二人の魔女


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「そうやってアタシの前に立つってことはそういうことだと思っていいのかしら」

場所は光と闇、空と大地が交錯する世界の何処か。
黒衣の美女が首を傾げている。
話しかけられたのはトレンチコートに身を固めた男。
その容貌は女かと見紛うばかりの秀麗さ。
手に持ったトランプのカードを華麗な手捌きで弄んでいる。

「ええ、そういうことだと思って頂いて結構です、ミティ様」

「アタシだとわかっていながら、そういうことに持ち込むなんてあんたも酔狂だね」

「あなたがミティ様だからこそ、そういうことに持ち込むのです」

淑女をエスコートするかのような物腰を崩さない男。
しかし時折赤く光る妖しい目は、男が尋常で在らざる存在だということを、慎ましげに物語っている。

「アンタ、何ていう名前なの」

「私などの名前を訊いてどうされるおつもりですか」

「今日のアタシはいつもよりも随分と機嫌が良いもんでね」

「ほぅ、見目麗しいミティ様がいつにもましてご機嫌がよろしいとは何よりのことで」

「だからさ、サービスでアンタの墓石にアンタの名前を刻んであげようかと思ってね」

女がその美貌とはおよそ似つかわしくない不穏な言葉を耳にすると、それまで優雅な態度を守ってきた男が一変した。

「墓だとぉぉぉ。 墓碑銘を刻むぅぅぅ。このクソ女がぁぁぁぁ。 
 こちらが下手に出てやったらつけあがりやがって。 このアバズレの淫売がどの口でそんなことをホザきやがるぅぅぅ」

「ふん、どうやら地金が出てきたみたいじゃないか」

「魔女なんて時代錯誤の通り名を使う貴様ごときが、この俺を倒すなんておこがましいんだよ。
 しかも、ミティだとぉぉぉっ。 そんなふざけ名前の女に名乗る名前など持ち合わせていない」

男の手からカードが1枚、ミティと名乗る女に向けて飛び立った。
轟音と共に土煙が舞い上がる。塞がる視界。
やがて視界が戻ったとき、ミティの立っていた地表には、サッカーボールぐらいの穴が穿たれていた。
その穴の数メートル後方に、ミティが平然と立っていた。

「なるほど、カードをジャグリングしながらエネルギーを注入したのか」

「ご明察だ。 俺はこの手に触れたありとあらゆる物質に破壊エネルギーをチャージする事が出来る。  中々に使い勝手がいいチカラだが、一つだけ欠点がある」

マジシャンのような手さばきでカードを中に舞わせながら、男はぼやく。

「チャージ出来るエネルギーと物質の質量が比例するということだ」

「あん、何言ってんだお前はよぉー」

「つまりだ、このカードのように美しく機能的なものよりも、無粋で無骨極まりない石ころの方が、破壊力が大きいってことだ。 そんなの許せねえっ」

今度は3枚。
軌道と高さを変えて、ミティの元へ向かう。
歴戦の魔女も為す術も無く、破壊のチカラに晒されるばかりかと思われたが。

3枚のカードは魔女が出現させた氷壁を砕き、破片を散らせただけだった。

「どうしたい、優男。 威勢がいいのは口だけかい」

…詠唱破棄であれだけの氷隗を瞬時に生成するとは、デタラメな魔女だ。
自分の名前を知らない男。 何処で生まれたのかさえも知らない。何処へ向かうのかも知らない。
なのに、目の前の女の名は知っていた。
自分の身に帯びたチカラの使い方も知っている。
そして、この世界で果たすべきこと。

「魔女なんて中世の遺物など滅んでしまえばいい」

宙で舞わせているカードを高速で回転させ、最大限のエネルギーをチャージする。
魔女の根絶。
それこそが自分の使命。
眼前の魔女を狩ることが自分の存在意義に他ならない。

「行くぞっ」

崩壊の力が籠められた48枚の魔弾が一斉に放たれた。

「・・・ぎゃあああああああ!!!」

黒衣の魔女の叫びが大地に吸い込まれていく。

「足が・・・アタシの足がぁあああああああ!!!」

“破壊エネルギー”がチャージさせられたカードの攻撃は、氷壁を貫き魔女の身体を傷つけた。
中でも両足に受けたダメージが大きかった。
体を支えることが出来ず転びまどう魔女。

「ミティ様。 そのような身なりで地面を転げ回るとははしたないですぞ」

自らの勝利を確信した男は、慇懃無礼な態度に戻る。
懐から新しいカードのセットを取り出し開封する。

「ひぃぃぃっ、ぎゃあああああっ!!!」

魔女の右腕に新たな一撃が炸裂した。

「まったくもって口ほどにもない。 本当に貴女は氷の魔女として恐れられている方なのですかな」

ゆっくりと魔女に歩み寄る男。

「ひゃぁああああああっ!」

空気中の水分を凝縮、再構成して創り出した氷の槍で反撃を試みる魔女だったが。
小脇に抱えていたステッキで魔女の起死回生の攻撃を打ち砕く男。

自らの終わりを予期したのだろうか、狂気に満ちた笑い声を上げる魔女。

「あは、あは、あははは、あははははははは、ふは、ふはははははははははは」

そんな魔女を冷然と見つめる男。

「ふはははははははははは、ぐわぁははははははははははっ。
あははははははははははは、ひはははははははっはあははっ。
楽しい、実に楽しい。 こんなに楽しいのは久しぶりだ。
うわははははははははは、楽しいぞ、全くもって楽しいぞ。
おい、お前。 優男、お前の名は何という」

気圧されてしまった。
新聞紙で叩き潰された断末魔のゴキブリのような状態の女に畏怖を覚えてしまった。

「苦痛と死の恐怖で忘れてしまったのか。 お前などに名乗る名は持ち合わせていな・・」

「そうか、名無しの案山子野郎か。 つまらない奴だ。
まあいい、おめでとう、案山子君。 第一ラウンドはお前のものだ。
ではこれより第二ラウンドを始めよう。今度は人外の闘争を楽しもうじゃないか」

魔女を中心に圧迫感と共に目に見えない気配がタールの如く大地に漏れ出し、拡がっていく。
魔女が唯一自由の利く左腕を天にかざすと同時に、体中の疵口から漆黒の霧が立ち上がった。

眩霧―魔女がその犠牲者を異界に誘い込む際に発生させる幻の霧だ。
こんこんと湧き出る霧に魔女の姿が一瞬霞む。

そして、魔女の肉体がバラバラと音を立てて崩れたかと思うと夥しい数の毒虫、大鴉の群れへと姿を変えた。
毒虫達はぞわぞわとおぞましい音を立てながら地を這い回り、大鴉は不吉な鳴き声を上げながら辺りを舞う。

「何……これは一体どうしたことだ……」

夥しい大鴉の羽ばたきの中を縫って、妖しく赤く光る男の目。
黒い羽を残し、数十羽の大鴉を消し去ったが、余りにも数が多すぎて、到底減ったようには見えない。
宙を舞う黒い羽は地に落ちると、毒虫に姿を変え自らを裂いた煌きの発生源である男を追う。
気がつけば禍々しい瘴気を放つ毒虫の川が男を取り囲もうとしている。
大鴉達を引き付けて、ステッキで薙ぎ払いながらその間を駆け抜ける。

「ひぃがぁぁぁーっ」

過って毒虫の川に踏み込んでしまった右足が激痛を訴える。
ほんの僅か、靴の爪先が触れてしまっただけなのに、その部分は焼けただれてしまっている。
ステッキを本来の用途で用いながら、毒虫の川の切れ目を捜し退路を探る。
襲い来る大鴉の嘴を防ぐことも叶わず、体中は啄ばまれ、洒脱なトレンチコートは襤褸きれに変わり果てていた。

…落ち着け、これは幻戯に過ぎない。
魔女の本体がどこかに潜んでいるはずだ。
その本体を叩けば…しかし、どうやって捜す。
それ以前に、どうやって大鴉と毒虫から難を逃れる。
痛みの範囲は段々と広がっている。
この分では体の中枢を蝕まれるのも時間の問題だ。

―来る。
何かの襲来する気配を感じた。
己の肉体の数倍近い大きさの氷塊が頭上から降ってくる。

…くっ、間に合え。
痛む右足に体重がかかってしまうのにも構わずに、ステッキを回転させて破壊エネルギーをチャージしてぶつけた。
弾けろ!
窮余の一手は功を奏したが、その代償も大きかった。
自らの間近で生じた激突と破壊の衝撃を受けて吹き飛ばされてしまう男。

「ぐわぁぁぁぁーっ」

両腕は毒虫の河に浸り、その瘴気で侵された。
もう顔を狙う大鴉の嘴から、身を守ることも出来ない。
為すがままに顔面を啄ばまれ、滴り落ちる血で視界を塞がれる。


………
攻撃が止んだ。
体中を走る激痛は変わらないが、新手の攻撃は行われなくなった。
しかし大鴉や毒虫の放つ禍々しい気配が去ったわけではない。
むしろ、より密度が高くなっていくのを感じる。
自分の間近に結集しつつあるのを感じる。

「何なんだ。 お前一体何なんだ」

男の声は悲痛な響きに変わっていた。

「どうした。 優男。 
アタシをどうにかするつもりだったんじゃないのか」

魔女の声がする。
恐る恐る目を開く。
目に血が入り痛んだが、気にもならなかった。

男から10メートルばかり離れたところでは無数の毒虫が結集して、女の肉体の形を模ろうとしていた。
しかしその肌の表面はおぞましい毒虫の姿のままで、無数の足が繊毛のように蠢いていた。

「お前は何なんだ一体。 いや、お前は身体の中に何を飼ってるんだ」

魔女の形をした毒虫の群団が声を発した。

「ほう、お前には見えるのか。 アタシの中にいるやつのことが」

どこか感心したような響きは、この場には似つかわしくない。

「ああ、見えるとも、おぞましい化け物の姿が。 感じるとも、とてつもなく邪悪な存在を」

「かつて、世界の半分を滅亡の危機に陥れた存在があった。 人間への憎悪、世界への呪詛。
その存在は世界にとって災厄そのものだった。 
その名はへケート。
月を司る冥府神の一柱にして、妖怪変化の女王、そして黒魔術の本尊」

「バカな、そんなやつがお前の中に巣食っているというのか。 有り得ない」

醜悪な毒虫の群団から、元の美しい女へ着々と姿を変えつつある存在は、男を憐れむような口ぶりだった。

「志を遂げることなくその最期を迎えたヘケートは自らの記憶を情報化した。
人をチカラに目覚めさせる為に、脳のどの部位を圧せばいいかという該博的な知識。
チカラを具現化する技術としての、魔術に関する膨大な学識。
そして、何よりも人間に対する圧倒的なまでの悪意。
それらは二進数で暗号化して、人間伝いに継承されていった」

「お、お前も継承者の一人だというのか」

「アタシは簒奪者」

「簒奪者だと」

「暗号化されたヘケートの記憶は、継承者の心臓のパルスに変換される。
つまり、継承者は脈打つ心臓に膨大な情報を保管した記録装置として、その生涯を送ることになる。 情報をコピーする次の継承者が現れるまで」

「黒魔術を学び、ヘケートに関して研究を重ねた人間はその事実に突き当たる。 私もその一人だ。
そして、私は奪った。 ヘケートの記憶を内に秘めた人間の心臓をな」

男はミティと会話をする中で反撃の機会を窺っていた。
何かに触れて、運動エネルギーを与え、破壊エネルギーへの変換と蓄積を行おうとしたが、傷口から侵食し始めている魔女の瘴気は腕の感覚を奪っていた。

闘争の敗北は認めよう、しかし魔女への敵意を消すことは出来ない。
そしてその思いを魔女の論説への反駁という形で晴らそうとする。

「…あ、有り得ない。 そんな莫大な知識と途轍もない憎悪を一身に受けて平気でいられるなんて有り得ない」

「平気なもんか」

魔女が自分の言葉に賛同したことに耳を疑う男。

「平気なんかじゃない。
クソババアは、油断していたらアタシの自我を飲み込んで、アタシの存在に取って代わろうとしている。
だから、アタシもそれなりの手を打たなけりゃならなかった。 
ヘケートの記憶を利用して、黒魔術を操るアタシに、アタシは本来の自分とは別の名前をつけることにした。それがミティ。
命名とは呪縛、そして支配権の確立。
アタシ、藤本美貴は氷の魔女ミティの主、そしてミティは藤本美貴の忠実な僕。
黒魔術を行使するミティを別人格として隔離して支配することでアタシはヘケートの侵食から逃れられている。
まあ言ってみれば、病院の無菌室みたいなもんさ。
ミティという隔離室によって、ヘケートというウィルスの感染を防いでる、みたいな」

毒虫の群団は、女の姿形を復元することに成功していた。
女の名は、ミティ? それとも藤本美貴? それとも…。

瘴気に体中を侵された男に、女は宣告した。

「お前、名前は無いんだったな。 つまんねえ男だ。だったら、墓は要らないな。 
粉々にして鴉どもの餌にしてやるよ。そして、地獄に落ちて蛆虫になりな」

男の目に映ったのは、瞬時に凍結させた大地を滑走して、殺到してくる女の姿だった。
宙に舞い上がった女の両膝が迫ってくるのが、男が目にした生涯最後の光景だった。

…思い出した、俺の名はRemy LeBe・・・

ぐしゃりと押し潰した男の頭蓋から飛び出した脳漿が大地に飛び散った。
争うように群がる大鴉たち。
ぴちゃぴちゃと啄ばむ音、ばたばたと羽同士が触れ合う音が収まってくるに連れて、霧も晴れてきた。
男の残骸に無感動な一瞥を送ると、魔女はその場を去ろうとする。

……随分な言われようだな。 妖怪変化の女王だとか、クソババアとか。
挙句の果てにはウィルスだの黴菌扱いか。 私はお前よりも若いというのに余りな仕打ちではないか。

魔女に話しかける声。
それが現実にそこに響いている声なのか、魔女の意識に直接訴えている声なのかは魔女自身にもわからない。

「違ぇーよ、ババア。テメエ生まれたのはいつだっつーの。 くたばった時点で時計を止めんなっつーの」

まるで友人に話しかけるような口ぶりで、見えない存在に答える。

…藤本美貴。
人類の歴史の中で私の記憶を継承した他の誰よりも、お前は世界を憎み、チカラを渇望している。
ならば何故こんなまどろっこしい手段を講じる。
ミティなどというくだらん仮想の人格に、私のチカラを委ねるのだ。
お前が直接私のチカラを行使すれば、お前はこの世界を壊せるというのに。

「くだらん言うな」 ポツリと呟く。

「意味がねーんだよ。 どんなに強いチカラを手にしたところでアタシがアタシでなくなっちゃ意味がねーんだよ」

…青いな。それがお前の弱さだ、しかし同時に強さなのか。

「ババア、テメエこそさっきアタシの足を引っ張って、そいつに勝たせようとしたな。 
あの野郎の赤い瞳に心奪われたのか? さしずめ老いらくの恋っってところか、あぁん」

…ババア言うな。
確かにあの者の瞳には心焦がす力があるが…私の欲しいものが何か、お前にはわかってるだろう

「渡さねえよ、この身体も、心も。 お前はこの先ずーっとアタシがこき使ってやる」

…どうかな。
いくら抗ったところでお前の心に力への渇望がある限り、結局は収まるべきところへ収まるだろう。
自らの意思で闇に足を踏み入れた人間は、決して光の下で生きていくことは出来ない。

「関係ねーよ。 闇も光も。 悪も正義も関係ねーよ。
この先、何があろうと、何処へ行こうとアタシはアタシさ」

霧が晴れ、声が途絶えた。
光と闇、空と大地が交錯する場所を目指して、魔女は歩き始める。
己自身の掌に、己自身を握り締めながら。