『リゾナンター爻(シャオ)』 49話


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聖の不安は的中する。
けたたましい音を立て、はるか向こう側からやってくる赤く塗装された電車。
車両の下から、何本もの鉄の棒が垂れ下がり、下のアスファルトに擦れて激しく火花を散らし続ける。鉄の棒には
吊り皮のようなものが何列にも渡ってくっついていて、それが気の狂った鯉幟のように激しく揺れていた。

暴走列車の行く手の先には、聖たちとパニックに陥り死に物狂いで出口に殺到する群衆が。

「えりが、止めるっちゃん!!」

レールの最終地点に向かって走り出す、衣梨奈。
それを見て遥や亜佑美たちも後を追う。

「無茶ですよ、生田さん!!」
「無茶でも何でも、あの列車止めんとお客さんたちが危ないと!!」

遥の手を振り解き、切断されたレールの切っ先、その正面に立つ。
やるしかない。その強い意志が形になって現れるように、幾重にも展開される衣梨奈のピアノ線。だがその防護ネ
ットは、迫り来る巨大な鉄の塊の前にはあまりにも脆弱だ。

そんな中、こちらにやって来る電車に、自然と遥の視線がいく。
しかし発動した千里眼が捉えたのは、無人の車内。


「だ、誰もいない!?」
「ちょっとくどぅーどういうこと?」
「電車の中に、誰もいないんだよ!乗客も、運転手も!!」

遥の意外な報告は、ある一つの可能性を示す。
それは、車両が群集に突撃するという最悪の惨事を避けるために必要なこと。

「みんな!!」

遅れてやって来た里保が他のリゾナンターたちと合流したのは、そんな矢先の出来事だった。

「鞘師さん!!」
「里保、今まで何してたと!!」

メンバーの中でただ一人安否が不明だったこともあって、様々な反応を示すメンバーたち。
しかし里保は自分がまず最初にやるべきことを知っていた。この状況は、どう見ても尋常ではない。

「フクちゃん、状況は」
「うん。あそこのレールが『敵』に切断されてて。このままだと、電車が」

聖の言うとおり、モノレールのレールは不自然な場所ですぱっと切断されていた。車両が脱線すれば、大惨事を招
くのは自明の理だ。


そして。
聖が口にした「敵」が、最早福田花音ご一行でないことは明らかだった。
彼女は、いつの間にかやって来ていた「里保たちを襲った能力者」たちと一緒に、忌々しげな
表情でこちらを見ているだけだ。

「ふ、福田さん…うちら、どないしましょ」

縋り付くように花音に指示を求めるのは、結界の使い手である香菜。
一方、隠密の能力者・里奈は我関せずとばかりにスマホをいじっている。
そんな状況下で遠慮がちに発言するのは、芽実だ。

「いまさらあの人たちにリベンジ、って雰囲気じゃないもんね…そうだ、いっそのこと仲直り
してさ、あの人たちを助けるってのはどう?」
「お、それ明暗。さすがめいめい、一人で滝行するだけのことはあるわ」

しかし、それを見ていた花音は一言。

「…撤収」

とだけ、言った。
皮肉交じりの笑みを浮かべつつ。

「だってさ。うちらがあいつらのこと助ける義理なんてないじゃん。勝手に困って、勝手に死
ねばいい」
「…上への報告は、どうするんですか?」
「上なんてさ、今頃『天使の奪還』作戦でそれどころじゃないって。それよりも、こんな面倒
な場所からは少しでも早く撤収するのが、お利口さんってもんじゃない?」


里奈の指摘は、花音の痛いところをついていた。
しかし、リゾナンターの手助けをしているところを例の二人組に見られたら、こちらまで的に
かけられてしまうかもしれない。和田彩花というチームの攻撃の要が不在の今、組織の幹部と
事を構えるなんて、冗談もいいところだ。
花音は名より実を取る選択肢を、選んでいた。
しかし。

「そこの、おねーさん!!」

意外な人物が、花音に声をかける。
天下無敵の爆弾娘、佐藤優樹だ。

「…何よ、気安く話しかけないで欲しいんだけど」
「あの、あそこにいっぱい溜まってる人たちをなんとかしてください」
「はぁ?」

花音は、大げさに顔をしかめてみせる。
ありえない。誰が敵の利になるようなことをしてやるものか。
それに向こうだって、こちらの手を借りるようなことは望んでないはず。
花音の予測どおり、亜佑美がすかさず優樹を止めに入る。

「ちょっと、まーちゃん! そいつはうちらに襲い掛かってきた敵なんだよ?!」
「でも、今は敵じゃないでしょ」
「え…」
「今の敵は、あの変な格好した二人組でしょ。あゆみ、幸せと敵味方は天ぷらそばのように運
ばれてくるんだって」
「いや、確かにそうなんだけど…って何で天ぷらそば!?」

最後の例えはともかく、優樹の考えは至ってシンプルだが。
花音率いるスマイレージは、何度もこちらにちょっかいをかけてきている。
その遺恨。わだかまり。そう簡単に消えるはずも無い。


「…そうだね。優樹ちゃんの言うとおり。今は、いがみ合ってる場合じゃない」

納得いかない表情の亜佑美のそばに、聖が立つ。
そこに存在するのは、揺るぎない決断。

「聖ね、思ったの。こんな時、今までのリーダーだったら、どうするかって」
「譜久村さん…」
「福田さん。お願いします。福田さんの能力で、お客さんたちに迅速な避難を」

深々と、頭を下げる聖。
それを見た花音の感情に、再び白波が。

「ねえ。さっきさ、ふくちゃんあたしになんて言った?『孤独』?『誰か私を見て』? そこ
までコケにされて、その上あんたたちを助けるなんてことすると、思う?」

先程のような感情の暴走は伴なわないものの。
聖によって傷つけられたプライドは、未だなおその代償を求めていた。

「…聖の言葉が福田さんを怒らせたなら、謝ります。聖たちのことを助けてくれ、とも言いま
せん。けど、あの人達は、リヒトラウムに遊びに来ただけの人達は。聖たちに巻き込まれてこ
んなことに!!お願いします、あの人たちを助けてください!!」
「そういうのって、虫がいいって思わない? あたしたちは、ここにいる奴らを見殺しにして
も何のメリットデメリットもないし。むしろあんたたちを困らせることができるんだから、率
先してそうしてやりたいくらい」

花音の嗜虐心にはすでに火が点き、その炎の勢いは止められそうにない。
はずだった。


「福田さん…いい加減にしてくださいよ」
「…タケ!?」

聖の隣に立つ、朱莉の言葉だった。
自らの力で袋叩きにしたにも関わらず、意識を取り戻した朱莉の姿に内心安堵する花音。
ただ、それよりも先に出るのは面と向かって楯突かれたことによる不快感だ。

「何が、いい加減にしろだって?」
「スマイレージの功績のためにリゾナンターと戦う。納得はできなかったけど、しょうがない
って、そう思ったりもした。でも、何もしてない人たちを見殺しにするのは、嫌だ」
「タケにそんなこと言われるの、なーんかむかつくんですけど」

後輩からの思わぬ反撃。
そんなものはものともしない、といった態度の花音ではあったのだが。
花音の横に立っていた三人の後輩もまた、朱莉のほうへと移動する。

「香菜もたけちゃんの意見に賛成です。うちらは、罪の無い人たちを見殺しにするべきやない」
「だね。タケは顔も丸いし鼻も低いしおまけに頭も悪いけど、今回に関しては間違ったことは
言ってない」
「ちょ、朱莉は天才だし!!」
「福田さんっやっぱみんな助けましょうよ!そのほうがめいもいいと思います!!」

何だこれは。
どうしてそうなる。
ここに至るまでの誤算の連続。そして今、後輩の四人にまで反抗されている。
どうすればいい。何を、言えばいい。
悔しさと苦しみの中で導き出した花音の答えは。


「…できれば助けてやりたいけど。あたしには、できないんだよね」
「えっ」
「10人、100人。その程度だったら、何とかなる。けど。こんな大人数の群集の精神を操
る事なんて、できない」

要は簡単だ。
「やりたいんだけどできない」。そういう結論を出してしまえばいい。
あいつらの思い通りになるなんて、絶対に嫌。
実際の真偽など、どうでもいい話だ。

「あんた!前にその気になれば千人でも一万人でも操れるって言ったじゃないか!!」
「うるさいわね。そんなの方便よ、方便」

亜佑美の指摘にも、花音はまったく悪びれない。
そのうち、聖も亜佑美も優樹も花音に背を向けてしまう。
もう、それどころの話ではないのだ。

「まあ、精々頑張んなさいな。あんたたちにアレが止められるとは思わないけど」

精一杯の皮肉を込めて、花音は言う。
けれどその言葉を、最早誰も聞いてはいなかった。
そのこと自身を、花音が一番良く知っていた。
俯き、言葉を発しない後輩たち。反吐が出るほど最悪の状況だ。
それでも花音は自らの築き上げた高みに立ち続けなければならない。
たとえその場所が、脆く儚いものだったとしても。


轟音を上げながら、終焉へと突き進む暴走列車。
その鼻先が、すぐ、側まで来ていた。
遥から車内の無人状態を知らされた里保は、すでに列車に向かって走り出している。
群集に車両が突っ込むという最悪の展開を避けるためにやることは一つ。終点の手前でレール
を切断するしかない。

ところが。
あることに気づいた遥が、里保の決断を大きく鈍らせる。

「鞘師さん!ダメです!あの中に、は、はるなんたちが!!」
「!!」

全ての物を見通す遥の千里眼能力だが、決して万能ではない。
高速で動いているものの中身を透視した場合、その精度はどうしても落ちてしまうのだ。
しかし車両がこちらに近づくにつれ、はっきりと理解できる。
車両の中に、春菜と香音とさくらの三人がいるのを。

「早く脱出させないと!」
「いや、香音ちゃんの物質透過でもあの速度から投げ出されたら、無事じゃ済まない!!」

里保たちは必死に中の三人に「心の声」で呼びかけるが、返答はない。
おそらく彼女たちは彼女たちで、必死に列車を止める方法を考えているのだろう。大して役に
は立ってはいないが、車両から下方へと突き出しているつり革付きの鉄棒もその内の一つであ
ることは明らかだった。

水、大量の水が近くにあれば。
里保は列車の行く手に何枚もの水の防御壁を築くことで、電車の減速を試みるイメージを描い
てみる。けれど、いくらリヒトラウムが湾岸エリアに建設された立地とは言え、今の場所から
海まではかなりの距離がある。不可能だ。


里保だけではない。
今現在張られている衣梨奈のピアノ線の防護ネット。
亜佑美が呼び出した鉄巨人。
優樹のテレポート能力。
そのどれもが、この危機を脱するには足りない。
状況は、絶望的とすら言えた。

だから、誰もそんな結末は予想すらつかなかった。

「あれ…何か電車の速度が遅くなってる気がする」
「そんなこと!あ…」

遥の千里眼が最初に異常を捉え。
そして他の者たちも次々にそのことに気付く。

猛り狂う列車は、まるで最初からその場所に停車するのが決まっていたかのように。
ゆっくりと速度を落とし、やがて完全に動きを止めたのだ。





投稿日:2015/05/04(月) 13:00:17.72 0