『リゾナンター爻(シャオ)』 41話




「いったい…どういうことなんだ!!!!!!」

会長室から聞こえてくる怒鳴り声。
部屋の主の直属の部下たちが、思わず顔を見合わせる。

ベーヤンホールディングスの総帥にして、関連会社数百社を束ねる会長。
ふてぶてしいまでの貫録を常に崩さない彼が、取り乱しているということは。
社員たちが抱く一抹の不安、それはすでに現実のものとなっていた。

「…もういい!貴様、明日もその椅子に座っていられると思うなよ!?」

不明瞭な相手の返事を遮り、受話器を机に思い切り叩きつけた。
それでも、部屋の主・堀内の怒りは収まりそうに無い。

「何が契約の終了だ…一方的に終了できる契約などあってたまるか!」

堀内の電話の相手は、リヒトラウムの警備部長。
彼の話によると、リヒトラウムの「有事」に備えていたはずの「能力者」が、自らが所属する組織の長の意
向により契約を終了する旨を伝えて立ち去ったのだと言う。それだけならまだいい。
問題は、リヒトラウムに複数の能力者が留まっているにも関わらず、という点だ。

警備部長の話によると、その集団は何らかの目的で敷地内に侵入し、あまつさえ施設の放送設備をジャ
ックしているのだという。まさか「あれ」の存在に気づくことは万に一つもないだろう。それでも、不安の芽
はたとえ小さなものでも摘んでおかなければならないはずだ。


何のために大金を叩いて契約したと思ってる?!
全て、大型テーマパークという上物で隠した「あれ」に対する万全の警備のためじゃないか!
それを、こちらの事情などお構いなしに一方的に契約終了だと?冗談じゃない!!

抗議の言葉を募らせながら、堀内と「先生」を繋いでいたエージェントの携帯に繋げようとするも。
オカケニナッタデンワバンゴウハ、ゲンザイツカワレテオリマセン…

最早怒りを通り越して、笑えてくる。
彼らはもう、堀内と話すつもりはないということを、彼は瞬時に理解していた。

「ふ…ふふ…まあよいわ」

気を取り直し、もう一度受話器を取りボタンを押す。
あちらが駄目なら、こちらに頼るまで。
この国を支える「五本の指」の一指を無碍にしたこと、必ず後悔させてくれる。
巧みに言葉を操り、両陣営の抗争を誘うのもいいかもしれない。
逸る嗜虐心を抑え、相手の声を待った。

「…何か、御用でしょうか?」

相変わらずの愛想のない声。
堀内は舌打ちしたい気持ちを我慢し、話を切り出す。

「しばらくぶりだな。私だ。堀内だ」
「ああ、ご無沙汰しております」
「早速だが面倒なことになった。リヒトラウムに、得体の知れない能力者が複数、侵入したらしいんだ。何
とかできないか」

相手の返答は無い。
堀内ははじめ、想定外の出来事で言葉が出ないのだと思っていた。
ところが。


「『金鴉』さんと『煙鏡』さんのことですか。それは大変ですね」
「な…」

二の句が継げないのは堀内のほうだった。
まず、電話の相手がリヒトラウムの、いや堀内をはじめとした政財界の大物たちが隠していた「あれ」の危
機に対して何の感慨も抱いていないと言うこと。次に、侵入した能力者が堀内たちが名前すら聞きたくない
二人の札付きだということ。そして何よりも、その事実を相手が既に把握しているということ。
結果、瞬時に堀内の顔が憤怒に歪んでゆく。

「な、な、何を言っている!!」
「どうもすみませんね。彼女たちが少し前からそこのテーマパークに興味を抱いていたのは知ってたんですが」
「しかもよりによって『金鴉』に『煙鏡』だと!?早く何とかしろ!今すぐにだ!お前のところの能力者を
総動員してでも、あいつらを排除するんだ、いいな!?」

喉が裂けんばかりに怒鳴り散らす、堀内。
彼の脳味噌が噴きこぼれるのも無理はない。
彼には、いや、自らをブラザーズ5と称する面々には。過去に、ダークネス、それも「金鴉」と「煙鏡」に
煮え湯を飲まされた過去があったからだ。



まだ、二人の能力者が「首領」により謹慎処分を受ける前の話。
堀内たちブラザーズ5はとある大きな案件を抱えていた。紛争により血で血を洗う泥沼状況の、某東欧の小
国。保守派と革命派はともに物資に乏しく、あらゆる武装兵器が飛ぶように売れる有様だった。その保守派
への兵器輸入を、ブラザーズ5の息のかかった総合商社が一手に引き受けることになったのだ。

最後の交渉を、海外の高級リゾート地で行うことになり、その会場の警護ということで例の二人組が派遣さ
れることになった。当時まだ準幹部としての地位しかなかった彼女たちが抜擢されたのは、彼女たちの可能
性、そして何よりも当時は組織に粛清の嵐が吹き荒れていてそれどころではなかったというのが理由だった
のだが。

ところがと言うか、やはりと言うか。
任務は失敗に終わる。革命派の襲撃があったのだ。
二人は、よく戦った。襲撃者は一人残らず、無残な死体となって転がった。
ただ、一つだけ問題があったとすれば。その山のような屍の中に、なぜか保守派の幹部のものが一体、あっ
たということ。
当事者たちはわざとではないと嘯いたが、後に、

「だって自慢するんだもん」
「あのおっさん、口臭いねん」

と漏らしたことから故意に戦闘に巻き込み殺害したことが判明する。

当然堀内たちは激怒した。
儲け話がふいになるどころか、下手をすれば国際問題に発展する可能性すらあった。
結果として彼らの東奔西走ぶりとダークネスのフォローが利いてか、取引が流れることはなかったものの。
「金鴉」「煙鏡」という名前は彼らの中に一種トラウマ的な響きを持つようになった。



で、今回の件である。
堀内が猛り狂うのも当然と言ったところなのだが。
それに対する電話越しの彼女の反応は。冷ややかな、ため息。

「申し訳ないのですが、こちらもそれどころではないので。そうだ。あなたたちが我々に内緒で雇っていた
『先生』のところの能力者にでもお願いしたらどうですか?」
「き、貴様!よくもそんなことを!!」
「もしかして、断られたのですか? まあ…彼女たちも多忙でしょうしねえ」
「は、はははははは!!!!!!!!!!」

人間、あまりにも理不尽な怒りに包まれると笑いすらこみ上げてくるという。
堀内の今の状況も、まさにそれだった。

「話にならんな!!!!貴様じゃ埒が開かん、『首領』を出せ!!!!!!」
「生憎、席を外しておりまして。まあ、この件であなたとお話になることはまず、ないでしょうけど」
「なら貴様の発言!『首領』も含めた組織の総意と思っていいんだな!?」
「…構いませんよ」
「そうか!そうか!!貴様らは表面では我々にへこへこしておきながら、裏ではしっかり舌を出してたわけ
だな!!!!いいだろう、我々を甘く見ていると…」
「ご用件はそれだけですか。じゃあ、長話はこれで。私も、そこまで暇ではないので」

まるで次に堀内が何を言うかを予想していたかのように。
絶妙な、堀内からすれば最悪のタイミングで電話は切られてしまった。


「…くっ、そがぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

ぶつけるはずだった怒りのやり場も見つからないまま、獣のように吠える堀内。
しかし。気を取り直す。気持ちを、切り替える。

あいつは。我々が切り札、「あれ」を使わないと思っている。いや、使えないと思っている。

だからこそ、あのような舐めた口を利けるのだ。
確かに、「あれ」は先程まで話していた女が開発し、そして秘密裏に堀内たち5人の権力者に引き渡された
ものだ。
そこには開発者としての性能の把握、つまりおいそれとは使えないだろうという「常識」が思考の根底にあ
るに違いない。

悪童たちが何を目的にリヒトラウムに乗り込んだのかはわからない。
ただ、たとえ目的があれの掌握だとしても。案ずることはない。あのような連中に、使いこなせるはずがな
いのだから。
むしろ、奴らが妙な真似をする前に、こちらが使ってやる。

ノートPCを起動させ、ボタンを押す。
モニターに現れる、四人の同志たち。

「どうした」
「…使うぞ。『ALICE』を」

堀内が発した言葉に、しばし言葉を失う四人。
しかしその顔は、絶望など微塵もない希望。躊躇のない、好奇心。
そういったものに、溢れていた。


「そうか。いよいよか」
「リヒトラウムに緊急事態が発生した。最早一刻の猶予もない」
「まあ、使う時が少しだけ早くなっただけだ」
「幸い、ダークネスの有力者たちは本拠地に固まってる。一掃のチャンスだな」

彼らは、むしろ今が好機だとばかりに、口々にそんなことを言う。
体よく能力者を使っていた彼らの、傲慢のさらに向こう側にある根本的な感情。

恐怖。

自分たちとは、まったく異なる存在。
その異質さに、彼らは恐怖していたのだ。
だからこそ、決断する。やつらを完全に飼い慣らす必要があると。

「…ただ使うだけじゃない。あいつらに最大限の屈辱を与えてから、使ってやるさ」

能力者などというバケモノどもに、教えてやる。この地上に君臨するのは…我々だ。

堀内の暗い情念は既に、闇の底で蠢きはじめていた。





投稿日:2015/03/19(木) 12:11:27.73 0

























最終更新:2015年03月19日 16:27