『リゾナンター爻(シャオ)』 32話


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本物さながらのヤンキーと化した芽実を前にして。
春菜は完全に、びびっていた。

「いっ!生田さんをははは早く元にいい!!」

春菜は。
ヤンキーという人種が苦手であった。
この世界に足を踏み入れる前はもちろんのこと、異能力を手にしてからも。
コンビニなどでこのような輩に遭遇する度に、五感全てをシャットダウンしてしまいたくなる。
サブカルガールと不良は、相容れない生き物同士なのだ。

「さっきからごちゃごちゃうっせえんだよ!!」
「ご、ごめんなさいっ!!!!」

春菜の襟元を掴み、壁伝いに吊るし上げる不良芽実。
いつの間にか、ガムまで噛んでいる。

「俺はこの姿になるとなぁ、喧嘩最強になるわけよ? オメーみてえなモヤシ、3秒でボッコだっつー
の!あぁん?」
「生田さん!た、助けてくださいっ!!」

これがヤンキーの気迫なのか。
すっかり気押されてしまった春菜は、思わず先輩に助けを求めてしまう。
しかし。


「えー、五感強化があるやん」
「じゃあ準備体操してから」
「面倒臭い…」
「……」

春菜は絶望する。
最後の一人に至ってはヘッドホンで音楽を聴きながら頭をぶんぶん振っている。
あまりにも自由。それが生田衣梨奈なのか。

「もう頼みません!こうなったら私一人で…!!」

襟首を掴む手、その手首を逆に掴み返す春菜。
痛覚を最小限に絞ることで、春菜は痛みを感じない戦闘マシーンと化す。
皮膚を切り裂かれても。骨が折れても。決して止まる事の無い暴走機関車となるのだ。


……

結果は、春菜の完敗だった。
容赦なく叩き込まれる拳、拳、拳。それでいて春菜の攻撃は全てかわされる。
痛みは確かに感じない。しかし、攻撃が当たらなければただのサンドバッグだ。文字通
りの喧嘩の達人となった芽実に、春菜の格闘術はまったくと言っていいほど通用しなか
った。

「ご、ごめんなさいぃぃ…」
「モヤシが逆らってんじゃねーぞコラァ!」
「や、やっぱり生田さんじゃないと…」

情けない声をあげながら、完全に敵意喪失。
何よりも、ボコボコにされた体がついて来ない。

やはりここは、衣梨奈を戦線復帰させるしかないのか。
床にへばりついたまま、顔だけ横に向けて衣梨奈のほうを見る。
相変わらず好き勝手なことをしている四人。
纏まりのない衣梨奈。彼女たちを、何とか一つのことに目を向けさせることができれば。

そこで、ふと思いつく。
人間の三大欲求の一つである食欲。そこを利用すれば、彼女、というより彼女たちの意
識を集中させることができるのではないかと。
もちろん、都合よく春菜のポケットにそんなものは入っていない。そこで。

春菜の能力である、「五感強化」。これを最大限に駆使する。
味覚。視覚。嗅覚。聴覚。そして触覚。これを衣梨奈と共有することで、春菜の思い描
いたイメージをそのまま衣梨奈にぶつけることができるはずだ。


五感を総動員し、春菜はある食べ物を思い浮かべた。
これなら、衣梨奈の意識を一つの方向へ向けることができるはず。
漫画で鍛えた妄想力が今、爆発する。

次の瞬間。
四人の衣梨奈が一斉に起立する。
その表情は苦悶に満ち、そして顔面蒼白。
口を人間がすることのできる限界までひん曲げた彼女たちの発した言葉は。

「ピ…ピーマン!!!!!!!!!!!!!」

そう。
春菜は敢えて、衣梨奈の大嫌いな食べ物であるピーマンを頭に思い浮かべたのだ。
口にした時の歯ごたえ。食感。色味や香り。まるで本当に食べているかのような感覚は、
そのままダイレクトに衣梨奈に伝わった。

「ううっ…えりピーマン食べれんのにはるなん酷いと…」

するとどうだろう。
四人の衣梨奈は徐々にその姿を寄せてゆき、元の一人の衣梨奈に戻るではないか。
ピーマンを忌み嫌う心が、ばらばらになった魂をひとつにした。まさに奇跡。

「てめっ!何で元に戻ってんだよコノヤロー!!」
「ん…お前は確か…えりに変な術かけた店員!!」

状況を把握した衣梨奈が懐から糸を仕込んだグローブを装着しようとする。
しかし芽実はその隙を与えない。烈火の勢いで襲い掛かり、衣梨奈の手を叩き落す。

「そうはさせねえよ!!」

糸を繰っての精神破壊という攻撃方法を封じられた衣梨奈、それでも彼女は動じない。


「糸を使えない時もあるって、新垣さんに言われとるけんね!」

迫り来る芽実の顔面に、衣梨奈の唸る拳がクリーンヒット。
それでも芽実の勢いは止まらない。そのまま足を踏み出し、衣梨奈を殴り返す。

「てめーのへなちょこパンチなんて、めいには効かねーんだよ!!」
「はぁ?それはこっちの台詞やけん!!」

互いに一歩も退かない乱打戦が始まる。
衣梨奈が殴れば、芽実も殴り返す。殴り、殴られ、殴り、殴られ。
加勢に出ようとした春菜も、戦いの激しさに思わず立ち尽くしてしまう。

一進一退、ほぼ互角の勝負。
だが、徐々に衣梨奈が押し始める。彼女の一撃は、ただの一撃ではない。
衣梨奈の能力である「精神破壊」の力が込められた、一撃。

えりだって、成長しとるとよ!!

能力が発現した当初は、能力を垂れ流し状態だった衣梨奈。
強すぎる力の抑制も兼ねて、先輩の里沙の勧めもあり彼女と同じように糸を媒介しての精
神攻撃の鍛錬を始める。
しかし、里沙はこうも言っていた。

生田、糸が使えなくなった時のことも考えなさいよ。

思うままに精神破壊の力を使うのは強力ではあるが、反面自身の消耗も激しくなる。
そうならないように、衣梨奈は稽古の中で、そして実戦の中で。力をいかに効率的に使えるか。
その効果は、如実に現れていた。


「ぐぅ、がっ!!」

一撃一撃が、芽実の精神力を削ってゆく。
それはついに、彼女自身の膝を着かせるに至った。

体の冷や汗が止まらない。
体に力も、入らない。最早ここまでか。

「…めいは。めいたちはっ!!ここで!倒れるわけにはいかないんだ!!」

花音の指示によるリゾナンター襲撃。
それが花音の単なる私怨だということは、芽実たち四人も知っていた。
第一、リーダーである彩花がこの計画から外されているのがいい証拠だ。
あやちょは病み上がりだから、という空々しい言い訳を聞いて。それでもなお花音につい
てきたのは。

一見ダークネスの幹部崩しに成功し、他の能力者たちの一歩先を行ったと思われているス
マイレージ。
けれどそれが仮初の評価であることは、能力部隊の本拠地から帰ってきた花音の様子から
は容易に窺えた。
そのことと、花音が口にした「試金石」という言葉がぴったりと重なる。

これは自分たちだけではない。
6人となった新生「スマイレージ」にとっても、試金石なのだと。

強い思いが強い力となり、衣梨奈の顔面を撃ち抜く。
だが。


「それは衣梨奈たちも、一緒やけんっ!!!!」

衣梨奈は倒れなかった。
寧ろ力強く踏ん張り、逆に芽実を殴り返す。
彼女にも、負けられない理由がある。

ここに、さゆみはいない。
チケットが1枚足りなかったというのもあるが、それだけではない。
さゆみ抜きでも、この子たちは自分たちの身を守れる。そう信じて、送り出してくれた。
ならばその信頼を裏切るわけにはいかない。

「うらあああああぁっ!!!!」
「しゃあぁぁ!!!!」

互いに、最後の一撃。
繰り出された拳は交差し、相手の顔面を捉える。
あまりに激しい攻撃、春菜は思わず目を瞑ってしまう。

結果として、再び目を見開いた春菜が見たのは。
倒れている芽実と、辛うじて両足を突っ張り立っている、衣梨奈。

「生田さん!!」
「それより、みんなが危ない…みんなを、助けんと」

勝利の美酒に酔っている暇はない。
今この時、他のメンバーたちも同じように襲撃を受けている。
よろけつつも前に進もうとする衣梨奈に、春菜はそっと自らの肩を差し出すのだった。





投稿日:2015/02/06(金) 08:48:02.26 0