『Chelsy』45




「チェルシー出ておいでよ。ただ、嫌なことをすべて忘れさせるだけなんだ
 大丈夫、君たちの行動を制限なんてしないよ、これまでどおりでいいんだ」
ジョニーの声がスーツから流れてくる
有益な情報が一つ。ジョニーはまだチェルシーの位置を把握していないということ。
チェルシーは班長が息をしていることを確認し、どうしようかと考えあぐねていた
(このスーツをきている限りジョニーに位置を把握されてしまう
それならば仕方がない・・このスーツを脱ぐしかないが、それでは武器が持てない)
しかし選択肢はスーツを置いていくしかなかった
スーツを脱ぐのも見えているのであろう、スーツの無線から「安心して、君の着替えシーンだけは目をつむっておくよ」と声が届く

嘘つき、絶対みているくせに、と思いながらも黙々とスーツの下のウエアに持てるだけの武器を収める
「心許ないが装備だけど仕方ないよね・・・班長、申し訳ありません、しばらくそちらで休まれていてください」
ひとりごちながらガチャガチャと音をたてて、スーツから幾つかの装備を取り出す
チェルシーは拳銃やナイフを腰のベルトに携え、幾許かの銃弾をポケットにしまいこむ

当然、何をしているのかはジョニーに監視されているのだから戦闘という面からは不利なのは明白
「やはり、スーツを置いていくんだね。
 でも、負けないよ。だって、そのスーツを作ったのは僕なんだから」
スーツに取り付けられえたカメラにはさっきまでは銃で撃たれた班長の姿が映っていた
しかし今はコンテナが映り込んでいる。さっきスーツを脱ぐときに向いている方向が変わったためだ
「班長が無事、いや、無事ではないか。そうだな、僕が自分で撃ったんだからな。大丈夫な姿を見ておきたかったが仕方ない」

ジョニーはゆっくりとドアへ向かい、麻酔銃の安全装置を外し、チェルシーを迎えるために歩みだした
「さて、チェルシーはどこにいるのかな?」


ジョニーのサングラスにはスーツのモニターのようにトラップや生物の位置が赤く示される
二つの動かない赤い点がまず目につき、これは班長とスーツだな、とジョニーは判断した
(スーツがなくなるのは相当な痛手だけど、場所を把握されなくするために必要ということかな?
 でも、忘れていないかい?僕のスーツでは人間の発する電磁波を感知しているんだよ
 どこに隠れていても君を見つけ出せるんだ)
ジョニーは探索範囲を倉庫全体に広げ、チェルシーの影を探す
動かない二つの点はスーツと班長、手首を繋がれた二人の部下、となればそれ以外がチェルシーということになる

しかし、そこに映るのは意外な画面であった
(おかしい・・・どこにもいない?)
モニターに映るのは全部で5つの赤い点のみ
先程の計算から考えると残り一つしかないのだが、それはジョニー自身を示す
(どういうことだ?本当に壊れているとでもいうのか?)
捜索範囲を広げても結果は同じ。5つの点しか表示されない

(もしやすでに僕の近くに来ているとでも?)
慌てて周囲を見渡すが姿があるはずもない。かといって逃げ出していることはありえない
(この装置が壊れていないならば・・・地下か地上にいない限り表示されるのだが)

となると残された可能性は一つしかない
「チェルシー。聴こえるかい?」
ゆっくりとその場所へと近づく
砂浜が近い倉庫であり風に運ばれて床の上にはわずかだが砂が散らばっている
歩くたびに砂を踏む感触が走り、宙に舞う

「大丈夫だよ。君がどこにいるのかもうわかったから声を出しても」
麻酔銃の引き金に指をかけて廻している様子は滑稽に見えて仕方がないが、それも計算
ジョニーはわかっているのだ、チェルシーがいる場所と奇襲をかけてくることがないことを


「君も知っているように僕のモニターは電磁波を発しているすべてのものを拾うんだ。
この部屋のなかには5つの点しか見えなかった。部下の二人、君が脱ぎ捨てたスーツ、班長、そして僕
そう、君が消えてしまったんだ」
ジョニーは角を曲がり、ある場所へと向かう

チェルシーは込みあがる緊張感を必死で抑え込む
(チャンスは一度きり)
自分にそう言い聞かせ、手に握りしめたナイフに垂れる汗が地面に吸い込まれる

「逃げたのかな?いいや、そんなはずはないよね?じゃあ、どこに消えたんだろうか?」
ジョニーは頭につけたインカムのスイッチを切った
もうジョニーの声はスーツからではなく、直接聴こえていた
「さあ、チェルシー、こっちにおいでよ。大丈夫、怖いことはないから」
しかしチェルシーは動かない
当然だろう、『ウル』から世界を守る、その目的のために来たのだから、強い意思があるのだから
不思議なことにウルを使えば簡単にチェルシーを見つけられるが、ジョニーは選ばなかった
あくまでも自分の手でチェルシーを探そうとしているのだ

「そう、出てきてくれないよね。それなら僕から逢いに行くよ
どこに行ったのかな?答えは簡単だったよ、消えてなどいないんだよ、最初から。
モニターにはずっと映っていたんだ。ただ、見えなかったんだよね」
ジョニーはコンテナに立てかけられているスーツと地面にうつ伏せに倒れている班長のもとへとやってきた
「いるんだろ?そのスーツの中に
 だから、ああやってわざと呟きながら、大きな音をたててスーツを脱いだふりをした
 そして、スーツを回収しようとして近づいたところに奇襲をかける、そんなところだろ?」
ジョニーはスーツから距離を取り、右手を伸ばした
「!!」
ゆっくりと浮かび上がるスーツとその後ろにある班長の姿は対照的で、どこか奇妙であった


浮かび上がり、空中で停止する
「さあ、かくれんぼは終わりだよ。出ておいでよ」
スーツが震えだしたかと思うと同時に、スーツが弾け、幾百もの細やかな部品になって崩れた
数百もの細かな部品で一瞬ジョニーの視界が奪われるが、次の瞬間にはスーツの中から人影が姿を現した

「さあ、チェルシー、出てき・・・?」
そこにいたのはチェルシーではなかった。上着とズボンをはぎ取られた班長の姿
「残念、ジョニー、こっちよ!」
いつの間にジョニーの後ろに回り込み、片手にはサバイバルナイフを掲げ、構えていた
「な、なに?」

チェルシーにとって電磁波で居場所がばれることは想定内だった。
だからこそ、班長をスーツの中に押し込み、自分は班長の上着とズボンを身に着け、倒れこんだのだ
ジョニーの言う通り、大きな声をだしてわざと大きな音で作業したのはその伏線であった

そして、その策にジョニーは騙されたというのだ
「なるほど、してやられた、というわけだ」
チェルシーはジョニーの両足を斬りつけようとモーションに入っている
その瞳には覚悟があった
足の傷ならば命を奪うことはないであろう、身動きをとれなくすればそれでいい、そう判断した
払いきればすべてが終わる。ナイフを握る感触に後味が残ろうともそれで終わればいい
そうチェルシーは考えていた

「でもね、それじゃ決まらないよ」
ジョニーが笑う
「??」
今度はチェルシーが驚愕の表情のまま・・・固まった
いくらナイフを振りぬこうとしても動かないのだ
ナイフを握りしめたままジョニーを見上げた格好になってしまい、目と目が合う


「やあ、チェルシー、やっと逢えたね。どうしたんだい?そんな怖い顔をして」
(どうして?どうして?ナイフが動かない?)
急に押し上げる尽きぬ恐怖で焦りが生まれ、足元への注意が疎かになる
ジョニーが左ももを蹴り上げ、そのままチェルシーはその場に膝をついた
でも感心なのはナイフを持つ手を離そうとはしなかった

「ほら、僕はここだよ。もっと笑って見せてくれよ」
ジョニーが楽しんでいることは明白であった。気味が悪かった
ここは一旦距離を取らなくてはならない、と判断し、ナイフから手を離した
地を蹴り、コンテナの上に駆け上がり、チェルシーはジョニーを見下ろす位置に立った

「な、なに?それ?」
この行動はジョニーにとっても想定外であったのだろう
ジョニーは頭を搔きながら、自身の足元へと手を伸ばす
いや、足元ではない、手を伸ばした先には、つい今しがたまでチェルシーが振りぬこうとしたナイフが太腿にくっついていた
「ああ、迂闊だね。もう少し隠しておこうと思ったんだけどね」
くっついているのだ、刺さっているわけではない
ナイフの柄をつかみ、ジョニーは電灯にナイフの刃を反射させてみせた

「どういうこと?それも電磁波の装置によるものなの?」
いや、スーツは存在しない。つい今しがた二人の前でジョニーが分解したではないか
「装置、スーツ、ね・・・そうだな、いい機会だ。ねえ、チェルシー、僕は君に大きな嘘をついてきたんだ」
チェルシーは先程の一撃に全てをかけていたのだろう何も手にしていない
「確かに君のこれまでの功績は嘘じゃない。もともと君は優秀だからね、なんでもできるだろ?
 そこに僕が相棒として推薦され、君にスーツを造り、サポートをした。そう思っているだろう?
 違うんだ、スーツを造ったのは嘘ではないし、耐久力をあげるため改良をした。でもね」
足元のコンテナが震え始め、視界が砂ぼこりでかすみだす
地面に落ちていた釘や螺子が飛んできて、スーツの中に隠されていた迷彩用砂鉄がジョニーの周囲に輪状に浮かび上がる
そして、徐々にそれらはある形態に整い始める。それは二重螺旋の構造
「君が装置の力と思っていた電磁力はね、僕がスーツで見た景色を遠隔転移で操っていたんだ
 僕はね、能力者なんだ」 (Chelsy




投稿日:2016/11/25(金) 00:15:44.20 0


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最終更新:2016年12月01日 02:50