■ エンビアスフォックス -田中れいなX勝田里奈- ■



■ エンビアスフォックス -田中れいなX勝田里奈- ■

勝田里奈は、横たわる田中れいなを見下ろした。

真っ赤だ。
全身を朱に染め、立ち尽くす。

その両手、赤黒く、拳大の石。
鼻血、赤黒く汚れ、口元、胸元。
そして、両耳。
両の耳の穴から流れ落ちる、赤黒い筋。

ゴォオオオオオオ…

激痛。

世界の全てが不気味な轟音に支配される。

気が遠くなりそうになるのを必死にこらえる。

出血。

目、耳、鼻、じくじくと滲みいで、止まらない。

がくん

両膝をつく。

…嫌い…
…痛い…


目が、霞む。

…こんなやつ…

両手で、血に染まる石を

…こんなやつ…

頭上へと、掲げ…

死ねばいい

――――

ごっしゃぁ!

田中の顔面に拳大の石が打ちつけられる。

一瞬の空白の後、鼻の砕ける激痛。

損傷を把握する暇もなくさらなる激痛。
横殴りの一撃。

ゆっくりと倒れていく。
脚の踏ん張りがきかない。

意識が…とぶ…

田中が倒れていくごとに『きつね』の顔も傾いていく。


その表情は…わからない…
…顔が…わからない…

…そう、やったと

田中は気づく。
違和感の正体に。

もう…消しとったっちゃね…

『きつね』の【能力】

それは消える力、消す力。

姿を消すのではない。
自らの存在を『消す』すなわち『観察させない』力。

全身はもちろん、部分的にも、そして任意の他者も。

なるほど…全部消さんとれいながちゃんとアンタば狙うように…

田中との戦いにおいて全身を消さなかったのは、田中に己を見失わせないため。
完全に消してしまわず、攻撃目標としての意味だけを失わせる。
普通に戦っていると、錯覚させる。

…でも…なんかいね?…なんで全部消えようらんかいね?…やっぱりなめようっとかね?

それは田中に攻めさせるため、普通に戦わせるため…普通に…


普通に…?…そうだ…

普通ではないことを、させないため

…そうったい…そっちば…心配しとったちゃね…アンタマジ…れーせーやね…

それは単なる可能性の一つ。
田中れいなの性格からして、まずないであろうと思われた可能性。
だが、田中はその行為を実行した。

だから、『きつね』は『もう一度あり得る』ことを警戒した。
「もしかしたら、他にも…」その警戒が『きつね』に全身を消させることをためらわせた。
警戒したから、全身を消さず、田中からの攻めを誘い『その可能性』を潰した。

が、全身を『消さなかった』がゆえに、それゆえに今、『気づかれて』しまった。

れいなは少しも使う気なかったっちゃのに…

可能性は低い。


汎用性の高い『あの二つ』を新垣が所持してくる事はわかっていた。
だから田中が持っている可能性も確かにある、だが田中がそれを使う可能性など、ほぼない。
まして、それ以外のものを持っていることなど…
だが…

「あーっ!みにしげさんとあゆみのだけずるいっ!たなさたんっ!まーのも!まーのもぉ!」

強引に持たされた『それ』は『役に立たない』無用の長物であった。
『それ』は、田中がいつも目にする『それ』とは、まるで別物であった。

こんなん、使いもんにならんちゃおもっとったけど…

あまりにうるさい佐藤に強引に持たされたそれは…

それは、まさに『きつね』が警戒した、範…

――――

キーーーーーーーーーン!

世界から、すべての音が、消えた。

「ぎゃああああああ!!!」

絶叫。

引き裂かれる!
脳が、眼球が!内臓が!骨が!筋肉が!

バラバラにされる!ぐちゃぐちゃに!かき回される!


それは佐藤優樹の【能力】
普段彼女が使うそれとはまるで異質。
原始的で、強引で、愚かな、【能力】の『間違った』使用法。

【振動操作(オシロキネシス;oscillo kinesis)】!

譜久村聖によって【複写】された【能力】は当初、その力の半分も発揮されない。
それはたとえば威力、といったことだけでなく、
『操作性』という点でも、また同様にオリジナルを下回るものとなる。

振幅などまるで安定しない、強いか弱いかだけ。
指向性などまるでない、単に同心円状に。
距離などまるで選べない、ただ己の内側から。

すなわち…

その、ごく狭い範囲の、全ての物体が、『等しく』揺さぶられた。
地面が、空気が、木々が、虫が、小動物が、そして。

田中と!『きつね』が!

――――

勝田里奈は、その両腕を振り上げる。

手の痙攣が、止まらない。

…嫌いだ…こんなやつ…
…こんな…こんな『やつら』…

…だから…


だから…死ねばいい!

最後の力を振り絞る…思い切り…思い切り!

「もう、やめよう、りなぷー」


天使。


動けない。

朱に染まる石、頭上に掲げられたまま、動けない。

指。

小麦色の、長く細い、中指。

その指先が触れている。

【加速度支配(アクセラレートドミネーション;accelerate domination)】

「和田…さん…」

指先に固定された石が、そっと勝田の手から離され、はるか後方へ、打ち棄てられる。

「だって…だって…こいつ…こいつら…こいつらが!」

ひざまづく少女の後ろから、そっと頬に触れ、おでこを合わせる。

「うん…そうだね…」


勝田里奈。

脱力感と倦怠感、皮肉屋で嘲笑屋で冷笑屋。
冷静で、思慮深く、慎重。
だが、その裏に隠された、その内面、その本質…

どろどろと燃えたぎり、燃えさかるそれは…
『すべて』を台無しにするほどの、それは…

怒り

「なんで!なんでこいつらだけ!」

なまじ、知らなければ、よかったのかもしれない。

…共鳴…

作戦に当たり、リゾネイターについての説明を受けた時は、なんとも思わなかった。
ふーん、珍しい能力者もいたもんだ、そう思った。
だが、時間が経つにつれ、理解が進むにつれ、その感情は澱のごとく勝田の心に…

「アタシらは!アタシたちが!どんなに!どんなに!だれも!だれも!」

―――そう願えば、そこに、必ず―――

「なんなんだ!そんなご都合主義あるわけっ…あるなら…あったのに…なんで…」

みんな死んだ…みんな死んでいった…だれも助けてくれなかった…
それなのに…それなのに…


「こいつらは…『こいつらだけ』が…」
「ごめんね、りなぷー」
「!」
「彩が悪いんだ…りなぷーがこんなに怒っていたのに気づいてあげられなかった彩が…」
「…ちが…」
「彩はね、りなぷーのこころはわからない…誰のこころもわからない…」

【加速度支配】をもち【支配者の瞳】をもつ、無敵の能力者が…

「りなぷーがこころの中でどんなに叫んでも、彩にはわかってあげられない…」

後ろから、そっと。

「でも、彩には【力】がある…どんなものでも壊せる、どんな相手にも勝てる…だから」

さらり、長い黒髪が、勝田の顔にかかって…

「彩にまかせて…いつか、りなぷーがきらいなものは、彩がぜんぶ、壊してあげるから…」

…その表情は…

「だから、『今は』帰ろう?田中さんには、まだリゾナントにいてもらわなくちゃいけない」

「…うう…ううう…ぐぅ…ぐうう…」


慟哭

三日月

慟哭

――――

「なんとか、間に合ったみたいね」

いまだ泣きじゃくる勝田の声を切り、福田花音はインカムを外した。

彩が悪いんだ…

「そうリーダーは言ってくれてたけど、これは、どう考えても、アタシのミス。」

冷静で、思慮深く、慎重なはずの彼女が…
あれほどの怒り…その身を焼き尽くさんほどの…

嫉妬

「…あたしもホンット、ボンクラ」

今、倒してはいけなかった。
勝つべき時、倒すべき時というものがある。
この戦いの情報は、リゾネイター達に共有され、分析される。

…まずい…これは、実にまずい…

「多少、計画の修正が、必要だわ」



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投稿日:2015/01/31(土) 00:59:52.06 0
























最終更新:2015年02月03日 15:35