を果たした黒タイツは、庭の散水用の水道栓に駆け寄ると、渾身の力を込めて蛇口を捻った。

ジャァァァーーーーッ。

庭の土を思い切り無駄に濡らしていく水道水。

「イッイィィィィーーーーーーッ」

「だから、イィーーーッ言うな」

…まったく、どいつもこいつも。
悪の組織業界第三位のシェアを誇るダークネスの実働部隊、泣く子も黙り、笑う子は泣き出すマッドドッグスの久々の出動がこんなちゃちな悪行でいいんか。
マッドドッグスの指揮官にして、ダークネスの幹部の一人、ミティは誰にも明かせないボヤキを胸の中で展開していた。
っていうか~何で標的が××一丁目限定なわけ。
どうせならガツンと一発、米軍基地とか、首相官邸とか、最新のバイオテクノロジー研究所とか狙わない、普通。
何、この小さな地域社会レベルで住人を困らせる悪事しか考え出せないダークネス首領って死ぬの、ねえ死んじゃうの、っていうか死んじゃえばいいのに。 
そもそも小規模なコミュニティのリレーションシップをコントロールするとか…

「イッィィーーーッ」

「やかましい、お前ら一体何回言えば判るんだ、イーもイッィィーも禁止な。 お前らのそれを聞いてると虫酸が走るんだ。」

「イッ、ですがミティ様」

「お前三級戦闘員の分際で、幹部のアタシに直答するつもりか。 良い度胸してるじゃねえか。」

「エエーッ」

「エエーッ言うな」

魔女が戦闘員を理不尽かつ不毛な会話で痛めつけていると声がした。

「ダークネス、あんたらの悪さもそこまでやよ!!」

来たぞ。
毎度おなじみ正義の味方ご一行がお出ましになられたぞ。
まああいつらが来ることは判っていたことだが、当初の予想を遙かに上回る早さだ。
××一丁目のエリアを隔離すべく展開した結界は、奴らリゾナンターの本拠である喫茶リゾナントの在処を含まないように計算したはずだ。
施術者の念が込められた水晶玉という増幅装置を用いて張られた結界は打ち破るのはおろか、看破することすら困難なはず。
なのに、こんなに早く結界の中に進入してくるとは…。
その疑問はリゾナンターのリーダー、高橋愛の一言であっさりと解決した。

「あーしらが、たまたま居酒屋に出かけとったから良かったものの」

「ふーん、みんなで居酒屋で飲んでたんだ。 相変わらず仲のよろしいことで」

「あっ、誤解したらあかんよ。 未成年のメンバーはちゃんとアルコール以外の飲み物しか飲んでないし」

愛の口ぶりが少し慌てたようになった。

「いやっ、別にいいんじゃない。 アタシは生活指導の先生でもなけりゃ、少年課の刑事でもないし。 ガキだって飲みたきゃ飲みゃいいじゃん」

「だっからぁああーっ、飲ませてないし。 悪いんか? 未成年が居酒屋に行ったら悪いんか。 別にお店の人も何も言わんかったし」

「だぁかぁらぁぁぁーっ、いいじゃん。 飲んでないっていうんだったら飲んでないってことでいいじゃん。
っていうかそもそもそんなオバサン面してたら、店の人間だって何も言わんだろうが」

「ちょい待ち。 確かに新垣さんはうちと比べたら4つも年上や。
肌はカサカサで水も弾かへんし、言ってることはどっか古臭くてずれまくりや。 
そやからって言うて、オバハン呼ばわりするなんてあんまりや。 リゾナンター最年少リゾナントパープルが許さへんで」

「愛佳、私のことそんな風に思ってたんだ」

涙目になるサブリーダー。

「オメーだよ。 文脈からしてどう考えてもお前のことを言ってるんだろが。 この浪花のオバハンが!!」

「えっ、うちのことやったん」

目一杯の勇気を振り絞って、前に出ようとした愛佳のテンションが急激に下り、すごすごと後方に下る。

「あーーっ、もういい。 ここで出会ったがお前らの運の尽きだ。 野郎どもやっちまいな」

「イィィィーッ」

開戦の気運が高まった。
リゾナンターから立ち昇る共鳴のオーラ、八色。 一方黒タイツ戦闘員からはどす黒いオーラが。

…こいつら、あ、いやまあ、別にこのままスルーしてもいいんだけどやっぱり言っとこうか。

「はい、注目。 リゾナンターのみんなこっち向いて、ちょっとの間矛を収めてね。 
盛り上がったところゴメン、うん戦う前に確認したいことがあるんで、ちょっとの間だけだから」

手を叩きながら、場を仕切りだすミティに怪訝そうな表情を見せるリゾナンター達。
気勢は少し削がれたものの、ファイティングポーズは崩さない。

「美貴ちゃん、急にどうしたんやろ」
「油断しちゃいけないよ、愛ちゃん」
「もう暑苦しくて、パーッと脱いじゃえ」
「絵里、いくら闇夜でもこんなところで脱ぎ出しちゃだめなの」
「何ね、ほこって何ね。 どういう意味ね」
「槍みたいな長い柄のついた武器ですね、あ、私最年少の光井愛佳です」
「矛を収める、つまり一時休戦って意味なんだにゃん」
「HAHAHA、魔女の中の人のオッサンぶりが窺われマスね。 しかしこの会話物凄い手抜きじゃないデスか」

「やかましい、中の人言うな、オッサン言うな、手抜き言うな」

魔女が激昂する。 それに伴って周囲の気温が急激に下りだす。

「アタシが言いたいのは、お前らそれでいいのかってことなんだ」

魔女の言葉に顔を見合わせるリゾナンター。

「それでいいのかって、美貴ちゃん何言ってるんや」
「油断しちゃいけないよ、愛ちゃん」

怪訝そうな表情になりながら口々に語りだすが、その意思は揺るがない。

「さあ戦え!!」

…ああ、うんざりだ。
やっぱ、こいつらと絡むとグダグダになるんだ。
アタシ一人だったら、異世界の能力者とバトったり、アメリカ合衆国を飲み込んだり、結構二の線でイケんのに。
このアホどもを相手にすると、アタシまで引きずり込まれちゃう。
イカカニゴンの自爆に巻き込まれたり、お猿の電車をジャックさせられてり、百貨店の福袋を吟味させれたり…。
中でも一番最悪だったのは、アイツ、あのリゾナントレッドに…。

「さあ戦え!!」

「やかましい。 こちとらただでさえ戦闘員どものイーッ、イーッって声を聞かされてイラついてんのによお。
そんなに戦いたいなら戦ってやるよ。 だがな、その前に最終確認しておくからな。お前らリゾナンターは、今ここにいる8人体制でやってくってことでいいんだな、おい」

「美貴ちゃん、何言ってんの。 リゾナンターは9人やよ。 これまでも、これからも」

何か前にもこんな会話をしたなっていう既視感に襲われた。 ああ、そういえばあの時もこんなだったっけな…。

「8人だろうが。 過去とか未来とかどうでもいい。 今現在アタシの目の前にいるのは8人だろうが。 レッドがいねえ、リゾナントレッドが!」

「おるよ。 レッドはおるよ。 今も皆の心の中に…」

二の腕で目を拭う愛。 本当に涙が流れてる。 他のメンバーはそんな愛に駆け寄り「リーダー」「愛ちゃん」と励まし、そして。

「さあ、戦え」 「レッドの分まで戦うぞ」 「レッドぉぉぉ、お前のことは忘れんたぁぁぁい」 と闘志を高めていく。

「止めてやれ、そんな死亡認定は止めてやれ。 お前らもいい加減リーダーに合わせるのはヤメロ。 お前らがそんなんだからそいつも成長しないんだ。
 レッドは頑張ってるよ。 TVの画面の中で冷んやりメニューとか言ってたよ。 別に離脱者がいてもいいじゃんか」

どことなくバツが悪そうな素振りを見せるリゾナンターたちに魔女は追い討ちをかける。

「アタシが言ってるのはもう一人のリゾナントレッドのことさ。 今年の2月にアタシのことを吹っ飛ばしてくれた“リゾナントレッド”(自称)久住小春のことさ」

魔女の口から飛び出した“リゾナントレッド”(自称)久住小春の名を聞き、リゾナンターの様子が更におかしくなった。
各々が顔を見合わせ、何か言いたげになるものの、言葉が喉の所で止まってしまう、そんな感じだ。

そう、結界で外界と隔絶した状態の町の中で悪さを働き、住民がどんな反応を見せるかを観察するという地味な任務に魔女が出張ってきたのは、以前自分に煮え湯を飲ませた“リゾナントレッド”(自称)久住小春にリベンジを果す為だった。

「あの相撲野郎にブチかまされた時の痛みが、未だに腰に残ってやがる。 そして腰が痛むたびにあの野郎のまんまると太った顔を思い出して、また腰が痛む。 その繰り返しさ」

“リゾナントレッド”(自称)久住小春への恨みをぶちまける魔女、そして。
「あの時の恨み晴らさせてもらうぜ。 さあ“リゾナントレッド”(自称)久住小春は何処に行った」

リゾナンターたちの間にさらに気まずい空気が醸成されていく。
その空気は黒タイツ戦闘員にまで伝播していった。
一人、魔女だけが復讐への期待に胸を高まらせている。
そんな魔女に一人の黒タイツが遠慮深げに何かを差し出した。

「ィィ」

「だから、イーッ言うなっていってるだろうが。 あん、何だ新聞なんか差し出して」

黒タイツが差し出したのは、資源ゴミ回収の為に分別されていた古新聞だった。 日付はそんなに古くはないようだ。
スポーツ欄を開き、ある記事の部分をペンライトで照らしている。

「ここを読めってか。 …何々、野球賭博…、名古屋場所…、謹慎…。 ブハッ、何だこりゃ」

その記事は暴力団が胴元を務めた野球賭博に関与した力士が、平成二十二年度の名古屋場所を謹慎、休場するという内容だった。
休場する力士の中でも番付け上位の者は顔写真が掲載されている。
そして、その中には…。

「おいおい、こいつは“リゾナントレッド”(自称)久住小春じゃないか。 そうか、そうか、謹慎して場所を休場中だったらこんな所に来れないわな」

いつも不機嫌そうな表情をすることが多い魔女が満面の笑みを浮かべている。

「ウフ、まあ、しょうがないよね。 自業自得だからしょうがないよね。 ウフフ。
番付けが下るけどしょうがないよね。 自分が悪いんだからしょうがないよね」

無理もない半ばトラウマとなっていた相手が、不運に見舞われたのだ。
天使ならぬ魔女の身ならば、それを喜ぶのもむべなるかなであろう。
だが、ここにそのことをよしとしない集団がいた。
自分たちのファンでもあり、一度は仲間として戦った“リゾナントレッド”(自称)久住小春を見舞った不運を笑う魔女への怒りを抑えきれない者たちがいた。
その怒りの炎は天を焦がさんばかりの勢いで燃え上がり、魔女の激昂で一度は下っていた周囲の温度を急激に上昇させていた。
事態の急変に気づいた黒タイツ戦闘員は浮かれ気分の魔女に注意を促がした。

「イイイィィィィッ」

「イーって言うなって、何度…まあいいや、今は気分がいいから許す」

「イーーーーッ」

今度はより強く危険のシグナルを魔女に伝える。 浮かれ気分とはいえ、そこは何度も修羅場を潜ってきた魔女。
ようやく事態の変化に気づいた。

「何だ、この暑さは…、おい、お前ら一体どうしちまったんだ」

魔女の目に映ったのは、怒りの焔を瞳に宿したリゾナンターの姿だった。
身体から立ち昇る共鳴のオーラさえ炎のように映えていた。
そうまるで、この場にはいない“リゾナントレッド”(自称)久住小春を顕すように真っ赤に。

愛は吐き捨てた  「美貴ちゃん、最低や」
里沙は非難した  「藤本さん、力士が本場所で相撲を取れないってことがどれだけつらいことか判んないんですか」
絵里は呟いた   「何だか暑い」
さゆみは責めた  「確かに法を犯すのはいけないことですが、そこまで責められなければならないことなのでしょうか」
れいなは吼えた     「“リゾナントレッド”(自称)久住小春ぅぅぅぅぅぅぅ」
愛佳は誓った      「“リゾナントレッド”(自称)久住小春さんは私の心の中に永遠に存在し続けます」
ジュンジュンも続いた  「“リゾナントレッド”(自称)久住小春の無念は、私が晴らすにゃん」
リンリンは見抜いていた「HAHAHA、この会話パートもかなり手抜きデスね」

魔女はまとめて突っ込んだ 「最低ってアタシそういう役どころじゃん、最初から。 力士が相撲を取れないつらさは知らないけど、歌手が人前で歌えない強さは知ってるよ。
っていうかもう“リゾナントレッド”(自称)久住小春=相撲取りて設定でいくわけ。いや、暑いってここはそういう場面じゃないからね、カメちゃん。
責められたくなけりゃ最初からすんなっつーの。 れいな、お前ヘタレのくせしてそんな熱血キャラ演じるなよ、大体自分の似顔絵のタトー入れてもらって、嬉しいって、頭悪いの丸出しだろうが。
いるよ、“リゾナントレッド”(自称)久住小春はお前の心の中だけじゃなくリアルに存在するよ、もう故人設定はやめてやってくれ。 無念を晴らすって謹慎が解けたら自分で晴らすよ、きっと。手抜き言うなーーー」

やり終えた、自分は為すべきことを成し遂げたという満足感が魔女を包む。 もう帰ろうかなという気持ちさえ浮かぶ。
しかし、リゾナンターの怒りは収まらなかった。むしろ燃え上がる一方だった。

「許せない」 「逃がさないんだから」

口々に呟きながら、戦闘態勢に入っていく。
その様子を見て魔女も、血を見ずに避けられないことを悟る。

「まあいい、結局はこうなるってわけだ。 お前ら、マッドドッグスの根性見せたれよ」

「イィィーーーーッ」

両者が激突しようかという寸前に歩み出たものがいる。
リゾナンターのリンリンだった。

「高橋さん、ここは私に任せてクダサイ。 悪い魔女は火焙りの刑と昔から決マッテマス」

リンリンの手には“リゾナントレッド”(自称)久住小春の名古屋場所謹慎・休場を報じた新聞が乗っていた。

「リゾナント・ファイヤー」 メラメラと炎が立ち昇る。

「リンリン、私も手伝うよ」 亀井絵里が風を操った。

風に煽られ更に勢いを増した炎の球がリンリンの手元を離れ飛んでいった。
魔女のいる場所から、かなり離れた場所へ。

「あれ、おかしいな」 首を傾げる絵里。

「ドンマイ、ドンマイです。 火種ならいくらでもアリマスから」 

「そうだね、絵里頑張るよ」

…おい、ちょっと待て、何か音がするぞ
魔女の耳は確かに捉えていた。 パチパチと何かが弾けるような音を。

魔女は今回の任務の前に組織の長であるダークネスから直命を受けた時のことを思い浮かべる。

   *   *   *

「いいか、ミティ。 今回の任務はあくまで××一丁目の住人たちが自分たちの町が危機に陥った時にどんな風に協力して対処をするか。
その行動パターンを調査・分析するのが最重要目的だ。 町や住民に与える直接的な被害は最小限に抑えるのだ。」

「そんなの美貴つまんな~い。 盛大にぶっ壊しちゃいましょうよん、ダークネス様」

「ええい、猫なで声をしても無駄じゃ。 あの町はいずれワシのモノになる。 自分のモノを壊す馬鹿もおらんだろう」

「ちぇっ」

「よいか、ワシの申したことをくれぐれも忘れるでないぞ。 もし今回の作戦で××一丁目の住民やその財産に甚大な被害が出たその時は…」

「その時は…」

「死刑!!」

身体をひねり己の尻をミティの方に突き出し、両手の人差し指でミティの顔を指差しながら言ったものだった。

   *   *   *

…やべーよ、やべーよ。 家が燃えちゃうよ。
いやまあアタシが手を下したわけじゃないし、他人の家だから、全然いいんだけど。
でもダークネスのおっさんは怒るだろうな。
あれはリゾナンターのやつらの仕業ですって言って信じてもらえるか、どうか。
結界を本格的に張っちまったから、アジトからのモニタリングもされてねえだろうし。
死刑はともかく、減給処分は確実だな。
ならいっそのことダークネスに反旗を翻すか。
いつかはやろうと心の中に秘めていたが。
単なる巨乳好きのおっさんに過ぎないダークネス個人の首は取ろうと思えばいつでも取れる。
問題はその後だ。
曲者揃いの幹部連中がアタシを放って置かないだろう。
首領を倒した叛逆者を討って、自分が次の首領になろうって意気込みで次々に掛かってこられると流石のアタシもたまんないね。
ここはやっぱりこの火を何とかして、この場を収めるのが得策か。

「オイ、テメエら、何ボーっと突っ立ってんだよ」

「え、ええあーしらのこと?」

「そうだ、テメエらに言ってるんだよ。 テメエらが火を着けたんだから、テメエらで何とかしろ」

魔女の尤もな指摘に動き出すリゾナンターだったが、リーダーを筆頭に右往左往するばかりだった。

「全くどいつもこいつも役に立たない連中ばかりだな。 一人ぐらいこんな時に役に立つ能力者はいねえのかよ」

魔女の言葉に一人の少女が名乗りを上げた。

「私が水守の力で」 リゾナントパープルこと光井愛佳だった。

「おお、それは心強い」

「ところで、水守の力ってどうしたら顕現するんでしょうかね」

「帰れ」

すごすごと後列に戻る愛佳。

「HAHAHA、しょうがないですね。 どうやら私の出番みたいデスね」

「そうか、お前が何とかすんのか。 お前はやれば出来る子だって思ってたよ。 よくよく考えてみればお前が原因なんだけど、その点はこの際追求しないから」

「どうもデス。 私が中国で神獣の密猟者を摘発する任務に就イテイタ時、追イツメタ密猟者が苦し紛れに山林に火をツケタことがアリました」

「そっか、お前は色んな訓練や経験を踏んでるからな、それでその時はどうしたんだ」

「ハイ、密猟者の放火で山火事が起コッタとき、類焼を防グ為に前もって火の進路の草木を焼キ払イマシタ。 つまり、発火!!!!」

「おい、お前らこの放火犯を抑えとけ!!」

類焼を防ぐ為に火元近辺の家屋を燃やそうとしたリンリンを必死で制止すると、リゾナンターに引き渡す。

ジュンジュンに抑えられながら、「発火、発火」と繰り返すリンリンを横目に見ながら、魔女は決意した。
こうなったら、自分で何とかするしかないと。

「マッドドッグス、整列。 二列縦隊になれ」

自分の部下たちを指揮して消火に当たることにした。

「いいか、バケツリレーだ。 バケツはその辺の家から調達しろ。
水は一杯に入れるんじゃねえ。 三分の二程度の量に抑えて放水の回転を早くするんだ」

魔女の的確な指示と黒タイツの活躍の甲斐もあって、火は燃え広がる前に消し止められた。
被害は家の壁を少し焼いた程度で済んだ。

…この程度なら、ダークネスのオッサンも大目に見てくれるだろう。
って悪の組織が消火活動をするなんて何かおかしくねえか。

安堵の息を吐きながら、辺りを窺うと家々の明かりが点けられ、人が起きてくる気配がする。

…どうやら潮時か。

黒タイツ戦闘員はバケツリレーで体力を消耗して、戦闘力を著しく減少している。
一方のリゾナンターも毒気を抜かれた様子だ。
更に言えば悪の組織が消火活動を行ったことを住人たちに知られたら今後の活動に差し障る。
そう考えた魔女は撤収を決意した。

「悪運の強い奴らめ、今日のところは引いてやるが今度遭ったら只じゃおかないよ」

悪玉が去り際に残す定番中の定番の台詞を残して去ろうとしたが…。

「ちょっと待ちなさい」

聞き覚えのない声に呼び止められた。
声の主はパジャマ姿の老婦人だった。
髪の毛の色は真っ白で、魔女にとって祖母にあたるぐらいの年齢だろうか。

「これは、あなたたちの仕業なの」

老婦人が指差したのは、魔女率いる黒タイツ部隊が消火活動を行った跡だった。
してみると、その家の住人だろうか。
自分たちの善行を知られたのが、照れくさくなった魔女は「まあな」と言ってその場を立ち去ろうとした。

「一体、どういうつもりなの、あなたたちは。 こんな夜中に人の家に火をつけるなんて」

老婦人の口から自分たちを難詰する言葉が出てきたのに、愕然とする魔女。

…えっ、アタシたちが放火したと思われてる?

「いや、これは違う。 これはあいつらが…」

そう言ってリゾナンターを指差そうとした魔女は愕然とした。

…いない、奴らがいない。

ボヤ騒ぎの元凶とも言うべきリゾナンターがいないのだ。

…野郎、何処へバックレやがった。

どうやら起き出して表に出てきた住人に紛れて姿を隠してるようだ。

「あのですね、お母さん。 少し誤解があるようですが…ヒィッ」

「あなたなんかにお母さんなんて呼ばれる筋合いはありません!!」

気がつけば老婦人に頬を打たれていた。
予想だにしなかった相手からの攻撃だったので、ノーガードで受けてしまった。
脳が少し揺れたのか、一瞬ふらつき、頬が熱くなってきた。

「イイーーーッ」

指揮官の受難に驚いたのか、老婦人に迫ろうとした黒タイツ戦闘員を、「止めな」と制止する。

…闇に堕ちた。 悪魔に魂も売った。
でも何があっても絶対に越えてはいけない一線があることは覚えている。
自よりも遥かに年上、ばあちゃんと呼んでいいくらいの人を殴るなんて、やっちゃあいけない。

「落ち着いてください、ヒイイ」

「家に火をつけられて落ち着いてなんかいられますか 」

「ですから、これはアタシたちがやったことじゃなく、ヒィィ」

「逃げるつもり? そうやって自分たちのしたことに向きあわないで逃げるつもりなの」

「わかってください、お母さ…ヒィィ」

「イィィーッ」(ミティ様、大丈夫ですか)
「イィーー」(このババア、ただじゃおかねえぞ)

「お前ら、絶対に手を出すんじゃないぞ」

散々頬を打たれたことで、ある程度痛みへの耐性が出来た。
ここは落ち着いて事情を説明して、誤解を解こう。

「確かにこの町の家を色々荒らしたのはアタシたちのの仕業ですが、決してふざけたわけじゃありません。 これがアタシたちの仕事なんです」

「仕事ですって?」

老婦人が静かに、しかし力強く魔女の目を見つめる。

…よし、やっと落ち着いて話が出来そうだ。

「詳しい事情は申せませんが…」

「私の夫は仕事一筋の会社人間でした」

魔女の言葉が終わらないうちに、切々と語りだす老婦人。 話の腰を折られ軽く転ける魔女。

「…人間でした。
働いて、働いて、働くことが生きがいのような人間でした。
最近の人たちからは考えられないでしょうけど、私が最初の子供を授かって産気づいたときも、私を病院に連れてってそのまま出勤する。
そんな人でした。 いえ、あの人が特別なんじゃない。 そういう時代だったんでしょうね。 子供の入学式、父の日の授業参観、卒業式。
そんな行事よりも会社の方を優先する、そういう人でした」

「真面目な旦那様だったんですね」 老婦人の歓心を買おうと敬語を使い出した魔女だったが、婦人は気にも留めず自分の世界に没入していく。

「夫が家族の為に働いてくれていることはわかっているつもりでした。
ですが、休日さえ仕事の為に費やすそんな夫を見て、私たち夫婦の間にギクシャクした空気が生まれてきました。
結婚当初は、出勤する夫に『行ってらっしゃい』って声をかけていた私も、いつしか無言で送り出すようになっていました。…そう、あの朝も」

「まあ、そういうのってありがちですよね」

お座なりに答えながら、会話を打ち止めして、その場を離れる契機を探ろうとする魔女だったが、
付近の家々から起き出してきた住人の人垣が現場を囲み容易に離脱できない雰囲気だった。
人垣の中にはリゾナンターの姿も見られた。

リーダーの愛は「泣かせる話やのう」と目を潤ませていた。
傍らでは新垣里沙がハンカチで愛の目を拭っている。

…あの馬鹿が。

かっとして二人のいる方に向かおうとする魔女。

「…会社から夫が倒れたという知らせが入ったのは、昼過ぎのことでした」

…ひぃ、重いよ、物凄く重いよ、ばあちゃんの話。

「あの人ったら、昼食の時間もそこそこに午後からの仕事が円滑に進むように段取りをしていたみたいでした。
それを聞いた私は、あの人らしいなと思いました。 結局あの人はそのまま意識を取り戻すことがありませんでした。
仕事好きのあの人にとっては本望な最期だなと思いました。 葬儀はあっという間に終わりました。
その後整理をしながら、私は我が家には蓄えらしい蓄えがないことに気づきました。
子供たちの学資、親戚の事業への援助。
家のローンが支払えないのではないかと思った私は、ローンを組んでる銀行に相談に行きました。
そこで初めて知りました。 夫にもしものことがあった時は、その生命保険金で家のローンが支払えるようにしてくれていたことを。
そう、この家は夫の人生そのもの。 それを燃やすのがあなた達の生業だというなら燃やすがいい。
でも、でも、でも、私も一緒に燃やしなさい」

「燃やせるかーーーーーっ」

「ゴメン、ばあちゃん。 ばあちゃんの家のボヤ騒ぎの責任の一端はアタシたちにあるけど、でも本当にアタシたちが火をつけたんじゃないんだ」

「そうやって誤魔化して、そンな風にしてずっと人生を渡っていくつもり、あなたは」

「だから、違うって」

わかってもらえないという失望感に胸を苛まれながら、老婦人を振り切ろうとする魔女だったが、老婦人は魔女の手を掴まえて離そうとしない。

「放してって」

老婦人の手を振り払おうとしたが、その所為でバランスを崩した老婦人は倒れそうになる。

…危ない。

何とか抱きとめて倒れることは防いだ。
だがその様子を見ていた××一丁目の住人の目には、魔女が老婦人に暴行を加えているように映った。

「あのアマ、年寄りに手を出したぞ」

「許せねえ、許せねえよ」

「逃がしゃしねえ」

口々に叫びながら、魔女や黒タイツ戦闘員に詰め寄っていく。
その手には家々にあった金属バット、木刀、バールのようなものが握られていた。

「お前たち……撤退!!!」

「イイイイイイーーーーーーッ!!」

魔女にとって最大の誤算は、強固に張り巡らした結界だろう。
ダークネス本部からのモニタリングさえ阻む闇の障壁は、転送装置による脱出を不可能にした。
マッドドッグスが逃げおおせるには、結界の媒体装置となっている水晶を破壊して結界を解除するしかない。
水晶を設置した地点に向かって劇走を続けるマッドドッグスだったが、怒りに燃える住人の追撃に一人減り、二人減り、今では魔女しか残っていない。
その魔女でさえ、息は絶え絶えとなり、体中に無数の傷がついている。

「くそ、あのアマ何処行きやがった。 逃げ足の速いやつだ」
「まったくだ、あんなドレスなんか着てるくせに」
「逃がしゃしねえ、逃がしなんかしねえよ」
「どのみち逃げ場はないんだ。 もう一度虱潰しに通りをあたるんだ」

……今日は厄日だ。

遠ざかる追手の足音を耳に魔女は思った。

…戦闘員どもにはかわいそうなことをしたが、あんなやつらはいくらでも補充が効くからな。

追手を振り切ったという安堵はそんな不遜な思いを生み出す余裕を生んだ。
そして、その余裕は油断を呼んだ。

ジャリッ。

…しまった。

うっかりとたててしまった足音に気づいた追っ手。

「いたぞ!!」

カラカラに乾ききった身体から最期の一滴を搾り出しながら魔女は奔る。
この闇よ、永遠に続けと願いながら。