『We need you.』



「尾形ちゃん、もう一回!」
遠くから鞘師さんの声が聞こえる。実際は数歩離れた程度の距離なのだが、疲れのせいで遥か遠くから響いてくるように感じた。
「はーい…!」
返事をして、よろよろと体勢を立て直す。
「ゴー!」
鞘師さんの掛け声と同時に、右脚を大きく踏み出す。脚が床に付く瞬間、右脚に小さな炎が宿る。
続いて左脚も、炎を帯びて蹴り上がる。また右脚、また左脚。ゴム製の床を蹴りあげる度に、両脚の炎が勢いを増していく。
鞘師さんは、うちの脚を仁王立ちのまま待ち構えている。
「うおぉぉぉッ!!」
雄叫びと共に、炎に包まれた脚を思いっきり蹴りあげる。次の瞬間、
どんっ!
大きな衝撃がうちを襲った。

「春水ちゃん」
うちはいつの間にか床の上に転がっていた。
「すごいね。どんどん威力強くなってるよ」
鞘師さんはそう言うと、よっこらしょ、と言いながらうちを抱え起こす。
「ほんまですか?」
「うん。もう手加減してちゃだめだね。うちも本気でいかなくちゃ」
…手加減…うちはうなだれる。
「…やっぱり、手加減してますよね」
うちが言うと、鞘師さんは見るからに「やばっ」って感じの顔になった。
「いや、違うよ?春水ちゃんの力がとかじゃなくて、ほら、怪我させたらいけないから、」
「ええです、もう。ちょっと休憩しますね」
うちはふらつきながらベンチに腰かけた。


息を整えていると、鞘師さんがスポーツドリンクを持ってやってきた。
手渡されたペットボトルを、ごにょごにょと礼を言いながら受けとる。

「…なんか、ごめんね?」
鞘師さんが斜め下を見て言った。視線の先には、しゅわしゅわ泡を発する炭酸飲料。
「気にせんといてください。うちが鞘師さんに敵わへんのは事実ですから」
キャップを開けながら、半ば自分を納得させるようにこたえた。

スポーツドリンクを押し込むように飲む。思えば、練習中全く水分をとっていなかった。ペットボトルの中身は、あっという間に半分ほどになる。

「ほな、また練習始めます」
「ええ、もう?っていうか今日はもういいよ、汗だくじゃん」
「水分補給したんで大丈夫です」
そう言って一歩踏み出そうとしたら、足がもつれて大きくつんのめった。
「春水ちゃんっ」
鞘師さんに支えられ、何とかバランスを整え直す。
「大丈夫?」
「す、すみません、ちょっと足がもつれて」
「やっぱ今日はもうダメだよ。休んでまた明日やろう?」
「……はい」
返事をして、うちはベンチに座り直した。

うちは悔しかった。もっともっと強くなりたかった。
うちの特訓には色んな先輩が付き合ってくれるけど、一番多く相手をしてくれるのは鞘師さん。

うちは炎を使い、鞘師さんは水を使う。その属性の相性を抜きにしても、鞘師さんは強かった。

「…うちは、鞘師さんみたいに強くなりたいです」
「うちみたいに?」
鞘師さんは少し驚いたようだった。
「鞘師さんみたいになれたら、みんなの役にも立てるのに」


うちは唇を噛む。
一昨日の戦いでだって、うちは、ずっと鞘師さんたち先輩、更には同期にまで背後を守ってもらっていた。
うちは弱い。鞘師さんはだんだん良くなっていると言うけど、自分では全くその気がしなかった。

「んー、それはちょっと違うんじゃないかなぁ」
鞘師さんが少しすっとんきょうな声を出す。
「別にうちみたいじゃなくったって、みんなの役には立てるよ?」
「でも、」
「例えば」
鞘師さんは立ち上がり、うちの目の前で仁王立ちをしてみせる。
「ここにイバラの山があるとしよう。うちの力で、イバラを乗り越えられると思う?」
「…水の刃で切ればなんとか」
「ノンノンノン。切れない。すごいぶっといイバラだから」
それは若干後付け設定の気がしますが。
「じゃあ、無理…ですかね」
「そう!そこであなたの出番なわけですよ、尾形ちゃん。
 尾形ちゃんの力なら、イバラに火をつけるくらい簡単でしょ?」
「まあ…はい」
戦闘力は抜きとして、火力にはそこそこの自信がある。
「ね、そうでしょ?うちには出来なくて、尾形ちゃんには出来ることがある。
 だから、うちみたいにならなくったって、尾形ちゃんは充分みんなの役に立てるんだから!」

鞘師さんは腰に手をあて、自信たっぷりに言った。
「…うちも、みんなの役に…」
「おっけー?」
「は、はい」
うちが頷くと、鞘師さんは満足そうにベンチに座り、自分の持っていたペットボトルのキャップを開ける。
やりきった顔で炭酸を飲み込む鞘師さんの横顔をぼんやり眺めながら、うちは鞘師さんの言葉を反芻した。
ーうちには出来なくて、尾形ちゃんに出来ることがあるー
ーうちみたいにならなくったって、尾形ちゃんは充分ー
「あの、鞘師さん」
「んぅ?」
半端な返事の後、ペットボトルを口から離す。
「うち、鞘師さんに役に立てるって言われて、嬉しいんですけど、やっぱしまだ自信持てなくて。
 ウジウジするかもしれませんけど、鞘師さんは見捨てないでいてくれますか?」
「あったり前さ!みんな、悩んで、ウジウジして、成長してくんだから」
そう言って、私の頭をぽんぽん撫でてくれた。
「…ありがとうございます。うち、がんばります」

きっといつか現れる。太くて大きい、イバラの山が。
そして、それをうちが、うちの力で、みんなと一緒に乗りこえられるなら。
「あー、お腹すいたね!尾形ちゃん、夕御飯食べいこ!」
「はい!」
うちはどんな辛いことも、乗り越えられる気がしてきた。





投稿日:2014/12/29(月) 12:39:05.56 0





















最終更新:2014年12月31日 08:55