『温故知新』


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マグカップから上がる湯気を、ぼんやり見つめる。

「飲まへんの?」
愛佳の声に、美希は慌ててマグカップを手に取った。まだまだ飲めそうにない牛乳に息を吹きかける。
「…猫舌なんです」
「そか」愛佳は声をこぼして自分のマグを口につける。
こんな熱いのによく飲めるなぁ。美希は妙な所に感心してしまう。

「ほんで?」
「え?」
美希は飲もうとしたマグカップを口から離した。
愛佳は、あおったマグカップの上から美樹の顔を覗く。
「なんかあったんやろ?うちの目はごまかせへんでぇ。
 普通この年頃の女の子ならいっくらでも寝れるもんやのに。相当のコトでもないと、眠れへんなんて言わへんよ」

「……さすが、光井さんですね」
美希は口の端だけで笑い、マグカップを置いた。
「図星ー。なんかあるなら言えばいいやん」
「…私、光井さんがうらやましくって」

愛佳は、美希の言葉が意外だと言わんばかりに眉をひそめた。
「なんで?」
「私、過去を見られる能力があるけど、見る以外には何もできないじゃないですか。
 どんな辛い過去も、悲しい過去も、変えてあげることはできない。それが悔しくって」



愛佳は、ほどよく冷めた牛乳を放棄して、言葉の続きを待った。
「光井さんの力なら、見たものを変えられるのに。人の役に、立てるのに」
そう言うと、美希は牛乳を一気に飲みほした。
自分が情けない。
こんなこと、光井さんに話しても何にもならないのに。

愛佳は黙って美希を見つめている。蛍光灯の小さく弾ける音だけが、夜中の調理室に響く。
「…すみません、こん」
「野中、ちょっとうちの話聞いてくれる?」
愛佳の堅い声に、美希は背筋をのばしつつも小さくなった。
「すみません」
「いや、説教たれるんとちゃうで。うちが話しときたいだけや」
「はい…」

「野中、『温故知新』って、知っとる?」
「はい」と頷く。
「そんなら話が早いわ。昔の物事から、新しいことを知る。それは、野中の能力にもいえることとちゃう?」
「私の、能力にも…?」
「野中の能力は、確かに過去への『干渉』はできひん。けど、過去を『見る』ことはできる。せやから、野中は『見た』過去から、今や未来を変えることができるんとちゃうか?」

美希にはよくわからない。それを察したのだろう、愛佳は続けた。
「今や未来は、過去からずっと続いてるもんや。過去には、必ず今や未来を読み解くためのヒントがある。それを、野中はその目で見ることができるんやで」

「私の、目で…」
「そ。例えばな、なんか物なくしたとしたら、野中の能力、めっちゃ使えるで。どこに置いたかとか、過去を遡って見ればわかるやん」

美希は驚いた。過去を遡ることで、そんなことができるとは。
「…そんなこと、考えたこともなかったです」
「せやろ。なくし物なんてちっさいことやなくて、考えようで野中の能力はいくらでも役に立つで」


美希は初めて、自分の能力を、本当に『能力』だと思えた。
昔から、美希はこの力が大嫌いだった。辛い過去。悲しい過去。それを見たところで、自分はどうすることもできない。人の過去を言い当ててしまうことで、気味悪く思われることもあった。
こんな力、必要ない。美希は胸の奥底に、その力を必死に隠していた。
けれど今、私の能力はいくらでも人の役に立つ、そう言ってくれる人がいる。
私の能力を、私を、肯定してくれる人がいる……

喉から嗚咽が漏れた。
「や、ちょっと泣かんでー。うちが泣かしたみたいやん」
愛佳は美希の頭を撫でる。暖かい手。
「うぅ…ありがどう、ござい、ます、みづいさん」
「もー、子供やないんやからぁ」
そう言いながらも、愛佳は美希が泣き止むまで、ずっと頭を撫でていた。

「…もー大丈夫?」
「はい……ふわぁ」
美希はあくびをこらえる。
「なんや、もう眠れそうやな」
「はい…今めちゃくちゃ眠いです」
「よかった。ほんならもうおやすみ。寝坊したら朝ごはん抜きやでー」
「ふふ、わかりました。おやすみなさい、光井さん」

野中美希。
過去を見ることのできる超能力少女は、未来へ向けて、一歩歩き出した。


投稿日:2014/12/30(火) 23:21:14.30 0