『リゾナンター爻(シャオ)』 52話


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「主任。新しい被験体のデータが採れました」
「何や。めっちゃ早いやん」
「ええ。『共鳴現象』の再現を上が急いでるとのことで…」
「俺としてはもうちょいじっくりやりたかったんだけどなあ。ま、ええわ。ちょっと見せてみ」
「どうぞ」
「k-207にT-617か。ほう…これええな。めっちゃロックやん。『双子みたいなのに双子じゃない』、そんな感じやで」
「はぁ。おっしゃってる意味はよくわかりませんが」
「『共鳴』のほうはさっぱりやけど、別の特質が出てる。ええで、ええで。この調子で頑張り。ほなな」
「承知しました…」

「主任はああ言っていたが」
「ああ。間違いなく失敗作だ」
「二人揃って一人前とは…『共鳴現象』の再現を狙った際の副産物か」
「廃棄するか」
「いや、それは主任が許さないだろう。それに、戦闘能力だけ取ってみればまあ…悪くはない」
「ふう。仕方ないな。では引き続き被験体の育成とデータ採取の続行。上層部の指定した4月1日の納
品に間に合わせるぞ」



光と夢の国に、一瞬の静寂が訪れる。
「金鴉」と姉人格を表出させたさゆみ。
「さえみ」と化した「さゆみ」は、値踏みをするかのように二人の少女の顔を見る。

「二人一組で行動する、ダークネスの幹部…」
「何だよ、びびってんのか? 安心しな。あいぼんには手を出させな…」
「別にそんなこと、心配してないわ。ただ」

さゆみは、にっこりとほほ笑む。
だがその笑顔の陰には。

「二人で一人分の仕事しかできないなんて、とんだ半人前。そう思っただけ」
「な…に!?」

それまで常に上位に立っているとでも言いたげな態度だった「金鴉」の表情が、大きく歪んだ。
場の空気が、ずん、と音を立てるが如く、重さを増す。

「てっめええええぇえ!!!!」

「金鴉」の瞳に闇の炎が灯される。
炎に映るのは。憤怒。憎悪。そして、強烈な殺意。

「絶対絶対絶対絶対!!!!!絶!!!!体!!!!ぶっ殺す!!!!!!!!!!」

放った殺気が、容赦なく若きリゾナンターに襲い掛かった。
全員が一斉に、幼い顔を強張らせる。


「な、なんだよ!なんだよあいつ!!」
「どぅー、おもらししちゃった?」
「し、してねえよ!!」

明らかに狼狽える遥をからかう優樹だが、彼女自身の顔色も優れない。
それほどまでに、凄まじい負の力なのだ。
「水軍流」を修めた里保でさえ、額に汗がにじみ出るほどに。

「あーあ、自分。言ったらあかんこと、言うてもうたな。うちらは決して二人で一人前と違う。のんは、そのことめっ
ちゃ気にしてんねん。ま、うちかて今にもトサカから火が噴き出そうな思いやけどな」

「金鴉」の後方で腕組み構えている「煙鏡」。
表情は変わらないが、口元には蛇のような執念深さが見え隠れしていた。

「さっきから『殺す』だの、『ぶっ殺す』だの。いつになったら行動に移してくれるのかしら」
「慌てんなよ。色んな能力試して遊ぼうかと思ってたけど、気が変わった。一気に決めてやる」

怒りが醒めたのか、それとも内に収める術を知っているのか。
「金鴉」はゆっくりと、さゆみに向かって指差す。そして。

「のんの能力は…『血から能力をコピーする』こと。道重、お前と闘り合うって聞いてさあ…用意しといたんだよね」

「金鴉」が懐から、またもや赤い液体の入った小瓶を取り出す。
そして顔の斜め上に掲げ、握り潰した。
拳から滴る、小瓶の中の血液とも自分の血液とも知れぬ血を飲み干して。


急襲。
対するさゆみは微動だにしない。
彼女は知っているのだ。迂闊に自分の体に触れた相手は、一つの例外もなく消し炭のようになって崩壊することを。

「余裕ぶってると、後悔すっぞ!!」

左に飛んでからの、フェイント。
右方向から殴りつけようとさゆみの顔面に迫る拳。
さゆみの本能が警告する。「この拳をまともに受けてはいけない」。

大きく体を仰け反らせ、回避体制。
空振り、無防備な背中を曝け出した「金鴉」に、さゆみがそっと手を添える。

「…やっぱり」

不可解な顔をしつつも、相手を滅びに誘うのを諦めて距離を取る。
千載一遇のチャンスだったはずなのに、さゆみは自らそれを手放してしまった。

「はは、わかるみたいやな」

その様子を遠くで見ていた「煙鏡」が、上から目線で言う。

「…治癒の力で、相殺したのね」
「その通りや。さっきのんが飲んだんは、治癒能力者の血…道重さゆみ、お前の血を複製して作ったもんやで?」
「!!」

いつの間に、と言いたいところだが。
ダークネスとの長きに渡る抗争において、さゆみの血を採取する機会など、それこそ山のようにあったはず。だ
から、複製できたとしてもおかしな話ではない。


「お前は完全に無防備っつーこと!!」

嬉々として「金鴉」がさゆみに襲い掛かる。
ガラスの小瓶を軽々と握り潰す筋力は、喰らわずとも危険なものであることがわかる。
そしてそのことは、辛うじて回避したローキックがさゆみの背後にある街灯柱にヒットした時に証明された。

鉄でできた柱が、まるで飴の棒のように、大きくひしゃげる。

「…凄い馬鹿力」
「そいつの筋力、まあちょこっと弄っとるんやけど、能力と違うで? 天性のもんやから、当たらんように気ぃつけや」

相方は高みの見物か。
ありがたいけど、何かを隠している?
ともかく、謎解きは今の局面を何とかしてから。
さゆみは視線を再び目の前の「金鴉」に向けた。

「オラァ!立ち止まってる暇なんてねえぞ!!」

再び攻勢をかける「金鴉」。
さゆみは体力の消耗を抑えるべく、最小限の動きで何とか破壊の一撃をかわしてゆく。
それでも。

「どうしよう、このままじゃ道重さんが!!」

亜佑美は、いや、この場にいる全員が知っている。
姉人格の滅びの力は絶大でも、彼女自身のフィジカルはさゆみのそれに準じることを。


「いや、大丈夫だよあゆみちゃん」
「鞘師さん?」
「道重さんは、何かを掴んだみたい」

不安に駆られる面々とは違い、里保はいち早くそのことに気づいていた。
その証拠に、さゆみの表情には少しの乱れもない。
ひょっとしたら、意外と早く決着がつくかもしれない。と。

「逃げろ逃げろ!ひひ、いつまで体力が持つかな?」

「金鴉」は攻撃をかわされつつも、着実にさゆみを追い詰めていた。
むしろ、体力をじわじわと削って消耗してゆく様を楽しんでいるようにすら見える。
さゆみの白い肌はうっすらと赤みがさし、額からは汗が滲み出ていた。

不意に、さゆみの動きが急に鈍くなる。
即座に限界が来たと判断した「金鴉」は一撃必殺を食らわすべく、大きく拳を振り下ろした。

しかし、拳が砕いたのは煉瓦敷きの床。
意外。今度は確実に「当てるつもりだったのに」。きょとんとする「金鴉」の太腿に、突然鋭い蹴りが突き刺さる。

「がっ…は!!!」
「戦いの最中なのに、ずいぶん余裕じゃない。でも、もうあんたなんかに遅れは取らない」

急速に朽ちてゆく太腿を慌てて治癒しながら、「金鴉」は信じられないものを見たような顔でさゆみを見ていた。
こいつ、さっきまでの奴とは違う。


「…奥の手出しよったか。紺野の言うてた通りや」

「煙鏡」は目の前で奇跡を成し遂げたさゆみに対して忌々しく思うとともに、改めて白衣の鬼才に対して嫉妬にも似た
怒りを覚える。
ダークネスの頭脳は既にこのことを、予見していた。

「道重さんの動きが…ううん、道重さん自体が変わった!?」
「もしかしたら。表人格と裏人格の統合かもな。何となく、そういう風に見える」

春菜と遥が相次いでそんなことを言う。
結論から言えば、彼女たちの推測はほぼ当たっていた。

― おねえちゃん。さゆみに任せてくれて、ありがとう ―

さゆみは、心の内に身を潜めつつ力を貸してくれている姉に感謝した。
裏の人格を収納しつつ、その力だけを引き出すという荒業。もちろんそんな時間がいつまでも続くわけがないが、一定
時間の中でなら言わば「二重能力者」のように振る舞うことも可能だ。
そのことに気付いたのは、つんくに貰った薬を服用してからのこと。幾多の強豪との戦いで使用しているうちに、滅び
の力と治癒の力を同時に使用できるかもしれないという結論に至ったのだった。

「てっ…めえ!!」

破滅の力に侵された部位を修復し、狂った獣のように襲い掛かる「金鴉」。
さゆみはそんなやけくそのような攻撃を、軽やかにかわしてゆく。

恐るべき擬態能力者。
しかし所詮は一度に一つの能力を擬態することしかできない。
それがさゆみの「滅びの力」によって間接的に封じられている以上、目の前にいるのはただの怪力馬鹿だ。


振れども振れども、空を切るだけの「金鴉」の腕。
そしてついにその隙を突き、さゆみの強烈なローキックが「金鴉」の足に叩き込まれた。

「やった!!」
「でもみにしげさん、いつのまにあんなに動けるように…まさたちの中でも運動音痴だったほうなのに」
「きっとそれは、里保ちゃんのおかげね」
「え、うち!?」
「うん。道重さん、事あるごとに里保ちゃんを触ろうとするから、里保ちゃんもつい回避行動取っちゃうでしょ。その
やり取りが、日々の稽古のように運動能力を高めて…」
「そんなわけないでしょ」

彼女たちの失礼な考察はさておき、さゆみの運動能力が向上しているのは事実だった。
さらに。

「な、なんだこれ!のんの治癒の力が…追いつかない!!!!」

蹴られた足が炭になってゆくのを阻止しようと自らの手を翳す「金鴉」。
だが、治らない。治らないどころか、炭化は逆にさらに侵食してゆく。

「あんた、さゆみの治癒の力をコピーしたって言ったよね。それって、いつのさゆみ? さゆみは、昨日の自分、明日
の自分。超えてかなきゃならないの。可愛い後輩たちを引っ張ってゆくためにね!」

攻撃を加えるインパクトの瞬間に、滅びの力だけでなく、治癒の力を混ぜ込む。
二つの力は、まったくの正反対の力ではない。ゆえに、相手の治癒の力がさゆみの滅びの力の防波堤になっているのな
ら、そのバランスを崩してやればいい。さゆみの力がかつての彼女自身の力、つまり「金鴉」の力を上回っていれば、
不可能ではない。


勝負あった。
さゆみの戦いを見守っていたリゾナンターの誰もが、そう思っていた。

けれど、地を這いもがき苦しんでいる「金鴉」を見ている「煙鏡」は。
嬉しそうに、笑っていた。





投稿日:2015/05/27(水) 12:32:20.84 0