『リゾナンター爻(シャオ)』 39話


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あーっ、あかりちゃん。
どさくさにまぎれてみずきのむねさわったー、へんたーい。
ちがっ!ただあかりはみずきちゃんの穴をふさごうとおもって…
うそつきー。
だから!うそじゃないって!!
わかった。じゃあ、みずきのおねがい、ひとつだけ聞いて。
い、いいよ?
これからさき。どんなことがあっても、みずきのこと。まもってね。
まもるって?
あんぱんまんのね、しょくぱんまんがどきんちゃんをまもるみたいに。
あー。なるほどねー。いいよ。
ほんとに? そーいうの、やすうけあい、っていうんだよ?
そんなんじゃないから。あかり、みずきちゃんのこと、ぜったいにまもるから。
ぜったいだよ? やくそくだよ?



あれから、どれほどの時間が経ったのか。
わからない。殴られ、蹴られ、打ちのめされ。
それでも、朱莉は両足を踏ん張り、立っていた。

「もういいよ!朱莉ちゃん、こんなの間違ってる!!」

聖が、朱莉に向かって必死に呼びかけるが。
朱莉は倒れなかった。

だって、約束だから。

花音が何をしたいのかはわからない。
けれど、彼女は朱莉に「これに耐えたら撤収する」と言った。
だから、耐える。聖を、守るために。

意識は、遥か遠くへ。
それでも。倒れるわけにはいかない。
約束、守らなきゃ。

現実は、残酷だった。
群集の暴力にひたすら耐え続けていた朱莉だったが。
ついに、力尽きる。前のめりに、崩れるように。

「あかりちゃん!!!!」

聖の悲痛な叫びが、木霊する。
一方、花音はというと。


「これに耐えたら撤収する」なんて、真っ赤な嘘。
むしろ約束をしたとすら思っていない。
何故なら、最初からこうする予定だったのだから。

聖と付き合いの長い朱莉を、敢えて聖にぶつける。
単純思考の朱莉のことだ。戦いを望まない聖の言う事をまともに受け、のこのこと二人仲良く
こちらに来るはず。読みは、的中した。

まずは、精神的に甚振り、極上の苦しみを与えてやる。
それがこのリンチショーだった。その上で、悲しみに心を引き裂かれた聖に向かってこう言っ
てやるのだ。約束は約束だから、しょうがない、と。

怒ればいい。憎めばいい。
そんなものは。そんなちっぽけな感情は。

自分達が味わった地獄からすれば、何の価値もない。

何故同じ能力者であるはずなのに、自分たちだけがあんな目に遭わなければならないのか。
闇の組織によって生み出され、実験の名を借りた拷問を繰り返し受け。警察組織に売り渡され
た後も、過酷な訓練を施される。

何人もの仲間が、命を失った。
逆に言えば、自分たちはいくつもの困難を乗り越えてきたエリートのはず。
なのに何故。

リゾナンター、という少し特殊なだけの連中に遅れを取らなければならないのだ。
おかしい。間違っている。
間違いは、正さなければならない。
絶対に、許さない。


「どうして…どうしてこんなことを!あかりちゃんは、福田さんの仲間のはずなのに!!」

温室育ちの子はいい。
容易く「仲間」などという戯言を口にすることができる。
けれどあたしたちは…違う。仲間。信頼。友達。そんなものはとっくの昔に捨ててきた。
スマイレージの結束は、ひたすら前を向いて進んできた、それだけの証。

そう。ただひたすら。周りの誰を見ることもなく。
誰を。誰も?
そうだ。
わかってた。

誰も、あたしのことなんか、見てやしない。

「こんなこと…? あれれ、フクちゃんさあ。もしかしてこれで終わりだとか思ってない?」
「それは」
「どうしてあたしがこんなことをしてるのか。どうせそれを聞きにきたんでしょ? 温室育ち
のぬるーいぬるま湯に漬かってきただけのことはあるね」

大勢の人間に押さえつけられたままの聖。
花音はすぐ側まで近づき、腰を低くして聖のことを見る。

「何人があの子たちに倒されて、何人があの子たちを倒すかは知らない。けど、どっちみちあ
んたのこと、助けにくるでしょ?」
「……」
「前に、言ったよね。その気になれば、何千、何万の人間を好きに動かせるって。そのことを、
身を持って教えてあげる」


この人は。
最初からそうするつもりだったんだ。
全ては、自分の屈辱を晴らすため。自分の力を、誇示するため。
聖は、花音のことを音が出る勢いで睨みつけた。

「そんなことのために…朱莉ちゃんまで…」
「ああ、タケはおまけ。辛いものを見せられた時ほど、悲鳴は大きくなるでしょ?」

悲痛。怒り。苦しみ。
複雑な感情の入り混じった聖の顔。これが見たかった。
さあ後は、のこのこと集まってきたリゾナンターたちを、リヒトラウムじゅうの客という客に襲
い掛からせるだけ。
スマイレージは。あたしは、こんなやつらの噛ませ犬なんかじゃない。

完璧な、非の打ち所のない勝利。
花音の目的は、果たされる。

「…違い、ますよね」
「は?」

それなのに。

「福田さんの、本当の目的は…そんなことじゃ、ないですよね?」

どうしてだろう。
何かが、心の中の何かが、満たされない気がするのは。


「譜久村さんっ!!!!」

誰かの大声で、ふと我に帰る。大通りの向こう側に、人影が見えた。
1、2、3…7人。差し向けた後輩たちがほとんど人員を減らしていないことに大きくため息を
つく花音。
それでも、すぐに気を取り直す。

駆け寄ってきたリゾナンターたちがこれ以上近づけないように、肉のバリケードが形成される。
聖への救いの手は、操られた群集たちによって阻まれてしまった。

「どうもお久しぶり。博多弁が下品な人とガリガリの黒い人は、あやちょの一件以来だからそ
うでもないかな」
「お前!また懲りずに!!」

花音の顔を見るや否や、スイッチが入ってしまう衣梨奈。
猪のように群集に突っ込むも、すぐにはじき出されてしまった。

「どう?この前みたいに能力相殺で、あたしの『隷属革命』を無効化してみる? さてこの人
数、どれくらい時間がかかるでしょう?」

うふふ、と笑いつつ次から次へと操られた人間を呼び寄せる。
若いカップル、老夫婦、家族連れ。子供の姿すらあった。

「くそ!まーちゃん、こいつら全員どっか転送しちゃえよ!!」
「うーんわかんないけどやってみる!」
「ちょっと!こんな大人数転送なんかできるわけないでしょ!!」

遥の無茶振りに、考えなしに実行しようとする優樹。慌てて亜佑美が制止に入るのも無理はない。
優樹の転送能力が特殊だとは言え、物質転送時にエネルギーを使うことには変わりないのだから。
これだけの人数はさすがに、と視線を群集に向ける亜佑美。
花音の下僕たちは、すでに百人前後に膨れ上がっていた。


「どうしてこんなことを…和田さんはこのことを知ってるんですか!?」
「あやちょは関係ないから。これはあたしと…あんたたちの問題」

言いながら、彩花の名前を出した春菜に挑発的な視線を送る花音。
聖は。そこに著しく違和感を覚えた。いや、違和感はそれよりもさらに前に。

聖の能力は、接触感応を基礎とした「能力複写」。
対象物の残留思念を読み取り、自らの力とする。その原理が故に、はっきりとはしていないもの
の、相手の何かが伝わることは珍しいことではない。それを言葉にするのは難しい。けれども。

この人の目的は、本当はもっと別のところにあるのではないか。

それが故の、先ほどの問いかけ。
もちろん聖は相手に精神に働きかける能力者ではないので、その問いによって花音の心がどう動
いたかはわからない。
それでも、一瞬だけ。あの一瞬だけは、花音がひどく苛立っているように思えた。

「そうったい!」
「どうしたんですか生田さん!?」
「香音ちゃんなら…香音ちゃんの『物質透過』なら何とかならんかいな」

衣梨奈の突然の思いつき。
確かに、香音ならば群集を通り抜けて聖を助け出すのは可能なようにも思えた。
しかし、香音は首をゆっくり横に振る。


「ダメだよ…一人二人ならともかく、あれだけの厚さの、不均質な『壁』は通り抜けられない」

その程度のことはすでに、想定済み。
自らは大して戦闘力を持たないという花音が、自らの身を危うくするような状況をそうたやすく
作るわけがなかった。

「さて、そろそろフィナーレね。後ろ、見てみな?」

全員が、恐る恐る背後を振り返る。
そこには、信じられない光景が広がっていた。

いくつもの、唸り声が聞こえる。
目の光を失った、大勢の人間が立っていた。
前面と、後方。完全に、挟み撃ちにされてしまっている。

「どうする? 強行突破でもしてみる? もしかしたら、フクちゃんを助けられるかもよ。でも
それまでに、何人の罪のない人間が傷つくのかなあ。せっかく夢の国に遊びに来たのに、取り返
しのつかない大怪我なんてしたら、かわいそう」

全員が、一斉に花音のほうに視線を向ける。
それを見て花音は、嗜虐の炎を燃え上がらせる。

どうせ「正義の味方」を気取ってるあんたたちにはそんなこと、できるわけない。
悔しい? むかつく? 心底軽蔑する? 勝手に思ってろ。もっと。そう、もっと。

その視線を、あたしに向け続けろ。

最上級の喜びに身を浸す花音。
しかし。その耳に、微かな音が聞こえる。
雑音。それは花音の頭上にある、鉄製のポールに据え付けられた施設内放送用のスピーカーから
聞こえていた。
音は徐々に澄んでゆき、それとともに声が聞こえる。


「あー、あー。本日は、晴天なり。本日は、晴天なり。ただ今、マイクのテスト中」

甲高い、少女の声。
不意に流される施設内放送に、リゾナンターたちは互いに困惑し顔を見合わせる。
その困惑は、花音も例外ではない。

「…本日は、夢と光の国、リヒトラウムにお越しいただき、まことにありがとうごじゃいます」
「ねーちょっと、のんにもしゃべらせてよ!!」
「これから皆様が向かう場所は、夢と光からは程遠い…」
「いいじゃんあいぼん、ちょっとトランシーバ貸して!おう、お前ら、ぶっ殺す!!!!!!!」
「ちょ、やめーや!これからがええとこなんやから!!」

傍にいるらしきもう一人の少女のやり取り。
収拾がつかない状況に、思わず香音が。

「なにこれ。これもあんたの、お仲間の仕業?」
「し、知らないわよ!!」

想定外の、第三者。
一見子供の悪戯のようにも思えるが。
本能が警告を鳴らしている。これは、とてもではないがそんな微笑ましいものではない。
自分の計画が、無粋な輩に邪魔されようとしている。

「おう、そこのアホみたいなツラしたシンデレラ。12時にはだいぶ早いけど、もう魔法の時間は
…終いや」
「なっ!?」
「こっからは…うちらの時間や」

地を突くような、激しい衝撃。
次の瞬間、この地を包み込む夢は、終わりを告げた。


空が、真紅に染まったのではないかと錯覚するほどの。
渦巻き、天を貫くような高さの火柱が上がる。一か所でない。いくつも、いくつも。
リヒトラウムは、無数の炎に包まれた。

「これは…」
「あらかじめ、施設の各所に仕掛けさせてもらったわ。いかに東京ドームがいくつも入るようなだ
だっ広い施設と言えども、小一時間でまっ黒焦げにできるようなごっつい奴や」

少女が、笑いを噛み殺したような声でそう嘯く。
その黒さ。厭らしさ。先ほどまでこの場を覆っていた空気とは、比較にならない。

「はぁ!?いきなり出てきて、何なんだよ!!!!」

不条理な状況に、ついに花音の感情が爆発した。

「誰だか知らないけど!あたしの!あたしの楽しみを邪魔するな!!あたしの行く手を、遮るな
!!!!!」

ついさっきまで、自分は玉座に座っていた。
場を、リゾナンターたちを支配していたはずなのに。
それを、唐突に否定される。そんな馬鹿げたことがあってたまるものか。
花音は自らの正当性を決して揺るがせない。
でも、彼女は知らなかった。


「…黙れや、三下」

子供のような声のはずなのに。
目に見えないそれは、音もなく花音の心に忍び寄り、巻き付き、そして締め上げる。
何かをされたわけでもないのに、じわりと冷や汗がにじみ出た。
そして知る。自分は既に、ガラスの靴を奪われていたことに。

「もうお前の出番なんか、ないねや。これからうちらがやること、隅っこでシンデレラごっこしな
がら見とき。ダークネスの幹部としての、うちら流のおもてなしをな」

ダークネス。
夢と光に溢れた楽園には似つかわしくない言葉。
それでも、楽園を闇が呑み込みつつあるのは、紛れもない現実だった。





投稿日:2015/02/22(日) 12:10:46.05 0