『リゾナンター爻(シャオ)』 30話




「痛ったっ!!!!」

これで何度目だろうか。
亜佑美は「見えざる何か」によって、標的の香菜に辿り着くことなく跳ね返される。
目の前にトランポリンの生地のようなものが張り巡らされているような、感触。
ぽーん、と跳ね返され、地面に尻餅をつく。お尻の部分がじんじん痛い。

「だからぁ、無駄なんですって」

柔らかな関西弁で、香菜が言う。
笑顔。街角でばったり会った友達だったら、きっと心が温かくなるんじゃないかと思うくらいの笑顔。けれど。

「むかつく!あんた何へらへらしてんのっ!!」

この状況下においては、腹の立つ笑顔だ。
少なくとも気の長いほうではない亜佑美にはそうとしか思えない。

「むかつく、言われましても。もともとうち、こんな顔やし」
「うるさいわね!大体攻撃も仕掛けて来ないで、何が目的なのよ!!」
「福田さんって、知ってますやろ?」

再び特攻をかけようとした亜佑美の動きが止まる。
福田花音。忘れられるわけがない。リゾナンターを襲撃した、警察の人間のくせに妙に自分達を敵視してい
た、いけ好かない奴。


「その福田って奴が、何の用なのよ」
「ええ。その福田さんが、あんたらを痛めつけてこいって。うちの能力なら、あの磨り減った鉛筆みたいな短
気なチビ…あっ香菜が言うたんと違いますよ? は勝手に自滅するやろ、って」
「な、なんですってえ!?」
「だからぁ、うちが言うたんと違いますって」

香菜の言葉も聞かずに、亜佑美は獅子と鉄巨人を同時に召喚する。
リオンが咆哮しながら飛びかかり、バルクが巨体を震わせて拳を繰り出す。
が、やはり相手が言うところの「結界」の前には無力。「結界」に思い切り拳をめり込ませた後に、反動で後
方へと吹っ飛んでいった。リオンの牙も、結界の隙間すら生み出すことができない。

突然、眩暈が襲う。息が苦しい。
周りの酸素が、薄くなっているような気がした。

「一応通気性はあるんやけど、あんま暴れると酸欠起こしますよ」
「ほんとむかつくわね!そんなことくらいわかって…」

そこで亜佑美の脳裏に何かが引っ掛かる。
通気性、ということは。どうやら結界の向こうのおかめ納豆の言葉を信じれば、結界には無数の細かい穴が空
いているようだ。でないと、通気性は確保されないからだ。

とは言え、空気が通るのがやっとの穴だ。リオンやバルクではそんな細い穴に入り込めるわけがない。無論、
いくら亜佑美が小さいからと言っても無理である。


「ま、しばらくおとなしくしといてや。他のお仲間さんはどうなるかわからへんけど、少なくともあんたは暴
れなければ無傷のままやし」
「そ、そんなわけにいかないじゃない!!」

香菜の言葉を額面どおりに捉えれば。
今この時に、みんなが福田花音の刺客に襲われているということになる。
すぐに駆けつけなければ、しかし相手の様子からして自分の周りに「結界」が張られているのは明白だ。

くそ!あたしの能力が召喚なら、もう一体くらい出てきてくれてもいいじゃない!!

亜佑美は正直、自分の能力が何なのか、把握しているとは言えなかった。
はじめは「高速移動」だと思っていた。古巣である「Dorothy」の研究所の人間も、そう言っていた。けれど、
実際はそうではなかった。

リオン。蒼き獅子。
高速移動は内に宿っていたリオンの力だった。
同様に、蒼き鉄巨人・バルクも。彼らが一体どういう存在なのか、亜佑美は知らない。能力開発の担当者も、
この世にはいない。

だったら…だったらあたしがこの手で、実践するしかない!!

亜佑美の中の「見えざる獣」がもう一体いるのか、それとも二体で終わりなのか。
念じる。リオンやバルクにするように、まだ見ぬ存在に向かって、呼びかける。だが、イメージは雲のよう
に掴み辛く、そして手ごたえは無かった。

「だから無駄やってー。そんなんより、うちと一緒にゴリラごっこしませんか。結構楽しいんですって、これが」

そんな亜佑美の苦悩などいざ知らず。
結界の向こう側の香菜は、ウホウホーッウホッ、とゴリラの真似をはじめた。体を屈め、両手をぶらぶらさ
せながら。ひょこっ、ひょこっと移動する。顔を見ると、目は白目を向き、鼻を限界まで広げている。全力
で、ゴリラ。


その物真似の完成度の高さは。
亜佑美の怒りの沸点に達するには、十分すぎた。

「あんたっ!いい加減にしなさいよぉ!!!!!!!」

アトラクションの暗闇に響き渡る、怒声。
それとともに、何かが亜佑美の目の前に現れる。

「うそ!もしかして三体目!?」

期待に胸を震わせる亜佑美、しかしその期待は一瞬にして萎んでしまう。
何故なら、現れたのは。

「か、かかしぃ?」

思わずそんな間抜けな声が出てしまうくらいに。
しかも普通の案山子ではない。藁を幾重にも編みこんだだけの、簡素な作り。背丈こそ、亜佑美よりも高いも
のの、とても役に立ってくれそうには見えない。

「そんなぁ…」
「うちにはよう見えへんけど、残念やったなぁ。ウッホ!ウッホホ!!」

三体目、と聞いた時にはさしもの香菜も身を硬くしたが。
相手の意気消沈した姿を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
亜佑美の落ち込みが伝わったのか、案山子もまた霧のように散ってしまった。


いや。そうではない。
消えたはずの案山子は、再び姿を現す。
それも、結界の向こう側。香菜のすぐ、そばに。

ぞわぞわ、という感触とともに何かが体に巻き付く。
突然の攻撃に、思わずひっ、と声を上げる香菜。

「な、なななななんやぁ!?」
「さあ!おとなしくこの結界を解け!!」

してやったりのどや顔を決めつつ、綱状になった案山子を操り香菜の体を締め上げた。
そして今なら。この案山子の名前が良くわかる。

スケアクロウ。新しい、あたしのしもべ。

草の蒼さを残した案山子が、なぜ結界を超えて香菜のもとへたどり着いたのか。
その謎は、スケアクロウの特性とも言うべき性質にあった。

亜佑美が項垂れた時に消えてしまったと思われた藁の案山子は、自らの体をばらばらにしていたのだ。
それこそ、亜佑美の目に見えないほどの細かさに。
そして極細の繊維になった藁たちは、結界の細かな穴をいとも容易くすり抜けてゆく。あとは、結界の向こう
側で自らの体を編み直すだけ。

「早くこれを!何とかしなさいよ!!」

しかし、亜佑美がいくら目の前の空間に手をやろうとも、結界は消えてくれない。
香菜は、目を白黒させつつも必死にスケアクロウの攻撃に耐えていたからだ。


「これは…香菜が任された任務や。香菜が頼まれたんや…絶対に解かへんで!!」

香菜は、敵襲の前に花音に言われていた。
この作戦如何で、「スマイレージ」の将来が変わる。
そのためにも、香菜の能力「結界(スピリチュアルバリア)」が必要不可欠なのだと。

「意地張らないで結界解いてよ!」
「福田さんは、喧嘩もようでけへんかった香菜を『スマイレージ』に入れてくれた…なのに、香菜のせいで作
戦が失敗したら…だ、だから…そんなに通して欲しかったら、うちを殺して通ったらええやろ!!!!」

優位に立っているはずの亜佑美が、押される。
気迫。香菜が「スマイレージ」にかける想いが、彼女の精神力を支えていた。

「あんたが『スマイレージ』のために戦ってるのはわかった。けど。あたしだって!リゾナンターのために戦
ってるんだ!!!!!!」

スケアクロウが、さらに香菜の体を締め上げた。
このまま手を拱いては、仲間たちの身が危ない。その危機感と仲間を思いやる心が、再び香菜の精神力を凌駕
したのだ。

亜佑美の手を遮る感触が、徐々に薄れてゆく。
あれだけの強固な防御力を誇っていた結界が今、解かれてゆく。

「あ、あかん…あんたの行く手すら遮れんかったらみんなに申し訳…ない…」

消えてゆく結界にすがるように手を伸ばす、香菜。
けれどその手は何も掴むことなく、体ごと床に崩れてしまった。


亜佑美を阻んでいた抵抗が、ふっと軽くなる。
結界は完全に消えたようだった。

しかしながら、と倒れた少女に目を向ける。
敵ながら天晴と言ったところか。
でも、倒した敵に賞賛を送っている場合ではない。

早く、仲間のもとへ。

距離のせいか、それとも何かに妨害されているのか。
微かにしか感じられない仲間たちの気配を探りながら、亜佑美は暗闇の中を駆け抜けていった。




投稿日:2015/01/25(日) 20:53:18.16 0
























最終更新:2015年01月26日 14:23