『リゾナンター爻(シャオ)』 37話


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「Dr.マルシェ!こちらにおられたのですか!!」

息を切らし、黒服のサングラスといういかにもな格好の男が建物に入る。
ここは、ダークネスの本拠地に設置された、食堂。
非合法な組織にしては意外とまともな作り、一見どこかの大学の学食と見紛うばかりだ。
そこで紺野は、少し遅めの朝食を取っていたのだった。

「騒がしいですね。何か御用ですか、諜報部の方…ああ、すみません。マッシュポテトは大盛りでお願
いします」

自らの食事タイムの邪魔をされたせいか少々不機嫌になった紺野ではあるが、すぐに食堂の中年女性に
追加注文をする。テーブルには、少しずつ食べたトースト、目玉焼き、スクランブルエッグ。

「探しましたよ!てっきり研究室にいるものとばかり…」
「日夜部屋に篭り、わずかばかりの栄養ゼリーと煮詰まったコーヒーで腹を満たす。そんな典型的な研
究者像にでも惑わされましたか」

言いながら、小さく切り分けたスクランブルエッグを口にする。
このペースだと、食事を終えるのは随分先になるのは必至の遅さだ。


「手短にお願いします。食事の時間は、なるべくゆっくりしたい」
「ええ。実は、消息不明になっていた『金鴉』様と『煙鏡』様の居場所が掴めました」

様、とつけてはいるが。
明らかにその名を口にする時に苦い表情をする、諜報部員。それもそのはず。彼女たちの所在を把握す
るまでに、何人もの同僚が戯れに命を奪われているのだから。
しかし紺野は。

「おそらくですが。『夢と光の国』では?」
「え」
「ある程度の予測は立てていましたが。しかし実際にそうなってみると、案外感慨深いものですね」

あまりにはっきりと言い当てるものだから、諜報部の男はしばらく二の句が継げない。
いや、確かにおっしゃるとおりなんですが、などと口淀む男に対し、紺野は。

「あそこには、管理人がいたはずです。オーナーの堀内さんが例の『先生』のとこの組織と契約して派
遣されている」
「はい。確か組織の7番手の実力者が配されていたはずですが…」
「やはり。密約が交わされていたようですね」

施設の守護者とも言うべき人間がいるにも関わらず、例の二人はあっさりと敷地内に入っている。いつ
ぞやの「先生がらみの仕事」というのも、どうやら単純なブラフでもなかったらしい。紺野は「煙鏡」
の抜け目の無さに、苦笑を漏らす。


「…『鋼脚』さんには報告は」
「ええ。ただ、例の二人の件はDr.マルシェに任せているとのことで」
「なるほど」

すっかり冷めてしまったトーストを一口だけ齧り、考え込む。
とは言え、既に答えは出ているのだが。

「いかがいたしましょうか」
「そうですね…好きにやらせたらいいんじゃないですか?」
「は?」
「『金鴉』さんと『煙鏡』さんが目をつけたのは、きっと何か理由があるのでしょう。面白い。徹底的
に暴いてもらおうじゃないですか」

男は恐れおののいた。
もちろん、滅茶苦茶なことをやらかすであろう例の悪童どももそうだが。
この目の前の女も、まともではない。破滅が目の前にあるというのに、喜んですらいる。

「しかしそれでは…」
「あなたたちに、何ができるって言うんです?」

俄かに生まれた反駁の心、それも紺野の一言で消えてしまう。
この前の「詐術師」の内乱以降、ダークネスの本拠地は厳戒態勢を取り続けていた。そんな状況下にお
いて身内であるはずの、しかも目的すら読めない二人に対して人員を寄越すのは現実的ではない。

紺野は、暗に自分達でリヒトラウムに行ったらどうです、と問うているのだ。
もちろん、物言わぬ躯となって帰ってくることを前提にして。


「わ、わかりました。引き続き、監視体制を」
「それが賢明でしょう。何か興味深い動きがあれば、またご報告下さい」

紺野は話は終わりました、とばかりに食事を続ける。
苦虫を噛み潰したような顔をしながら引き下がろうとする男、しかしそれは背後からの衝撃に遮られた。

「いたっ、な、なんだよ!」
「すまん、緊急事態なんだ!!」

別の黒服が、同じように慌てて食堂に入ってきたものだから、男と衝突してしまったのだ。
訝る先客を押しのけ、男が紺野の前に出た。

「まったく。落ち着いて食事もできませんね」
「Dr.マルシェ!大変です!!天使の、天使の檻の上空に…」
「ほう?」

紺野の表情が、変わる。
それは、彼女が想定の外にあるものを目にした時の顔。
ただし。世の大半の人間が想定外の事態に驚き、顔を青ざめさせるのに対し。
笑っていた。まるで、新しい玩具を得た子供のように。





投稿日:2015/02/18(水) 21:27:45.94 0